ゾロは見事な月を肴に酒を呷り、ナミはゾロが戦闘を始めたのを良い事に財宝漁りに出掛けていた。
そして他の一味は全員、泥酔して眠りこけている。現状を説明できるゾロの被害者は全員、気絶させられてしまっている事もあり、現状で暴走するルフィを止められる存在は誰一人居なかった。ルフィはオネの為人を知らないし、悪人だと考えていない。しかしアルビダとクロが悪党である事は知っていた、特にクロの方は救いようもない悪である。
ルフィ自身も自分が正義だとは考えていなかった。海賊を名乗っている以上、
だが、それも義理がなければ、という前置きがある。
盛大な宴まで開いて歓迎をしてくれた気の良い奴らとの出会いがあり、一宿一飯の恩義が出来た。そんな奴らを切り刻む奴が目の前に現れた。ならばルフィのする事はひとつだけだ。殴り飛ばす、それだけで良かった。
自分に為すべき事を簡略化する事に長けたルフィは、自分の知る情報から今、自分の為すべき事を導き出す。しかし、それも正しい情報を得ている時に限られる。間違った情報からは、間違えた結論しか出せない。だが、それすらもルフィは織り込み済みだった。仮に間違えていたとしても、悪党が悪党を理由もなく殴り飛ばす事に何の問題があるというのか。少なくともルフィはコビーを虐めていた事、ウソップの女を騙して殺そうとした事、この事を完全に許した覚えはなかった。
意識して考えていた訳ではなかったが、容疑者と因縁がある事もまたルフィを後押しした。
一度、行動すると決めたなら迷わないそんな彼の本質が、次の一歩を踏み込ませる。
ポキポキと指を鳴らし、普段の彼からは想像も付かない鬼の形相で二人が居る場所を睨み付けた。対するクラハドールとアルビダは互いに視線を合わせた後、同時に溜息を零す。此処で麦わらの一味と事を構えるつもりはなかった。オネ達も初めて経験する
心身に余裕がある状態なら仮にも船長の我儘も聞いても良いが、疲れ切った今の状況で麦わらの一味と戦うのは御免被るというのがオネの仲間達の総意であった。故に二人が取る行動は決まっている。アイコンタクトを取った二人は、ルフィが戻ってくる前に逃げ出した。これまでに背負った悪評に比べれば、誤解の一つや二つは誤差のようなものだ。
それよりも今、ルフィと戦う方がデメリットがあると踏んでの行動だ。
「……のォロケットォォォォッ!!」
だがしかし、それも一歩遅かったようだ。
抜き足で一足先に退散したクラハドールは兎も角、アルビダは逃れられなかった。舌打ちを零し、頭から突っ込んでくるルフィの頭頂部を金棒で迎え打った。しかし微弱ながらも覇気を込めた一撃に、アルビダの金棒は弾き返される。思わぬ威力、腕が痺れる程の衝撃にアルビダが顔を歪めた。ゴムゴムのロケットで突っ込んで来たルフィは、もう既に次の攻撃に移っていた。相手の懐に大きく踏み込むと同時に、ゴムゴムの実の能力で右腕を大きく後ろに伸ばす。
ゴムの反動を利用した、その技の名は────
「“ゴムゴムの
インパクトの瞬間に全体重を乗せた一撃は、ツルンとアルビダの肌を滑る。
悪魔の実の能力がなければ、完璧に入っていた一撃にアルビダは冷や汗を流す。
やはり戦闘力では、敵いそうもなかった。
拳を滑らされたルフィは体勢を崩してしまっていた。
それを見たアルビダは、金棒を地面に突き立て、それを支えにルフィの側頭部に跳び蹴りを放った。
膂力だけは、そんじょそこいらの男衆に負けない自信がある。
ルフィの身体は、再び建物へと突っ込んでいった。
「クソっ! なんだかわかんねェけど、滅茶苦茶滑るな!?」
崩壊した建物の中からルフィが立ち上がる。
アルビダに驚きはない。この程度で倒れてくれるのであれば、初めて会った時に倒せていたはずなのだ。
