名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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FILE.39 ひょうたん湖への道

 ――少し、時間を遡る。

 

 御剣は、現在進行形で追跡中だという偽の毛利小五郎に会って改めて話を聞くべく、ひょうたん湖公園に向かうことにした。

 だが、その前にこの事件現場でもう一人、話を聞いておくべき人物がいた。

 

 その相手は、十津川と同様に今回の事件で犯行が可能だった数少ない人物。彼女にあうために、御剣は再び管理人室の前にいた。

 

「……ども、棟居良子(むねすえよしこ)といいます。えーと、誰でしたっけ?」

 

 御剣の呼びかけに応じて出てきた相手が今、目の前にいる。

 ぼさぼさの髪の毛をかきむしるようにしながら管理人――棟居はこちらに、ようやく視線を向けた。

 

「先程も会ったが、私は検事の御剣だ」

 

「……そういえば、さっき見た顔ですね」

 

 棟居は、先程と同じように相変わらずいい加減そうな様子で髪の毛をかいている。

 

「棟居さん、アナタはこのビルで起きた殺人事件は知っているだろうか」

 

「まあ、刑事さんに聞きました。あなたが入ろうとしていたという、あの部屋で事件があったんですよね」

 

 あくびをかみ殺すように、どうでもよさげに棟居は応える。

 

(相変わらず、この態度か)

 

 内心での苛立ちを押し隠すようにして、御剣は続ける。

 

「犯行現場となった部屋は、カードキーを使わないと入れない部屋。そして、そのカードキーは、部屋の持ち主さんである十津川さんを除けば、管理人の棟居さん、アナタしか開けられないと聞いている」

 

「……あー、もしかして私が疑われています?」

 

「端的に言えばそうなる。その容疑を自分で晴らすためにも、アナタから少し話を伺いたい」

 

「まあ、いいですけど」

 

 どうでもよさげな様子のまま、棟居は続ける。

 

「でも手短にお願いしますね。ちょっと今ドラマ見ているので」

 

「……仮にも、アナタの管理している物件で死人が出たわけだが」

 

「えー、でもこのビルって過去にも事件が起きてるそうじゃないですか。事故物件なんて今更ですよ、今更。そんな事気にしてこの業界、やっていけませんよぉ」

 

 彼女に責任感などまったくない様子だ。

 そのいい加減な態度に、苛立ちながらも御剣は訊ねる。

 

「そもそもの話、アナタの管理するカードキーが盗まれでもしたのではないか?」

 

 普通に考えればありえない話ではあるが、彼女のあまりにいい加減なその態度を見ればありえない話とは言い切れない。

 

「なんですかぁ、そんなことはありませんよ。だってスペアのカードキーはちゃんとありますし」

 

 そういって、カードキーを見せる。

 

「ほら、ちゃんとあの部屋の部屋番号あるでしょう?」

 

「……では、その点は信用するとしよう」

 

 もっとも盗まれてないとするならば、外部の人間が盗んでカードキーを使ったという可能性が消滅し、彼女の疑いがより濃くなることになってしまうわけなのだが。

 どうでも良さげな彼女の表情から、それに気づいているのか気づいた上で飄々としているのか判断はつかない。

 とにかく、このまま次の質問に入ることにする。

 

「このビルの管理者としてのアナタに聞きたい。まず、このビルに入った人間を確認する監視カメラのようなものはあるのか?」

 

「あー、一応正面にありますよ。でも無駄だと思いますよ?」

 

「何故、無駄だと?」

 

「だってこのビル、裏口からも人が入れちゃいますから」

 

「何?」

 

「検事さんが入って来た時は、正面からだと思いますけど、このビルは裏口からも入れちゃうんですよ。そっちにも一応、カメラはあったんですけど今故障中でして」

 

「何だと?」

 

「なので、こっそり入って来ているなら、今日このビルに誰がどれくらい入ってきたのかわかんないんですよ」

 

 そういって、棟居はどうでも良さげに肩をすくめてみせる。

 

