逆転サイドの人物も登場します。
感想欄で気づいていた方もおりましたが、最後のセリフから消去法で特定できちゃいますよね。
某月某日 午後12時7分 団財次長の別荘
「おお、その貧相なチョビヒゲ! 間違いなく毛利さんです!」
「お前なあ」
うんざりとした様子で、手を握ってくる群馬県警の山村の顔を小五郎は見る。
「いやあ、昨日の毛利さんもカッコ良かったけどやっぱり本物は違いますねえ」
翌日の朝一で東京を発し、伝えられていた事件現場である検事局の副局長・団財次長の別荘へと到着したわけだが、さっそく山村が出迎えてくれた――わけなのだが。
「コラアアアアアアッッッッッッ!!!!!!」
そんな二人の会話を遮る者がいた。
「オンドレエエエエッッッッ!!!! よくも、ワイのオーキッドちゃんをオオオオッッッ!!!」
「先生。落ち着いてください」
この場についてきているドラコが吠えた。
それを、傍らのエドガーが宥めている。
山村の胸元に掴みかからん勢いでドラコは顔を近づける。
「ちょ、ちょっと!? アナタが例の脅迫犯さんですか。群馬県警は脅しには屈しませんよ!」
「だから誰が脅迫者やねん! ワイはただ、オーキッドちゃんを逮捕した事に普通に抗議しただけやんけ!」
「いやあ、アンタの強面と声じゃ『普通』に抗議しただけで脅迫になっちまうと思うぞ」
「ああ!?」
突っ込んだ小五郎をギロリと睨みつける。
「それよりも、探偵様。ここは、この刑事様から情報を引き出すべきではないかと」
「そ、そうだね。というか何でボクに?」
「いえ、聞きたそうな顔をしておりましたので」
なぜかエドガーが小五郎ではなくコナンの方で小声で囁くように言われ、少し戸惑う。
(この人もよくわかんねーな)
歳不相応に落ち着いた仕草を見せる、このエドガーという少年もよくわからない人物だった。
ある意味、派手に怒鳴り散らすドラコの方がまだわかりやすい。
「捜査に携わる刑事とは、探偵から情報を引き出されるために存在する。この国ではそう言われているそうですね」
「いや、言われていないと思うよ」
「失礼。探偵ではなく弁護士でしたか」
「いや弁護士でも間違ってるから」
エドガーの言葉にツッコミながらも、とにかくいまだにもめている三人を軌道修正させる。
「ね、ねえおじさん。そろそろ事件の事を聞いたら?」
「ん? ああ、そうだな。おい山村」
恫喝するように顔を近づけている――さすがに直接の暴力行為はまずいと思っているのか顔を近づけているだけのようだが――ドラコに睨まれている山村へと話しかける。
「それで事件の事を教えろよ」
「そーですね。とにかく昨日も電話で言ったように、被害者の人が殺された部屋に入っているのが見つかって逮捕されたわけですが、目撃者も二人いますしねえ」
「二人?」
「ええ。片方は昨日も言ってた人。それで、もう片方がチョーさんですね」
「チョーさん? 誰だよそいつ」
新たに出てきた登場人物の名前に、怪訝そうにする。
「チョーさんはチョーさんですよ。昨日、ちょっと仲良くなった裁判長さんですよ」
「裁判所の裁判長さん? それって本物の?」
コナンの問いに山村は答える。
「そりゃそーだよ。ここであったのは司法関係者が集まっていたパーティだからね。しかも殺人事件が起きて、警察だって来てたんだ。勝手に裁判長を自称する人なんているわけないでしょ」
そのわりに自称探偵と自称弁護士には気づかなかったようだが。
それも目の前の男は本物と知り合いなのに。
まあ、それを指摘すると面倒くさくなりそうなのでスルー。
「それでその人は今どこに?」
とにかく先を促す事にする。
「昨日はこの別荘に泊っていたはずだよ。今、呼んでくるね」
暫くすると、一人の人物を引き連れて戻ってくる。
禿げ上がった頭と、見事な白髭の老人だ。
こちらに――特に、小五郎に気がついたようだ。
「おお、これはこれは。貴方が本物の名探偵の毛利小五郎さんですか」
「ええ、私こそが名探偵の毛利小五郎です」
「これは御丁寧に。私はこういうものです」
相手の言葉に気をよくして、愛用の金ピカ名刺を差し出す小五郎に、相手も名刺を差し出す。
