某月某日 14時02分 東都タワー
「東都タワーに着いたな」
「東京のシンボルッスね! 人がいっぱいいるッス!」
御剣と糸鋸は、共に中に入っていく。
当然ながら、観光客と思しき者が多い。親子連れと思しき客の姿も見える。
楽し気に話している者が多く、事件の血生臭さなどとは無縁な場所のようだった。
「でも、ここでも過去に派手な事件があったっていうッスからね。何でも、都内を騒がした連続爆破事件の犯人が爆弾を仕掛けてたこともあったッスし、県境を跨いだ連続殺人事件の犯人も最後はここで捕まったっていうじゃないッスか」
「……まあ、目立つ場所ほど事件に巻き込まれやすいのだろう」
糸鋸の言葉に、御剣はそう返す。
「それにしても期待薄ではあったが、やはり何もなさそうだな」
「それもそッスね」
そもそも、あのメモだけでは東都タワーのどこに行けばいいのかもわからない。
何か手がかりでもあれば――と思ってきたはいいが、やはり空振りか。
「それじゃあ、テキトーに観光でもして帰るッス!」
「刑事、私は遊んでいるつもりはないのだが」
「ずっと難しい顔してばっかじゃ、眉間のシワが深くなるだけッス! 少しは息抜きするッスよ」
「む、むぅ……」
糸鋸の言い方はともかく、気を張り詰め過ぎていても確かに問題かもしれない、と少し顔を緩めた時。
「そういえば知ってるッスか? 御剣検事」
「ム、何をだ」
「この東都タワーで以前、戦闘ヘリがやってきて銃撃戦やったって噂ッスよ」
「何だそれは」
呆れた様子で御剣は聞き返す。
「ほら、以前に警視庁の松本前管理官が拉致された時があったじゃないッスか」
「……ああ、確かさっきの話に出た関東を中心とした各県を跨いだ連続殺人事件の時だったか?」
国内――規模によっては国外でも――で発生した重大事件に関しては、御剣も一通り目を通してある。
この一年以内の事件とあっては、猶更だ。
該当する事件を記憶から引っ張り出す。
「そうッス! あの犯人を逮捕したのがここだったらしいッスけど、その後の事らしいッスよ。そこで自分は思うッス」
「何をだ?」
「あれは、巨大な悪の組織の計画だったッス! きっと極秘データか何かを巡ってのインボーッス!」
「……馬鹿な」
さらに呆れの色を濃くして糸鋸の方を見る。
「映画の見過ぎだ、刑事」
「そッスかね?」
「そうだ。第一、その事件の犯人は逮捕されているし、一般人らしいではないか」
御剣の言葉に、糸鋸もそこまで本気ではなかったのか「そッスかねー」などと言うだけで特に反論してこない。
「それよりも――ム」
ここでふと、御剣は足を止める。
「イトノコギリ刑事。静かに」
「何スか?」
「あそこにいる男を見たまえ」
「一体何が、あ、アレはカザミドリ刑事ッス!」
視線の先にいるのは、ホテル・バンドー・ベイカでも見かけた、公安の風見刑事だった。
二人の公安刑事と思しき男も左右にいる。
幸いな事に、まだ距離があることもあり、こちらに気づいた様子はない。
「少なくとも空振りではない、ということか。れっきとした公安の刑事が何の用もなく、こんな場所にたまたま来るとは思えない」
「そッスか? 別にコーアンの刑事がたまたま休暇で観光しててもいいじゃないッスか。案外、あのヒトも非番じゃアイドルのコンサートにでも行っているかもしれないッスよ」
「……馬鹿な」
再び同じ言葉を繰り返す。
とてもではないが、似合わない。
「ほら、御剣検事だって外見に似合わない趣味を持ってるじゃないッスか」
「な、何を言うのだ刑事! 第一トノサ、あ、いや。何でもない」
糸鋸はトノサマンとは言っていないのに、墓穴を掘った。
誤魔化すように咳払いをしてから、続ける。
「とにかく、だ。休みで来ているのならば、スーツ姿で来る事はないだろう。それに、あの左右の男達も、確か公安の刑事だ」
昨日の記憶を手繰り寄せる。
ホテルで出会った時に名乗ったのはあの風見だけだが、一緒にいた部下と思しき刑事の顔のうち二人と一致する外見だ。
「……はい、そうですか。では、予定に変わりはなくということで」
そんな中、耳元にスマホを押し当て、しかめっ面のまま、風見は話している。
どうやら、通話中らしい。
「ですが、それですと……ああ、わかりました。そちらも並行して進めていくことに、あ、いえ。大丈夫です、はい。ええ、はい」
相手との用件がすんだのか、風見は通話を終わらせた。
そして、渋面を浮かべたまま歩き出す。
「追うッスか?」
「いや」
御剣は首を左右に振る。
「下手に尾行して気づかれてもまずい。幸い、向こうは私たちに気づいていないようだしな」
「そッスね」
糸鋸も特に反論なく頷いた。
「それにしても、きっとアレは上司に無茶ぶりされたッスね。今、心の中じゃあ頭を抱えてるッス!」
「そうなのか? 私には平然としているように見えたのだが」
「自分にはよくわかるッス! アレは、そういう反応だったッスよ!」
「そ、そういうものなのだろうか……」
糸鋸の言葉に、御剣は首を捻る。
そして、暫し考えてから、
「……イトノコギリ刑事」
「どうしたッスか?」
