名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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本作において、序審裁判の後に行われている通常裁判に関してはいくらかオリ設定・独自解釈含みます。


FILE.16 法曹界の女王

「……うム。では、よろしく頼む」

 

 走行中のパトカーの車内。

 後部座席の御剣は、そう言って携帯電話を切って通話を終えた。

 

「さっきから誰にかけていたッスか? 御剣検事」

 

 運転席の糸鋸が興味津々といった様子で訊ねる。

 

「被害者のオサツー・メグンダルは西鳳民国に三か月も滞在していた。犯人の伊国めぐるもだ。その西鳳民国での二人の動向に関して調べておいても損はないだろう」

 

「西鳳民国ってことは、もしかしてあのオオカミオトコッスか?」

 

「そうだ。狼捜査官に頼んだ。あくまで私から個人的に、だがな」

 

 狼士龍。

 国際捜査官であり、かつては御剣――というよりは検事そのものに強い敵意を抱いていた人物だが、今ではその蟠りはとけている。

 

「被害者に関しての情報は少しでも欲しい。だが、何か知っているであろう団財副局長もあの風見という刑事も簡単には情報を渡してくれないだろうしな」

 

「はー、しかしよく引き受けてくれたッスね」

 

 何せ西鳳民国も、彼自身も安泰の立場とはいいがたい。

 これまでは偽札騒動で国は揺れており、その元凶となった密輸組織も壊滅したかと思いきや大統領暗殺事件だ。さらには、その大統領も10年以上前から偽物である事が発覚したのだ。

 そして狼自身も自分の副官が密輸組織の一味だったことなどから、処分を受けている。

 

「彼も捜査官だ。キミと同じようにな。何やら、きな臭さを感じ取ってくれたのだろう」

 

 とはいえ、彼に頼りにきりになるつもりもない。

 御剣自身でもやれることはやっておくべきだろう。

 

「着いたようだな」

 

「はいッス」

 

 パトカーを止め、建物の中に進んでいく。

 

 そして、やがて『妃法律事務所』が見えてくる。

 さきほどの『裁井手法律事務所』とさして離れていない場所に『妃法律事務所』がある事を知った御剣が検事局に帰る前にここに立ち寄る事にしたのだった。

 裁井手紅との話の後、糸鋸を通じて群馬県警から毛利夫婦のニセモノ騒動に関してある程度の情報を仕入れた。その上で、話に出てきた妃英理の事務所も近い場所にある事を知り寄ってみる事にしたのだ。

 

 アポなしではあるが、目的の人物――妃英理弁護士とは意外とあっさりと会う事ができた。

 

「妃弁護士。無敗記録を誇る『法曹界の女王(クイーン)』の噂はかねがね伺っております。私は検事の御剣怜侍と申します」

 

「こちらこそ、御剣検事の名前はかねがね」

 

 そういって、御剣と名刺を交換しあう女性――妃英理の姿を見る。

 冷静そうな表情だが、急な御剣というおそらく予想外であろう人物の訪問に困惑の色が混じっているのを察する。

 

「ですが、無敗記録に関してはあくまで結果。誇るべき事ではないかと」

 

 それに関しては同感だった。

 無敗記録――と聞くとどう考えても自身の師の事を結び付けて考えてしまう。

 そのカンペキな無敗記録に至るまでに生じた犠牲、そしてその果てに何があったかも含めてだ。

 

「それで、どうして御剣検事が?」

 

 本題に入ろうとするよりも先に、英理の方から訊ねられた。

 まあ、当然の疑問だろう。特に裁判で会う予定もない検事がいきなり訪ねてきたのだ。

 

「既にご存じかもしれませんが、群馬県にある団財副局長の別荘にアナタの名前を騙る人物が現れました」

 

 それを聞いて英理の表情に苦い者が混じる。

 

「ニセモノ――ですか。私も先ほど、夫から連絡を受けたばかりなので詳しくは知らないのですが」

 

 自分のニセモノが現れたという事に、さすがに困惑気味のようだった。

 

「失礼ながら、心当たりは?」

 

「いえ、まるで。以前にあの人の名前を騙るニセモノを出てきたといった話を娘から聞いた事はありますが、今回の件とは無関係でしょうし」

 

