海賊狩りのゾロ。東の海では名の知れた賞金稼ぎの一人であり、世にも珍しい三刀流の剣士でもある。
その実力は千万を超える賞金首を上回ると言われており、東の海では指折りの逸材だ。しかし悪魔の実の能力者が相手だと相性がある。道化のバギーが食べた悪魔の実の名は、バラバラの実。切っても切れないバラバラ人間。打撃が利かないゴムゴムの実とは、ある意味で対極の位置に存在する悪魔の実。剣士の天敵である。
故に、現状の不利を察したゾロは手傷を負った身体で逃走を図る。
その際にゾロは自らの船長に向けられた砲塔を持ち上げて、海からバギー一味の方角。即ち、町に向けて、押し返した。
オレンジの町の住民にとって幸いだったのは、バギーはルフィの処刑に特製バギー玉を用いなかった。それは今回、派手な処刑を行っては眠れる獅子を起こす可能性がある為だ。最低限、見世物としての体裁を保ちつつ、速やかに処刑して速やかに身を隠す。それがバギーの思い浮かべていた計画である。故に、バギーは砲口が自分達に向けられた時、血の気が引いた。それは砲撃に身の危険を感じたからではない、船を両断した化け物が出てくるのを恐れた為だ。
だから叫んだ。よせ、と。だが、相手は、それで止まる一味ではなかった。
かくして大砲は、バギーの一味の中心で爆発する。その騒動の隙にルフィ達は一度、撤退した。
「ナメやがって、あの三人組っ!! ジョーダンじゃねえぞおいっ!!」
もうもう上がる煙の中、煤汚れた姿でバギーは激昂する。
ここまでされてしまっては、もう許す訳にはいかない。
最初から許すつもりもなかったが、バギーは着実に追い詰められていた。
もう一刻の猶予もない。
あの生意気な三人組を速やかに処刑し、身を隠す。
此処から先は速さが全てだ。
「奴らには海賊の一団を敵に回す恐ろしさを教える必要がある! ここで一発猛獣ショーだっ!!」
海賊の一団の中、のっそりと一際目立つ大きな獅子が姿を現した。
その獅子の頭で胡坐を組む男こそが、バギー海賊団の副船長であるモージである。
手懐けた猛獣の嗅覚で、三人組を探し出すようにバギーが命令する。
「ロロノア・ゾロの首は俺が取っても?」
「構わん」
部下達のモージコールを一身に受けて、モージは獅子のリッチーと共に町へと繰り出した。
一方、その頃。町長のブードルは、大砲の音を聞きつけて町中を駆け回っていた。
バギー海賊団が町に来たという話を聞いた時、町の住民を避難所に移動させた。町を一度、海賊共に明け渡し、海軍の助けが来るまで身を潜める腹積もりであった。それでも町に残る人間は居た、店を守ると離れない者も居た。そういった者達は後回しにして、先に避難する意思のある者だけ避難所に誘導した。それが昨日の話だ。今朝方、港のバギー海賊団の海賊船が真っ二つに両断されていたという話を聞いた。バギー海賊団に泥棒に入った親分が捕まり、港で処刑するという話を聞いた次の瞬間には大砲がぶっ放された。港の一角が破壊されているのを見て、なにか良からぬことが起きていると察したプードルは町に残った住民を避難させる為に駆けずり回っているのだ。
とある宿屋に入った時、ピアノの旋律を耳にした。
緑色の髪をポニーテイルに纏めた姿。一振りの刀を腰に差して、賞金稼ぎを自称する。最近は町の外に足を運んでいる事が多く、何をしているのかよく分からない得体の知れない少女であった。
確か、名前はオネ。旅に出たのは半年前、姓は語らず、エレジアのオネと名乗る。
あからさまな偽名だ。
何故ならば、エレジアは、十年前に滅びた国の名前なのだ。
「……どうやら仕留め損なったようだね」
少女は、パタンと鍵盤蓋を閉じ、椅子から腰を上げる。
腰に差した刀の刀身は、町の人から聞いた話では錆びているとのことである。
見た感じ、非力な少女は、飄々とした態度で語り掛ける。
「町長さん、護衛は必要かな?」
◆
手応えはあったはずなんだけど、と腰に差した
「まだまだ修行が足りない証拠だな」
照れ隠しに頬を掻いて、護衛相手である村長の後に続いた。
村長を連れていては大人数の相手をするのは骨が折れるので、海賊の気配がする方には行かないように誘導する。しかし途中で「犬の餌やりに行かなくてはいけない」と言って聞かないので、仕方なく警戒心を高めた。木っ端海賊と比較して、強い気配を感じる。二人と一匹……多めに見て、三人と一匹。鈍に手を添えたまま通りを歩いた。
すると檻に入った男が子犬と喧嘩をしているところに遭遇する。
スタイルの良い女の人が居る。緑色の毬藻のような頭をした男が仰向けに倒れており、額を汗で滲ませていた。よく見れば脇腹を刺されてしまったようで、腹巻が血に染まっている。あの程度の海賊に遅れを取る男なら、不意を打たれても対応できると考えて警戒を緩める。
とりあえず、檻に入っている青年を救ってやる為に鈍の柄を握り締めた。
「身を屈めて」
一言、殺意を込めて、強制的に従わせる。
子犬と共に身を屈めた彼の頭を掠める斬撃、徹底的に鍛えた訳でもない鋳造の鉄程度なら斬るのはそう難しくなかった。
鉄の棒未満の鈍を鞘に納めて、ふわりと欠伸を零す。
「おまえすげぇなあ! ありがとう!」