「やはり、彼を追ってみるのも手かもしれない」
先ほどの考えを撤回し、糸鋸にそう言って続ける。
「だが、私はあまりにも目立ちすぎる。キミ一人で行くべきだろう」
「御剣検事は目立つ格好しているッスからね!」
「これはまあ、何だ。かつての師の教えというやつだ。今更変えるわけにもいかないし、変える気もない」
狩魔豪とは色々とあったが、その教えの全てを否定する気もない。
中には今でも忠実に守っているものもある。
質実剛健という言葉が似あう父とは正反対ともいえるこの恰好も、そのうちの一つだ。
「それで――ム」
そんな時、御剣の携帯電話に着信があった。
「誰ッスか?」
相手は非通知。
糸鋸に首を左右に振ってから、それに出ることにする。
「……もしもし」
『こんにちは、御剣検事さん』
「……何者だ」
何らかの機械を使っているのか、男か女かもわからない声色だ。
『誰だっていいでしょう。それよりも御剣検事さん、今CI-6号事件のこと調べてるんだよね?』
「何のことだ」
その言葉に御剣は惚けてみせる。
だが、相手は確信を持っている様子で落ち着いた口調のまま続ける。
『隠す必要はないよ。こっちはちゃんとわかったうえで聞いているからさ』
「もしそうだとして、キミに何か関係があるのか?」
『大ありだよ。こちらとしても、CI-6号事件についてはぜひ調べてほしいと思っているからね。それが天才検事サマとなれば猶更だよ』
「そういうのであれば、キミも名乗ったらどうだ? 名前も名乗らない相手のことなど信用できない」
御剣の言葉に、相手は笑ったようだ。機械によって変化した奇妙な音声が聞こえる。
『コッチのことなんてどうでもいいでしょ。アンタがほしいのは情報のはずだ。CI-6号事件は徹底的に秘匿された事件さ、検事局でも一部の大幹部連中しか事件ファイルの閲覧は許されない。上級検事サマでもその範囲外のはずさ』
こちらの事情などお見通しといった様子だった。
「それはそうだが、どこの誰ともわからない相手からの情報など信用できない」
『それは、こっちの話を聞いてからでも遅くないんじゃないかな?』
「では聞かせてもらうが、そちらの言う情報とは何なのだ」
『御剣検事さん、アンタってチェスが好きなんだって?』
「何?」
不意に言われた言葉に少し戸惑う。
『チェスをする時、アンタいきなり相手のキングを取ろうとするかい? まずは相手の守りを崩して、小駒から一つずつ奪っていくのが定石なんじゃあないかな』
「……それで? 何が言いたい」
『GO-5号事件について調べてみなよ』
「GO-5号事件だと?」
『ふふ、こちらはCI-6号事件と違って公にはなっている事件だ。事件の存在すら秘匿された事件と比べれば、ずいぶんとハードルは下がるんじゃあないかな』
面白そうに笑う相手に、不快そうにしつつも御剣は尋ねる。
「それで、そのGO-5号事件とCI-6号事件の関連とは何なのだ。そしてキミはどこの誰だ」
『それも自分で調べてみなよ。どこの誰かもわからない相手の情報なんて信用できないんだろう? さっき、アンタ自身が言っていたじゃあないか」
「だとしてもだ。せめて、名前ぐらいは名乗ったらどうだ?」
その言葉に、数秒の間考えるような間あってから、やがて相手はこういった。
『……CI-6号事件捜査団の者だよ』
「何?」
『それじゃ、これで。また話そう、御剣検事さん』
「待ちたまえ!」
御剣の言葉を無視し、一方的に言い終えると、そこで通話は途絶えた。
「……むう」
「何だったんスか? 今のは」
「私にもわからない。だが……」
糸鋸刑事の言葉に首を左右に振って考え込む。
相手はどこの誰ともわからない相手、当然ながら信頼などできない。
しかし、手がかりもほとんどない状況。
「一応、彼、あるいは彼女の言っていたGO-5号事件について調べる価値はある。そのためにも一度、私は検事局に帰る。刑事、キミはもう少しここにいて風見刑事が何をしているか探ってくれ。だが、決してこちらから近寄るな」
御剣はそう指示を出す。
糸鋸は刑事として優秀な男だ。
御剣もその力を信頼している。
まあ、推理力は除くが。
「分かったッス!」
「それと、しばらく時間が経てばメモにあった東都ドームの方にも行ってみてほしい。そちらで風見刑事を見かけたとしても、やはり近づくな。ただ何をしているか、何があったかを報告だけして貰えればそれでいい」
「了解ッス!」
「うム。では、よろしく頼むぞ」
そういうと、御剣は糸鋸とわかれて東都タワーの外へと向かう。
ここまでは糸鋸の車で来ていたため、タクシーを呼ぶことにした。
そして、再び検事局へと戻っていくのだった。
≪人物ファイル3≫
団財次長(49)
検事局副局長。
次期局長候補とも呼ばれる大物。
今回の事件の捜査をさせたくないようだ。
裁井手紅(50)
元検事の弁護士。
やり手とされるが、黒い噂がつきまとう人物。
かつての同僚からの評判も良くない。
貫槍華(25)
売り出し中の若手弁護士。
伊国めぐるの知人らしいが弁護を引き受けることができなかったらしい。
甘いものを異常なまでに好む。