「はー、大変なんスね。メータンテーというのも」

 

 能天気な事を言う糸鋸に対し、御剣は訊ねる。

 

「イトノコギリ刑事、キミは群馬県警に問い合わせたはずだな。そのニセモノについて話してくれ」

 

「了解ッス!」

 

 その言葉に頷き、糸鋸が説明をはじめる。

 

「えっと、群馬県警のヒトからの情報によるとニセモノの毛利探偵は何やらキザそうな人だったらしいッス」

 

「本物そっくりじゃない」

 

「それに、『ククッ』とか言ってたりしてやたらとかっこつけた感じの物言いが多かったらしいッス」

 

「本物そっくりじゃない」

 

「でも、奥さんには『マイハニー♡』とか言っててラブラブだったらしいッス」

 

「完全に偽物じゃない」

 

 英理はそこまで言って「失礼しました」とこほん、と咳払いしてから続ける。

 

「とにかく、その毛利小五郎を自称していたという人に私は心当たりがありません」

 

「それでは、妃弁護士。アナタのニセモノの方には心当たりはないのだろうか」

 

「いえ、そちらもありません」

 

 そういって、首を左右に振る。

 

「では、団財副局長の別荘で起きた事件に関してなのですが、被害者の半庭康夫さんに関して何かご存じの事は?」

 

 その御剣の質問に今度は「知っています」と返される。

 

「何故、そのようなニセモノが出てきたのかわかりません。ですが、事件の被害者だという半庭康夫さんの事ならば存じ上げております」

 

「被害者は確か、弁護士だったんスよね?」

 

 被害者の身元も既に判明している。

 

 半庭康夫。

 性別は男、年齢は44歳、職業は弁護士。

 弁護士としての活動期間は10年以上になるが、彼もまた序審裁判はあまり担当しておらず、御剣も法廷で会ったことはない相手だった。

 

「親しい、といえるかまではわかりませんが、同業としてそれなりに交友はありました」

 

「それは――お悔み申し上げます」

 

 まるで知らない相手ではなく、少なくとも知人レベルの相手だったと知り御剣は言っておく。

 その事に礼を言ってから、英理は続ける。

 

「その司法関係者を集めたパーティには半庭康夫さんから、招待されておりました」

 

 これもはじめて知る情報だ。

 つまり、本来であればニセモノではなく本物が出席していたという事になる。

 

「でも、パーティには参加していなかったんスよね?」

 

「ええ。急な依頼が入ったので、キャンセルさせていただきました」

 

「そうなのですか?」

 

「そして、件のニセモノがいた時刻、私はその依頼人(クライアント)の方と留置所で面会していました。記録を調べていただければ、わかることかと」

 

「……そうですか」

 

 おそらく、嘘ではないだろう。

 嘘をついてもすぐにバレる。

 もちろん、念のため、ウラを取る必要がある。

 

「それでは妃弁護士。アナタは被害者と会う予定だったという話ですが。一体、どのような理由で?」

 

 もちろん、弁護士同士の守秘義務なども絡む場合もある。

 その場合、今は何の権限も使えない御剣では追求する事はできない。

 だが、英理の返事はあっさりとしていた。

 

「半庭さんは、『相談したい事がある』と言っておりました。ですが、詳細までは」

 

「相談したい事、ですか」

 

 それを話す前に亡くなった、という事か。

 今回の事件と何か関係があるのか、あるいはまったく関係のない理由か。

 それは現時点では分からない。

 

「では続いて、裁井手弁護士について何かご存じの事は?」

 

 何せ、妃英理のニセモノは彼女の連絡先を名刺に残したのだ。

 彼女と何かしらの関係がある可能性は高い。

 

「裁井手弁護士とは、裁判で何度か対峙した事があります」

 

「彼女が検事時代に?」

 

 そう聞いてみるが、その可能性は低いとも思った。

 彼女は10年ほど前に検事をやめている。その時、妃英理は弁護士としての活動をはじめたばかりのはずだ。

 案の定、首を横に振った。

 

「いえ、弁護士としてです」

 

「……そうですか」

 

 弁護士として、という事は民事裁判でという事だろうか。

 

「じゃあ裁井手弁護士との間に何かトラブルとかはなかったんスか?」

 

