名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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偽りの夫婦殺人事件
FILE.11 横槍


 痙攣したような動きを見せる伊国めぐるだが、やがて刑事の一人が近づいていく。

 その刑事の方にぎょろりと伊国は瞳を向ける。

 

「では、伊国さん。詳しい話は署の方で」

 

 その伊国に、警察官たちを代表するように目暮が話しかける。

 

「さすが御剣検事ッス!」

 

 一方、彼女を告発した御剣だが、糸鋸とは対照的に不満げな様子だった。

 

「……残念だが、まだ謎は残っている」

 

「何スか? 犯人はあの人で間違いないッスよね?」

 

 つぶやくように言った御剣の言葉を聞き、糸鋸が反応する。

 

「まあ、この犯行に関してはまず間違いなくな。もう少し詳しい捜査をする必要もあるが――伊国めぐるの仕業で間違いないだろう」

 

「じゃあ、何を気にしているッスか?」

 

「動機だ」

 

「むうびんぐ・ましんッスか」

 

 御剣の言葉を糸鋸が勝手に変換して復唱する。

 それを無視するように続ける。

 

「被害者のオサツー・メグンダルとの間で行おうとしていたという取引に関しては、不明な点が多い」

 

 とりあえず、犯人として指摘はしたもののまだ謎が多く残されている。

 そして、先ほど回収したUSBメモリを取り出す。

 

「まあ、このUSBメモリの中身、そして彼女の取り調べなどでその全貌も明らかにしていくとしよう」

 

 そう御剣がつぶやいた時だった。

 

 

「……そこまでにしていただきたい」

 

 

 不意に、現れた一団の代表者から話しかけられる。

 視線を向けると、そこには眼鏡の男が立っていた。

 年齢は御剣よりも少し上といったところか。

 

 複数人の部下を引き連れてきている様子であり、その雰囲気からしても、一般人ではない様子だ。

 しかし、御剣に見覚えはない。

 

「すまないが、どちら様だろうか」

 

「あ、あなたは……」

 

 一方の高木や目暮らからは、知っている相手だったのか驚いたような表情を浮かべる。

 

「公安部の風見裕也です」

 

 そんな中、仏頂面のまま近づいてきて男――風見は挨拶をする。

 

「風見……」

 

 ふと覚えのある苗字に御剣は反応する。

 ある意味、すべてのきっかけともいえる、とある事件の犯人の苗字。

 まあ、これに関してはただの偶然だろう。

 

「何か?」

 

「いや、何でもない。それで、その公安の風見刑事が何の用なのだろうか」

 

「この件から、御剣検事は手を引いていただきたい」

 

「ム? なぜだろうか」

 

「なぜも何も、御剣検事はただこの現場に居合わせただけと聞いております。仮にこのまま犯人が捕まったとしても、貴方の出番は起訴されてからのはずだ」

 

 風見の言葉に御剣はわずかに間をおいてから返す。

 

「しかし、アナタ達、公安の仕事でもないだろう」

 

「いえ、今回の件は我々に関係するものです」

 

「それは何故だろうか」

 

「それは、必要があればお答えします。ですが、現状では現場に居合わせただけの検察官に話す必要はない事かと」

 

 眼鏡を触り、圧するように風見は告げる。

 

「不満でしょうか? 我々としても、無駄に時間を費やす気はない。このような問答を続けるというのであれば、こちらの方と話していただきたい」

 

 そう言って、片手に持った携帯電話の音量をあげてみせる。

 

『御剣君。話はそちらの者のいう通りだ』

 

「アナタは――団財(だんざい)副局長」

 

 その声の相手に、御剣が反応する。

 

 団財次長(だんざいつぐなが)

 検事局の副局長。

 かつては、現場で多くの事件を解決した敏腕検事として知られていた人物であり、現在は副局長という立場にある。

 近いうちには、局長への昇進間違いなしともいわれる男だ。

 

『キミが現場にいる事は聞いているが、この事件からは手を引いてもらいたい』

 

「しかし、副局長。すでに犯人は確保されております。何もこのタイミングで」

 

『反論は許さない』

 

 だが、御剣の言葉を団財はきっぱりと拒絶した。

 

「副局長。他の者にこの事件を任すおつもりですか」

 

『そうだ。誰が起訴を担当するかは、キミが決める事ではないよ』

 

「……ム」

 

 団財の言っている事は正論ではあり、あくまで御剣はこの場に偶然居合わせただけだ。

 強く自分の立場を主張する事はできない。

 

「わかりました。では、この場はお任せします」

 

『理解してくれたようで、何よりだ』

 

 それだけを言うと、通話を断ち切る音がする。

 

「わかった。ひとまずはそちらの言葉に従おう」

 

