死神に、愛を囀る青い鳥   作:タナゴコロ

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★13★ 新しい鎖の重さ。

 

 ルネとの微睡むような結婚生活が一年経ち、段々と屋敷の使用人達も彼女がここにずっといることが普通だと受け入れ始めた。以前までと比べて言葉を交わすことが増えたわけではないが、ルネ曰く空気のように扱われることもないと言う。

 

 ――ずっと続くと良いと思える日常が、そこにはあった。

 

 屋敷で副業の調薬をする日はまるで雛のようにずっと隣にルネがいて、そんな時に限ってルネが飲んだ媚薬と同じものが注文リストにあって気まずかったり。それに気付かず手を伸ばそうとする彼女から薬瓶を隠したり。

 

 薬草園で雑草引きを手伝ってくれていたはずが、図鑑を与えたせいで薬草に興味を持ったルネを相手にいつの間にか薬草学の授業をしていたり。

 

 ドレスを泥まみれにして使用人の洗濯婦に叱られたり。時々世話になったあの教会に調合した薬を無償で譲渡しに行ったり。

 

 彼女の起こす行動はいつも斜め上で、今までは何も感じなかった日々は急激に慌ただしくもなったが、鮮やかに色付いて見えた。ルネはいつも楽し気な表情で笑い、死顔は影も形もない。

 

 朝食も、昼食も、夕食も、仕事が副業だけの日は全部一緒に食べる規則正しい生活は、華奢だったルネの身体を健康的な肉付きに変え、代謝が上がったおかげか肌に沈着していた傷跡も初めて会った日からだいぶ薄くなった。

 

 元から可愛らしい顔つきだった彼女の笑顔は、最近だと時々直視するのが難しいことがある。けれど視線を逸らすことが出来ない微笑みを真正面から受け止めると、ルネは決まって膝の上に陣取って口付けをねだり、私もそれを拒まなかった。

 

 ――それがいつも本業のあとにもたらされることが、彼女なりの私への労りなのだと気付いたのはつい最近のことだ。毎日更新されていく胸の中で育つこれを、人は【愛情】と呼ぶのだろう。

 

「ああルネ、それは雑草じゃない。よく葉を見てごらん。この葉が展開するとこっちの葉と同じになるだろう?」

 

「あら……ほんとうね。ちいさいこのこだわ」

 

 今日も朝食をとってから、屋敷の敷地内にある薬草園でルネと雑草を抜いていた。秋の気候だとまだまだ雑草が伸びる。以前までは淡々とした業務の一環であり効率的に行っていたこの作業も、ルネと一緒だと非効率的で楽しい。

 

「じゃあ、こっちのおはなは?」

 

「それは雑草だな」

 

「こんなにかわいいのに、いらないのね。なら、わたしがもらってもいい?」

 

「勿論だ。根をあまり切らないように気をつけなさい」

 

「ふふふ、はーい」

 

 大きなミミズを見つけたと言ってははしゃぎ、可愛い花が咲いている雑草を引き抜くのを躊躇う彼女のために、薬草園の敷地内には様々な形の花を咲かせる雑草園がある。

 

 ルネは桃色の小花を咲かせている雑草の周辺の土を、誕生日に贈った移植ごてでそっと掘り出し、普通なら無感情に引き抜くか踏み潰してしまいそうな雑草を、大切そうに両手に掬って自分の花園へ持っていく。

 

 紫、黄色、赤、青の秋色の花園へ新たに桃色の小花が加わる。葉の形も草丈も全然違う花園は、異物を拒まず柔らかく包み込む。まるで持ち主である彼女の心そのままだ。

 

 ――と、戻ってきた彼女の顔を見て思わず笑ってしまった。たぶん泥のついた手で鼻を擦ったのだろう。ルネは私が笑ったことに嬉しそうに微笑み返しつつも、何故笑われたのか分からないとばかりに小首を傾げて近付いてくる。

 

「鼻の頭に土がついている」

 

「え、ぼうしは? ぼうしには、ついてない?」

 

「帽子にはまだついていないが……顔にはついてても良いのか?」

 

