名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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FILE.15 弁護士の元検事

 某月某日 10時58分 検事局

 

 

「御剣検事! とりあえず、連れてきたッス!」

 

「な、何なのですか、刑事! いきなり私を引きずって!」

 

 御剣は検事局に帰り、12階にある自分の執務室に戻り、一息ついたところで、地下駐車場で別れた糸鋸が何やら一人の男を連れて入って来た。

 

「……一体、何なのだイトノコギリ刑事」

 

「もちろん、御剣検事の探していたベテラン検事ッス! すぐに連れてきたッス!」

 

 糸鋸が片手を掴んでいるのは、眼鏡をかけた中年のどことは言わないが少しばかり寂しい箇所のある男性だ。

 

(ム……。この人は、確か――誰だったかな)

 

 見覚えがある気もするが、名前が出てこない。

 影の薄そうな顔だ。

 そこで名前を訊ねようとするがその前に、

 

「御剣検事、どういうつもりなのですかな」

 

「御剣検事、さっき言ってたじゃないッスか。経験豊富そうなベテラン検事を必要だって。だから、この人を連れてきたッス!」

 

 そのベテラン検事の質問に、糸鋸が御剣にが変わって答えてしまう。

 

「ほう。あの御剣検事が経験豊富な私に頼りたいと。いいでしょう、何でも聞いてみなさい!」

 

 それを聞き、何やら気分よくそう答えてくるベテラン検事。

 

(む、ムう……。これでは名前を聞けそうにないな)

 

 ここで「あなたは誰ですか?」などと尋ねてしまえば、逆に機嫌を損ねそうな雰囲気だ。

 

「では聞かせていただきたいのだが、アナタはCI-6号事件について、何か知っている事はないだろうか」

 

 糸鋸に連れてこられたベテラン検事に対して、御剣は質問する。

 

「ふむ……。CI-6号事件ですか」

 

 ぺちぺちと寂しい前頭部を叩きながら、ベテラン検事は続ける。

 

「もちろん、知っておりますぞ! 当時は随分と騒がれておりましたからな」

 

 12年前の時点で既に現役検事だったらしい、このベテラン検事はそう答える。

 

「その事件概要について教えて欲しいのですが」

 

「ふむ。ですがあの事件に関しては、直接かかわった捜査関係者以外の者が手に入る情報も制限されておりましたからなあ」

 

「噂程度でも構いません」

 

「そうですなあ。どうやら、当時の王太子が来日していたベイカー王国絡みの事件だったらしい事、もう一つは事件の容疑者として逮捕されそうだった相手がそのベイカー王国の要人だったらしいという点ぐらいですな」

 

「ム……。そうなのですか」

 

 前者は御剣の知る範囲の情報だったが、後者は初耳だった。

 

「それに逮捕されそうだった、というのは?」

 

「疑いは濃かったものの結局、その容疑者は逮捕はされなかったと聞いておりますぞ。当時の検事局長の判断でもありましたからな」

 

「当時の検事局長、ですか」

 

 その言葉に嫌な予感がする。

 確か、その当時の局長はというと――、

 

「ええ、一柳局長です」

 

 一柳万才。

 元検事局長で検事審査会の会長をしていた男。

 そして今は、色々あって逮捕されている人物だ。

 

 もちろん、彼が関わっていたからといってすべてが後ろ暗いような事とは限らないが――どうしても疑いはでてきてしまう。

 

「それで、担当検事は納得したのですか?」

 

「ふむ、それがですな……」

 

 ここで少し言いづらそうにベテラン検事は言い淀む。

 

「その、言いづらいのですが担当検事だった検事もあまり芳しくない評判でしてな」

 

「誰なのですか、その検事というのは」

 

 もしかしたら、今も検事局に残る人物かもしれない。

 そう思って、御剣はベテラン検事に訊ねる。

 

「裁井手紅検事です」

 

「ム……」

 

 聞いたばかりの名前が再び出てきて、御剣は眉を顰める。

 元検事で現弁護士。伊国めぐるの裁判を担当するという、弁護士。

 

「あまり後輩に対してこのような事は言いたくはありませんが、彼女はよくありませんぞ」

 

