名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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シャーロック・ホームズ展殺人事件
FILE.1 事件発生(前)


 米花町に最近できたばかりの煌びやかな建物。

 

 

 ホテル・バンドー・ベイカ。

 ここ数年、ただのビジネスホテルから急速に規模を拡大していっているホテル・バンドーの系列であるホテルだ。

 

 そこの階段を、二人の男がのぼっていっている。

 

 

「御剣検事」

 

「ム? 何だ。イトノコギリ刑事」

 

 その片方は天才検事と称される、検事局の検事・御剣怜侍だ。

 

「御剣検事の言うレストランって何階だったッスか?」

 

 訊ねたのは、その御剣と付き合いの長い刑事である糸鋸圭介だった。

 

「11階だ。今は9階だから、もう少し先だな」

 

「もう少しッスか。頑張るッス」

 

 そんな糸鋸に、御剣は返す。

 

「無理して付き合う必要はなかったのだぞ。私とは別に、キミはエレベーターで行けば良かったではないか」

 

 御剣はある事情により、エレベーターは苦手だった。非常時ならば仕方がないが、できる限りはエレベーターでの移動は避けたかった。

 

「とんでもないッス! 自分が御剣検事を差し置いて、先に行くわけにはいかねッス」

 

「う、うム……」

 

 糸鋸の勢いに押されながらも御剣は頷く。

 

 彼とは新人刑事時代からの付き合いになるが、異常ともいえる忠誠心には時折、引き気味となる。

 

「にしても豪華なホテルッスね。あそこのやたら高そうな絵画とか、ソーメン何杯ぐらいッスか?」

 

「おそらく、1万杯ほどになるのではないか?」

 

「い、いちまん!!? とんでもねえッスね!」

 

 大よその見積もりで答えたら、糸鋸に気圧されるくらいのリアクションをされてしまう。

 

「アレがソーメン1万杯……うう、それだけでヨダレが出てくるッス!」

 

「……その、何だ。イトノコギリ刑事」

 

 トントン、と御剣は規則正しい間隔で指を動かす。

 

「何スか?」

 

「落ち着き給え」

 

 既に11階に到着しており、すれ違う客の視線もある。

 

 さすがにじろじろと周囲の視線が集まっており、気恥ずかしい。

 

 もっとも、糸鋸からすればまったく気にしている様子はない。

 

 最近、給料を下げ過ぎたと思いついつい食事を奢ろうと誘ってみたのだが、このホテルの客としてこの男はとんでもなく浮いている。

 

 

 ようやくレストランの前に到着したが、相変わらず落ち着かない様子の相方を見て、やはりテキトーにソーメンの詰め合わせでも渡した方が良かったのだろうか、などと御剣が思い始めた時。

 

「それにしても、アレは一体なんなんスか?」

 

「ム? 何のことだ」

 

「アレのことッスよ」

 

 糸鋸が、少し離れた場所に集まっている人々を見ながら言った。

 

「うム。アレか」

 

 鹿撃ち帽にパイプ、虫眼鏡、それにインバネスコートと呼ばれる外套といった外見の人間が老若男女、様々な人が集っているのが分かる。

 

「私もさっき、少し見て来ただけなのだが、このホテルで今日は名探偵として知られるあのシャーロック・ホームズ展が開かれているらしい」

 

「アノシャーロック・ホームズ展ッスか」

 

「違う。"アノシャーロック・ホームズ"、ではない。あの"シャーロック・ホームズ"だ」

 

 糸鋸の発言を訂正する。

 

「その会場があそこ、ということだろう」

 

 そう結論づける御剣に、糸鋸が「そうッスか」と頷いてから、

 

「メータンテーと聞くとどうしてもアイツの事が思い浮かぶッスよ」

 

 糸鋸の脳裏には、とある事件の犯人だった”自称”名探偵のことが浮かんでいるようだった。

 

 

 そんな時。

 

 

 どすんと、道端で突っ立っていた糸鋸に小柄な影がぶつかる。

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 

 どうやら6、7歳ほどの男の子とぶつかってしまったようだった。

 

 

「何をしているのだ、イトノコギリ刑事」

 

 呆れた様子で御剣が言う。

 

「いや、こちらこそすまねッス」

 

 大柄なその身体のためか、特に痛そうな様子はなく糸鋸はむしろ心配そうに眼鏡の少年を見る。

 

 鹿撃ち帽やインバネスコートといった、その服装を見て御剣は察する。

 

「その恰好。 ……キミもあのシャーロック・ホームズ展に行くのか」

 

「うん! そうだよ」

 

「しかし、子供一人ッスか……。親御さんとかいないんスか?」

 

「大丈夫だよ! あそこに毛利のおじさんがいるから」

 

 そういって、すぐ近くに見えるレストランを指さす。

 

