通報して暫く。
目暮ら、捜査一課の刑事らが到着した。
糸鋸にも一応、連絡はしておいたものの彼は彼の仕事があるようなので、とりあえずこちらの事件の方に来ないように通達。
だが、ひょうたん湖にいるようなので一つ頼み事をしておいた。
そんな中、刑事らを代表する形で目暮が御剣に言う。
「一昨日に続いてまたですか。なかなかの巻き込まれ体質ですな」
「……まあ、私としてはそのようなアレは困るのですが」
事件に巻き込まれやすい体質なのか、「たまたま」で事件に出くわしてしまう可能性がそれなりに高いことは御剣も自負している。
ちなみに、友人の弁護士もかなりの巻き込まれ体質とはいえ、彼の場合は弁護士という職業上、事件が起きてから自然な形で関わることも多く、「たまたま」巻き込まれるというケースは意外と少なかったりするし、事件ごとの間隔も開いている。
「とにかく、事件の被害者は彼女――どこの誰かは身元は不明ですが、妃英理さんの名前を騙った人物だと」
「ええ。そのようです」
CI-6号事件についてはともかく、ニセモノ騒動に関しては隠すわけにはいかず、話してある。
「しかし、どこの誰かまでは不明と」
被害者である、ニセモノの胸元には弁護士の象徴たる弁護士バッジ――はない。
(まあ、ニセモノなのだから当然といえば当然ではあるが……)
弁護士だからといって、弁護士バッジを常につけている必要はない。
そのため、つけてなくてもおかしくはないのだが、ニセモノだからこそ余計に弁護士らしくみせるために必要ではないだろうか。
そんな風に思うが、今はその疑問をおいておくことにする。
「彼女は、毛利小五郎を名乗る男と行動を共にしていたようです。その人物についても、調べるべきかと」
「毛利君のニセモノですか……」
目暮は何とも複雑そうな表情だった。
毛利小五郎は、彼の元部下でもあるらしく、何ともいえない思いもあるのだろう。
「御剣検事は、その人物が犯人だと?」
「いえ、今の状況では何とも。ですが、疑われても仕方がない状態ではあります」
とはいえ、と続ける。
「他の人間が犯人であるという可能性も考え、捜査を進めるべきかと」
「そうですな」
目暮もその言葉に頷く。
とりあえず、この場にいる容疑者。
そして、この事件現場の持ち主である相手に、目暮は視線を動かす。
「それでは、十津川さん。お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
「は、はい……」
やはり疑われてしまうのは、この倉庫の持ち主である十津川だった。
死体を見つけた時はさすがに驚いてはいたが、今は多少は立ち直ってはいるようだ。
事故物件が事故物件に重ねがけされてしまったのは気の毒な話だ。
もちろん、彼が犯人でなければという前提ではあるが。
「まず、被害者の女性。十津川さんは彼女に見覚えは?」
「いえ、はじめてみる方かと……」
「失礼。一つよろしいでしょうか」
「な、何ですか?」
御剣が会話に割り込む。
「確か、このビルの管理人の話では、彼女――偽妃弁護士はこの部屋に入るための交渉をアナタとするように言ったとそうですが。数日前のことですが」
管理人の言葉を思い出し、御剣は十津川に訊ねる。
「い、いえ。そのようなことはなかったかと……」
「つまり、偽毛利夫婦と出会っていないと」
「ええ、覚えがありません」
「そうですか」
彼が嘘をついているか、あるいは偽毛利夫婦が彼と話を通すことなく、勝手に入り込んだのか。
今の状況では、判断はつかない。
「ふむ……」
目暮も彼の言葉をどう判断すべきか迷いつつも、頷く。
「それでは、質問を変えます。この部屋に入るには、カードキーが必要のようですが、それを持っているのは?」
「あ、この部屋に関しては私だけです。何せ、ここは会社のものだけでなく、私物も持ち込んでおりますので」
「あの管理人は?」
「ああ、彼女も緊急用のカードキーを確か持っているはずですので、入れるかと」
「そうですか」
そうなれば、管理人も容疑者の仲間入りということになる。
それに対して、目暮はうなずきながらも、十津川に対しても疑念の目を向けている。
それを察したのか、十津川は慌てて付け加える。
「あ、でも今日は別です。今日は聖剣を取り出す時に警備員も入れましたので」
「聖剣、と申しますと……?」
「ええ、聖剣『ダサクネー』です。我が家の秘宝です」
そう言いながら、先ほど御剣が聞いたのと同じような説明を十津川はする。
「そして、聖剣もそのまま運び出していただき、ひょうたん湖の方まで届けていただきました」
「それで、その警備員の方は今どちらに?」
「ひょうたん湖の方に聖剣がちゃんと届いたと、連絡は来ましたが。それ以上のことは……」
「ですが、警備会社に確認すればその警備員のこともわかりますな?」
「はい、それはおそらく。 ……こちらになります」
十津川がメモを取り出し、連絡先を書く。
それを見ながら、目暮が警備会社に確認の連絡を入れはじめた。
「そうですか。 ……はい、わかりました」
そして暫くすると、通話を終えた。
「目暮警部。警備会社の方は何と……?」
「その警備員は近くにいるようなので、向かわせると」
「そうですか」