ひょい、とコナンは背後から覗き込む――が、達筆すぎて読めない。
「チョーさんは裁判長さんなんですよ、ですからチョーさん」
「ほっほっほ。実は毛利さんの名推理で逮捕された人たちの裁判を担当した事も、何度かありますぞ」
「おお! それはそれは」
持ち上げられて悪い気はしないのか、老人――裁判長と談笑し始める。
「しかし、あの毛利さんたちが偽物だったとは。私としたことが不覚でした。この私の目を誤魔化すとは」
「いえいえ! チョーさん、無理もありませんよ。何せあのニセモノ夫婦はこの群馬の名警部の僕ですら騙してくれちゃったりした、チョー巧妙なニセモノなんですから」
名警部は名警部でも『名』と『警部』の間に『物』が挟まりそうな気だするが。
「ううむ、そうですなあ」
ふむふむ、と頷いている裁判長だがやがて少し考え込んでから「ですが」と続ける。
「しかしですなあ、こう見えても私も過去にある弁護士のニセモノに騙された事がありましてな。そんな事があってから、弁護士バッジは注意深く見るようにしているのですが、間違いなく妃弁護士――のニセモノ――がつけていた弁護士バッジは本物に見えましたぞ」
「弁護士バッジが?」
「ええ。少なくとも、出来の悪いオモチャのようなバッジではなく、本物の弁護士バッジに間違いありませんぞ! 一度間違えた私だからこそ、断言できます」
自信満々に言い張る裁判長。
普通、一度だって間違えたりしないだろなどというツッコミはともかく、少なくとも本物に見える弁護士バッジを偽妃英里はつけていた。その事は頭の中にとどめておくべきかもしれない。
「それで、その偽物二人の手がかりは他にないの?」
「ありますね。それがこれです」
そういって、二枚の名刺を見せる。
小五郎の使用している金ぴかのものとは違い、ごく普通の名刺だ。そこには、「毛利小五郎」と「妃英理」と書かれた二枚の名刺がある。
「ニセモノ連中が持ってたやつか?」
「ええ。この名刺を渡されていた人が何人かいました」
「でもどーせ、連絡先はデタラメだろ」
「いえいえ、それが違いました」
「はあ?」
「こちらに書かれた番号に連絡してみたところ、ちゃーんと繋がりましたよ」
山村の言葉に意外そうに小五郎は目を剥く。
「それじゃあ、ニセモノたちと連絡が取れたのか?」
「いえいえ、ニセモノの毛利さんの連絡先に連絡してみたところ、繋がったのは別の探偵さんのところ。奥さんの方も別の弁護士さんの番号が書かれていたみたいです」
「別の?」
「ええ。実在する探偵と弁護士の連絡先を使ったみたいですね」
「その人たちは何て?」
コナンの質問に山村は答える。
「んー、どっちも心当たりがないって言ってたよ。多分勝手に名前を使われたんだろうって」
「本当かよ」
「そうは言われましても、テキトーな連絡先を書いてくれちゃってもいいわけですし、その人達がニセモノさん夫婦の本人ということはないでしょう」
胡散臭げに言う小五郎に対し、山村にしては珍しくまともな返しをするが、
「でもさー、だったらわざわざ本物の探偵さんと弁護士さんの連絡先を使うかな? それこそテキトーな番号書いておけばいいわけだし」
「そりゃ、アレだ。ニセモノ連中がいる時に名刺に書かれているところに電話をかけられたら、誰も出なくて困るからだろ。だから実在する探偵と弁護士にしたんだろ」
コナンの言葉に小五郎が答える。
「でも詳しく話聞いたら結局バレちゃわない?」
それにも関わらず、共犯というわけでもないらしい探偵と弁護士の連絡先の書いた名刺を残した。
その探偵と弁護士はニセモノ本人ではないにせよ、何かしらの関係はある可能性はある。
後で確かめておこうと、先ほど山村がチラ見せしたニセモノの毛利夫婦の名刺に書かれた番号を頭の中でコナンは記憶しておく。
そんな時、
「あああああああああっっっっ!?」
不意に裁判長が大声で叫ぶ。
「ど、どうしましたか、チョーさん?」
「思い出しました、思い出しましたぞ!」
目を見開き、裁判長が続ける。
「その例のニセモノ夫婦なのですが、実はサインをお願いしましてな」
そういって、一枚の色紙を懐から取り出す。
