名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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某月某日 15時22分 団財次長の別荘

 

 

 

「古逸賀さんは?」

 

「いやー、とりあえず署の方で改めて話を聞かせてもらってるよ。でも、なーんも話してくれなくてね。困っちゃうよ」

 

 あれから暫く。

 古逸賀安代は、群馬県警の方に連れていかれた。

 犯行に関しては認めたものの、動機等に関しては何も喋らないようだ。

 

「これでオーキッドちゃん釈放されるんやろなあ、おい」

 

 ドラコにしては、それが気がかりだったらしく、山村に問いかける。

 

「そうですねー。でも、半庭さんの殺害に関しては認めているみたいだし。いやあ、チョーさんお見事でしたねえ」

 

「そうですかな。いやあ、私も正直、よく覚えていないのですが……」

 

 そんな風に褒められながらも裁判長は、困惑している。

 まあ、本当に記憶にないのだから戸惑うのは当然だろう。

 

「ですがまあ、これも長年の経験というものでしょうか。いえ、きっとそうなのでしょう。何やら本当に覚えていない気もしますが、まあ私も時折物忘れをする事もあるので、今回もきっとそうなのでしょうな」

 

「おお、それわかります! 自分も時々、推理した後にその記憶が抜けたりするんですが、きっと推理している時に全ての力を注ぎこんでしまうからでしょうなあ。まあ、それが真の俺ってヤツですよ。しっかり推理できてるのであれば、後で忘れても問題なしですなあ」

 

「あ、それ僕も分かります! 名推理を披露した後、記憶がなぜかなくなっちゃうんでしょう?」

 

 探偵と刑事の話を聞いてあっさりと不安が払拭されたようだった。

 

「ほっほっほ、そうなのですか。ならば、私も気にしなくていいのでしょうなあ」

 

 さして深刻に考えていないらしく、裁判長は能天気にそんな事を言っている。

 

(まあ、この方が都合がよかったのは確かだけど)

 

 ある意味、誤射でこの人が探偵役になったのは幸いだった。

 だがそれはそれとして、本当にこの人の法廷は大丈夫なのだろうか。

 そんな風に、山村と裁判長(ポンコツセット)を見てコナンは群馬の治安と司法の未来を心配に思ったりしたのだが、

 

「なるほど、素晴らしい推理でした探偵様」

 

 傍らにいつの間にかきていたエドガーに話しかけられる。

 

「い、いやだからボクじゃなくて犯人は追い詰めたのは裁判長さんが」

 

「失礼。そうでした、申し訳ありません。裁判長様のおかげでした。見てきていなかったはずの、現場の情報なども把握した上での推理、お見事でした」

 

「……」

 

 ドラコの視力や先ほどの金色の検事局長賞像の件のように、いくつかあの場にいなかった裁判長が知っていたら不自然な情報も混ぜた上で追求をしてしまっている。

 

 まあ、山村はこれに関して全く気にしていないようだが迂闊なことをしてしまったことに変わりはなく、少し後悔する。

 

(まさかこの人、全部気づいた上で言ってんじゃねーだろうな)

 

 平然とした様子のエドガーにそんな疑念すら出てきた頃、

 

 

「すまない。今いいかな」

 

 

 不意に声が響き、足音が近づいてくる。

 そこにいたのは六十近い男性。

 品のある仕草と落ち着きをもつ人物だ。

 

 もう片方は二十半ばほどの若い女性だった。

 

「こ、これは刑事部長殿!?」

 

 その二人のうち、男性の方に小五郎が反応する。

 

 刑事部長――というと現在はコナンも会った事がある小田切敏郎となるが、明らかにこの人は違う。

 ふくよかな外見に、口元と顎にある形の良いヒゲ、穏やかそうに垂れ下がった瞳から好人物だという印象を与える外見だ。

 

「あのー、誰ですか? この人」

 

「馬鹿! このお方は俺がペーペーの刑事だった頃に警視庁の刑事部長だった吉本今清(よしもといまきよ)刑事部長殿だよ!」

 

 訪ねてくる山村に対し、叱責するように言う。

 

「まあ、知らなくても無理はないよ。ワタシは10年ほど前に警察を辞めた身だからね」

 

 吉本はそう言って見せる。

 10ほど前といえば、小五郎が警察を辞めたのとほぼ同時期。

 山村は年齢的に警察官ですらなかったはずであり、知らなくても無理はないだろう。

 

「群馬県警の山村警部も。その名前は聞いているよ。この半年ほどで鮮やかな名推理を連発し、警部にまで昇進した名刑事だとか」

 