(……クッ。何といい加減な管理人なのだ)

 

 まがりなりにも、このビルは彼女の管理する物件だというのに。

 その管理はあまりに杜撰でいい加減だ。

 

 彼女の給与査定の担当ができれば――などと再び考えはじめてしまう。

 

「つまり見知らぬ人間が入ってきていた可能性はあると?」

 

「……ふわあ」

 

 御剣の質問に欠伸まじりに返される。

 苛立つ御剣をよそに、棟居はそのまま言葉を続ける。

 

「まあ、そうなりますね。それに、ビル内にもカメラは一応、ありますけど、あらかじめどこにあるかが分かっていれば、カメラに映らないように移動することはできると思いますよぉ。だったら、朝とはいえこのビルにそれなりに人はいたと思うので、誰かその犯人さんを見た目撃者でも探した方がいいんじゃないですか?」

 

「わかった。だが、できる限りカメラの映像は見せてもらう。目暮警部にも連絡しておくので、警察から要請があれば見せるようにしてくれたまえ」

 

「はあい」

 

 わかっているのかいないのか、そんな適当な返事だった。

 もう気にすることはなく、御剣は続けて訊ねる。

 

「では、別の質問だ。カードキーで扉を開けた後、うっかり開けっぱなしにしておいたりして、その隙に犯人が入り込んだという可能性はないのだろうか」

 

「なるほどなるほど。いかにも推理ものでありそうな展開ですねえ」

 

 感心したようにうなっているが、むしろ小馬鹿にされたように感じる。

 

「どうなのだ? このビルの管理人として可能なのかと聞いている」

 

 その態度に苛立ちつつも、御剣は訊ねる。

 

「あぁ、無理だと思いますよぉ」

 

 だが、相変わらずローテンションの棟居は面倒くさそうに答える。

 

「何故だろうか」

 

「5分以上、扉が開きっぱなしになっていると、こちらの管理人室に異常を知らせるような仕組みになっておりますので。何かが扉に挟まってたりしていた場合でも同じですね」

 

「……ム、そうなのか」

 

 このような言い方をしている以上、あの部屋から異常の知らせはなかったということなのだろう。

 

「ではやはり、事件のあったあの部屋に行くにはカードキーが必要だということか」

 

「そうですね。いくら中に好きに入れたところで、結局はカードキーが使える人が犯人だってことになりますから」

 

 自分もそのうちの一人だというのに、動揺した様子は見せずに、そのぼさぼさの髪の毛をくるくると指に巻き付けて遊んでいる。

 

「わかった。アナタへの話はいったん、この辺りにさせてもらおう」

 

「はぁい、まあ検事さんもお仕事頑張ってくださいね」

 

「……うム」

 

 とりあえず、ここで話を打ち切ることにする。

 

「御剣検事。車の用意ができました。これでひょうたん湖に私も向かいます」

 

 そんな中、佐藤が話しかけてきた。

 いったん、糸鋸が追跡中だというニセモノの毛利小五郎に話を聞くために彼女も同行することになっていたのだ。

 

 今、御剣は検事としての権限でいるわけではない以上、糸鋸が既にひょうたん湖にいるとはいえ、他の刑事に来てもらえるのは頼もしい。

 

「いやあ、大変だなあ、御剣」

 

 相変わらずヘラヘラした様子の矢張がいつの間に来ていたのか、御剣の背後にいて話しかけてくる。

 

「……ちょうどいい。キサマも来い、矢張」

 

「ええ!? 何でオレも何だよ!」

 

 怒り出す矢張に、御剣は告げる。

 

「キサマが何かやらかした事はわかっている」

 

「な、な、な、何かって何だよ!」

 

「この際だ、その現場であるひょうたん湖公園でその事を白日の下に晒してやる」

 

「何だよ、なんなんだよ! 意味わかんねえよ!」

 

「意味がわからないのは、キサマのいつもの行動だろう」

 

「何でだよ!」

 

「いいから来い」

 

 抗議する矢張を強引に、自分の真っ赤なスポーツカーに連れ込む。

 

