死神に、愛を囀る青い鳥   作:タナゴコロ

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★1★ 真夜中の来訪者。

 

 納期の迫っていた薬も調合し終え、そろそろ眠ろうかと時計を見やれば、すでに時間は深夜の十一時半を指していた。何となく視線を時計からその隣にある暦にやれば、ふと自分の情の薄さに気づく結果を突き付けられる形になって苦笑する。

 

 しかし眠る前に一杯やろうかと思い立ち、窓辺にあるキャビネットに近付いたその時、屋敷の門に明かりを灯した不審な馬車が停車するのが見えた。ここからでは黒い車体も相まって、家の紋章を窺い知ることが出来ない。

 

 通常この時間帯に人を訪ねるなど、余程気心が知れてでもいない限りあり得ない。ただそれは通常の話であって、この屋敷には適用されないことだ。

 

「こんな時間に王家に楯突く罪人でも出たのか……?」

 

 ここ最近は本業の数が落ち着いていたから油断した。酒を諦めた私は真夜中の客人を出迎えようと、気乗りのしない足取りで無人の階下へと向かったのだが……幸か不幸かその当ては外れた。

 

「――……私に縁談ですか」

 

「ああ、そうだとも。明るい時間帯でなくこんな夜分に訪ねて申し訳ない。しかし昨日ついに君の父であり、王家に尽くしてくれた先代の喪も明けただろう。であれば、世継ぎのことを考えてそろそろ身を固めるべきだ。まさか妻を娶る気はないと言える立場ではあるまい?」

 

「それは仰る通りですが、婚約期間もなしにいきなり婚姻とは……随分と乱暴だ」

 

 通いで雇う使用人が帰った後の屋敷の応接間で、夜中と言える非常識な時間帯に城からの遣いを名乗って乗り込んできた初老の男は、向かい合って着席するなりそう言った。値踏みをするような陰気な瞳は灰青色。灰色の髪を撫でつけ、鷲鼻に落ち窪んだ目は老いた猛禽類を思わせた。

 

 家名も出さずに無礼なものだとは思ったが、玄関ホールで差し出された封書は確かに王家のものであり、それだけでこの男の身分が保証されている。

 

 だがそもそも人目を盗むようにこんな時間にやってきておいて、藪から棒に不躾なことだ。

 

 本来は例え急な来客であろうと紅茶なり珈琲なりを淹れて話をするところだが、私は目の前に座る男の断るはずがないという居丈高さが気に入らなかった。

 

 特に子供の頃からさらに磨きをかけた、一目で人の死顔を予測出来る能力で垣間見える、この男の死顔の醜悪さに嫌気がさしたというのもある。茶の用意をしないのは暗にこんな時間に訪ねて来ておいて、好き勝手なことを口にする男に“早く帰れ”というせめてもの意趣返しだ。

 

「私が身を固めるということは、相手の女性が不幸になるということだ。貴男はそれが分かっていてそう仰っておられるのか? 妻を娶ろうにもその一点を理解しているからこそ、娘を差し出す貴族家がないことも」

 

 ガーダルシア王国のダンピエール家。国の内外にかかわらず知る者の多い、王家御用達の処刑人一族。

 

 家格こそ伯爵家に匹敵する高さを誇ってはいるが、結局のところそれは、誰もやりたがらない仕事をさせるための箔付けに過ぎない。私はすでに半分隠居の身だった父が、今から一年前に卒中で倒れて呆気なく死んだために跡を継いだ。

 

 トリスタン・ロベーヌ・ダンピエール。それが十一代目に死神の座についた私の名だった。

 

 人殺しを生業にしている家に娘や息子を差し出す貴族などいない。かといって平民にもそんな家はほとんどないだろう。だから自分達の一族のことであろうとも、将来伴侶となる婚約者候補を選ぶのはいつでも国だ。

 

 一応いなくてはならない処刑人一族の機嫌を取るためか、これまでたったの一度も平民から選出されたことはない。大抵は落ちぶれかけた爵位だけは高い貴族家から連れてこられる婚約者候補(イケニエ)は、いつも憎しみの火をその瞳に宿していた。

 

 伴侶が解放される方法はただ一つ。処刑人との間に子供を一人作ること。乳離れの時期まで面倒を見さえすれば、あとは多額の報酬と“自由”を手に入れられる。けれど血にまみれた一族の人間に抱かれた伴侶達は、大抵生家に引き取りを拒否されて自害する。

 

 ――私の母も、父の母も、祖父の父も、曾祖母の父もそうだったように。

 

 代々心労が大きいためか私の一族は寿命が極端に短い。一人子供が出来れば両親のうちのどちらかが自害。子供が仕事を覚える頃には残った方の親も死ぬ。無論子供が途中で死んだ場合は新しく伴侶を迎えるが、それでもこの一連の流れが変わったことはない。

 

 病死だったり、怨みを持つ者に雇われた暗殺者に殺害されたり、自害だったり……その時々で変わる。どのみち広い屋敷の中には、最終的に一人しか残らない寸法だ。飼い殺されている自覚はあろうとも、ここまで歴史を重ねてしまえば抗う気も起こらない。

 

 もっというなら二十一歳になる現在まで、妻はおろか婚約者が居たためしもなかった。おまけにこの三年間は国の情勢が比較的安定しているために、報酬欲しさに娘を差し出そうとしてくる貴族も少ないのだ。

 

「ではその立場を厭わない……いや、考えつきもしない娘ならどうだね?」

 

 しかしこちらの顔を見つめる男は、いったいどこからその自信がくるのか分からない発言で食い下がる。仮に当てがあるとしてもまともな手段で連れてこられる娘ではないはずだ。

 

 実際に市井の者達ですら、言うことを聞かない自分達の娘に幼い頃から“親の言うことをきかない悪い娘は、ダンピエールの嫁に出すよ”と脅されて成長するのだ。

 

「この国にそのような娘がいるとは思えません。もう時間もだいぶ遅い。これ以上は明日の仕事に差し支えが出る。どうぞ今夜はお引き取りを」

 

「ふむ……それもそうか。今夜はこれで失礼しよう」

 

 内心では“二度と来るな”と思ったがまさか口には出来ない。門の外で待機していた馬車まで送る気にもなれず玄関ホールで別れたが、待たされていた馭者にはその方が良いだろう。

 

 少し予定がずれ込んだものの自室に戻り、当初の予定通り寝酒を飲もうとキャビネットから酒を取り出してグラスに注ぐ。

 

 窓を開けて酒を口に含みながら見上げる夜空には無数の星が瞬き、ジトリと纏わりつく嫌な気分を洗い流す秋の夜風に身をまかせながらも、後日やってくるだろう面倒事を思って溜息をついた。

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