再び攻め込んでくるルフィを前に、アルビダは金棒から手を離す。
そしてアルビダは両手を挙げる。
「ゴムゴムのォ~~……っ!!」
ルフィは自分が今すぐに出せる最大火力の技、即ちゴムゴムのバズーカの予備動作に入った。
相手に向かって駆け出しながら両腕を後方に大きく伸ばす。何もして来ない相手に、何かを誘っているのかと疑念を抱いた。関係ないと踏み込んでみたが、敵意そのものがないことに気付いた。引き寄せた両手を相手の鳩尾に叩き込む──寸前で攻撃を止める。衝撃の余波だけが風となり、アルビダの身体を吹き抜けた。
舞い上がる砂煙の中、ルフィはアルビダを睨み付ける。
「……なんのつもりだ?」
「斬ったのはアタシ達じゃないよ」
「じゃあ誰がやったってんだ!?」
「アンタのお仲間さ」
肩を竦めるアルビダに嘘を吐いている気配を感じられなかった。
実際、彼女は嘘を吐いていないのだ。それでも仲間の事を信じたいルフィは一旦、拳を引っ込める。
「嘘を吐いてたら許さねぇからな」
「実際に聞いてみりゃ良いのさ」
肩を竦めるアルビダの余裕のある笑みにルフィは、ふんと鼻を鳴らした。
そしてルフィとゾロによる第二戦が繰り広げられる事になる。
◆
小一時間後、ボロボロになった酒場でボロボロになったルフィとゾロが大きなたんこぶをこさえてソファに腰を降ろしている。
ナミはホクホク顔で二人と一緒のソファに座っており、戦利品を机の上に広げていた。少し離れた場所にビビとイガラムが気まずそうに腰を掛けており、その二人を麦わらの一味と挟む形でオネが組んだ足を机の上に乗せていた。二日酔いの頭痛と仲間に勝手なことをされたので非常に不機嫌だ。そして、その勝手な事をした三人は今、オネの背中で姿勢正しく立たされている。
元海賊が二人と泥棒が一人、その柄の悪い三人を従えるオネの態度の悪い姿は、どう見ても悪党の首魁にしか見えなかった。
「頭痛いし今、戦う気はないんだけどさあ……どういう状況な訳?」
ルフィが微弱ながら覇王色の覇気を放った時、オネは無意識の内に目覚めていた。
これまで感じた事がない頭痛に不快感を覚える。そんな彼女に、それまで看病をしていたカリーナは準備良く水を手渡した。それを受け取りながらもオネはカリーナを観察する。そして彼女の少し気拙い様子を見抜いたオネは「全部、話してくれるよね?」と満面の笑顔で問い掛けた。カリーナは呆気なく、全てを白状した。
オネが頭痛を押して表に出た時、ズガンドゴンと暴れるルフィとゾロの姿を見た。
頭に響く振動に苛立ちがフルマックスになったオネは千鳥足で二人の間に割って入り、怒りのボルテージを六積みした攻撃力で地面に叩き伏せた。武装色の覇気を纏った拳に加えて、完全に虚を突かれた二人は一発で大人しくなった。それに満足したオネは、よろよろと道端まで移動し、吐いた。
びちゃびちゃと音を立てる吐瀉物に、もう戦う雰囲気ではなくなってしまった。
その結果、こうして三者が顔を突き合わせて話し合う場が設けられる。
ただ穏やかではなかった。二日酔いの頭痛と目の敵にする人物を前にしたオネは敵意が溢れているし、ルフィ達もまた嘗ての敵であるクロとアルビダに不信感を隠せていない。ルフィはアルビダとクロの正体をオネに伝えていなかった。相手がまた悪巧みを考えているのであれば、まだしも、オネの下に付く二人が悪い事を考えているように思えなかったからだ。庇ってやる義理もないが、わざわざ嫌がらせのように暴くのもまた違う気がした。こうやって三人が大人しくオネに従っている姿を見せられている以上、紐付きにしておく方が平和だし、滑稽だという思いもある。
