死神に、愛を囀る青い鳥   作:タナゴコロ

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★45★ 祈るということ。

 

 頭上で軽薄な破裂音を響かせる空砲を見上げ、面倒なことをしてくれるものだと舌打ちをする。あの音で吸い寄せられこの広場へ【聖女】の死を見物に来た者達で、すでに広場は溢れかえっているようだ。

 

 しかし中には聖女の奪還を狙う信者がいないとも限らないことから、普段はあり得ないことだが断頭台の裏手に簡易テントが張られ、不審人物が近寄れないよう兵士が周囲を警戒している。

 

 そこまでして公開処刑にこだわる王家に呆れて出番待ちをしている間にも、表の声は大きくなっていく。ここからでは分からないが、観衆の数は一時間前よりも格段に増えているのだろう。

 

 そんな狂気に塗り潰されていくこの場所にて想うのは、今朝も笑顔で見送ってくれたルネのことだ。

 

 今日の処刑が終わればまたこれまで通りの副業と、時々の本業だけの日々に戻れる。そう言い聞かせていつものように手袋をはずし左手の指輪に口付け、首からかけたトネリコの枝葉と一緒にぶら下がる革袋に指輪を入れた。

 

 あまり長々とこの澱んだ空気の中ではめていると、穢れそうな気がしたからだ。内ポケットにはルネが初めて刺繍してくれた名前入りのハンカチーフもある。

 

『ごはん、つくってまってるわ。トリスがかえってくるころには、ベッドカバーも、きっとできあがってるから、みせてあげる』

 

 そう言って抱きしめてくれた柔らかい微笑みを思い出して口許が綻んだ。

 

 ――が、それを台無しにするように背後から「悪趣味ね……」という、あからさまに侮蔑の色が混じった声がした。

 

 それが表の狂人達に向けられての言葉だと分かっていても思わず呆れてしまうのは、それがあと僅かな時間で自身に向けられるものだと理解していないからだ。この期に及んで恐怖を未だ持たない。彼女の傲慢とも受け取れる性格が、三日前に見たあの死顔に繋がるのだろう。

 

 普通の罪人が相手なら処刑台の上で待ち合わせのはずが、今日は最大級の見世物とあってか護衛も兼ねてここに配属されている。首を落とす側と落とされる側を同じ場所で待たせるとはなかなかの嫌がらせだ。

 

 振り返った先には榛色の双眸を不愉快気に細め、真っ白な服に身を包んだ聖女が立っていた。三日前は腰まであった豊かな金の髪は、今は耳の下辺りで不格好に切られている。これは首を落とす際に最も邪魔になるのが髪だからだ。

 

 人の髪の毛というのは馬鹿にできず、たとえ大斧であろうと刃先が滑って断ち切れない。一族の遺した手記に髪を切りたくないとごねた貴族の記載があったが、今後そういうことを言い出す者が出ないよう、見本として刑に処したらしい。

 

 結果として非常に悲惨な状況に至り、最終的に薬殺したと締め括られていた。今回も一応含むだけで即死できる毒を持ってきていたが、この分だとその出番はなさそうだ。

 

「概ねその意見には同意するが、ここでそんなことを言っているようでは、処刑台に上がったときに高潔な演説ができなくなる。それとももう臆したのか」

 

 会話をさっさと打ち切りたくてわざと煽るような物言いをすれば、聖女は眉根を寄せてこちらを睨む。しかし何の感慨もなくその非難の視線を受け止めていると、聖女は躊躇いがちに口を開いた。

 

「――髪を、」

 

「切りたくなかったかもしれないが、切っておいた方がそちらのためだ。失敗して文字通り何度も神経を削られたくはないだろう」

 

「いえ……そうではなくて、髪を切ってくれた女性騎士から聞いたのですが……貴方がわたしの名誉のために、不埒者達から護衛をしてくれていたと」

 

「自分の仕事の管轄に余計な手出しをされたくなかっただけだ」

 

「ええ。ですが、死ぬ前にお礼を言っておきたくて。ありがとうございました」

 

 悔しげにそう言い表情と裏腹に頭を下げた聖女を前にして感じたのは、これでこの先もルネの目を見つめ返すことができるという安堵だった。

 

 実際城内で手の指先に包帯を巻いている男は、城で働く女性陣から白い目で見られているのは知っている。それを件の女騎士が、クズ男を見分けるための注意喚起として広めたのかは定かではない。

 

 だがやはり処刑前で気が高ぶっているのか、聖女はさらに「さっき外していたのは指輪……ですか?」と訊ねてくる。疑問形なのはあれが指輪ではなく、ボタンであるのだから仕方がないことだろう。

 

 本来処刑人が罪人と口をきくことはないが、無視をするほどの内容でもないので「ああ」と答えたものの、その後には再び沈黙が横たわり、それ以上会話は続かなかった。

 

 やがて処刑の準備が整ったのか、テントの入口から役人が現れて「出番です」と短く告げられる。役人の後に聖女が続き、その後について外に出ると、厚手の布を一枚隔てるだけでも意外と音は軽減されるものなのかと感心した。

 

 テントの内部にいる間はくぐもって不鮮明だった地響きのような唸りが、大人数の観衆が叫ぶ『殺せ!』という声なのだとはっきり分かる。常と変わらない内容の合唱に溜息が出た。

 

 ――が、直後にそんなことに気付かなければよかったという気分になる。

 

 それというのも、前を歩く聖女の肩が後ろから見ても分かるほど震えていたからだ。それが観衆の前で演説を打てる興奮からだとしたらいい。しかし経験上それが明らかに私がこれまで処刑してきた他の魔女達と同じ部類のものだと分かる。

 

 ここまできてようやく恐怖が追い付いてきたのか、動物的な本能からの生理現象。恐らくそんなところだろう。役人を呼び止めてすぐに追い付くから先に持ち場に戻るよう言付け、突然そんなことを言い出した私を訝かしむ聖女の手に、首から外した銀製のトネリコの枝葉を握らせた。 

 

「これは……何故、貴方がこんなものを……?」

 

「死神の私よりも貴女の方が見知っているだろう。知人にもらったが、私が持っていたところで祈れる立場ではない。貴女が処刑されれば、貴女達の望んだ未来が手に入る。今まで死なせた人間達のためにも無様な姿を晒すな」

 

 クリストフ神父が誕生日の贈り物にとくれたものだけに、正直惜しいとは思った。けれど自分が持つには相応しくないという思いもずっと抱いている。

 

「人を大きなペテンに巻き込んだのなら最後まで貫け。それが済めば最後くらいは自分のために祈ればいい」

 

 私の言葉に聖女が頷くことはなかったが、トネリコの枝葉を突き返されることもなかった。ただ、再び前を向いて歩き出した彼女が「貴方にそんなことを言われずとも……皆を導いてみせます」と。小さく震える声がした。

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