なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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海上レストラン編
9話.海上レストラン「バラティエ」


 東の海(イーストブルー)のサンバス海域には、世にも珍しい海上レストランが存在する。

 大海原に浮かんだ大きな魚を模した船。悪党が蔓延る大海賊時代において、海上で商売をするなどと実際に見るまでは半信半疑であった。この店には、目的があって来た。私の事を付き纏ってくる女海兵が、世界最強の剣豪である鷹の目の男が店に訪れた事があるというのだ。同じ刀を扱う者として、彼の者に興味がない訳でもなかったが、そんな事よりも此処の料理は美味しいという話。つまり、美味しい料理が食べたくて足を運んだのだ。

 大きな魚を模した船に小舟を寄せて、外から中を覗き見る。

 すると想像していた以上にしっかりとした店であり、お客様もみんなスーツにドレスとドレスコードがしっかりとしていた。最低限のテーブルマナーは教えて貰っているけども、今の私は、随分とラフな格好だ。故郷のオペラハウスは、そういうのに五月蠅い場所だったので、よく分かる。ドレスコードがあると、周りは勿論、お店にも迷惑を掛ける事になる。

 ぐぬぬ、と悩んでいると「レディ、如何なさいましたか?」と横から声を掛けられる。

 

「店の中には、入られませんので?」

 

 煙草の火を消しながら話しかけて来たのは、金色の前髪で片眼を隠した黒スーツの男性。私が服の胸元を掴んでみせたが、彼は首を傾げた。

 

「ご家族は?」

「御一人様だよ、あの小舟で来たんだ」

「……あの小舟で?」

「美味しい料理を食べさせてくれるって話を聞いたんだ」

 

 私の小舟を訝し気に見つめる男に「だけどねえ」と続ける。

 

「私って今日、ちゃんとした服を持って来てないんだ」

「服? 別に似合ってると思いますが?」

「此処って、そういう人向けの店じゃないの?」

 

 そこで漸く「ああ」と彼は心得が言ったように呟いた。

 

「今日は特別、そういう人が多いってだけだ。此処には海賊や賞金稼ぎといったならず者も来る」

「ふうん?」

「さあ入った入った。ウチの料理が美味しいと聞いて、店に来た客を何も食べさせずに送り返す訳にゃいかねえ」

 

 背中を押されて店に入る。端の方の席に案内を受けて、椅子に座った。黒スーツの男が「少し待っていてくれ」と店の奥の方へと入ったのと入れ替わりに腕の太い髭面の男が揉み手で近付いて来る。

 

「いらっしゃいませ、イカ野郎」

 

 と満面の笑顔。彼を白い目に眺めていると「ヘボイモおそれ入りますが」と続けて彼が問い掛ける。

 

「代金はお持ちで?」

「あるよ」

「如何程?」

 

 私は少し考えた後、指を三本立てる。

 

「三千万ベリー」

「……三千ベリーで?」

「三千万ベリー。今日の分は、これで足りるかな?」

 

 机の上にトランクケースから引き抜いた札一束を置いた、

 今、私の手元にあるのは百万ベリー。三千万ベリーというのは半年間、私が賞金首を狩って稼いだ金額だ。

 男は汗をだらだらと流しながら札一束を見つめていた。

 

「へ、ヘボイモおそれ入りましたァーッ!!」

 

 腰を直角に曲げて勢いよく頭を下げた彼は「メニューを取って来ます!」と店の奥へと早足で駆け込んだ。

 そしてまた入れ替わるように金髪の男が料理と飲み物を片手に戻って来る。

 

「……それ、別の方の注文じゃないの?」

「これは一見様大歓迎キャンペーンのサービスでございます。是非とも当店を御贔屓に」

 

 そういって私の前に出されたのは炒飯に水だった。

 水は結露が浮かんでおり、充分に冷えているのが見て取れる。

 対して炒飯は出来立て熱々だ。

 スプーンを手に取り、口の中を火傷しないように運んだ。

 少し濃いめの味が美味しかった。

 具材もべちゃっとしてなくて、パラパラしている。

 

「パパが作る炒飯よりも美味しい」

「ははっ、これが俺の職業だからな。年季が違うってもんよ」

「お兄さん、名前は?」

 

 黒スーツの男は、きょとんとした顔を浮かべた後、姿勢を正して、まるで演劇の俳優のように綺麗な立ち姿で頭を下げる。

 

「私は当店、海上レストラン“バラティエ”の副料理長サンジです」

「サンジ、覚えた。ねえサンジ、私と一緒にデートしてよ」

「それは勿体ないお誘いだ。しかし、レディ。俺は今、仕事中だ。俺の仕事が終わるのは真夜中になる」

「終わるまで待つけど?」

「子供は寝る時間だ。もう少し大人になってからまた誘ってくれよ」

 

 そう言って、彼は私の頭を撫でる。

 彼のいう大人って何歳からなのだろうか、私はこれでも十六歳で結婚出来る御年頃だ。

 あとまあ私の言い回しも不味かった。

 彼が私に優しいから、ちょっと気取った言い回しをしたくなったのだ。

 素直に直接、伝えた方が良い。

 

