死神に、愛を囀る青い鳥   作:タナゴコロ

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★28★ 繁忙期のお客人。

 

 焚き付けたきり教会を訪ねる暇のないまま本業が繁忙期を迎え、二ヶ月が過ぎた。あの教会は今頃以前のように子供達の笑い声の溢れる場所に戻っているだろうかと、目の前に広がる汚い現実から意識を逸らす。

 

 十二月の灰色の空の下、広場は今日も命を扱う娯楽を求める民衆で埋め尽くされている。どこか水中からそれを見ているような現実味のない感覚が、私の聴覚を鈍らせた。今日の処刑はこの二年で一番の盛況さだ。

 

「――以上の罪状によって、この刑は処刑人トリスタン・ロベーヌ・ダンピエール監修のもと執行される!」

 

 聞き慣れた口上。

 とりなれた形ばかりの一礼。

 聞き慣れた熱狂と、畏怖の視線。

 

 屈強な男の手によって跪かされて断頭台に頭を置いているのは、首筋も露になるよう髪を切られた若い女の姿。簡素な服に身を包み、熱狂する見物人達の声にその身を震わせるだけの憐れな女だ。

 

 高々と振り上げた斧が眼下に晒された白く無防備な女の首に落ちる。男のものより柔らかで華奢な首は瞬き一つで胴体から離れた。

 

 生きている人間の首を落とすのは久しぶりだったが、上手く(・・・)いった手応えが腕を伝って骨を震わせる。跪かされていた女の身体は一度大きく跳ね、最後の命の伝達がされたのか、小刻みに全身が痙攣したのち、ぴたりと止んだ。

 

 男のものより軽い目隠しをされた頭は断頭台の上を転がり落ち、壇上の端で止まった。その頭を怖々と覗き込もうとする見物人達の前まで大股に歩みより、女の頭を拾い上げる。

 

 壇上から見物人達を見下ろせば、誰もが私に顔を覚えられることに怖じ気づいて目を逸らし、後方の者達に紛れようと縮こまった。

 

 拾った頭部を見物人達の視線から庇ってその目隠しを少しずらすと、表情は恐怖にひきつってはいるものの、痛みを感じた形跡はなさそうだ。頭と胴、どちらの断面からも出血は少ない。腕が鈍っていなかったことに安堵しつつ、見開いたままの目蓋を閉ざしてやる。

 

 断頭台の前でくたりと崩れ落ちた胴の手に握られていたペンダントロケットには、まだ幼い子供の絵姿がおさめられていた。

 

 そのあどけない笑みにはこの場の空気が相応しくない気がして、拾い上げたその蓋を閉ざし、生前はその笑みが向けられていただろう女の髪に無理矢理絡ませる。らしくない。こんな無意味なことをは職務に入っていない。

 

 それもこれも処刑の準備が整うのを待っていた裏方で、処刑の手伝いに集められた役人達が話していた内容を聞いてしまったせいだった。

 

 ――よくある、どこにでも転がっているような話だ。

 

 病を患っていた女の子供が死んだとき、女の夫は愛人の家で愛人との子供と遊んでいたという。その夫から離婚を切り出された末に夫を殺害した貴族の娘は、こんな場所で見世物になって命を終えた。

 

 避妊薬を注文してきたことのない家名だった。それはすなわち、最初から男の愛情がこの母子にはなく、向こうの愛人との家庭にあったに他ならない。ここで首を落とされて見世物になるのは、その屑の方がよほど似合いだっただろう。

 

 ――――よくある、どこにでも転がっているような、話だ。

 

 そのはずなのに、何故か今日はひどく疲れを感じる。

 

 見物人達の声が膨れ上がり、甘やかされて育ってきたのだと彼や彼女等の信じる貴族の娘が罪を犯し、死神の裁きを受けて死んだのだ。歪で身勝手な正義感からくる熱狂が、不愉快なまでに肌に纏わりつく。

 

 本職中には首からさげて服の中に隠しているボタンの指輪を上からなぞる。

 

 ふと冬の寒さが骨身に染みるのは、生きている人間だけなのだろうかと馬鹿なことを考えた。腕の中で徐々に熱と色を失っていく頬と唇に視線を落とし、片付けようと乱暴に引き摺り起こされた胴体の方に近付いて自分の上着を被せる。

 

 驚いた様子でこちらを見る役人達に「丁重に扱え」と言付け、頭部を胴体の上にそっと置いて見物人達の方へと一礼し、壇上を降りた。見物人達の視線は相変わらず憐れな女の遺体を見ようと身を乗り出し、壇上を血で染めた処刑人には目もくれない。

 

 手袋をつけ、帽子をかぶる。上着のない身に十二月の寒さがのしかかってくるが、まだこの広場の中は熱気があるのでここを抜けるまでは堪えられなくもない。それに寒さを感じられるのも命があるからだと思えば、これも贅沢な悩みに思えて。狂乱の渦巻く広場から足りない妻の待つ温かい家路につくため、足早に城へと報告に向かった。

 

***

 

「トリス、おかえりなさい!」

 

「ただいま、ルネ」

 

 屋敷の玄関ホールに一歩足を踏み入れた直後、体当たりのような包容で出迎えてくれるルネを抱き留めた。毎回のことながら少々驚いてしまうのだが、気分が沈んでいるときにはこの勢いに救われる。

 

「まぁ、トリスったら、すごくつめたいわ。なんでシャツだけで……さむかったでしょう? うわぎ、どうしたの?」

 

「ああ……仕事中にどこかに置き忘れた」

 

「そうなのね。わたし、さっきまでだんろのまえにいたから、あたためてあげる」

 

 そう言って抱きついたまま爪先立って、こちらを労るように鼻、頬、唇へと口付けてくる彼女に私も屈んで応じた。くすぐったそうに身を捩るルネを見て、ようやくあの世界から家に帰ってきたのだと実感する。

 

「あのね、いま、おきゃくさまがきてるの。だれだとおもう?」

 

 その微笑みを見てホッとしたのも束の間。非常に聞き捨てならない妻の発言に思わず華奢な肩を掴んで身体を引き離した。

 

「今日は来客があるとの連絡はどこからもなかったはずだ。私のいない間に知らない人間を屋敷にあげたのか?」

 

「ううん、ちがうわ。わたしもトリスもしってるひと」

 

「それでも駄目だ。その非常識な奴はどこに待たせて……と、ルネ、離れて」

 

 引き剥がされたことが不満だったのか、開いた隙間を埋めるように再び背中に腕を回された。柔らかな拘束をほどこうとしていると、すぐ近くから忍び笑いのような声が聞こえて視線を上げる。

 

「やぁ、二ヶ月ぶりだねトリスタン。相変わらず仲が良いようで安心したよ」

 

「お久しぶりです。急に何の連絡もせずにお邪魔してしまってすみません」

 

 そこに立っていたのは、本来ここにいるはずのないクリストフ神父とシスター·マリオンの二人だった。

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