 

 

 ひょうたん湖に向かいはじめてもなお、矢張は文句を言っていたが、唐突にこんなことを言い出した。

 

「お、御剣。もしかしてお前、オレのファンだったのかよ」

 

「……何の話をしている」

 

 いきなりそんな話をされ、御剣が困惑して聞き返すと、矢張はいつの間にやら見覚えのあるものを持っている。

 

「ほら、コレ! オレの作ったワトソン像だろ?」

 

 警備員の荒井木から礼として――半ば強引に――押しつけられたものである。

 捨てるわけにもおかず、テキトーに置いておいたものを見つけたらしい。

 

「……キサマの、作っただと?」

 

「そーだよ。ほら、全くお前も欲しいなら素直に言えよなー」

 

 何となく、嫌な予感はしていたがそれは的中したようだ。

 

「それは、ある警備員から受け取ったものだ」

 

「あー、もしかして荒井木って人の事か? あの人、前の警備会社で世話になってるんだよ」

 

「そうだが」

 

「なら間違いなくオレだな! オレの手先が器用だってことで頼まれてやったんだよ! ほら、オレって恩に報いる義理堅い男だし」

 

 まあ、義理堅い男かはともかく、この男が器用な事には間違いない。

 ふざけた言動や見た目とは裏腹に、全体的にハイスペックな男なのもまた事実なのだ。

 

「それよりもさあ、お前とはトモダチだけど、今は可愛い女の子と一緒の車に乗りたい気分だったんだよ。なあ御剣、美和子ちゃんのパトカーの方に今からでも乗り換えていいか、御剣?」

 

「ダメだ。佐藤刑事に迷惑をかけるわけにはいかないだろう」

 

「何でオレが迷惑をかけるって決めつけるんだよ!」

 

 むしろなぜ迷惑をかけないと思う。

 そう思い苛立ちを抑えるように運転していると、ふと何かに気づいたように矢張は荷物から何かを取り出す。

 

「まったく、そんなにイライラしてちゃあ、身体に悪いぜ。甘いものでも食ってリラックスしろよな!」

 

 そういって取り出したのは、まんじゅうの箱のようだった。

 

 信号が赤なのを確認してから、車を止める。

 それから、御剣もチラリと見る。

 

「……トノサマンジュウではないのか」

 

「あー、アレな。このオレがサンタさんとしてお前を助けた時のだろ? 今は売ってないみたいだぜ。残念だったな、御剣!」

 

「別に残念ではない! そして嫌な事を思い出させるな!」

 

 信号が青に変わったのを確認し、再び車が動き出した。

 

「とにかく、今は運転中だ。それに、車内での食事はやめてもらおう。食べ散らかされたら、掃除が大変なのだ」

 

「ったく、もったいないぜ。せっかくの無罪まんじゅう」

 

「……何だそれは」

 

「このまんじゅうの名前だよ! ミアと一緒に食べたけど、とにかく甘くてうまいんだぜ! あ、残りは全部やるけど箱はオマエが捨てといてくれよな!」

 

 そういって、1個しか残っていないまんじゅうの箱を押しつけられた。

 まあ、空き箱ならばともかく、1個だけとはいえちゃんと中身が入っているのであれば、一応、矢張からの好意として受け取ることにする。

 

「とにかく、目的地が見えてきたようだ」

 

 御剣にとっても、縁のあるひょうたん湖公園が見える。

 腕時計を確認してみると、経過時間はニューハイドビルを出てから18分。時間によって交通状況なども違うため、厳密には違ってくるだろうが、車を駐車する時間などを含めても、おおよそ20分と考えてやはり問題ないようだった。

 

(そして、この地でコイツが何をやらかしたかを追求し、叩きのめしてやるとしよう)

 

「だ、だから怖ェんだよ御剣ィ! お、オレが何かしたっていうのか!」

 

「色々としているだろうがっ!」

 

 睨み付ける御剣を見て怯え始める矢張に対し、御剣は盛大に突っ込むのだった。

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