「デートの行く先は────」

「おい、サンジ! お前、お客様にそんな飯を食わせてんじゃねえよ!」

「あぁん? パティの野郎か……余った食材で作った賄いじゃねえか。腐らせるよりかは腹を空かせたレディに食べて貰った方が良い」

「そういう意味じゃねぇっ! この方は、ちゃんとしたお客様だ!!」

 

 サンジが首を傾げる横で「だるまさん」と私は彼に呼び掛けた。

 だるまさんが畏まった様子で差し出してくれたメニューを受け取り、中を流し見る。

 無駄に長い料理名、こういったのを幼い頃に何度か見た事がある。

 どれを食べようかな、と考えた後。私はだるまさんに問い掛ける。

 

「ここってマナーとかあるの?」

「いいえ、ありません。ヘボイモおそれいります」

 

 それを聞いて、んじゃあ、と私は過去にやりたかった夢を叶える事にした。

 

「此処に書いてあるの全部。あ、お酒はいらないよ」

「おい、それは……」

「だるまさん、さっき見せた分で足りる?」

「かしこまりぃぃぃぃっ!! バラティエ名物満漢全席フルコース入りまーすザマありません!!」

 

 そう言って店の奥へと駆け出すだるまさん。

 私と彼のやり取りを困惑した様子で見守っていたサンジは「おい待て、パティ!」と彼の後を追いかけて行った。

 テーブル席に一人きり、料理が運ばれてくるまでの間に炒飯をぺろりと平らげる。

 仲間が必要だと思っていた。

 偉大なる航路に入ると今以上に過酷な航海になる。

 長い航海、船の操縦に気を取られて、腕が鈍ってしまうのを避けたかった。

 だからしっかりとした船と仲間が必要になる。

 美味しい料理を作ってくれるのであれば、なお良かった。

 

「稼ぎは適当に賞金首を狩れば、なんとかなるだろうし」

 

 今は大海賊時代、路傍に転がっている悪党を狩るだけで路銀を稼げる。

 ただまあ私の目的が復讐にあるので、それに付き合ってくれる人間なんて居るとは思えなかった。

 それに付き合わせるのも申し訳ない。

 何事も行動からだと思って、考える前に行動したのがいけなかった。

 だけどまあ復讐だけに生きるつもりもない。

 

 復讐は、しないと気が済まないけど、そこで人生を終わらせるつもりもなかった。

 要は、泣き寝入りは嫌なのだ。泣きを見せてやるのだ。

 なんかもう許せないから許さないのだ。私の気を済ませる為に復讐をする。

 

 慌ただしくなった店の奥、台所から料理が運ばれてくる。

 とりあえず運ばれてきた一人前分のフルコースを堪能した。口元を丁寧に拭った後、途中から隣で控えていたサンジににっこりと微笑みかける。

 

「レ、レディ。失礼ながらお聞きしますが、今、何分目で?」

「一分目にも達してないよ」

 

 サンジは引き攣った笑顔を浮かべた後、慌てて店の奥へと駆け込んで行った。そこからもうペースが早かった。次から次に運ばれてくる料理を黙々と平らげる。料理のマナーは知っていたからガツガツとはしない、けど、食べ終えた食器はタワーのように積み重なっていた。

 デザートになった頃合いで、額に脂汗を滲ませた金髪の副料理長が笑顔で問いかける。

 

「ご満足頂けましたかレディ?」

「うん、とっても美味しかった。やっぱり私はお肉が好きだから牛肉のステーキとか魚のソテーとか美味しかったんだけど、海の上で食べる新鮮な野菜って最高だ。ソースもとっても美味しかったから、はしたなかったんだけどパンの切れ端で綺麗に頂いたよ。スープも味が濃いのに、どろっとしてないの。あれってどうやってるの?」

「コンソメの事か……? ああ、あれは……」

「それでね、それでね。私、ちゃんとしたお店のは久し振りだったから、食感とかって気にしてなかったんだけど……食感で味って変わるんだね!」

「ああ、皿にも拘っているんだ。例えばだな……」

 

 食べた料理の事を言おうとすれば、次から次に言葉が溢れてくる。だけど語彙力が足りなくて拙い言葉遣いになっちゃったのだけど、サンジは笑顔で最後まで話を聞いてくれた。

 

「それでね、サンジ」

「なんですか?」

「やっぱり付いてきてよ」

「いや、それは……」

「目的地は偉大なる航路、それも新世界!」

 

 私が両手を上げたラブコールにサンジの副料理長としての顔が、初めて揺らいだ気がした。

 

「おい、あいつ……辻斬りのオネじゃないか?」

 

 御飯をいっぱい食べたせいか目立ってしまったようだ。

 客の一人の言葉に「辻斬りって、あの?」とサンジが驚き私を見た。その瞳に映る色、疑惑だ。その奥からは未来を夢見る光が垣間見えた、ような気がした。

 あれ、もしかして脈ある?

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