「え? いやあ、いくら本当の事とはいえそう言われちゃうとテレちゃいますねえ」

 

 満更でもなさそうに言う山村に対し、『名推理』の真相を知るコナンは思わずジト目になってしまう。

 

「あ、それでそちらの方は」

 

 山村が言いかけるのよりも先に、女性が声を出す。

 

「弁護士の貫槍華と申します」

 

 傍らの女性も自己紹介する。

 その言葉が示すように、襟元には弁護士バッジが見える。

 

「ほー、弁護士さんですか」

 

「はい。はじめまして。毛利探偵。お噂はかねがね」

 

「ほっほう、お噂は聞いておりますぞ。私は裁判でお会いした事はありませんが。随分とご活躍だとか」

 

 裁判長の方が今度は反応する。

 

「吉本刑事部長もお久しぶりですなあ。以前は法廷でお見掛けした事もあったのに。警察を辞めたと聞いて随分と驚きましたぞ」

 

「ああ。裁判長殿も壮健そうで何よりですな」

 

 吉本は裁判長とも顔見知りのようだった。

 

「毛利君も、キミが探偵をしている事は知っていたがこれほどの活躍とは。かつて部下だった頃、その力を発揮させる事ができなかったこの身を恥じるばかりだ」

 

 そんな風に言われ、小五郎は機嫌が良さそうに言う。

 

「いやあ、刑事部長殿が私めの事を覚えていてくださるとは光栄の至りですなあ!」

 

「いやいや、キミは今や知らない者を探す方が難しい有名人だよ」

 

 吉本はそう言って小五郎と握手してみせる中、山村が問いかける。

 

「あのー、それでその元刑事部長さんが何の御用でしょうか?」

 

「ん? ああ、何てことはない。彼女の付き添いできただけだよ」

 

 そういって、貫の方を見やる。

 

「はい。依頼人となるはずだった方が、釈放されそうですので」

 

 その無表情から伺えないが、徒労に終わった事に対する怒りなどはないようだ。

 

「あの、もしかしてこの人ってオーキッドさんの?」

 

 コナンの疑問にエドガーが答える。

 

「はい。先生が貫弁護士に依頼しておられました。このまま逮捕された場合、彼女に弁護を依頼する気で」

 

 そんな風に皆のやり取りを見守っていた貫だが、特に未練などはなさそうに言う。

 

「どうやら、もう私は用済みのようですね」

 

「ああ、せやな。わざわざ東京からきてくれたっちゅうのに申し訳ないわ」

 

 小五郎に対しての態度とは裏腹に、本気で申し訳なさそうな様子をドラコは見せる。

 

「いえ、裁判なしに留置所から出られるというのであれば、むしろ喜ばしい事です」

 

 貫弁護士はそう言って見せる。

 

「ねえ」

 

「何でしょうか」

 

 コナンは小声でエドガーに訊ねてみせる。

 

「本当にあの弁護士さんに頼むつもりだったの?」

 

「はい。少なくとも先生はそのつもりだったかと。探偵様が先に真犯人を見つけてくださいましたので、その必要もなくなりましたが」

 

「あ、いや。だからそれはボクじゃなくて裁判長さんが……」

 

 何となくすべてのカラクリを見抜かれているような感覚に陥る。

 だが少なくとも、それを暴露しようという気はこの少年にはないようだった。

 

「とにかく、貫君の依頼人が無事に留置所を出られるというのは喜ばしい事だよ。何せ、毛利君の名前を騙ったというニセモノがワタシの探偵社の番号を使っていると聞いた時はえらく慌てたものだが」

 

「……え」

 

 思わぬ一言に、一同は固まる。

 

「む。まだ知らなかったのかね? ワタシの探偵社の方に群馬県警から連絡があってね。ウチの探偵社の番号が勝手に使われたとあって、それを確認する意味もあってわざわざ群馬にまで来たわけなのだがね」

 

「ああ! そうだ、思い出しました吉本探偵社ですよ!」

 

 ぽん、と手を叩いて山村が言う。

 

「はあ? それがどうしたんだよ」

 

「だから、あのニセ毛利さんが使ってくれちゃっていた名刺にあった探偵社! いやー、思い出せましたよやっと」

 

「お前なあ、そーいう事は早く言えよ」

 

 呆れたように小五郎が言う。

 

「すまないね。だが、先回りして言っておくと、キミのニセモノがウチの番号を使った事に対して心当たりは特にないのだよ」

 

「は、はあ」

 

 穏やかな表情のまま吉本は続ける。

 

