なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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6話.麦わら帽子

 特製バギー玉、それは夢の名残である。

 嫌という程に身の程を思い知らされたバギーが、偉大なる航路(グランドライン)を生き抜く為に開発した特別製の榴弾砲。その破壊力は町を抉るほどのものであり、並大抵の海賊船が相手なら一撃で屠ることができる。バギー海賊団には特別、優れた船員は存在して居なかったが、この砲弾だけで偉大なる航路の前半を航海することも可能だ。だがバギーには、馬鹿になれる才能がなかった。幼い頃から好き勝手な事ばかりする幼馴染が隣に居たので、自然とストッパー役になっていた彼は無鉄砲な言動を忌避するようになり、才能に満ち溢れた幼馴染を誰よりも近い場所で見ていたので、傲慢になり切ることも出来なかった。

 結局の話、自分の夢に自分自身の命を張れるだけの度胸がバギーにはなかったのだ。

 

 どれだけ化粧で見栄を張ろうとも本質は変わらない、女々しくも準備だけは虎視眈々と進めているのがバギーという人間である。

 しかし威力だけは超一級品。白兵戦で敵わないのであれば、せめて艦隊同士による砲撃戦で戦えるようにすれば良い。如何に強力な能力者であったとしても接敵する前に船を沈めてしまえば無力化できる。化け物ばかりの世界で軽視されがちな艦隊戦に目を付けたのは、無理なものは無理と頭の切り替えが早いバギーならではの発想であった。

 本来は、人一人を相手に使う兵器ではない。

 しかしバギーは知っている。世界最強の男と謳われた“白ひげ”エドワード・ニューゲート、ナチュラル・ボーン・デストロイヤーこと“ビッグ・マム”シャーロット・リンリン。後の最強の生物“百獣”カイドウ。海軍の英雄であるガープの他に様々な大英雄を間近に見て来たのだ。ロジャー船長と相対した時の本気の姿を見ていた。故に、特製バギー玉が絶対の信頼に足る兵器だとバギー自身も考えちゃいなかった。

 特に武装色の覇気を持っている相手であれば、仕留めきれていない可能性の方が高い。

 

「オイオイオイオイオイ…………」

 

 だが、これは彼にとっても予想外の結果であった。

 特製バギー玉は、特別製の榴弾砲。巨人族の剣技である覇国をモチーフにした一撃が少女に当たる寸前、彼女の腰に挿した刀の刀身が一瞬だけ黒く閃いたのが見えた。特製バギー玉は真っ二つに両断されて、彼女を避けるように左右に分かれて直進する。まるで彼女の背中にあった町を避けるかの如く、同時にバギーの頭部もまた斬られてしまっていた。ふと少女は、足先から全身の力を抜いた。ふっと前のめりに倒れるような前傾姿勢、そのままバギーの目には捉え切れない程の速さで擦れ違った。キンッと刀を鞘に収める音、バギーのバラバラに分解した部品のひとつひとつがバラリと割れる。

 少女は気怠そうに振り返り、まだ修行不足だ。と溜息を吐いた。

 

「斬れば斬るだけバラバラになる存在を、斬って倒すにはどうすれば良いのかな?」

「残念だが俺様は、武装色の覇気を纏った斬撃でも殺せねェぞ?」

「武装色? まあいいか、幾らでも試してやる」

「幾ら試したって結果は同じだッ!」

 

 少女、オネは僅かに前傾姿勢を取って腰に差した刀に手を添える。

 彼女が鈍と呼ぶ刀の刀身は、錆びている。幼い頃は、本当に斬ることが出来なくて頭を悩ませる毎日だった。そこで道具が悪いと考えないのが彼女が彼女足る所以であり、鈍と呼んだ刀で斬れるようになるまで軍艦を叩き付けた十年以上。彼女は錆びた刀で物を斬る術を身に付けた。物を斬るには、どうすれば良いか。考えて、考えて、考え抜いた末に、逆に物を斬らないとは何か、ということを追求し始める。斬らないを理解すれば、斬るを理解することにも繋がると考えたのだ。