切り捨てた鉄の檻から青年が身を乗り出す。
こんな小さな身体なのに、と頭をパンパンと叩かれる。チビではない、まだ成長途中なだけだ。胸はいらないけども、もうちょっと背丈は欲しかった。ストンと落ちた体型が刀を振り易くて丁度良いのだ。橙色の髪の女ほどもあれば、自分で切り落としているところである。
それにしても緑髪の男の出血が酷い、これは応急的な処置を施す必要があった。
「町長、肉屋は何処にあるの?」
「ん? こんな時にどうしたというのだ?」
「応急処置、肉を食えば治るから」
「はあ? 何を言っておるのだお前は?」
首を傾げる町長の後ろで「あ~」と声を上げる青年。彼とは仲良くなれそうだ。
怪我を治すには体力が必要である。そして体力をつけるには肉が必要だ。肉を食って寝れば、大抵の怪我は治るものである。あんたねえ、と女の子に異物を見るような視線を向けられた。青年と私を見比べる辺り、彼女もまだまだである。だって心身の健康は肉を食って寝ることから始まるのだ。
疲れた時に、良い肉を食って便して寝る。これをするだけで苦境の九割は乗り越えられる。
町長がマリモ男を家に運ぶのに苦労していたようだったので、ひょいと片手で持ち上げた。
女に担がれるのは恥だとか、なんだとか。マリモ男が叫ぶので、苛立った私は部屋のベッドに叩き付けた。一本背負いで。町長は丁重に扱えと言うけども、これで速やかに寝てくれるのだから手間が省けるというものだ。家を出る時、ふと部屋の壁に掛けてあったギターを眺める。「興味あるのか?」と問われたので頷き返す。なんとなしに手を取り、一節だけ奏でる。どやって町長を見上げれば、ほう、と彼は息を零した。「元気の出る曲も弾けるのか?」と問われたので頷き返し、ギターを手にしたまま外に出る。
外では戦闘が行われていた。
まあ家を出る前から気配で知っていたのだけど。猛獣使いの男と麦わら帽子の青年では存在としての格が違っている。だから彼が負けるなんて微塵にも思ってなかった。
町長が騒ぐのを無視して、私は子犬の隣に座ってギターを調律する。
「お前、楽器が弾けるのか?」
麦わら帽子の男は、獅子の地面に叩き付けられた姿を背に問い掛けてきた。
「どっちかっていうと、これが本業かな? 剣術なんて棒振りと大差ない事しかした事ないし」
素人なんだ。と伝えれば、「嘘でしょ?」って顔を女の人に向けられた。
「だったら俺の仲間になってくれよ、音楽家が必要なんだ!」
「……仲間ってなんの?」
「海賊だ!」
お前で四人目だ、と彼は告げる。
その笑顔を見た私は、少し考え込んだ後に首を横に振った。
此処で彼を叩き切るべきか迷ったのだが、彼は今、町を守る側に立っている。
子犬を守って戦った。それを外に出た時に見て、理解したからだ。
まあ、だからといって海賊になることは万に一つもない。
「私は海賊に故郷の国を滅ぼされた。だから海賊にはならないよ」
赤髪の海賊って知ってる? と問い掛ける。
「赤髪の海賊なら知ってっけど、国を滅ぼすなんて真似をするような男じゃないけどなあ」
「ふうん?」
「片腕を犠牲に海に落ちた俺を守ってくれたんだ」
「……まあ、娘を自分で滅ぼした国に捨てるようなろくでなしでは、なさそうだねえ」
よし、と私は調律を終えたギターを構える。
「海賊なんてならない方が良いよ」
「なんでだ?」
「海賊なんて所詮、無法者。力を付けたら付けた分だけ傲慢になって、人の大切なものを奪ってもなんにも感じなくなっちゃうんだ」
貴方が賞金首になったら斬りに行くよ。と鈍の柄を掴んだ。おっかねえなあ、と彼は緊張感のない笑顔で、にっしっしっと笑ってみせる。
「大丈夫だ、俺達はそうならねえ」
「……どうだか」
「なあ仲間になってくれよ!」
「私は一人でも自由に出来てるのに、私よりも弱い奴の下に付く意味が分からない」
「ああ、それはそうかもな」
じゃあ、と彼が続ける。
「お前に俺達の力が必要になった時、また勧誘するからその時に仲間になってくれよ!」
「弱い癖に?」
「強くなるさ」
「ま、仲間にはならないけどね。その時にまだ海賊やってるようなら潰してあげる」
ギターで適当な曲の旋律を奏でる。
この町には、恩がある。余所者である私を疎まず、受け入れてくれた。
長居をしても好奇の目に晒される事もなかった。
少なからずの愛着がある。
「この町は、ほんの四十年前までは荒地だったと聞いている。此処に俺達の町を作ろう、海賊にやられた古い町の事は忘れて。そんな町長の言葉から始まった本当にゼロからの物語。はじめはちっぽけな民家の集合体でしかなかったけど、それでも少しずつ少しずつ町民を増やし、敷地を拡げて店を増やし、彼等は頑張って来た。それが此処、オレンジの町。私は、立派に成長した港町を素晴らしく思っているし、町民の事を大切に想って駆け回る町長に好感を抱いている」
だから、と私は演奏を止める。ギターを町長に手渡し、海賊の気配の強い場所の方角を見た。
「良い町だ、好きだ。居心地が良かった。私は根無し草ではあるけども、滞在させてくれた恩を返せるくらいの甲斐性は持っているつもりだよ」
ちょっと殴り込みかけてくる。と三人と一匹に私は軽い調子で伝えた。