この全てをルフィが言語化できている訳ではないが、兼ねがね、そんな感じで二人は見逃されていた。
ちなみにサンジは厨房におり、ウソップは今、ゴーイングメリー号でお留守番をしている。
「あの……」
オネ一行と麦わらの一味が睨み合う中、ビビが恐る恐ると手を挙げる。
その場に居た全員から視線を浴びて「ひっ」と怯えてみせるも、そこで彼女は退かなかった。
今の彼女には、国ひとつの命運が懸かっているのだ。
「どうか、私を助けてください!」
ゴン! とビビは机に額を打ち付けての身の丈一杯の誠意で頼み込んだ。
「ビビ様、王女ともあろう御方が、そう簡単に頭を下げては……」
「いいえ、イガラム。私達は相手に義理もないのに頼み込んでいる立場なのよ。今すぐに差し出せるものもないなら、せめて誠意を見せないと……」
「……王女?」
イガラムの言葉に反応したのは、戦利品を整理するナミだった。
「その話乗った、十億ベリーで如何?」
「そ、そんな法外な金額……!」
「あら、私は別に良いのよ? そちらにも頼れる船はあるようですし……」
ただねえ、とナミが困った風に続ける。
「その彼女の背後に立つクラハドールって男、なかなかの曲者よ」
「…………」
クラハドールは語らず、無言で黒眼鏡を掌の根本で押し上げる。
「なんせ御嬢様の遺産を乗っ取ろうとした事もあるんだから」
初耳な情報にオネはチラリとクラハドールを見た。
しかしクラハドールは否定もせず、黙り込んだままだったので本当の話だと察する。
だけど今は言及すべき時ではない。と直ぐに麦わらの一味に視線を戻した。
「……ごめんだけど、無事に送り届けてくれても直ぐに用意することは出来ないと思う」
「何故かしら? 王族なら、その程度は支払えるはずでしょう?」
「今、私の国は内乱状態にあるのよ。その上で外部からの侵略も受けようとしている」
彼女の国、アラバスタ王国には、レジスタンスとの小競り合いが断続的に続けられている。
日に日にレジスタンスの規模は膨れ上がっており、数だけであればを王国軍を上回る程になっていた。そんな一触即発の空気の中、外部からは金獅子のシキが攻め込もうとしている。
伝説の海賊の名を聞いたナミは、顔を真っ青に染めた。
「シキ? ……シキってあの海賊王に比肩すると言われた、あの!?」
「……ええ、間違っていないわ」
「ふざけないで! そんな海賊が居る場所に行ける訳ないじゃない!」
ナミの狼狽える声に、横で話を聞いていたゾロもただ事ではないと察する。
故に彼はビビに問い掛ける。
「国の守りは?」
「王国軍が居るけども……内部に敵を抱えた状態では……」
「お前ひとりが国に戻った所で何か出来るのか? ほとぼりが冷めるまで待っていた方が得策だと思うけどな」
「そんなこと……!」
ゾロの言い分に、ビビは感情のままに食って掛かろうとし、しかし下唇を噛んで堪えた。
「そんなこと……分かってる!」
「ならどうして行くんだ?」
ゾロが問うているのは彼女の覚悟だ。
ルフィは二人の会話に黙って耳を傾けている。
「アラバスタは……私の故郷なのよ!? 故郷が荒らされようとしているのに、指を咥えて黙ってみている事なんて出来ない!!」
ビビの嘘偽りのない本音に、ゾロは満足そうに笑みを浮かべる。
後はもう船長の判断だと、背凭れに身体を預けた。ナミは故郷のオレンジの村の事を思い出し、彼女の覚悟に何も言い返せなかった。
ルフィは、本心を述べるのであれば、どちらでも良かった。
もし仮に彼が彼女の乗船を断る理由が出来るのであるとすれば、
「そのアラバスタってのは、此処からどれだけ掛かるんだ?」
それは、これから先の航路にある。
この質問に答えたのは、ビビの隣に控えるイガラムだ。
