四人と一匹が所狭しと詰め込んだ船内のすぐ後ろで
時間が過ぎてもロビンの不機嫌な顔は、晴れる気配がない。船と一緒に着替えも取られてしまったロビン御一行様は、島で唯一服を貸してくれた結婚式場で衣服を調達した。しかし子供用の衣服まで置いていなかったので、一人だけスク水にバスタオルを羽織っている。ちなみにバギーとウタが和服で、イガラムとアンが洋服の新郎新婦姿だ。リッチーとバルーンは胸元にリボンだけ付けている。
早く元の身体を取り戻したい、とリッチーの鬣の中でロビンが項垂れた。
ちなみにロビンは強面のリッチーよりもバルーンと一緒に居たかった。しかしバルーンの方がアンと一緒に居たがったので仕方なくリッチーの頭に陣取っている。
バルーンに好かれるアンに対する嫉妬がまたロビンを曇らせる。
そうして自分達の船を追い掛けていると一人の少年が溺れているのを見かけた。
この時、ロビンは眠気で頭が回っていなかった。アラフォーのバギーとアラフィフのイガラムに足漕ぎボードは辛かったのか、共に疲弊しており、ぜぇぜぇと息を切らせるばかりだ。故に動けたのはウタとアンの二人であり、「大変!」と溺れた少年を見つけたウタが、アンに子供を助けるように指示を出す。
それをアンは疑問に持たず、二つ返事で受け入れた。
そんな二人の行動をロビンは、ぽわぽわな頭で見守る。
子供が溺れている? こんな島を離れた場所で? 周囲には岩礁があり、少し泳げば手が届く。
「待って!」と彼女が罠に勘付いた時には、もう遅かった。
「ほら、手を伸ばして」
「……お疲れさん」
無防備に近付いたアンに、少年はにんまりと笑みを浮かべた。
岩礁地帯に仕込まれた罠が発動する。水中から掬い上げられた網の中にロビン御一行はスワンボードごと捕らわれてしまった。「なんだこれは!?」とイガラムが驚愕し「小癪な真似を!」とバギーが憤る。程なくして小船が近付いてくる。船の上にはダウンジャケットを羽織った青年の男、頭にはゴーグルを付けている。ロビンはハナハナの実の能力を行使するか思考する。ハナハナの実の能力は、そのままオハラの悪魔に直結する情報だ。四年前に海賊討伐隊に後れを取ったのも、相手が海軍と知ってハナハナの実の能力を隠蔽したからであり、それ以後、必要以上に能力を晒す真似をして来なかった。先日、アインを襲撃した時もハナハナの実の能力だと分からないように能力を行使した。そして年齢を戻された後は、顔を見られる前に逃げ出した。四歳の顔は、大人の時よりも手配書の八歳の時の顔に似ている。何処で足が付くか分かったものではない。故にロビンは自らの正体を隠す為に、事の成り行きを見守ることに徹する。
ロビン御一行を一網打尽に捕らえた二人組は、満足げな顔を浮かべていた。
「アキース、ご苦労だったな」
「楽勝楽勝! こいつら馬鹿だから簡単に騙されやがった!」
二人の会話に「可愛くないガキだなぁっ!」とアンが苛立ちをみせる。
「けど、しけた連中だぜ。見たとこ金目のものなんてなんも持ってねェや!」
「ハズレかよ。チッ、貧乏人か」
言いながら網の下まで小船を移動させていた男は、網の下を括りつけていた縄を解いた。
網の下が解放されて、ロビン御一行はスワンボードと一緒に船上に落とされる。先ずはイガラムとバギーの二人が甲板に叩き付けられた。その上にリッチーが圧し掛かり、更にリッチーの頭の上にロビンが乗る。ウタは三人と一匹とは別の方向へと転がり、反対側ではアンがバルーンをクッション代わりにした。
「貴方達、誰なのよ! 冗談にしては性質が悪すぎるわよ!」
バルーンの背中でアンが男二人に怒鳴り散らす。
「俺達か?」と青年が笑みを深める。
「宝の山を求めて……」と青年がポーズを取って「航海を続ける……」と少年も青年に続いた。
そして二人は息を合わせて「泥棒兄弟」と名乗り上げる。
「ボロードと!」と答えたのが青年で「アキースだ!」と答えたのが少年だ。
ロビンは、白けた目で二人を見つめた後、二人の背後で乱雑に積み重なる宝箱の山を見た。
ちょっとした意趣返しにハナハナの実の能力で宝箱の山を崩してやる。なんの脈絡もなしに突然崩れ出した宝箱に泥棒兄弟と名乗った二人組は「な、なんだ!?」と驚いた。
ガラガラと崩れた宝箱の中からガラクタ細工がばら撒かれる。