 顔をしかめたままベテラン検事は続ける。

 

「そうなのですか?」

 

「現役の検事だった時も、色々と妙な疑惑があった人物です。まず間違いなく有罪だと言われた人物がなぜか無罪になったり、逆に裁判中に急に妙な証拠がでてきて敗訴濃厚だった事件がひっくり返ったりという事がよくあったそうです」

 

「ふむ……」

 

 もちろん、噂だけで鵜呑みにするわけにはいかないが、少なくとも当時の同僚からも評判のよくない人物のようだ。

 

「当時の上司だった団財主席検事も、随分と手を焼いていたようです」

 

「……ああ。当時は団財副局長が主席検事だったのか」

 

「ええ。彼も私より年下ではありますが、何度か面倒をみました。あまり言いたかありませんが、私が育てたようなものですよ」

 

 胸を張って聞いてもいない自慢をしてくるベテラン検事をよそに、御剣は考える。

 

(噂だけで判断するのは危険だが、裁井手弁護士はあまり評判のよくない人物だったのは間違いない、か)

 

「それで、その裁井手弁護士が検事をやめた理由に関しては何かご存じないのですか?」

 

「ふむ、栽井手検事がですか? さあ、何やら事件に巻き込まれたのが原因とは聞きますが、それ以上の事は」

 

「そうですか……」

 

 このベテラン検事から聞きだされる情報も、この辺りかと御剣も判断する。

 

「それでは貴重なお話、どうもありがとうございました」

 

「おお、いつでも聞きなさい! この大先輩たる私が答えてあげましょうぞっ」

 

 礼を言った御剣に対しやたらと調子の良い様子で、ベテラン検事は立ち去っていく。

 

「御剣検事! 良かったッスね」

 

「うム……」

 

 糸鋸の連れてきたベテラン検事から、ある程度の情報は手に入った。

 

「やはり、裁井手弁護士とは会っておくべきだな」

 

 元検事であり、伊国めぐるの担当弁護士。

 それだけではなく、予期せぬ形でCI-6号事件との関連も出てきた。

 無視する事はできない。

 次の行動指針は決まった。

 

 それはそうと、

 

(――それにしても、彼の名前は何だったかな)

 

 結局、御剣はあのベテラン検事の名前は思い出せないままだった。

 

 

 

 

 

 某月某日 11時47分 裁井手法律事務所

 

 

 都内に一等地あるビル。

 そこに、裁井手紅の事務所はあった。

 

 その目的の階へと、御剣と糸鋸が階段であがっていく。

 

「ここか……」

 

 そして目的の階に到達すると、「裁井手法律事務所」の文字を発見。

 そこへと近づこうとするが、

 

「ム、待ちたまえ。イトノコギリ刑事」

 

「何スか?」

 

「あれを見たまえ」

 

 裁井手法律事務所の部屋の前から、一人の男が出てくる。

 濃い眉に、見る者を圧迫するような威厳のある視線を周囲に向けている。

 よく手入れのされていそうなブラウン系のスーツを着こなし、ワインレッドのネクタイを緩めることなくきっちりと絞めており、腕には高そうな金色の腕時計がある。

 

 そんな相手が紅の剣の装飾が施されたステッキを片手に、こつこつと歩いている。

 

「あ、あれって確か」

 

「検事局の団財副局長だ」

 

「何でその団財副局長がいるッスか?」

 

 不意に現れた検事局副局長の姿に困惑するも、幸いなことに向こうは気づいた様子はなく、エレベーターの方へと向かっていった。

 

「ここで団財副局長は何をしてたッスか?」

 

「裁井手紅は、元検事だ。検事時代に当時主席検事だった団財副局長と当然接点があるはずだし、今も交友が続いていてもおかしくはないが――」

 

 御剣はトントン、と指を動かす。

 

 エレベーターに乗り込み、団財の姿が消えてからようやく御剣たちは出てくる。

 

「今は、こちらに専念させてもらうとしよう。イトノコギリ刑事、団財副局長の名前は出さないようにしてくれたまえ。私は事件から手を引いた事になっているのだ。副局長に知られたら、面倒なことになりかねん」

 

「了解ッス!」

 