「すまないね。力に慣れなくて」

 

「い、いえ! 刑事部長殿が謝れる事では!」

 

 かしこまる小五郎をよそに、じっとコナンは吉本の方を見る。

 

 元警視庁の刑事部長がトップをつとめる探偵社。そして、その名前を使ったニセモノ。

 さらには、ドラコの依頼したという貫弁護士。その貫弁護士にわざわざ付き添いできたという。

 

(確かに怪しくはあるけど……)

 

 何か隠し事がある。

 それは間違いない。

 だが、それが何かまではわからないのだ。

 

「ねえ、山村警部。結局、ニセモノのおじさんとおばさん達は何だったの?」

 

「ん? ああ、それも古逸賀さんは話してくれなくてね。謎のままだよ」

 

 そんなコナンの問いに山村もそう返す。

 

(やっぱり、本当の意味で事件が解決したとはいえないって事か)

 

 動機は不明。

 ニセモノに関しての情報もほとんどなし。

 事件は進んでいるようで進んでいない状態だ。

 

「そういえば、そのニセモノの人達の指紋とかってとれてないの?」

 

 もしそれがあれば、前科者などから一致するものがあるかもしれない。

 

「うーん、どうも二人とも手袋していたみたいだしね。それに、こっちもてっきり本物の毛利さん達だと思ってたし。わざわざ調べたりとかしてないよ」

 

「いや思うなよ」

 

 山村の発言に小五郎が突っ込むが、「あはは」と山村は気にした様子はない。

 

「ほっほっほ、心配ありませんぞ。お二方。私が書いていただいたサイン色紙がありますからな」

 

 そんな二人に裁判長が割って入る。

 

「おお、チョーさん。そういえば、あれがありましたね!」

 

「そうですぞ。これをどうぞ、と渡されたものですがあれは直筆のはず。ならば、少なくとも筆跡はわかるはずですぞ」

 

「そうですね!」

 

「実は密かな予感があったのですぞ。 ……もしや、この方はニセモノかもしれない、と! 裁判長としての直観というヤツですかな。ほっほっほ」

 

「そうなんですか、さすがチョーさん!」

 

(いやさっき、ニセモノのサインで孫に自慢できそうだとか言ってなかったか?)

 

 内心でコナンが突っ込みあはは、と二人が快活に笑いあっている時、電話の着信音が響いた。

 

「おっと、僕みたいですね」

 

 山村が手元からスマホを取り出す。

 そして暫く「はい、はい……」などと相槌を打っていたが、やがて通話が終わった様子で、

 

「……あー、その。怒らないでくださいね」

 

 とドラコへと視線を動かした。

 

「何や! ええ知らせか? それともメッチャええ知らせか!?」

 

 眼光を鋭くするドラコに「あー、その」と山村は言いづらそうに続ける。

 

「しばらく、そのままになりました」

 

「はあ? 何がや」

 

「だから、オーキッドさんはまだ暫く釈放できません」

 

「何やとおおおおっっ!!!?」

 

 唾をとばし、凄まじい勢いでドラコは山村に迫る。

 

「いやあ、不法侵入の件でまだ暫く話を聞く必要があるって言っているらしくて」

 

「言ってるって誰がや!?」

 

「団財副局長ですよ」

 

 山村が答える。

 確かにその件に関しては、彼女の無実は証明されていない――というよりも現場の指紋などの証拠を考えれば、こちらに関してはおそらくクロの可能性が高い。

 

「ドラコさん、だったかな」

 

「何や!」

 

 ここで、吉本がドラコに話しかける。

 その吉本に対しても噛みつかんばかりの勢いで怒鳴りつける。

 

「事情は聞いているよ。婚約者を大事に思うキミの気持ちもわかるが団財君の言っていることももっともだ。悪いが、彼女への疑いが完全に晴れたわけではないのだ」

 

「せやけどなあ」

 

 いまだに留置所にいる状態にある事に、不満そうにするドラコに対し、小五郎が励ますように言う。

 

「まー、アンタも落ち着けよ。とりあえず、アンタの愛しの相手の殺人容疑は晴れたんだ。そっちを喜べよ」

 

「……そうやけど」

 

 まだ納得できないといった様子のドラコだが、ふと思いついたように小五郎は吉本に訊ねる。

 

「そういえば刑事部長殿は、団財副局長とはお知り合い何すか?」

 

 その言葉に、吉本は口髭を撫でながら頷く

 

「うむ。それはその通りだよ。私が刑事部長だった時に彼は主席検事だったわけだが、何度も事件絡みで関わっているからね」

 

