糸鋸と少年探偵団との合流を目指して歩いている時だった。
『アンタッスか! 大変ッス!』
コナンのスマホに着信があった。
名乗りもしなかった相手だが、その声と特徴的な語尾から誰かは分かる。
先程、連絡先を交換したイトノコギリ刑事だ。
「刑事さん、どうしたの?」
慌てた様子の相手を落ち着かせるようにコナンは話す。
『ニセモノッス! あのメータンテーのニセモノを見つけたッスよ!』
なおも興奮した様子の糸鋸の声が伝わってくる。
「ホント!?」
『嘘じゃないッス! 今、追いかけてるところッスよっ』
「それじゃあ、そこはど」
『また後でッス! 捕まえてからまた電話するッスよ!』
それだけ言い残すと、通話が一方的に終了してしまった。
「ねえ、探偵君。今の人は?」
クリスは糸鋸とまだ会っていないため、当然ながら声も知らない。
それゆえの疑問だろう。
「えっと、ニセモノ探しを頼んでいた刑事さんなんだけど……」
「ずいぶんとそそっかしい人みたいね。どこにいるかも言ってくれないから、追いかけることもできないじゃない」
灰原の言葉通り、これだけではヒントすらなく追いかけることもできない――と思われた時だった。
「糸鋸刑事様をお捜しですか?」
聞き覚えのある声と共に一人の少年がこちらに来る。
「あ、エドガーさん」
先程別れた、少年探偵の姿があった。
「えっと、この子は?」
「この人はエドガーさん。最近知り合ったベイカー王国の探偵さんなんだ」
「いえ、自分はあくまで探偵助手です」
そうエドガーは訂正してくる。
「それよりも探偵様、糸鋸刑事様をお捜しなのですね?」
「う、うん。そうだけど……」
「それならば、つい先程、見ましたよ。さっそく合流しようかと思ったのですが、探偵様の姿が見えなかったもので」
そうエドガーは説明してみせる。
「そっか。それじゃあ、場所は分かる?」
「ええ、それはもちろん。すぐ近くですので」
その言葉通り、彼の案内に従うと、さっそく非常に目立つ一団が目についた。
大柄な糸鋸の身体と、少年探偵団の3人の姿が目に入る。
今現在、彼らは木の影に隠れているつもりのようだが、とにかく目立ちまくっているためすぐわかる。
「おい、オメーら」
まずは糸鋸の身体の背後にいる探偵団の3人に話しかける。
「あ、コナン君!」
喜んだ様子で歩美がこちらに気づく。
「たまたま見つけたんでオレ達で後をつけたんだぜっ」
「ほら、あそこだよ!」
歩美の言葉に、視線を動かす。
この木の先――そこには、一人の男がベンチに座っている。
毛利小五郎が普段来ているのと酷似したスーツ。オールバックの髪、本物よりも威厳のありそうなヒゲ――全てが聞いていたニセモノの小五郎の特徴そのものだ。
「アレが噂のニセモノッスね! これはもう逮捕ッス!」
木の陰に隠れつつも、糸鋸が叫んだ。
「ダメだぞ! そんな風に叫んじまったら見つかっちまうぞっ」
そう咎める元太に対し、冷静にコナンは言う。
「いや、もう遅いと思うよ。 ……ほら、アレ」
何せ、こちらは子供が大半とはいえ8人もの人数が近づいていっているのだ。
そんな目立つ集団を相手に、当然のように相手側はこちらに気づいた様子だ。
立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
「どうするんですか! 気づかれちゃいましたよっ」
「待て。もうこうなったら、変に小細工するよりも直接話した方が良い」
慌てた様子でコナンの指示を仰ごうとする光彦を制する。
逃げる気はなさそうだし、ここは直接話を聞いた方がてっとり早そうだ。
「ククッ……。どうしたのかね? この名探偵・毛利小五郎様に一体、何の用だっていうのかねえ」
男はそう言い放つと、懐から葉巻を取り出してそれを口に咥える。
「嘘だっ!」
「おっちゃん、お前みてえにかっこよくねえぞ!」
「その葉巻、キューバ産の高いヤツですよね? あの浪費の多い毛利探偵は、いつもそんな高いものを吸ってませんよ!」
少年探偵団の三人から口々に否定されるニセモノ。
「何だか、ひどい言われようッスね。あのメータンテーは」
糸鋸からも呆れたような言葉が出る。
それに「ハハ……」と苦笑して応じながらも、再びニセモノへとコナンは視線を動かす。
「正直、マジメに突っ込むのも馬鹿馬鹿しい気がするけど、おじさんは毛利小五郎じゃないよね?」
「……ククッ。どうやって証明する」
「色々と方法はあるけど――」