 そう答えた糸鋸刑事を傍らに御剣は、事務所の中へと入っていく。

 

 

 入口で用件を告げると、意外なことに、裁井手紅との面会はあっさりとかなった。

 

「どうぞ」

 

 事務員らしき女性が、御剣と糸鋸の前にお茶を置いていく。

 そんな中、目の前のソファに座った女性――裁井手紅を見る。

 

 元女検事ということで、狩魔冥のようなイメージをつい浮かべてしまっていたが、実際は似ても似つかない。

 ふくよかな体格と、濃い化粧。決して醜悪な外見というわけではないのだが、どこか胡散臭さを感じ取ってしまう。表情は柔らかくみえるのだが、目元は笑っていない。それがどこか異様な不気味さを醸し出していた。

 

(弁護士、というより商人に見えるな)

 

 それも頭に「悪徳」とつくような。

 初対面の相手に失礼だとは思いながらも、そんな印象を受けてしまう相手だった。

 

「どうもどうも、はじめまして。ワタクシが裁井手紅。弁護士をしておりますわ」

 

「検事の御剣怜侍です。こちらは糸鋸刑事」

 

 そう御剣が糸鋸と共に紹介する。

 二人の前に名刺が差し出された。

 

「いえいえ、ワタクシもご存じかもしれませんが元検事でしてねえ、後輩の天才検事に会えて光栄ですわあ」

 

 少なくとも、外見上はにこやかな対応だ。

 

「それで、何かワタクシに話があるとか?」

 

「はい。裁井手さんにお伺いしたいことがありまして」

 

 聞きたいことは二つ。

 伊国めぐるに関してと、裁井手元検事がかつて担当していたという事件に関してだ。

 まずは、前者から聞くことにした。

 

「伊国めぐる、という人物をご存じでしょうか」

 

「伊国めぐる――さんですか」

 

 にこやかな表情のまま、そう聞き返す。

 その表情から、すっとぼけているのか。嘘をついているのか。

 それは読み取れない。

 

「彼女の弁護を担当すると聞いておりますが」

 

 その沈黙を破り、御剣は単刀直入に訊ねる。

 その事に肯定も否定もせず、裁井手は言う。

 

「ワタクシが誰を弁護しようが、何か問題があるのでしょうか? 弁護を受ける権利は誰にでもあるはずですが」

 

「もちろん、ありません。ですが、彼女の友人だという弁護士が連絡すら取れない、と言っておりまして」

 

「友人の弁護士?」

 

「はい。貫槍華弁護士です」

 

「……」

 

 その言葉で、これまで――少なくとも表面的には――笑みを顔に張り付け

ていた裁井手の顔が固まった。

 

(何やら地雷だったのだろうか)

 

 そう思うのもつかの間、すぐに表情を戻してみせる。

 

「そうは言われましても、依頼人の方からはワタクシの方に、とのことでしたので」

 

 そう答えて見せる裁井手だが明らかに、この貫槍華の名前にこの弁護士は反応していた。

 

(だが追求するには材料が足りなすぎる)

 

 この件ではいったん、引き下がることにして別の事を訊ねる。

 

「そうですか。ではCI-6号事件の事をお聞きしたいのですが」

 

「CI-6号事件、ですか」

 

 その言葉に、裁井手の表情が一瞬、固まった気がした。

 

「いえ、何でそのような古い事件の事を御剣検事が?」

 

 だが、すぐにその表情を元に戻し――少なくとも表面は――穏やかな笑みを張り付けてみせる。

 

(ムゥ、さいころ錠でも出てきそうな雰囲気ではあったのだが……)

 

 かつて、隠し事をしている相手の嘘を見抜くためのあるアイテムを親友から借りていた事があった。

 その時のものさえあれば、彼女に「さいころ錠」が見えていた事は間違いなさそうな雰囲気だ。

 

 だが当然ながら、肉眼ではそんなものは見えない。

 

「現在、私の担当している事件との関連がありそうな事でして。当時の事を知っている裁井手弁護士に是非、お話を伺いたいと」

 

「そうは言われましてもねえ……」

 

 裁井手の表情こそ変わらないが、明らかに話したくなさそうな雰囲気が漂っている。

 

「大事な事なのです」

 

