ホテルで待機している時、外で戦闘が始まる。
秘密裏に組織を抜ける予定があった私は、ほとぼりが冷めてからホテルを出て彼女達の船に乗り込む予定だった。
しかし戦闘の合間に相棒である超カルガモのカルーの鳴き声が聞こえたのだ。口笛を吹けば、何処に居ても駆け付けてくれる彼は今、急に始まった戦闘の中で人知れず姿を消した私を探していた。カルーは私の仲間であり、大事な家族だ。居ても立っても居られなくなった私は、カルーを回収する為にホテルを飛び出す。
カリーナという女性が言っていたように彼ら……正確には、その内の一人である剣士は強かった。
たった一人であるにも関わらず、百人も居た賞金稼ぎの集団を返り討ちにしてしまったのだ。そして私の事を探しに来たというMr.5のコンビがカルーを虐めていた。その光景を見た私は、我慢できずに攻撃を仕掛ける。だけどフロンティアエージェントとオフィサーエージェントの間には、埋める事の出来ない壁がある。悪魔の実の能力もそうだし、地力が違っていた。私の攻撃は、あっさりと躱されて、逆に悪魔の実の能力による爆破を受ける。
そこで気絶する。
意識が途切れる直前、イガラムが頼んだ護衛団の一人の姿を見た気がした。
◆
誰も見切る事の出来ない瞬発力には明確な弱点がある。
それは自分でも見切ることが出来ないという事だ。度数の入った眼鏡を掛ける自分は、自分の速度に追い付けなかった。
彼が猫の手と呼ばれる特殊な武器を付けていたのは、適当に振り回しても相手に攻撃が当たるからだ。直線距離を走る“抜き足”であれば、あまり気にすることはない。相手との位置関係は感覚で掴んでいる為、後は刃を置いておくだけで良かった。だが戦場を縦横無尽に駆け回る杓死となれば、そういう訳にもいかなかった。自分が何処を走っているかも分からないので、適当に腕を振り回す他に攻撃の仕様がないのだ。
こんな運任せは自分の戦い方ではない。
故に百計のクロ、もといクラハドールは杓死を封印する。一か八かの状況にもつれ込んだ時点で己の矜持が挫かれた後、即ち敗北してしまっていたというのが麦わらとの戦いで学んだ事だ。彼は掌の付け根で眼鏡を押し上げると、得意の抜き足でMr.5との距離を詰める。そして右手を彼の顔のある位置に伸ばす。猫の手を使っていた時は、刃を相手に向けて置くだけで切る事ができた。しかし、打撃となれば話は変わって来る。要はインパクトの瞬間に合わせて、攻撃をするのが難しいのだ。彼は自分の速度に付いていけない為、抜き足や杓死を用いた攻撃はタイミングを合わせなくても効果的なものに限られる。かといってラリアットやドロップキックを始めとした攻撃は性に合わない。
故に相手の頭を掴んでから、速度を活かして地面に叩きつけてやる。ってのが彼の主流の戦い方になっていた。
クラハドールが全身の力を脱力させた次の瞬間、爆破の後、燻る手をパンパンと叩いたMr.5の眼前に手を添える。
抜き足は、布擦れの音がするだけの高速移動。海軍のCPやワノ国の忍者が泣いて羨む暗殺術だ。初見のMr.5は対処する間もなく、顔面を掴まれて地面に叩き付けられていた。余りにも唐突な奇襲に隣に立っていたミス・バレンタインは、衝撃的な事実に身動きが取れなかった。右手でMr.5の顔面を地面に押し付けるクラハドールが横目で睨む彼の視線にゾクリと恐怖する。
しかしMr.5も幾度と死地を乗り越えた強者ではあった。
「顔面起爆っ!!」
掴まれていた顔をMr.5が爆破させる。
不穏な気配を察したクラハドールは、咄嗟に身を引いた。
しかし、右腕の肘近くまで爆破に巻き込まれており、肌が露出してしまっていた。
口元を真一文字に締めたまま、クラハドールはそれを静かに眺める。
「なんだ、あいつの足は……なにかの能力か?」
Mr.5が頭を抱えながら立ち上がる。
クラハドールは黙して語らず、火傷を負った右腕をぶらりと下げる。
左手で黒眼鏡の位置を直す。
眉間には皺が寄り、額には青筋が立てられていた。
黒眼鏡越しに、Mr.5を睨み付ける。
