名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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FILE.3 事件発生(後)

「ここが現場か」

 

 入口に、『シャーロック・ホームズ展』と大文字で書かれてあるイベントホール。

 その前に御剣と糸鋸は立っていた。

 

「おいおい、マジかよ」

 

「死んでるじゃねえか……」

 

 そんな風に野次馬が集まっているところに、糸鋸が駆けていく。

 

「ちょっと、アンタら! そこを通すッス!!」

 

 わいわいと騒ぐ野次馬たちを押しのけ、糸鋸が進んでいく。

 

「ああん!? 一体、アンタら何なんだよ?」

 

 そんな中、柄の悪そうな男が、糸鋸の前に立ちはだかる。警備員の制服姿の男だ。制服の上からでも、隆起していることがわかる筋肉の持ち主だ。首も太い。角刈り頭に短い眉毛、そしてギラリと光る三白眼の持ち主だ。いかにもガラが悪そうであり、その眼をぶつけてくる。

 

「だから検事に刑事ッス! アンタ、殺人事件とは本当ッスか!?」

 

「検事に、刑事?」

 

 それを聞くと途端に男は顔色を変える。

 

「何で検事と刑事が?」

 

「偶然居合わせただけッス」

 

「検事の御剣だ。こちらはイトノコギリ刑事。キミ、通報はもうしたのかね?」

 

「い、いや。まだしてねえけど……」

 

「だったら自分の方からしとくッス!」

 

 糸鋸が警察(仲間たち)に連絡するのを横目に、御剣は先ほどの警備員に視線を戻す。

 

「それで、ここの責任者の方に会いたいのだが。それとキミの名は?」

 

荒井木翔(あらいきしょう)だ。ここの警備を担当している。待ってな、呼んできてやる」

 

 ずいぶんと柄が悪く、舌打ちでもしそうな様子ながらも一応は指示には従ってくれた様子で立ち去って行った。

 

「あ、さっきの検事さん」

 

 そこに、先ほど見た男の子が現れる。

 

「ム、キミは先ほどのコナン君、だったかな?」

 

 少したどたどしい口調のまま、御剣が訊ねる。

 子供相手というのは普段とは勝手が違い、やり辛さもあった。

 かつてあった裁判で、子供の証人相手に四苦八苦したこともある。

 

「お、やっぱり、アンタもアノシャーロック・ホームズ展に来てたッスか!」

 

 御剣とは対照的に、子供に対しても手慣れた様子を糸鋸が携帯電話を片手に笑みを見せる。

 鹿打ち帽やインバネスコートなどの恰好から、先ほど御剣がここの客だろうと推測していたが、それは正しかったようだ。

 

「うん! 刑事さんもこんにちは」

 

「だから、"アノシャーロック・ホームズ展"ではなくあの"シャーロック・ホームズ展"だ。イトノコギリ刑事」

 

 再び糸鋸の言葉を訂正しつつ、御剣がコナンに訊ねる。

 

「それよりも、キミがもしかして第一発見者なのか?」

 

 死体のすぐ側にいる状況からそう尋ねるが、コナンは首を左右に振った。

 

「ううん、それはさっきの警備員さんの方だと思うよ!」

 

「先ほどの彼、か」

 

 軽く事情を説明される。

 あの警備員が死体――だと気づかずに――運んでいたところを彼が怪訝に思って止めたという事らしい。

 

(詳しく事情を聴く必要があるな)

 

 そんな風に御剣が考えていると、さきほどの警備員――荒井木が一人の男を連れて戻ってきた。

 

「おい、検事さんよ。連れてきたぜ。こちらの方が」

 

 荒井木の言葉を、その相手が引き継ぐ。

 

平井泰六(ひらいたいろく)と申します。このシャーロック・ホームズ展においての主催者をしております。はい」

 

 70近くに見える外見。白髪の目立つようになった髪を切りそろえ、銀縁眼鏡の奥には柔和な笑みを湛えている高めの身長の老紳士だ。

 やはりこの場にいる人物の例にもれず、ホームズのコスプレ姿だった。

 

「どうも。検事の御剣と申します」

 

 御剣が一礼してから、訊ねる。

 

「……検事様ですか。どうしてこちらに?」

 

「たまたまです。それよりも、被害者の方とはお知り合いなのですか?」

 