 二人の間には、五メートルほどの距離がある。バギーは一度、身体を戻して、ナイフを握り締めた両手を飛ばして攻撃を仕掛けた。

 

「ィ……ぎッ!?」

 

 瞬間、バギーの両手に鋭い痛みが走った。

 硬い物差しのようなものを縦にして、叩かれたかのような感覚。バギーはバラバラの実に対する対策として、鞘か峰による攻撃を予見していた。なんなら手刀を始めとした徒手空拳をも視野に入れている。しかし、そのどれでもない激痛。予期しなかった感覚に一瞬、怯んでしまった。その一秒にも満たぬ隙でオネはバギーとの間合いを潰す。バギーの眼前を、黒い刀身が閃いた。斬られれば、バラバラになる肉体に鈍の錆びた刃がめり込んだ。

 バギーの身体は衝撃に耐え切れず、幾つかの木々をへし折って吹き飛んで行った。

 

「刀を扱う者として、相手を斬らない技ってのは釈然としないけど」

 

 まあ、とオネは刀を鞘に収めながら続ける。

 

「別に剣士って訳でもないしね。アリかナシかでいったらアリだ」

 

 それはそれとして修業は続けるけど、とオネは木々のへし折れた先を目指した。

 

 

「ク……ソ……がッ! 擦れ違い様の攻撃たァ……神避や雷鳴八卦じゃねェんだぞ……!」

 

 森の外まで弾き飛ばされた俺様は全身から血を流し、息も絶え絶えの状態だった。

 バラバラの実は、斬撃に対してはオートで発動してくれるが、打撃に対しては見てから反応する必要がある。目で影を追う事は出来たので、海軍の六式よりかはマシだが、それでも身体が反応できなければ意味がなかった。でもまあ、それなりに時間を稼ぐことはできたはずだ。見聞色の覇気を持ってるってのが厄介だが、先の言動から奴は覇気についての知識がない。まだ使い熟しているって訳ではなさそうなのが救いである。

 このまま距離を取り、気配を殺して歩けば、逃げ切ることも出来なくはないはずだ。

 

「ん? お前、どうしたんだ?」

 

 俯せに倒れた満身創痍の身体、静かに顔を上げた。憎たらしい顔が、そこにあった。

 

「麦わら……何故、てめェがこんなトコにいやがるんだ……!!」

「ちびっ子を追いかけて来たんだ。偉大なる航路(グランドライン)の海図を貰ってないと思ってな」

「狙いはそれか……!」

 

 ゆっくりと身体を起こす。咳をした、血の混じった痰を吐き出す。

 

「ハァ……ハァ……あの場所は名もない海賊がやすやすと通れる甘えた航路じゃねェぞ。てめェらなんぞが偉大なる航路に入って何をする!」

 

 観光旅行でもするつもりか、とナイフを構えながら睨み付ける。

 今すぐにでも、この場から離れないといけないのに、ここで足止めを食らっては辻斬りがやって来る。

 すぐに伸して逃走する。それが今、俺様にできる最善だ。

 

「海賊王になる」

 

 だが、それまで考えた思考は、小僧の一言で全て消し飛んでしまった。

 

「フザけんなッ! ハデアホがァッ!!」

 

 コイツは言ってはならない事を口にした。

 

「てめェが海賊王だと!? ならば、おれァ神か!!?」

 

 コイツは此処で潰しておかないといけない。

 そりゃ俺様は出来の悪い子供だったよ、才能に恵まれたアイツのようにはいかなかったさ。

 俺様ではロジャー船長の遺志を継ぐことはできないよ。

 だけどなァ、これを許してしまっては、俺ァロジャー船長に顔向けが出来ねェ。

 船長の遺志を簡単に口にするんじゃねェ!