皆が宝箱の中身を気にする中、バギーだけはロビンを横目に見つめた。視線に気付いたロビンがバギーを見返す。しかし、その時にはもうバギーはロビンを見ておらず、散乱したガラクタを眺めていた。その内のひとつを手に取り、物色するバギーをロビンは無言で見つめる。
その視線をバギーは無視し、装飾品に付いた宝石を太陽の光に通す。
「なんだ、硝子細工かよ。ガラクタじゃねェか」
バギーは大した価値もないと知り、装飾品を雑に放り投げた。
「泥棒兄弟と名乗る割には、大した事をしておらんのだな」とイガラムも続いた。
「そんなことねェ!」と反論するのは先程、アキースと名乗った少年だ。
「ボロードを馬鹿にするなよ! ねじまき島にあるダイアモンドクロックを盗んで、世界一の大泥棒になる男だ!」
ダイアモンドクロック、という言葉にバギーとロビンが反応する。
最高の宝石と最高の技術で造られた世界一高価な絡繰り時計、それがダイアモンドクロック。しかしダイアモンドクロックがある島は、人工島なので
ウタは二人の夢を笑ったりしなかった。
夢がある事は良い事だ、ウタも自分の夢を目指して海賊になった。
「私はウタ、世界中に私の歌を届けるのが私の夢! 世界一の歌手として、世界中を歌って回る!」
「世界一の歌手だって!?」
ボロードが驚き、そして続ける。
「……歌手になるのに海賊になる意味はあるのか?」
「海賊は自由の象徴、私は誰にも縛られない世界一の歌手になる!」
胸を張るウタを余所にイガラム、バギー、ロビンの三人が黙ったままボロードを見つめる。
「ところで船はどうしたんだ?」
ボロードがロビン御一行に問い掛ける。
「流石にこの船で偉大なる航路を渡るのは無理があるだろ?」
「それが盗まれちゃって」とアンが答える。
「おまえらの船って、もしかしてBWの旗が掲げられた船の事か?」
「見たの!?」とアンがボロードに詰め寄った。
ああ、と頷いたボロードは顎を撫でる。
「トランプ兄弟の所でな」
「トランプ兄弟?」
ボロードの言葉にウタが首を傾げる。
「確か、悪魔の実の能力を持っている割に懸賞金の額が低い海賊でしたな」とイガラムが答える。
そうだ、と再びボロードが頷いてみせた。
「って、どういう覚え方だよ」
「……いえ、少し前まで賞金稼ぎをしていたもので」
「勤勉なんだな」
まあいい、とボロードが仕切り直す。
「ねじまき島を根城にして近海を荒らす極悪海賊団だ」と彼は、妙な準備の良さで懐から手配書を取り出した。
ロビン御一行は、受け取った計五枚の手配書を確認する。
トランプ海賊団の主力であるトランプ五兄弟には賞金が懸けられている。
船長のベアキングは、1160万ベリー。次男のピンジョーカーは990万ベリーで、三女のハニークイーンは780万ベリー。四男のスカンクワンが600万ベリー。そして末男のブージャックが320万ベリー。
東の海だったら大物だな、とバギーが笑みを深める。
ロビンもまた五人で合計しても自分の半分以下の懸賞金という感想を抱いており、ウタも船長でバギー一人分なら大丈夫かな、と楽観視した。
「なんで呑気なんだよ! 自分の船を盗んだ奴らだぞ? もっと怒るところだろ!」
ボロードのその言葉で、面倒な事をしてくれた。とロビンは溜息を零す。
イガラムとバギーも冷めた目でボロードを見つめていたが、あえて口には出さなかった。乗り気にならない御一行にボロードが焦り出した時「ボロード、あれ!」とアキースが呼び掛ける。少年が指で差す海の向こう側からは船団が近付いて来た。
トランプ海賊団だ、ボロードの言葉に御一行が視線を上げる。
「流石に数が多いな」と十隻近くある船団にバギーが零す。
「……ねェ、あの船を盗んだ方が早くない?」とウタが問い掛ける。
「馬鹿言うな、あんな大きな船じゃ人数不足で扱えねェよ」
「うーん、そっか。なら歌う?」
ウタが歌う構えを見せた時、先頭にある海賊船の船首から若い女性が裸体で身を乗り出す。
船首は熊の彫刻で、船首の頭は風呂になっていた。そこに女が浸かっている。何故、船首に風呂があるのか疑問に思ってはいけない。そこに風呂があるから、あるのだ。その事実だけが重要である。
そして、それ以上に重要なのは、女はナミにも負けず劣らずの体付きをしていたという事だ。
即ち、ボンキュッボンである! それでいて金髪のツインテイルだ!!