身分証明書。顔認証。持ち物検査。
頭の中で証明する方法は色々と出てくるが――、
「おじさんの指紋を調べさせてもらえば一発だよ」
毛利小五郎は、刑事時代の指紋データがしっかりと警視庁に残っている。
それが原因で、一度誤認逮捕されることになったわけだが、それはまあ、別の話だ。
逆に、高木からの情報によれば、彼は高山友美という前科者と同一人物の疑惑がある。
当然、前科のある人間の指紋は保管されており、その指紋が一致すれば、確実に彼は高山友美ということになる。
「じゃあ、アンタ、いいッスね!」
「ククッ。しょうがねえな」
そう言って抵抗の意思がないことを示すように、両手をあげてみせる。
「確かに認めるぜえ、俺は毛利小五郎じゃねえ」
(何だ、この人……)
当たり前の話だが、彼は毛利小五郎ではない。
指紋を調べられてしまえば、それが一発でわかる。
にも関わらず、抵抗の意思を示さない。
「ねえ」
ならば、確かめておくことがある。
「おじさんはどうして、ここに来ていたの?」
「ククッ。どういう意味だ?」
「毛利小五郎だって名乗って、わざわざこんなところうろついて。何がしたかったの?」
コナンの言葉に、偽小五郎は笑ってみせる。
「さあ、何がしたかったのかねえ?」
「確かにその理由はまだわからないけど、推測はできるよ。もしかして、こうやって見つかるのが狙い?」
「妙な事を言うじゃねえか。理由なんてねえよ。俺はただ、何となくこの公園に来ただけだからよぉ」
「何となく? こんなに刑事さんがいっぱいいるのに」
「知らねえな。刑事なんて。勝手に名探偵の毛利小五郎を騙ってるんだ。警察官がいる場所にわざわざ来たりしねえぜ」
偽小五郎はそう小馬鹿にしたように返してみせる。
「コナン君コナン君」
背後から、光彦が話しかけてくる。
「確かにこの人がいうように、この公園にいる刑事さんはキグルミを着てるんですよ? 刑事だと知らなくても無理はないんじゃないでしょうか。千葉刑事もそうでしたし」
「うん! このイトノコギリ刑事さんもキグルミ着てるよ!」
「じゃあ、このニセモノのおっちゃんが言っていることはおかしくはないってことか?」
この日、日欧文化交流会の警備ということで所轄所の刑事――そして、何らかの理由で捜査一課の刑事が大量にいた。
だが、その全てが着ぐるみ状態であり、初見で刑事だと見抜くのは不可能だ。
「いや、違うな」
だが、そんな探偵団三人の意見にコナンは首を左右にふってみせる。
(この場に、警察官がいることを知らなかったというのはあきらかに嘘だ。いや、正確にいうならばこの人は警察官がいても気にしていなかったはずだ)
それを突きつける証拠品は――これだ。
「これ、見覚えがあるよね?」
突きつけたのは、先程、原灰元巡査から受け取った無罪まんじゅうの箱だ。
「ククッ……。覚えてるぜえ。この公園にあるまんじゅう屋のまんじゅうだろ?」
「じゃあ、その店のヒトがどんな格好をしたかも覚えてるよね?」
「……」
その言葉で、偽小五郎の眉がぴくりと動く。
「……さあな。どうだったかねえ」
そう言い放つと、咥えていた葉巻を再び口から離してから、少し苛立った様子でそれを握った。
「あっ!」
ここで反応したのは、コナンと共にあのまんじゅう屋にいたクリスだった。
「そっか、あの人って確か……」
「そういう事。あのヒトは警察官の制服姿だったんだ」
「……ククッ」
ニセモノは口角を釣り上げる。
それは、余裕からくるものなのか。それとも、ただ考える時間を稼ぐための時間稼ぎの仕草なのか。
いずれにせよ、ここで畳みかける。
「確かにあのヒト――原灰元巡査は、クビになっても警察官時代の制服を持ち出してそのまま他のお仕事をしてる困ったヒトなのであっても、もう本物のおまわりさんじゃない。だけど、そんなのパッと見ただけじゃわからないよね?」
「……」
無言の偽小五郎をよそに、コナンは話を続ける。
「警察のヒトを避けてるんなら、そんな格好をしているヒトの前でのんきにおまんじゅう買ったり何てしないよね?」
「……」
「どうしてなのか、教えてくれない?」
コナンの言葉に対し、糸鋸が疑問を投げかける。
「つ、つまり? このメータンテーのニセモノは何がしたかったんスか?」
「ただ目立ちたかっただけなんじゃねーの?」
「いや、元太君。まさかそんな……」
代わりに元太が答える。
そのあまりに単純な答えに、光彦が否定するが、