ただ巻き込まれただけの可能性も高いが、現状カードキーを使える者が限られている以上、申し訳ないがその警備員も立派な容疑者だ。
話を聞かせてもらう必要がある。
まだ時間がかかるらしく、その間に他の捜査を進めさせてもらうことにする。
(死体の状況は、と)
ちらり、と死体の方を一瞥する。
死因は、一見すると胸元を指された刺殺に見えるが、後頭部に陥没した後があり、こちらが原因の撲殺――それが簡易的にではあるが調べた結論だった。
(何か重いもので殴り殺してから、刺し続けたということになる)
ただ殺すだけでなく、そのような凶行に及んだということはそれだけ恨みがあったのか。あるいは別の理由か。
死亡推定時刻などは、解剖の結果待ちということになるが、少なくとも死んでからさほど時間は経っていないと思われる。
(それに、ニセモノの毛利小五郎)
先ほど、糸鋸刑事から気になる情報があった。
どうも彼のいるひょうたん湖公園には、その毛利小五郎がいるらしい。ちょうどいいとばかりに、彼の捜索も頼んでおいた。
(まあ、まだ犯人と決まったわけではないがな)
ここからひょうたん湖までの距離は、車や電車を使っても20分ほど。
さほど時間がかからずに行き来できる範囲だ。
この距離は短くはないが、長くもないといった範囲だ。
とにかく、彼女が問題の偽妃英理ならば偽毛利小五郎からも話を聞く必要が出てくるだろう。
現在、彼女の身元に関しても調査中。いずれ、結果は出てくるだろう。
改めて、現場の様子を見渡す。
彼女の遺体は、聖剣とやらのあった台座から少し離れた位置にあった。床には御剣も見つけた小さな、血の痕があるがかなり小さなものであり普通に見過ごしてもおかしくない。それに、死体には布が被せてあった状態であり、軽い見回り程度で入ったのであれば、気づかなくてもおかしくはない。
ゆえに、既に死体のある状態で入ってきたとしても、必ずしも犯人とは限らないだろう。
(まあ、それも彼女の死亡推定時刻なども考えた上で考察する必要があるか)
そんな風に御剣が考えていると、
「それにしても、こんな日に殺人事件とは。全く。ただでさえ、今はあの件で人手が割かれているというのに……」
「ム? どういうことでしょうか」
目暮警部の言葉を聞きとがめ、御剣は訊ねる。
「え? ああ、いや、それは」
言葉に詰まった様子の目暮にさらに重ねて訊ねようとすると、
「目暮警部!」
ここで、ホテルの事件でもあった高木刑事が目暮に声をかけてきた。
「十津川さんの言っていた、警備員の方が到着したようです」
「おお、そうか。こちらに案内してもらってくれ」
「はい、今、佐藤さんがこちらに」
どうやら、先ほどの話に出てきた証人がこのビルに到着したらしい。
(……どうやら、話を聞いておいた方が良さそうだな)
十津川の話が事実ならば、この警備員とやらもまた容疑者候補の一人だ。
そうでないにせよ、何かしら知っている可能性は高い。
そう思っていると、やがてその警備員とこちらに向かってくる佐藤の会話が耳に入ってくる。
「いやー、覚えといてよ。美和子ちゃん」
「は、はあ……」
「オレ、今は警備員とかやってるけどさあ、近いうちに天流斎マシスとしてデビューするからさあ」
「そ、そうですか……」
「出す本のタイトルは、『メイちゃんのムチムチ大冒険!』だぜ! 絶対買ってくれよな!」
…………。
………………。
どうやら、到着したようだ。
「どうも、私は検事の御剣怜侍と申す。 ……お初にお目にかかります」
「おい、何だよ御剣! 他人ギョーギな言い方するなよな! オレ達、トモダチじゃねえかっ」
「……」
小さく舌打ちしたい気持ちを抑え、言葉を吐き出す。
「……。なぜ、キサマが来るのだ。矢張」
「ケーサツに呼ばれたから来たっていうのに、何でだよ!」
矢張政志。
御剣にとっての、小学校以来の友人であり、トラブルメーカー。
事件の影にヤッパリ矢張と言われ続けた男の姿だった。
「あ、あの。御剣検事。こちらの方とお知り合いでしょうか?」
そんなやりとりを聞いていた佐藤が、戸惑った様子で御剣に訊ねる。
「ム、それはまあ、友人というカテゴリ上に入る、と定義できる可能性もなきにしもあらず、といったところでしょうか」
「何だよそれ!」
御剣の言葉に相手――矢張は怒鳴りつける。
(確かにこの男に殺人計画など考える頭もなければ、実行する度胸があるとも思えない。だが、同時にろくでもない事をやらかしたに違いないのだ)
御剣にとって、これは確信に近い。
容疑者候補が一人減ったと同時に、事件がややこしくなる事が確定したことに、御剣は頭を痛める。
「それでは単刀直入に聞こう、矢張。キサマは今回、何をしでかした」
「いきなりそれかよ!? オレは潔白だぜ! ホワイトスノーのように、真っ白な存在なんだよ!」
「真っ白なのはキサマの存在価値そのものだろう」
「ひでえ!?」
何やらショックを受けている様子をみせるが、これまでの経験から、これくらい言ってもどうせすぐ立ち直る。
何も問題はないはずだ。
(ただでさえ、面倒だというのに。全く……)
そう思いながら、目の前の元凶を睨みつける。
「み、御剣ィ……。だから、眉間にしわを作って、そんな目で睨むなよ。怖えんだよ、おまえのその目ェ……」
「誰のせいだ!」
御剣は矢張に向けて、そう突っ込まずにはいられなかった。