「もちろん、裁判である以上、双方が満足して終われるとは限りません。ですが、それは仕方がない事かと」

 

 割とストレートな糸鋸の質問に、英理はそう返してみせる。

 

 ある意味、序審裁判ははっきりしている。

 有罪()か、無罪()か。競うのはこの一点のみ。

 だが、民事裁判や量刑を競う本審となるとそうはいかない。

 どちらもが満足できる結末など、滅多にあるものではないだろう。

 

「そうですか……」

 

 もう少し踏み込んだ質問もしてみたい気もするが、あくまで個人として聞き込みをしているにすぎない御剣では難しいだろう。

 守秘義務を盾にされてしまえば、どうにもならない。

 とりあえずは、この辺りで話を切り上げる事にした。

 

 英理に礼を言ってから、御剣はこの法律事務所からも立ち去る事にしたのだった。

 

 

 

 話を終え外に出て、再び糸鋸の運転するパトカーの中に入る。

 

「……そうか。わかった」

 

 糸鋸がパトカーを発してから、数分後。

 その後部座席に座った御剣が、通話を終えた携帯電話を切る。

 

「どうだったッスか?」

 

「ウラがとれた。確かに妃弁護士は、問題の時刻、留置所で面会していたそうだ。ちなみに、その依頼人と被害者の間で示談が成立したらしく、裁判にはならないそうだがな」

 

 その依頼人というのは、一昨日に酒に酔って同じく泥酔した客を殴ってしまったという人物。

 被害者との間では、既に双方の弁護士を交えて示談が成立しているようだ。

 

「まあ、わかっていた事だがな」

 

 こんなところで彼女が嘘をつく必要はないが、これはあくまで念には念を入れ

ての事だった。

 この依頼人もその事件も、今回の件とは無関係だろう。

 

「問題は、そこではなく妃弁護士のニセモノに関してだ」

 

 そういった理由で参加できなかった妃英理に変わって出てきたというニセモノ。

 

「何故、妃弁護士の名前を使ったのか、そして連絡先として裁井手弁護士の事務所の番号を残したのか、だ」

 

「うーん、テキトーに選んだとかじゃないッスか?」

 

「それならば、かけても誰も出ないような番号にでもした方が良い。わざわざ実在する裁井手弁護士のものを使う意味がわからない。こんな事をしてもリスクが高いだけ。確認でもされたら、一発で終わりだ。百害あって一利なしだ」

 

 そういって、トントンと指を小さく動かす。

 

「だからこそ、ニセモノはそんな事をしてまで裁井手弁護士とのつながりをむしろアピールしているように思える」

 

「アピールッスか?」

 

「そうだ。こうやってニセモノだとバレた後に、裁井手弁護士の事を調べて欲しいと言わんばかりにな」

 

「それじゃあ、何か裁井手弁護士に恨みでもあったッスかねえ」

 

「さて、な。少なくとも評判の良くない人物ではあるが……」

 

 現時点での情報で判断するのは危険。

 

「やはり、団財副局長の別荘で起きたという事件、もう少し詳しく知る必要がありそうだな。帰ったら改めて群馬県警に問い合わせてくれ」

 

「了解ッス!」

 

 そう答えたところで、ここでふと思い出したように糸鋸が告げる。

 

「あのー、ところで御剣検事?」

 

「何だ?」

 

「例の団財副局長の事件何スけど、さっき群馬県警に問い合わせたところ自分も御剣検事も知っているヒトが犯行当時、現場にいたらしいッス。それも、目撃者の一人みたいッス」

 

「何?」

 

 その言葉に怪訝そうに眉を寄せる。

 

「団財副局長の事か? 確かにあのヒトも現場にはいただろうが……」

 

「いや違うッス。そうじゃなくて別のヒトッス」

 

 糸鋸の口から、その人物の名前を告げられる。

 御剣からしても、その人物はよく知る相手だった。

 

「……確かに司法関係者が集められたというパーティにいても不思議ではない御仁だが」

 

 その意外な人物に、御剣も目を瞬かせるのだった。




一応、名探偵コナン原作最新刊のネタバレ注意です。















なるほどくん、名探偵図鑑登場おめでとう!
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