 

「世界の宝を手にするのは俺だ! 夢みてんじゃねェッ!!」

 

 お前のようなクソガキが名乗れる肩書きなら俺様が最後の島に行って船長の遺志を継いでいる。

 

「文句があるならかかって来い。やかましいよ、おまえ」

「おいおいおいおいおい! 口を慎めよ、ごむごむ!」

 

 辻斬りのことなんか、もうどうだって良い。

 俺様の海賊としての矜持を穢された。

 ロジャー船長を、オーロ・ジャクソン号の船員達を、そして、あの大航海を侮辱した。

 ならば、もう、今、この場で、殺すしかねェ。

 これを見逃してしまっては、俺様はもう、海賊を名乗ることすらできねェ。

 ああ、そうだ。こんなに怒ったのは、あの時以来だ。

 

「てめェのその麦わら帽子を見てると若かりし頃のあの男を思い出すぜ。クソ生意気なあの赤髪の男を」

「赤髪の男? 赤髪って……シャンクスの事か? 知ってんのかお前!?」

「……んん? なんだ、興味津々だな。知ってるが……どうした?」

「今どこにいる?」

「どこに? さァなァ、知っているといやあ知ってるが……知らんといやあ、全く知らん」

 

 あのクソ野郎との繋がりに興味がない訳ではないが、今は時間制限がある。

 さっさと話を切り上げて、舐めた口を叩きやがったクソガキに身の程を分からせてやらにゃいけねェ。

 おもむろに右手を翳し、麦わらの男に照準を定める。

 

「てめェが知りてェことを教えてやるほど俺様は良い人じゃねェぞ! バラバラ砲ッ!!」

 

 指の間に四本のナイフを握り締めたまま、手首から先を飛ばす必殺技。流石に真正面からの一撃に麦わらの男も反応して手首を掴んで止めるが、掴んだのは失敗だ。

 

「切り離しっ!!」

 

 掴まれた手首の更に先端から切り離し、二段式のロケットで相手の顔面を狙った。

 しかし反射神経が良いようで、首を捻って避けられた。なるほど、悪魔の実の能力にかまけているって訳ではないようだ。だがあくまでも東の海基準だ。それじゃ到底、偉大なる航路では、やっていけねェよ。仰向けに転がるように倒れた麦わら男に追撃を仕掛ける為に、下半身を手裏剣のように回転させながら敵を目掛けて飛ばした。名付けて、バラバラせんべい。地面すれすれの攻撃を麦わらの男は咄嗟に跳んで回避したが、それは予測済みだ。身動きが取れない空中を狙って、両手のナイフを投擲する。森から離れた開けた場所、麦わらの男は器用に身を捩って躱したが、それでも幾つかのナイフが奴の肉体に刺さる。

 その時、奴は麦わら帽子を庇う仕草を見せた。今は右手に持って、抱え込んでいる。

 

「はァん? ……そうか、あれはアイツのか」

 

 駄目押しの一本。

 前へ前へと突っ走る何処までもポジティブな幼馴染を、せめて援護できるようにと鍛え上げた投擲術。

 皮肉にも、それは奴が大事にしていた麦わら帽子を貫いた。

 

「その麦わら帽子に、もう価値なんてねェんだな……?」

 

 ロジャー船長の遺志は、あの野郎にとってはもうどうでも良いようだ。

 

「この野郎ォ! よくもこの帽子を傷付けたなッ!!」

 

 決別の一撃は、麦わらの男を激昂させる。

 ああ、そうだよなあ。怒るのが、当然だ。

 俺様だって、その帽子を受け継いだのが俺様なら怒る。

 

「これは俺の宝だっ! この帽子を傷付ける奴は絶対に許さねえっ!!」

 

 だがなァ、船長から受け取ったものを何処の馬の骨とも知れねェ奴に渡した事に俺様も激昂してらァッ!!

 

「がはははははははっ! こんなくたびれた帽子の何が宝だっ!!」

 

 大事ならちゃんと守れ、と麦わらの男を通した先のクソ野郎に告げる。

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