「おおっ、こりゃすごいですね」
そこには「毛利小五郎&英理」と書かれてある。
しかも、やたらとピンク色のハートマークが周囲に書き込まれてあるものだ。
「おいおい、俺は絶対こんなの書かねーぞ」
小五郎がそれを見て愚痴る。
これまでに何度かサインを要求されたことはあるが、英理と一緒に、それもこんなハートマークだらけのものを書くはずがない。
「ええ、これも結局ニセモノだったのですな。孫に自慢しようと思っていたのに、残念です」
がっくりとしている様子の裁判長に、山村が言う。
「なるほど、それでニセモノだとわかったからゴミ箱に捨てるんですね! ゴミ箱はあちらですよ」
「いやいや、待ってよ! それニセモノのおじさん達が書いたんでしょう!? なら筆跡とか指紋が残っているはずでしょ」
貴重な証拠品を捨てようとする山村に慌てて待ったをかける。
「おお、そうです! 私もそれを言いたかったのです!」
コナンの言葉に、裁判長が鷹揚に頷いて見せる。
「いやー、わかってるよ。もうジョークだって、ジョーク」
あはは、と笑う山村に「本当かよ……」と突っ込みたくもなるが、とにかく無駄に体力を使いたくないのでこれまたスルー。
「なあ、そろそろこのオッサンのニセモノに関してはええやろ、事件のことを教えーや。そんでとっととオーキッドちゃんを釈放せんかい」
ニセモノに関する話を長々と聞いてはいたが、彼にとってはそちらの方が本命だったらしく、焦れた様子でドラコが山村に訊ねる。
「いやいや、釈放するわけにはいきませんよ。あの毛利さんがニセモノだろうが、一番容疑が濃いのは彼女なんですから。裁判だって明日ですし」
「ていうか、アンタの方が俺より年上じゃねーか。オッサン呼ばわりしてんじゃねーよ」
「ああん!?」
山村と小五郎の返しに睨みつけるようにする。
そんな三人を無視するように、コナンは裁判長に話しかける。
事情を知っていそうなこちらの方がまだ話が進みやすそうだ。
「ねえねえ、裁判長さん」
「むむ、何ですかな?」
子供好きらしく、裁判長の反応は良い。
「そもそも、ここでやってたパーティってどんなのだったの?」
「司法関係者を集めて、司法の現状と未来について語り合うといった趣旨のものでしてな。私のような裁判官や、検事や、弁護士、警察関係者といった参加者が多かったですな。私も司法長官のお共で参加していたのですが、よもやこのような事に巻き込まれるとは」
ふう、とため息をついてみせる。
「それで、裁判長さんも目撃者なんだよね? どうやって事件を見たの?」
「ええ。あれはパーティの最中。その途中で急に催してしまいましてなあ。この歳になるとトイレが近いもので」
「それで?」
「途中で会場を抜け出して、トイレに向かったのですよ。そこで一階のトイレを使おうとしたのですが、あいにく混んでおりましてな。二階のトイレを使う事にしたのですよ。二階は宿泊用の客室として使っており、泊まる予定の者しかおらず、空いておりましたからな」
そういえば、山村の電話で別荘に泊る予定の者しかいない場所で事件は発生したと言っていた覚えがある。
「そこで、オーキッドさんを目撃したの?」
「ええ。彼女が被害者の半庭氏の泊っている部屋から出てくるのを見ましたぞ」
「でも、犯行の瞬間を見たわけではないんだよね」
「はい。私は見ておりませんぞ、見たのはもう一人の目撃者の方です」
「そうなんだ……」
それが例の目撃者、となる。
だが、今の話だけだと不可解な事がある。
「でもさ、それなら当日パーティに参加していたヒトなら誰でも犯行は可能なんじゃないの? どうしてオーキッドさんが疑われたの?」
「階段に設置された監視カメラが決めてとなったようですな」
「カメラ?」
「ええ、防犯用に階段に設置してあるのがあったようですぞ。あいにく、犯行現場やその途上の廊下にはありませんでしたが」
「それで、犯行があった時間で二階にいた人はオーキッドさんと裁判長さんとそのもう一人の目撃者だけだったって事?」