「実際に通った事はないのですが、通常の航路で此処から島を三つ程進んだ先にあると聞いています」
「そっか、なら良いぞ」
航海の途中で立ち寄る程度の事であれば、問題ないと彼は判断を下した。
「ちょっとルフィ! シキよ、シキ! あの四皇と肩を並べる奴が居る危険な場所なのよ!」
「でもよ、航路上にある島ならどっちにしろ行かなきゃいけないだろ?」
「そりゃそうだけど……!」
「出来る限りの恩義は返します! あと確約できるのは私の貯金で十万ベリー程……」
「桁ひとつどころか、文字ひとつ違うじゃない!!」
ぎゃあぎゃあ喚くナミを余所に、ルフィはビビに話しかける。
「国はゴタゴタしてるかも知れないけどよ。落ち着いた時にまた寄るからよ、でっかい宴を開いてくれよ」
にっこりと笑うルフィに「ええ、勿論!」とビビは笑顔で返した。
円満に話が進む中で「異議あ~り」と間延びした声が水を差す。
「麦わらと手を組むなら私、この話から降りるからね」
まだ頭痛に苦しめられているオネが不機嫌な顔で手を挙げていた。
それ以上、話すことはないと彼女は席を立った。
そんな彼女を「待てよ」と呼び止めたのは、イガラムではなくてルフィだった。
「お前、これから先も俺達と戦い続けるつもりなのか?」
「……そこの王女を送り届けるまでは一時休戦で良いよ。私達の都合に巻き込むのも気分悪いし」
「でもよ、航路はずっと一緒じゃねェか」
「私は悪党と手を組むつもりはないの。海賊は皆、悪い奴だ。悪い事をやってるから海賊って呼ばれるんだよ」
「あれか? 海賊に故郷を滅ぼされた事を言ってるのか?」
ルフィから暴露されたオネの過去に、いち早く反応したのはビビだった。
「俺達はそんな事しねーぞ」
「……どうだか。海賊は信用ならないよ」
オネはゾロとナミにも視線を向ける。
ゾロは気にしちゃ居なかったが、ナミは思い当たるところがあるのか視線を落とす。
そして彼の背後に立つクラハドールとアルビダが少し気不味そうにしていた。
「これから先も暫くは同じ航路を取り続けることになるんだろ?」
「……そうだけど、でも」とオネは腰に差していた
「私は、海賊が嫌いだ」
オネの言葉にルフィは、彼女の後ろに立つ二人を、ゾロとナミはクロを見た。
そしてアルビダとクロは全力で目を背ける。
いずれにせよ、オネとルフィが相容れる訳ではなかった。
ゾロが何時でも動けるように腰の刀に手を添えた時、カツンと音が鳴る。
「あら、仲間割れかしら?」
幼い少女の声がした。その場に居たオネ以外の全員が身構える。
オネだけは、視線だけで声の主を見た。酒場にある半壊したカウンター席に幼子が腰を降ろしている。
年齢以上に幼い体躯のオネよりも幼い見た目をしていた。
しかし雰囲気は妙に大人びており、不敵な笑みでこの場に居る全員を見つめている。
まるで品定めをしているかのような視線だ。
「誰だ?」
ルフィが問い掛ける。
ただ者ではないことは直ぐに分かった。
だけど、どういう訳か敵意がないことも同時に見抜いていた。
オネが身構えなかったのも、同様の理由である。
「そこの二人にはミス・オールサンデーといえば、分かるかしら?」
幼子の言葉を聞いた時、イガラムは驚愕に言葉を失った。
あり得ない。とビビが首を横に振る。
「私が知るミス・オールサンデーは二十歳にも届かないような少女だったはず!」
「……年齢については、あまり触れて欲しくないわ」
そんなことよりも、とミス・オールサンデーと名乗る幼子がパチンと指を鳴らす。
「今日は貴方達に提案をしに来たのよ」
オネ達が囲う机からコトリと音がする。
全員が振り返れば、砂時計の中心が硝子の球体になったような置物が誰も気付かない内に置かれていた。
それは