「それで正解だ、元太」
「え? マジかよ!?」
コナンに肯定され、言った当人の元太が驚いている。
「このヒトは、どういうわけだか知らないけど、この場にいて目立ちたかった。そうとしか思えねーんだよ」
「ど、どうしてですか? そんなことしたら、捕まっちゃうかもしれないのに……」
「つまり、探偵様はこちらの方がわざと捕まりたかった。そう仰りたいのですね?」
「ええ!? 何でそんなことを?」
エドガーの答えに、他の皆が驚いている中、ニセモノの反応は違った。
「……」
先程の表情を消し、無言でこちらを見つめてくる。
「あ、アンタ! 凄んでもダメッスよ! とにかくさっき、こっちに向かっている御剣検事に場所を教えておいたッス! アンタの謎もパパッと暴いちゃうッスよ!」
そんな中、少年少女たちの前に、唯一の大人である糸鋸が庇うように立つ。
「でもキグルミ姿だから何ともシュールね」
そんな糸鋸に対し、灰原がそう冷静に突っ込む。
「……そう言ってやるなよ」
そう呆れながらもコナンはニセモノの様子を伺う。
(とにかく、糸鋸刑事の言っているように御剣検事が来るのを待つか)
こちらの大人は糸鋸が一人。
万が一、ニセモノが実力行使にでも出られたら厄介なことになるかもしれない。
ならば、応援が来るのを待った方が良い。
とはいえ、そんな様子はなく不敵な笑みを浮かべたままだ。
しかし、逃げようとする様子もない。
そのためか、暫しの緊張状態は薄れていきつつあった中、
「どうやら、待ち人が到来したようですよ」
「え?」
エドガーがそう言って、静かに手を向ける。
その向けた先の方向から、三人分の足音がこちらに近づいてくる。
そのうちの一人の顔を見て、糸鋸が叫ぶ。
「ああっ!! 御剣検事! よく来てくれたッス! 大歓迎ッス!」
そんな相手を見て赤くてヒラヒラの検事――御剣が一瞬、目を瞬いた後に答える。
「……ああ、イトノコギリ刑事か。もしや、そちらが例のニセモノか」
キグルミ姿というシュールな状態のためか、すぐに誰だかわからなかったようだ。
だが、糸鋸、そして毛利小五郎そっくりの格好をした男を見つけ、眉間を寄せて見つめる。
「佐藤刑事!」
一方の同行者にコナンたちも反応する。
「コナン君たち? どうしてここに?」
「色々あったんだよ」
そう一言でまとめてから、傍らに立つこの場の最後の来訪者の男に視線を動かす。
御剣検事はホテルで会っているし、ニューハイドビルの事件現場にいたのも知っているのでこの場にいるのはわかる。
だが問題は、
「ねえ、この人は誰?」
「コレはただの置物だ。気にしないでくれたまえ」
当人が答えるよりも先に、御剣がそう答えるが、
「なんだよコレとか置物って! オレは天才芸術家で、御剣の親友だぞ! そんなこと言ってると お前の数少ないトモダチがひとり減っちまうからな! そうなってから謝っても遅いからなぁ!」
「えっと、彼はその、事件関係者の一人で」
「オレは矢張政志! またの名を天流斎マシスだぜ!」
佐藤が答えるよりも先に、男――矢張が勝手に答えてしまう。
「それより、キミはホテルの事件の時の少年――コナン君だったな?」
「うん! 検事さんも久しぶりっ」
まあ、彼と出会ったホテルの事件は、一昨日の話であり、久しぶりというほど時間差はなかったが。
「ム、まあ、アレだ。どうしてキミはイトノコギリ刑事と一緒に?」
「一緒におじさんのニセモノを探してたんだ」
「おじさん――ああ、そういえばキミは毛利探偵と一緒にいたのだったな」
思い出したように御剣は額に指を当てる。
「それで、そっちの人はどうしてここに?」
コナンの質問に、御剣は矢張の方へと、苛立った様子で指をつきつける。
「暴くためだ。このオトコがやらかしたことを、この場で白日の下に晒すのだっ」
「御剣ぃ! 何でオレがやらかした前提になんだよ!」
「とにかく、色々と話してもらうぞ矢張、キサマがこのひょうたん湖でやった事をな」
「だから、ニラむんじゃねえよっ!」
抗議する矢張に、鋭い眼光をぶつける御剣。
二人の関係は分からないが、とにかくこの矢張という人物からはとんでもないトラブルメーカーの匂いがする。初対面のコナンからしてもそう確信せざるをえないのだった。
FILE.34のラスト辺りの糸鋸刑事のセリフを微妙に修正してあります。
修正前では捕まえたタイミングで連絡するという流れでしたが、ニセモノ追跡中に連絡という流れに変えてあります。