「ご理解いただけたようで何よりです。では、こちらで彼女の身柄は引き取らせていただきますので」

 

 そういってから、「それと」と話を続ける。

 

「あなたが持っているUSBメモリもこちらに渡していただきたい」

 

「……」

 

 十中八九、さきほどの話に出てきた被害者の持っていた物の事だろう。

 

「風見刑事。アナタ達、公安はこのUSBメモリに関して何か知っているのだろうか」

 

「その質問に答える義務はありません」

 

 にべもなく返される。

 

「念のために言っておきますが、この件に関しても」

 

「私に拒否権はない、と」

 

「そういう事です」

 

「……イトノコギリ刑事」

 

 御剣は、糸鋸に視線を動かす。

 

「いいッスか?」

 

「ああ」

 

 糸鋸の動きを制すると、先ほど伊国めぐるに証拠品としてつきつけたUSBメモリを風見へと渡す。

 風見も「どうも」とだけ言って御剣からそれを受け取り、目暮の方に視線を動かす。

 

「御剣検事。そして、目暮警部もよろしいですね。刑事部の方にも、小田切刑事部長にはすでに話はつけてあります」

 

「む、ムゥ……」

 

 目暮の唸るような声が漏れる。

 通報を受けてからこの場を訪れた彼は、あくまで偶然この場に居合わせただけの御剣とは立場が違う。

 

「しかしだな」

 

「文句があるのでしたら、上を通してからにしていただきたい」

 

 何か反論しようと口を開きかけた目暮を圧するように言うと、強引に公安の刑事二人が左右から伊国めぐるを挟むようにして捕える。

 

「あ……」

 

 唖然とした様子の捜査一課の刑事から、公安の刑事が獲物をひったくるように引き離す。

 そんな時、

 

「……あのぉ、ずいぶんと手が早いことですねぇ」

 

 先ほどまでじっと黙ってやり取りを聞いていた伊国めぐるが口を開いた。

 

「そこまでして、CI-6号事件の情報を世間に出したくないんですかぁ」

 

 皮肉げな口調で、嘲るように公安の刑事たちを見る。

 

「黙っていろ」

 

 短くそう言った刑事にはっと見下したような視線を送り、

 

「大変ですねぇ、国家権力のおイヌ様たちもぉ」

 

「早く連れていけ」

 

 そんな挑発じみた言葉に反応することもなく、風見はそう指示を出してから一課の刑事たちを一瞥のみすると、「それでは」とだけ言い、風見らは伊国めぐるを連れ去るようにしていってしまう。

 

 そして、その場に残された面々。

 

「……どうやら、私もこの辺りで失礼した方が良さそうだな」

 

 そんな中、御剣はそう呟いた。

 

「目暮警部。それでは私はこれで」

 

「あ、ああ。ご苦労でしたな。休暇中だというのに」

 

 目暮も先ほどの風見らに釈然としない思いはあるようだが、それは置いておいて功労者である御剣に労いの言葉をかける。

 

「いえ。たまたま居合わせただけとはいえ、検事としての仕事をしたまでです」

 

 それに、と御剣は続ける。

 

「キミにも世話になったな」

 

 ここで視線をコナンへとうつし、御剣は続ける。

 

「電子時計の件や、指紋の件。キミのおかげで彼女を追い詰めることができた」

 

「たまたまだよ」

 

 えへへ、と笑うコナンに対し注意するように言う。

 

「だが事件の捜査は我々、検事や刑事の仕事なのだ」

 

 いくら優秀でも子供は子供。

 何より、捜査権を持っているわけでもない。

 その事を言おうとするが、

 

「でも御剣検事、御剣検事もよく捜査関係者でもない相手と捜査したりしてるじゃないッスか」

 

 糸鋸から突っ込まれ、言葉に詰まる。

 

「いや、アレはだな。そういうアレでは……」

 

「それにはじめて会った時だって、あの時は検事ですらなかった狩魔検事と一緒に捜査してたじゃないッスか」

 

 ここで糸鋸がいう「狩魔検事」は父親ではなく、娘の方だ。

 

「ム、うむぅ……」

 

 糸鋸と最初に出会った事件では、デビュー前とはいえすでに検事になっていた御剣とは異なり、狩魔冥は検事ですらなかった。

 その箇所を突かれると弱い。

 

「とにかく、だ。私はこの辺りで失礼する」

 

「失礼するッスよ!」

 

「うん! 二人ともバイバイ!」

 

 無垢な子供の笑みを浮かべたコナンを見てから、二人はイベントホールから出ていった。

 次の邂逅がいつになるか――それはまだわからない。

 

 

 

 