「なんと、なんとけしからんっ!!」
いの一番に反応したのは、アラバスタ王国の護衛隊長であるイガラムだ。
彼は鼻から血を垂らしており、女性三人から白い眼を向けられる。
その視線を感じ取り、イガラムはゴホンと咳をした。
良い反応をくれた裸体の女はイガラムに手を振り返している。
「……なんとけしからん連中だ、私達の船を返していただこうか!」
「格好つけるなら先に鼻血を拭いてからにしてくれない?」とアンが呆れた声で告げる。
「グアー……」とバルーンの目も心なしか冷めていた。
うーん、と女は考え込む仕草を見せた後、知らな~い、と興味なさそうに答える。
女、ハニークイーンは船上から眼下の小船を眺めた。そしてウエディングドレスの姿をした一人の小娘が目に入る。顔良し、胸良し。婚期を気にする長男が好みそうな相手を見つけた、と兄思いなハニークイーンは笑みを深める。そして彼女は近場に控えていた豚のように肥えた丸い身体の末男に視線を送る。
末男のブージャックが船首に乗り出し、そして眼下のウエディングドレスを着た女を見た。
「あの女か?」
「ええそうよ、良い土産が出来そうね」
二人は簡単なやり取りをした後、ハニークイーンが指を鳴らして船員に合図を送る。
「ウエディングドレスを着た女を生け捕りになさい!」
船団の戦闘員が一斉に小船へと飛び出した。
「もう良いよね?」と問うウタに「ああ、いいぜ」とバギーが一歩後退する。ウタは大きく息を吸い込んで、そして歌を歌い出す。彼女が奏でる歌声は本来、人間では発する事ができない声だ。
しかしウタウタの実の能力を行使する事で、彼女は人間の声帯を超越した。
「~♪」
本来、人間に発する事が出来ない神代言語ですらも彼女は歌に乗せることが出来る。
「良い歌声ね、彼女は好きにしても良いわよ」
ハニークイーンの一言にトランプ海賊団の勢いが増した。
一気呵成に襲い掛かる。だが一歩、遅かった。ウタの頭上にある空間に罅が入り、まるで硝子が割れるように砕け散る。空いた空間の穴の向こう側から巨大な腕が飛び出した。魔人の腕は周囲を薙ぎ払い、小船に飛び込んで来たトランプ海賊団を一蹴する。巨人が小人を振り払うような一撃に、ハニークイーンとブージャックは勿論、泥棒兄弟ですらも冷や汗を流す。しかし、ボロードは強気に笑みを浮かべて、汗に滲んだ手を握り締める。
そんなボロードの期待も知らず、ウタは歌うのを止めてしまった。
「おい、まだ相手は残っているぞ?」
ボロードは問い掛ける。ウタはニカッと笑い、ぶわっと全身から汗を流した。
「ごめん、一発打ち切りなんだ。後は任せる」
「はあっ!?」
リッチーの後ろに下がったウタを見て、ハニークイーンも今の一撃が連発できない事を察した。
「あの大技は連続では出せないようね! 今の内に畳みかけなさい!」
トランプ海賊団の船員は、咆哮を挙げて今度こそ小船に乗り移って来た。
流石の物量に焦る御一行の中で、バギーだけが強気な笑みを浮かべて矢面に立つ。今の彼は和服の新郎姿、背後に下がった和服の新婦を背にバギーは自分の能力を惜しみなく披露する。バラバラに分解した身体で相手を翻弄し、リッチーが鉄檻を一撃で粉砕するパワーで次々と相手を薙ぎ払った。リッチーの頭に乗ったロビンは、振り落とされないように必死で鬣にしがみ付いている。
これが懸賞金三千万ベリーの力か、とボロードが目を輝かせる。
「俺が行く!」
ブージャック、手配書にもあった顔の男がトランプ海賊団の船から飛び出した。
彼は空中で豚のような巨体を丸める。
彼は羊の毛の上着を羽織った彼は、もこもこの球体になった。
そして全身から棘を出し、棘付きのモコモコボールとなって、リッチーに襲い掛かる。
棘を恐れたリッチーは、これを躱した。
躱した結果、ブージャックの身体は小船に突き刺さる。
そして小船は強烈な一撃に耐え切れず、バラバラに砕けてしまった。
この衝撃で悪魔の実の能力者であるウタとバギーは海に落ちる。
二人を救出する為にイガラムは海に飛び込んだ。アンはバルーンに救出されていた。空を飛んだバルーンの背中に彼女はおり、海に落ちた能力者の二人を助ける為に自分も海に飛び込もうとする。しかし、それは叶わない。
「折角のドレスが台無しになるじゃない」
ハニークイーンがアンの目と鼻の先まで接近していた。
彼女はアンの鳩尾に一撃を加えて気絶させた後、アンの身体を担いだままバルーンの身体を蹴った。バルーンはアンを助ける為に急旋回を試みる。しかし、それもまた叶わない。バルーンの頭上には超人的な脚力で飛んだブージャックが棘付きボールの構えを取っていた。バルーンは、その事に気付けなかった。
ブージャックな強烈な体当たり攻撃をバルーンは背中に受けてしまった。
そして彼もまた、そのまま海に落ちる。
リッチーは海上を懸命に犬掻きをしていた。
彼の頭の上ではロビンがぐったりとしている。泥棒兄弟の姿もなく、ハニークイーンは勝利を確信して「目的は達成したわ!」と撤収の指示を出す。ブージャックが最後の駄目押しに爆弾をリッチーに放り投げ、止めを刺す。
そうしてリッチーも海の中に沈んだ。
アンは連れ去られて、ロビン御一行は敗北してしまった。
ねじまき島は、東の海だとは思いますが、
本作では偉大なる航路にある事にします。