「そうなりますな。それに、宿泊予定のない参加者は一階以外に立ち入る事は禁止されておりましたので。それも彼女が疑われた原因だったようですな。まあ、私は階段のすぐ近くにあるトイレにだけ行くという約束で上がらせてもらいましたが。一階のトイレは混んでおりましたので」
「でも他に人はいなかったの?」
「パーティの最中でしたので。被害者の半庭さんは、『体調が悪い』と途中で抜け出して部屋で休んでいたようですが」
「なるほど、つまり――」
ここまで黙ってやり取りを見守っていたエドガーがその言葉を引き継ぐ。
「容疑者は三人。逮捕されているオーキッド様、そしてその目撃者。最後の一人が裁判長様という事ですね」
その言葉にぎょっとしたように裁判長が目を見開く。
「いやいやいや! 私は違いますぞ! ケッパクですぞセーレンケッパク! 人殺しなどとんでもない!」
「そうですよ。それは違うと思いますよ。チョーさんはケッパクですよ、ケッパク。群馬の名警部として断言します」
「というと?」
山村に問いただす。
「えっとですねえ、さっき言った監視カメラが各階にあるんですけど。あれはプライベートの関係もあるから踊り場の近くにしかついてないんですよ」
「二階の廊下の方も?」
「ええ。泊っているお客さん、誰と誰が接触した~ていう記録を残したくない人が多かったそうで。客室の中はもちろん、廊下にもカメラをつけなかったそうだよ」
「それで?」
この説明だけでは別にこの裁判長が無罪だという証明にはならない。
ゆえに、山村に先を促す。
「踊り場近くについていたカメラでもチョーさんが二階にいた時間は確認できちゃうんだけど、これが5分足らず。現場は荒らされたりしていた跡もあるし、最低でも10分以上はかかりそうだし、とても時間が足りないんだよ」
「おお、そうですぞ! 歳をとると、トイレは長くなってしまいますがさすがに10分はかかりませんぞ!」
その言葉に力を得たように、裁判長が安堵する。
「なるほど、つまり裁判長様は容疑者候補から事実上の脱落というわけですね」
「そうですぞ! 私は人殺しなどしませんぞ!」
エドガーの言葉に裁判長はそう返してみせるが、
「いえ、ですがそのウラのウラを書いて裁判長様が犯人ということも」
「なななな、なにを言っているのですか! とんでもありませんぞ!」
「ジョークです。ジョーク。ジャパニーズジョーク」
あまり表情を変えないままエドガーに、「この人も食えない人だな」などとコナンは小声でつぶやき、一方の裁判長も安堵したように息を吐いている。
「全く。このような仕事をしていると、怨みを買う事も多いもので。よく裁判を担当する事のある弁護士からも、私を殺そうと殺し屋を雇われそうになった事もあるもので」
「ええ……」
胡散臭い。
というか妄想臭い。
だがそれを突っ込んだら面倒なことになりそうなのでスルーする。
が、一方の裁判長はヒートアップしていく。
「あの目はきっとそうでした。この私を殺る気だと! 私の目は節穴ではありませんぞ」
うむうむと、頷いている裁判長を無視してとりあえず情報を整理する。
犯行があったと思われる時間帯に犯行現場をおとずれた人物は、この裁判長を除けば被害者を含めて三人。
そして、オーキッドという逮捕された相手が被害者のいた部屋から出てくるのを見ているのがこの裁判長。
嘘をつくような人物には見えないし、少なくともオーキッドが被害者の部屋に入ったのは確定。
問題なのはもう一人の証人の方。
「それで、山村警部。もう一人の証人はどうしたの?」
裁判長やオーキッドが犯人ではないとすれば、自殺等の可能性を除けば犯行が可能だったのはその人。
どう考えても無視するわけには、いかない。
「せやで、オーキッドちゃんが違うんなら、そいつが犯人に決まっとるやろが! とっとと白状させんかいっ」
「先生、落ち着いてください」
叫び出すドラコを、エドガーが窘める。
「ねえ、おじさん。その人から話を聞かせてもらったら?」
「ん? ああ、そうだな。おい、山村。頼む」
「わかりましたよ。それじゃあ、手早くすましてくれちゃってください。裁判は明日なので」
そういって、山村が近くの部下の刑事に指示を出す。
そして暫くたって、その証人を連れて戻ってきたのだった。