 ホテル・バンドー・ベイカの一階。

 刑事たちが慌ただしく動き回っていた先ほどの事件現場と同じ建物の中とは思えないほどに、煌びやかな落ち着いた雰囲気の漂うロビーだ。

 行きと同じように階段を使い、現場となったイベントホールのある階からこのロビーにまで御剣と糸鋸は下りてきていた。

 

「あの、御剣検事」

 

「何だ?」

 

「本当に、この件の捜査から身を引く気ッスか?」

 

「上と掛け合うといわれては、仕方があるまい。本来であれば、私は検事であって刑事ではない。起訴された者の罪を立証するのが仕事であって、犯人を現場で逮捕するのは本来、専門外だ。確かに、気に食わない横槍ではあるが団財副局長や先ほどの風見という刑事の言っている事の方が正しい」

 

「……そッスか」

 

「だが」

 

 気落ちする糸鋸に、御剣は告げる。

 

「何やらまだ何かウラがあるらしいというのに、黙って見過ごすのも私の主義ではない。意味なく事件を荒らすような真似をする気はないが、個人としてもう少し調べてみても良いだろう」

 

「み、御剣検事!」

 

 その言葉に糸鋸は目を輝かせる。

 

「さすがは御剣検事ッス! でも、どっから探すッスか? 犯人はあの刑事に連れ去られちまったッスし、USBメモリも渡しちゃったッスから、手がかりはどこにもないッスよ」

 

「いや、手がかりならある」

 

 御剣は腕を組み、トントンと指を動かす。

 

「彼女が言っていた最後の言葉を覚えているだろうか」

 

「最後?」

 

「CI-6号事件だ」

 

 DL6号事件や、IS-7号事件のように何らかの事件の分類ナンバーと思しき言葉だ。

 

「CI-6号事件ッスか。御剣検事は、何の事件か知っているッスか?」

 

「私も詳しくは知らない。私が検事になる前に発生した事件らしいしな」

 

 御剣はそう否定してから、続ける。

 

「かつて発生した、一時は国際問題にすらなりかけたという事件だと聞いている」

 

「国際問題ッスか。これまた、ビッグな話になってきたッスね」

 

 ここ最近も密輸組織やら大統領殺害事件やらと、国際的な大規模な事にも関わってきた。

 それだけに感覚も麻痺しているのか、糸鋸も口ではそういいつつもどこか呑気なものだった。

 

「これを見たまえ」

 

 御剣は、ホテルのロビーにあった新聞の一つを引っ張り出す。

 そこには、『ベイカー王国王太子来日間近!』という見出しがあった。

 

「ベイカー王国? 聞いたことない国ッス」

 

「まあ、一般的な知名度は低い国だからな。この町によく似た名前を持つ、ヨーロッパの小国だ」

 

 御剣は説明を続ける。

 

「人口は、100万前後。日本の100分の1以下。この東京の人口だけでも10分の1以下になる。だが、国際的には強い力を持ち、大国とも互角以上にやりあう国だと聞いている」

 

「はあー、そりゃすごいッスね。でも、それがどうかしたッスか?」

 

 不意にこんな説明をはじめた御剣に、糸鋸は怪訝そうな表情をつくる。

 

「CI-6号事件は、このベイカ―王国に深く関係する事件だと聞いている。そして、このベイカ―王国の王太子御一行の来日が間近に迫っている」

 

「御剣検事は何か関係があると思ってるッスか?」

 

「まあ、な」

 

 御剣は首肯すると、背を向けホテルのロビーから出て、駐車場へと向かう。

 その背を糸鋸は追いかける。

 

「でもこれ以上関わらないよう言われてたッスよね。大丈夫なんスか?」

 

「まあ大丈夫ではないな」

 

 元々、御剣は検事局の上層部とも折り合いがいいとはいえない。

 天才検事・御剣怜侍と持て囃すものがいる一方、煙たがるものも少なくはないのだ。

 

「好奇心だけで引っ搔き回すつもりはないが――もし何か、検事局上層部や公安が後ろ暗いことをしているのであれば調べる必要がある」

 

 もちろん、目の前で告発した犯人を搔っ攫われたという事は面白くはない。だが、それだけで動くわけではない。

 何かこの件にはウラがある。

 先ほどの団財副局長の態度などからも、それは伺い知ることができた。

 

「それなら、優秀な刑事も必要ッスね!」

 

 そんな御剣に糸鋸が笑みを浮かべる。

 

「キミも付き合う気か? これは公務ではないぞ」

 

「当然ッス! 自分は御剣検事のアイボーッスからね!」

 

「……好きにしたまえ」

 

 呆れたように額を抑える。

 だが、拒絶する事はなく御剣は再び歩き出していった。

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