「良い生地の燕尾服だった、良い値段で同じブランドの予備はない……」
クラハドールがローグタウンで買った燕尾服は、ドスコイパンダという世界的にも有名なブランド会社で販売されているものだ。
「……覚悟は出来ているんだろうな?」
その言葉を最後にヒュッと姿を消す。
クラハドールには負ける訳にはいかない理由がある。
此処に来る前、イガラムの話を聞いた後の事だ。麦わらの一味が関わっていると察した時、彼はカリーナと共謀してジュースで割った度数の高い酒をオネに黙って飲ませたのだ。その事がバレるのは想定内だ。しかし、彼女を酔わせたせいで護衛対象の王女が守れなかったとなれば、それはもう言い訳のしようがなかった。きっと彼の元右腕であったジャンゴが、今の彼の姿を見れば「お前、本当に俺の知っているクロか?」と疑問を呈すること間違いなしだ。
兎も角、クラハドールは王女を守る為にMr.5に再度、攻撃を仕掛ける。
クラハドールが姿を消した時、Mr.5のコンビが身構えた。
Mr.5は攻撃を見て対処する事を早々に諦めていた。彼は自分が得た能力に自信を持っていた為、鍛錬を疎かにしている。肉体強度は並程度、相手に触れるだけでダメージを与えられるし、離れた相手への攻撃手段も持っていたので体術は必要ないと考える。故にクラハドールの速度に対応できる筈もなかった。
故にMr.5は身を屈めて、地面に手を着いた。
「“
暗殺者は冷静且つ大胆に、読み切れない攻撃にはヤマを張って対処する。
クラハドールの高速移動を直線運動だと仮定し、周囲を吹き飛ばす爆風を上げる事で身を守ろうとした。実際、それで真正面から突っ込んでいたクラハドールの体勢が崩れる。そして舞い上がった爆風に乗って、ミス・バレンタインが悪魔の実の能力の応用で大きく空を飛んだ。彼女の能力はキロキロの実、自身の体重を1kgから1万kgまで自在に変える事が出来る。体重を1kgに変えた上で、開いた傘でMr.5が起こした爆風を受け止めれば、まるで向かい風に煽られた凧のように空高くに舞い上がった。
Mr.5の取った行動は、防御と補助を同時に熟せる一挙両得の戦術である。
頭上からミス・バレンタインの1万kgのプレス攻撃。そして、地上からほじった鼻糞を指で弾いて爆破させる
己の勝ちパターンに持ち込めた事にMr.5は安堵の息を零した。
「わざわざ隠れやすくしてくれるとはありがたいねェ」
砂煙に不自然な動きがあった。
視界の端に捉えた風の流れを視線だけで追いかけた瞬間、思い切り振り被った金棒による一撃がMr.5の横っ面を捉えた。鈍い金属音、悲鳴を上げる間もなく建物の中へと突っ込んでいった相方の姿を見たミス・バレンタインは何が起きたのか理解できなかった。それもそのはず、体勢を崩したクラハドールはいち早く砂煙から出て身構えていたのだ。なら誰が相棒を殴り飛ばしたのか、ふわふわと空中に留まる彼女の頬に冷たい汗が流れる。
程なくして砂煙が晴れた、金棒を肩に担いだ露出の多い美女が立っていた。
「そうアタシこそが麗しのレディー・アルビダっ!!」
誰も聞いていないのに彼女は名乗りを上げる。
「奇襲だって!? クソッ、卑怯な!!」
負け惜しみでしかない事を承知の上でミス・バレンタインが歯噛みする。
元から二対一、文句を言えた義理ではない。分かっていても言わずにはいられなかった。
「卑怯だって……?」
アルビダはミス・バレンタインの煽りに反応する。
「卑怯上等、勝つ為ならばなんだってする。言い訳なんてのは、勝負に勝った後にするもんなんだよ」
しかし彼女は挑発的な笑みを浮かべており、未だ頭上を舞うミス・バレンタインに向けて手招きをする。
「まだケツの青いヒヨッコだね。アタシが大人の戦いってもんを教えてやるよ」
「ぎゃふんと言わせてやるわ! 食らえ、1万キロプレス!!」
1kgから1万kgに体重を変えての急降下攻撃。
この単調な攻撃を躱そうと思えば躱せたが、あえてアルビダは受け止める仕草を見せた。金棒を頭上に掲げて防ごうとしたアルビダを見て、ミス・バレンタインはほくそ笑んだ。