 被害者の方へと視線を移しつつ、御剣は訊ねる。

 

「それははい、何せこの方は今回のシャーロック・ホームズ展を支援してくださった方ですので、はい」

 

「支援……といいますと?」

 

「はい。今回の企画が出た時に亡くなられたオサツー・メグンダル氏が是非に、と支援を申し出てくれた次第です、はい。それがこんな事になってしまって……」

 

「お気持ち、お察します」

 

 御剣は丁重に言葉をかけて、先を促した。

 

「それで、そのオサツー・メグンダルという方が」

 

「はい。亡くなられておられるこの方の名前です、はい」

 

「それで、その被害者のメグンダル氏とは長い付き合いなのですか?」

 

「いえ、それほどでは。ですが、イギリスの御実家で保管しておられるという、ホームズ所縁の品々を提供してくださるとの事でして、ありがたい話でした、はい」

 

「それでこのシャーロック・ホームズ展を?」

 

「はい。日本のシャーロキアンの皆さまにも、少しでも楽しんでいただきたいというご好意でした、はい」

 

「という事は、被害者はイギリスの方なのですか?」

 

「はい、そういう事になります、はい」

 

 そう言ってから、平井は続ける。

 

「といっても、お忙しい方らしく、世界中を飛び回っておられるようでして、先々週までは西凰民国、その前はアメリカの方におられたらしく。その間にイギリスの本宅にもほとんど立ち寄ることができなかったらしく、はい」

 

「なるほど。ずいぶんとお忙しい方のようだ」

 

 御剣は頭の中で今の情報を咀嚼し、飲み込む。

 被害者は、イギリス人男性のオサツー・メグンダル。

 ずいぶんと顔の広い人物だったようだ。

 そのような人物が被害者ならば、たまたまこの会場で出会っただけの人間に殺されたとも考えにくい。

 

「御剣検事殿! 連絡しておいたッス!」

 

 さきほどまで、電話をしていた糸鋸がビシッと敬礼して伝える。

 

「うム、ご苦労。これでしばらくすれば、応援が到着するが――調べられるだけの事は調べておくとするか」

 

「ふーむ、それでそもそもこの人はなんで亡くなったんスかね?」

 

「撲殺だと思うよ」

 

「へ?」

 

 幼い少年に見えるコナンから、物騒な言葉が飛び出してきて糸鋸が驚く。

 

「さっき、頭に何かで殴られたような痕が残っていたし、頭以外に、外傷はなかったから間違いないと思うよ」

 

「何、待ちたまえ。キミが調べたのか?」

 

 御剣がつい訊ね返す。

 

「うん。検事さんたちが来る前にちょっと」

 

 あっさりと言われ、御剣も思わず眉間にしわを寄せる。

 

「むぅ、しかしだな。本来、そういった事は捜査関係者でもない一般人、それも子供がするなど」

 

「まあまあ、落ち着くッスよ、御剣検事。わりとよくある事ッス。あのギザギザ頭の弁護士だって、我々の許可もなしによく勝手に死体を調べてるじゃないッスか」

 

「いや、そこは注意したまえ」

 

 そうツッコミながらも、御剣は一つ咳払いをしてみせる。

 

「それで、とにかく。死因は撲殺。鈍器のようなもので殴られ、それで亡くなられたようだ。凶器に関してはこれから調べるとして、キミからも少し話を聞いておきたい」

 

 そう言って、荒井木の方に御剣は視線をうつす。

 

「それで、キミはどこから彼を運んできたのだ?」

 

「あっちの休憩室だよ」

 

 死体が置かれたソファから、十メートルほど離れた位置にある小部屋を指さす。

 

「あそこッスか?」

 

「……ああ、間違いねえよ。しかし、信じられねえ。ほんの数時間前まで、俺と普通に話していたってのに」

 

「改めてたずねるが、キミはここの警備をしていたのだな?」

 

「ああ。一応、ここの警備を担当していた」

 

「それで、警備というのは一人で?」

 

「ああ、そうだ」

 

「でもこの会場、かなり広いッスよ。それを一人で?」

 

「ああん! この休憩室の周辺に限っての話だよ! ここには、メグンダルさんだけじゃなくて、今回のホームズ展でも使う貴重な品が置いてあるって言われていたからな」

 