「私も覚えておりますぞ。かつての、厳徒局長と宝月主席検事を思わせるような名コンビでした。お二人の見事な立証、私も昨日の事のように思い出しますぞ。ほっほっほ」

 

 そんな二人に裁判長が口を挟む。

 

「昔の話さ。ワタシは警察を辞めてしまったが、彼は今も検事局に残って副局長になっているからね。いや、次の局長候補という話もあるんだったかな」

 

「そうですな。しかし、今の検事局長は2年前に局長になったばかり。まだ暫くは今の局長が続くでしょうな」

 

 そんな風に裁判長も加えた三人で話をしている中、ふとコナンが視線を横に向けると貫弁護士が間食なのかチョコレートを食べているのが見えた。

 だが、そのチョコレートにスティックシュガーを振りかけている。

 

(うわ……)

 

 思わずコナンが叫びそうになるほど甘すぎる代物だ。

 だが、それを何という事もなさそうに無表情のまま口に運んでいる。

 

「おや」

 

 視線に気づいたのか、貫がコナンの方に近づいて目線を合わせる。

 

「もし良ければ食べますか? ちょっと甘さ控えめなので砂糖を振りかけた方がいいと思いますが」

 

「い、いや、いいよ。気にしないで」

 

 見るだけで胸焼けがしそうなそれを見て、とても食べる気がしなかった。

 

「そうですか」

 

 少し残念そうにした後、貫はそれを何ごともなかったかのように食べつくし、チョコレートの包装紙をまるめていた。

 

「あの、弁護士のお姉さん」

 

 先ほどの奇行にドン引きしたものの、気になることがあったためコナンは重ねて彼女に問う。

 

「はい、何でしょう」

 

「弁護士さんはこれからどうするの?」

 

「どうする、とは?」

 

「確かに、オーキッドさんの殺人の疑いは晴れたけどさ。結局、まだ捕まったままなんだよね?」

 

「そうですね。その辺りは彼女をどうするか、団財副局長の出方にもよりますね」

 

 口元についたチョコの残りを優雅な仕草で舐めるようにしながら、貫は続ける。

 

(団財副局長……)

 

 この別荘の持ち主であり、事件の際も何度も出てきた名前。

 彼もまた、不自然ともいえる行動が多い人物だ。

 

「まあ、団財君も忙しい身だ。色々とな」

 

「せやけどなあ」

 

「だから会おうとしても気軽には会えないよ。キミの事情も理解はするが、団財君の事情も理解してやってくれたまえ」

 

 そんな風にコナンが考えている中、吉本と話しているドラコの姿が見える。

 どうやら、団財副局長に会わせるようドラコが詰め寄っており、吉本がそれを宥めているようだった。

 

「それに明日、ひょうたん湖公園でやるベイカー王国との親善イベントに出席するらしいし、今はそっちの準備で忙しいんじゃないかな」

 

「ほー、昨日ここでパーティを主催したばかりだっていうのに、随分とお忙しいんですなあ」

 

「ま、それは仕方がないよ。局長が海外にいる以上、今の検事局の事実上のトップは彼なのだからね」

 

「ほっほっほ。そうですぞ、副局長も色々と大変なようですからなあ。昨日も多くの人に話しかけられておりましたし、目が回りそうでしたな」

 

 大人たちがそんな会話を交わしている中、

 

「気になりますか?」

 

「え?」

 

 いつの間にか傍に来ていたエドガーに話しかけられる。

 

「今、話に出てきた検事局の副局長様のことです」

 

「それはまあ、そうだけど……」

 

 団財副局長には、一度話を聞いてみるべきかもしれない。

 だが、相手は検事局の副局長。気軽に会える相手ではないし、小五郎の名前を使ってアポを取ろうとしても警戒されるかもしれない。

 

 それでも今、話していたひょうたん湖公園で行われるというベイカー王国との親善イベント。

 そこに行けば、確実に会う事はできる。

 

 今回のニセモノの事、それにここで起きた殺人事件。さらには、ホテルで起きた事件。

 それを追求するためにも、検事局副局長・団財次長と会ってみるべきかもしれない。

 

 そのための次の目的地として、明日のひょうたん湖公園に行く事を決めた。

 




補足1
検事局長に関しては以前に少し触れておりますが、作中時点での局長は海外出張中で不在であり、1の局長(小中に脅されたり蘇るで厳徒局長と食事に行こうとしていた人)は蘇るの少し後に辞任した設定となっており現局長とは別人としてあります。

補足2
基本、オリキャラ勢は初登場時のみ振り仮名をつけておきます。
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