受け止めたが最後、勢いを付けた1万kgのプレス攻撃が全身の骨を砕く。そんな悲惨な未来を予見し、ミス・バレンタインはキャハハと笑い声を上げる。
しかしアルビダはあえて金棒を避けて、その身でプレス攻撃を受ける。ミス・バレンタインは不意の動きに警戒心を高めるも、この状態から攻撃を止める事なんて不可能だった。腹を決めて、アルビダの肌に足先が付いた瞬間、ツルンと滑った。
「“スベスベスラローム”からの……“スベスベバックフリップ”!」
そしてアルビダは器用にミス・バレンタインの身体を上下逆さまにしながら地面に叩き付けた。
「ぎゃふんっ!!」
1万kgの衝撃を脳天から受けた彼女は、そのまま意識を昇天させる。
外から見た光景は、犬神家。上半身が地面に刺さり、下半身だけが露出している状態だ。この光景の何が悲惨かっていうと、ミス・バレンタインの服は丈の短いワンピースである。それが逆さまの状態で埋まっているのだから当然、彼女のパンツはモロに露出させられていた。壁尻ならぬ床尻である。この物語が全年齢対象で本当に良かった。
右腕を負傷したクラハドールは、良い所だけを持って行ったアルビダを忌々しく睨み付ける。
「こんな雑魚共、勝って誇ろうとも思わないよ」
そう告げるアルビダに「ふん」とクラハドールは鼻を鳴らすだけだった。
二人が決着が付いたと考えた時、ボコンと建物の一角が弾け飛んだ。
パラパラと周囲に細かい破片が飛ぶ中、アルビダとクラハドールの二人は破壊された建物の方を見据える。
砂煙の中から、ゆらりと姿を現す人影。頭には特徴的な麦わら帽子のシルエットがあった。
男は、ボロボロになった爆弾人間の胸倉を掴んでいた。
薄まりつつある砂煙に、二人は何も語らず、ただ事の成り行きを見守る。
麦わらの男は周りを見た。
町の住民の受けた傷が切創であった事、そしてクラハドールの顔を見て彼の頭の中で全ての線が一瞬にして繋がる。
思い出すはオレンジの町、超高速移動を用いた敵移動関係なしの無差別攻撃。
「俺達を歓迎して美味いもんいっぱい食わせてくれた親切な町の皆を……一人残らず、お前が斬ったんだ!」
「……いや、待て」
「聞く耳持つかァッ!!」
ルフィがゴムゴムのロケットで、目の前の悪党に突っ込んだ。
これをクラハドールは辛うじて回避したが、流れ弾を受けた建物がたった一撃で倒壊する。
クラハドールは、前見た時よりも威力が上がっている事に驚き、アルビダは、敵にするつもりがなかった相手が敵になった事に口元を引き攣らせた。
一方でルフィは倒壊した建物の向こう側で、一宿一飯の恩義のある相手を見つける。
「ちくわのおっさん! こんなひでェことを……!!」
ルフィは己の不甲斐なさに憤りを感じていた。
なおイガラッポイもといイガラムは気絶していたので答える事はできなかった。
原因は今、ルフィが突っ込んだ衝撃の余波を受けた為である。
「それに王冠のやつ! へんな服の女っ!! クソッ……俺は誰も守れねェ……っ! 恩人一人、救えないっ!!」
そしてイガラムの手によって物陰まで避難させられていたビビは勿論、通りで倒れていた者達は皆、とある剣士との戦闘から意識を取り戻していなかった。
「……あいつらだな、あいつらがやったんだ」
海賊の世界にも仁義がある。
受けた恩を返せなかった己の不甲斐なさを噛み締めて、ルフィは立ち上がった。迷えば、誰でも弱くなる。ルフィにとって、オネは倒すべき敵ではなかった。それ故にルフィはオネと戦う時は本気を出していたが、全力を出し切れていた訳ではなかった。
そのリミッターが今、外れる。彼の潜在能力が解き放たれる。
「クロ……アルビダ……今度はただじゃ済ませねェ……」
全身から放たれる微弱の覇気。離れた距離のアルビダとクラハドールは怖気を感じ取った。
武装色でも、見聞色でもない覇王色によるものだ。
アルビダとクラハドールは急に気温が下がったかのような錯覚を覚える。
なんとこの時、悲劇的な事にルフィのツッコミ役が誰も居なかったのである。