 会話の流れからして、彼の言う「毛利のおじさん」というのはおそらく

は保護者なのだろう。

 

 その先にいるチョビ髭の男が盛大に酒を飲んでいるのが分かる。

 

「昼間っから酒ッスか……」

 

 呆れているのか、それとも羨ましがっているのか。

 おそらく、両方だろう。

 

「む。アレで大丈夫なのか、キミは」

 

「大丈夫だよ! ホテルにはタクシーで来ているから!」

 

「いや、そういう意味で聞いたのではないのだが……」

 

 そこでふと気づく。

 

「む。あの男。もしかして、名探偵と呼ばれる毛利小五郎か」

 

「うん、そうだよ!」

 

 少年が御剣の言葉に頷く。

 

 毛利小五郎と言えば、ここ最近、急速に名を売り出してきた元刑事の私立探偵だ。

 御剣の耳にも入っている存在だった。

 

「あ、ボクは江戸川コナンです!」

 

 まだ名乗っていない事に気づいたらしく、少年が名乗る。

 

「お、元気の良い子ッスね。自分は糸鋸圭介。刑事ッス」

 

「刑事さんなんだ。よろしくね!」

 

 刑事という、普通に暮らしていれば会わないであろう存在でも、特に驚く事なくコナン少年は答える。

 

「そうだ。せっかく出会った記念ッス。今、本物の拳銃を見せ」

 

「やめたまえ、イトノコギリ刑事」

 

 物騒な事をしかける刑事を、御剣は止める。

 

「それより、キミ。シャーロック・ホームズ展はもうはじまっているようだが、行かなくて良いのかね?」

 

「え? あ、本当だ」

 

 時間を確認し、慌てた様子になる。

 

「えっと、それじゃあ。刑事さん、サヨナラ! ヒラヒラのお兄さんも!」

 

 それだけを言うと、シャーロック・ホームズ展のある方へと駆け出していった。

 

「ホントに大丈夫ッスかね。あんな小さな子一人で」

 

 そんな後ろ姿を見ながら心配そうにする糸鋸をよそに、御剣は言う。

 

「大丈夫だろう。キミよりよほどしっかりしてそうだったぞ」

 

 傍らで「ひどいッス!」などという糸鋸を無視して、御剣は言葉を続ける。

 

「しかし、毛利小五郎か」

 

「最近、売り出し中の探偵ッスよね。まあ、探偵というとやっぱり自分はあの男を思い出しちまうッスが……」

 

 そこから話題を切り替えるように糸鋸は続ける。

 

「御剣検事は、毛利探偵の知り合いッスか?」

 

「いや、むしろ私の耳によく入ってくるのは彼の妻――確か別居中だったはずだが――である妃弁護士の方だな。法廷で対峙した事はないが、なかなか名が知られている人物だ」

 

 「法曹界のクイーン」の異名を持つ女弁護士の名を御剣は持ち出す。

 

「それよりも彼は確か、元刑事だったはず。キミこそ面識はないのか?」

 

「そうは言っても、10年以上前のはずッスからね。自分が刑事ですらなかった時期に彼は警察をやめているッス」

 

「……ふむ。そういえばそうか」

 

 糸鋸が、刑事となったのは御剣が検事としてデビューした6年前とほぼ同時期。

 なので、刑事時代の毛利小五郎との接点はない。

 

「まあ、この話は良いか。それよりもそろそろレストランに」

 

 そう言いかけた時だった。

 

 

「きゃー!! だ、誰か……っ!」

 

 

 不意に、大声でそんな悲鳴に近い言葉が御剣の耳へと入ってくる。

 

「大変だ、人が……」

 

「し、死んでるのか?」

 

「だ、誰か警察呼んで!」

 

 続いて、ざわざわと喚き声と共に、そんな言葉が重ねられる。 

 人が次々と集まっていっているのが見える。

 

 

「……イトノコギリ刑事」

 

 それを見て御剣はトントン、と指を動かす。

 

 お盆を運ぶだけでスーパーなスターから札束のチップが貰えるような仕事があるなら検事などやらないが――今の自分は間違いなく検事なのだ。

 

 立場上、放置するわけにはいかない。

 

「残念ながら、キミとのランチタイムはまた次の機会のようだな。無視するわけにはいくまい」

 

「うう。残念無念ッス……」

 

 急な事態に糸鋸もがっくりと肩を落とす。

 

 名残惜しそうに、レストランのある方向を眺めるが、それでも警察官としての使命感が勝ったのか歩き出す。

 

 事件現場と思しき場所の方を見てから、御剣は言う。

 

「あそこが会場のようだな」

 

 先ほどの話が出た、シャーロック・ホームズ展の会場。

 そこが、騒ぎの元凶となっているらしい場所だ。

 その現場と思しき方向に御剣は足を動かした。

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