 糸鋸の言葉に苛立った様子で立ち上がり、怒鳴り散らす荒井木を抑える。

 

「ちょ、ちょっと、落ち着くッス。と、とにかくわかったッス」

 

「……ちっ」

 

 苛立った様子でそういうと、再び姿勢を戻す。

 

「とにかく、メグンダルさんが暫く昼寝していたいって言われていてな。最近、あまり寝ていないから、寝かせて欲しいって」

 

「ですが、1時からメグンダル氏の挨拶がありますので、12時30分ごろには起こしておいて欲しいと頼みました、はい」

 

 平井が傍らから補足してくる。

 

「それで、今から15分くらい前に休憩室の方に入ったんだよ」

 

 会場にも設置されてある時計で確認すると、今は12時47分となっている。

 

「そろそろ会場にある控室までは移動する必要はあったけどよ、できる限りギリギリまでは寝かせておいてやろうとしたんだよ」

 

「なるほど、顔に似合わず優しいんスね」

 

 失礼ともいえる糸鋸の言葉に一瞬、睨みつけるようにする。

 そんな荒井木に、御剣が重ねて訊ねる。

 

「被害者が休憩室に入ったのは?」

 

「11時少し過ぎだ」

 

「それで、キミが休憩室に入った時に時間は確認したのか?」

 

「ああ、ちょうど12時30分になったのを確認してから入ってるよ」

 

「では、その1時間半の間に誰か怪しい人が近づいたりはしなかったのか?」

 

 最後に被害者を見たのはこの警備員。

 そして、この部屋からおそらくすでに死体になっていたであろう被害者を連れて、外に出てきたのもこの警備員だ。

 もし、誰一人、ここに来なかったとするならば、犯人は自然としぼられてしまう。

 

「近づいた人なら二人いるぜ」

 

「その二人は誰と誰だ?」

 

「一人は、責任者の平井さんだよ。もう一人は若い女だよ」

 

「若い女――それで、その人はどこにいるのかわかるのか?」

 

「ん? ああ……」

 

 そういって、周囲に集まっている野次馬の方に視線をうつした。

 

 現状、この場にいる警察官は糸鋸一人であり、彼一人で全員を監視するというのは現実問題として無理。

 そのため、荒井木以外の警備員たちに、監視を任せていた。

 監視といっても、とりあえずこの会場から出ていかないようにさせる程度ではあったが。

 

 その野次馬の中から、一人の女性を指さす。

 

「あの人だよ」

 

 鹿撃ち帽やパイプなどといった、やはりホームズのコスプレ姿をする若い女性だ。ウェーブの茶髪を肩のあたりまで翻した、ほんわかとした垂れ目の持ち主だ。

 その指さされた女性が怪訝そうに言う。

 

「あのー、なんですかぁ?」

 

 見た目通りのほんわかとした様子の女性に、御剣が言う。

 

「とりあえず、名前を聞いてもいいだろうか」

 

伊国(いこく)めぐるといいまーす」

 

「ふむ、では伊国さん。あなたは被害者のメグンダルさんとそこにある休憩室で話されていた。間違いないか?」

 

「はーい、そうですがぁ」

 

 あっさりと肯定する。

 もっとも、荒井木警備員の証言がある以上、そこは否定しても仕方がないと考えたからか。

 

 とにかく、現状の情報では犯行だった1時間半のうち、休憩室の中で被害者と出会っていたのは二人。

 ただし、その証言をしているのは荒井木警備員のみのため、彼が犯人、あるいは共犯だった場合、それも嘘という事になる。

 

(……とりあえず、この三人から話を聞くべきか)

 

 そう御剣は頭の中で話をまとめ、容疑者である3人に向き合った。




≪人物ファイル≫

オサツー・メグンダル(42)
今回の事件の被害者。
英国人男性。多忙な人物であり、つい最近も西凰民国、アメリカなどで活動。


平井泰六(68)
シャーロック・ホームズ展の主催者。
被害者と共に今回のホームズ展を開催していた。


伊国めぐる(25)
シャーロック・ホームズ展の客。
事件当時、被害者と会っていたらしい。


荒井木翔(36)
警備員。
事件当時、犯行現場となった休憩室の前で警備を担当。
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