「かおは、いいの。でもぼうしはだめ。トリスがくれたのだもの」

 

「それは光栄だ。しかし私はルネの顔が土で汚れている方が気になる」

 

 とはいえ、こちらも手が汚れているのでまだ汚れが少ない袖を使って拭うしかないのに、ルネは私が誕生日に贈った帽子が気になるのか、頭の上を気にして正面を向いてくれない。

 

「そのままだと肌が荒れる原因になってしまうから……こちらにおいで」

 

 ようやくこちらに顔を向けた瞬間を狙って鼻の頭を拭うと、ルネは嬉しそうに袖へと顔を押し付ける。犬猫の子供のようにじゃれついてくる妻の額に口付けていると、屋敷の方から使用人が手紙を持って歩いて来た。

 

 使用人の手から無表情に手紙を受け取り、短く礼を言って下がらせる。封筒を裏返して差出人の名を確認しただけで、読まなくとも内容が察せられた。せっかく今まで穏やかな時間を過ごせていたのに、またかという嫌な気分が気配に出てしまったのか、正面に座っていたルネの表情が曇る。

 

「――また、おとうさまから?」

 

「そうだ。でもルネが心配するようなことは何もない」

 

 僅かに波立った気持ちを誤魔化すようにそう言って抱き寄せると、ルネはあれだけ気にしていた帽子がよれるのも構わず、ギュッと肩口に頭を埋めた。帽子のツバが頬に当たってやや痛いが、彼女の不安もよく分かるのでそのまま抱きしめる。

 

 ギレム家からの手紙は結婚直後からだいたい二週間に一通の頻度で届く。その全てが子供を急かす内容の書状だ。確かにその為に結んだ婚姻関係ではあるが、いくらなんでもあからさま過ぎて気分が悪い。

 

 屋敷に訪ねて来ることも、顔を見せに来いとも言わずこうして延々【子供はまだか】の催促ばかり。結婚してからルネが実家の様子を尋ねてくることもないので、親戚付き合いをしなければならないことがないのは幸いか……。

 

 通常でも出産の際に女性が命を落とすことはある。それを親として心配するなら分かるが、こうも催促してくる理由は、恐らく一刻も早くルネに子供を産ませて、王家から残りの報酬を貰おうという浅ましい算段からだろう。

 

 ――それに加え、私の心配すべきことも当初から変わっていなかった。彼女からの愛情を疑っているのではない。ただ、これまでのダンピエール家の歴史を彼女も辿るかもしれないと思うと、当然のように受け入れてきたはずの自分達の一族の忌まわしい歴史が恐ろしくなった。

 

 ルネが痛みを感じないこともその心配に拍車をかける。生きる上で煩わしい機能とはいえ、痛みを感じるということは命を守る術でもあるからだ。

 

 そしてルネは無痛症であるが故に命を守る術を持たず、人よりも少しだけ足りない。そんな彼女が徐々に母胎として変わっていく身体に理解が追いつかないで、精神が壊れてしまうかもしれないと思うと、頭の芯へと氷柱を突き立てられた心地になった。

 

 それなのに彼女が腹を痛めて産む子は否応なく、父親の私と同じ人殺しの道具になるのだ。躊躇いは見えない鎖となってこの身体を縛るのに――。

 

「いたいの、トリス? わたしが、いたくなくなるおまじない、かけてあげるわ」

 

 頬に、額に、鼻先に、唇に、ルネからの啄むような口付けが柔らかく降って、鎖の輪を一つずつ取り除いていく。

 

 目蓋を閉ざして彼女からのおまじないを受け取っていると、耳許にポツリと「トリスからも、おまじない、かけて」とルネが囁きかけてくるものだから。帽子が落ちるのも構わず深く重いまじないを彼女の唇に落とした。

 

 ――誰にも渡さない。

 ――どこにも逃げないでくれ。

 

 決して褒められない醜い思いを胸に薬草園で交わした口付けは、土と太陽と草の香りがして。微笑みを浮かべるルネをいつもより一層美しく彩るのだ。

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