 そう視線を鋭くする御剣だが、裁井手も表情を緩めない。

 そんな中、

 

 

「先生」

 

 

 ここで先ほどお茶を運んできた事務員が話しかけてくる。

 

「どうしたのかしらあ?」

 

 再びにこやかな笑みを貼り付け、裁井手は事務員に訊ねる。

 

「その」

 

 一瞬、御剣たちの方を見る。

 部外者の前で話していいいものか、迷っているのだろう。

 

「構わないわあ。別にワタクシは胡散臭いことをしているわけではありませんもの」

 

「わかりました。その、実は群馬県警の方から電話が」

 

「群馬県警?」

 

 彼女にとっても予想外のことだったのか、裁井手の眉が驚きのためかぴくりと反応する。

 

「一体、群馬県警がどうしたッスか?」

 

 糸鋸が訊ねると事務員が「それが」と答える。

 

「その、先生が妃弁護士の名前を使ったのではないかと問い合わせが……」

 

「はあ? ワタクシが?」

 

 その言葉に、裁井手は怪訝そうな顔をしてみせる。

 

「無礼なことを言わないで欲しいですわあ。ワタクシはそんな事はしておりませんわ」

 

「失礼。それはどういった事なのか教えていただきたいのだが」

 

 裁井手ではなく、事務員に御剣が問う。

 

「それ、その。私もよくわからないのですが、昨日、群馬県で起きた殺人事件で探偵の毛利小五郎様とその奥方の妃弁護士のニセモノが現れたそうなのですが」

 

「毛利小五郎?」

 

 昨日も聞いたばかりの名前に、御剣が反応する。

 

「毛利小五郎って昨日、ホテルのバーで酔っ払って寝ていたヒトッスよね。何であの人が群馬にいた事になってるッスか?」

 

「落ち着き給え、刑事。だからそのニセモノだといってるのだろう」

 

 疑問符を浮かべる糸鋸を御剣が制する。

 

「それで、その偽物の件でどうしてこの事務所に連絡が?」

 

「それが、その。その偽物の妃弁護士の持っていた名刺に、当事務所の番号が書かれていたそうで……」

 

 そう答える事務員に裁井手はその不快そうな顔に刻んだしわをさらに濃くする。

 

「まったく、不愉快な事をする人もいるものですねえ……」

 

「裁井手弁護士。何か心当たりはないでしょうか」

 

「全くありませんわあ、ワタクシは常に清廉潔白。染み一つない綺麗すぎるシロを信条としておりますもの」

 

 そう吐き捨てるように言うと、続ける。

 

「おかしなことをされ、ただただ迷惑を被っているだけですわ」

 

「そうですか」

 

「ふふ、むしろ弁護士として活動している今よりも検事時代の方が恨みを買っていたかもしれませんわあ。そちらの方がはるかに恨まれやすいですもの」

 

 そういって、口元を吊り上げるように笑みを見せる。

 

「まあとにかく、御剣検事。ワタクシはこの件に対応する必要がありそうですので、失礼しますわ」

 

「ム? しかし」

 

「それでは」

 

 御剣の答えを聞くまでもなく、裁井手は立ち上がると、別室へと移動してしまう。

 

「申し訳ありません。それでは」

 

 事務員もそれだけを言うと、裁井手の後に続いていく。

 

 後には、御剣と糸鋸だけが残された。

 

「全く。随分とお忙しいお方だな」

 

 そう皮肉げに御剣がつぶやく。

 

「うーん、でも参考になりそうな話は何も聞けなかったッスね」

 

「そんな事はない。彼女は明らかに、伊国めぐるの件も、CI-6号事件についても話すのを嫌がっていた。あれはさいころ錠が出てきてもおかしくない反応だ。これはこれで収穫といえる」

 

「サイコーノロジョー? 何スかそれ」

 

「とにかく、だ。刑事。やはりこの件にはまだ何かウラがあるようだ。次の調査に行くぞ」

 

「あ、待って欲しいッス、御剣検事! このお茶請け食べてから行くッス!」

 

 立ち上がり、事務所の出入り口へと向かう御剣を、糸鋸が慌てて追いかけていくのだった。

 

 

 

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