「……黙秘、するぜぇ」
「何?」
暫し見つめ合った後、偽小五郎が口を開いて出てきた言葉がそれだった。
「悪いが、これ以上の件は弁護士を呼んでからにしてもらおうか」
そう言い放つと、懐に手を入れる。
糸鋸と佐藤が何か凶器でも取り出そうとしていると考えたのか、警戒したように反応するが、そんな二人を偽小五郎は愉快そうに見やる。
「ククッ。そう慌てるなさんな。これは、銃でもナイフでもねえ。ただ一服させてもらうだけだぜぇ」
そういって、葉巻を取り出すとそれを口にくわえる。
「ちょっと、なんなんスかアンタ!」
それに憤る糸鋸だが、愉快そうに偽小五郎は眺めるだけか。
(そう来たか)
御剣は半目で偽小五郎を見やる。
尋問することができれば、揺さぶり、つきつけ、真相に向かっていくこともできようが、完全に黙り込まれてはどうしようもない。
「なるほど。警察に追及された時の対応も、実体験で学習済みというわけか」
彼は、高山友美という前科者の可能性がある。
それゆえの、挑発を兼ねた揺さぶりだったが、偽小五郎は動じることはない。
「……ククッ」
愉快そうに葉巻をくわえたまま偽小五郎は笑う。
「……」
気まずい沈黙が流れる。
「御剣検事」
「佐藤刑事、何か?」
「その、とりあえず彼――矢張さんへの暴行罪で話を聞かせてもらうという形で署の方に来てもらっては?」
そんな御剣の気持ちをくみ取ったのか、佐藤が間に入るように言う。
確かに、矢張の証言もある事だし、その件で彼の身柄を拘束するべきかもしれない。
そんな時、彼女のポケットから着信音が響く。
「……え? あ、はい、はい。わかりました」
それに出ると、いくらかの質問を交えながらそれを終わる。
「御剣検事。現場に残った目暮警部からの連絡でした」
「ム。目暮警部は何と?」
「どうやら、管理人の棟居さんに監視カメラの映像を見せてもらったところ、毛利さんに似た格好の男性が出て行く姿が確認できたそうです」
それは御剣にとっても、さほど意外ではなくある程度、想像できた情報でもあった。
「そうですか。ところで、出て行く姿と言っていましたが、逆にビルに入る方の映像はなかったのですか」
「はい。確認できたのは、ビルから出て行く姿だけだと」
棟居の話によると、監視カメラには割と死角があるらしく、全く映らずに出て行くことも不可能ではないようだ。
カメラに映らないようにビルに入ったとしてもおかしくはない。
だが、それならば逆に出て行く姿が映っているのは違和感がある。
もっとも、深い意味はなく、ビルに入る時は警戒していたが、帰りは不用心だっただけなのかもしれないが。
「御剣検事! これは決まりッス! この男が犯人ッスよ!」
糸鋸が、そう言って、偽小五郎を指さす。
そんな糸鋸に対しても偽小五郎は「ククッ」と不敵な笑みを浮かべるのみ。
「では、直接聞かせてもらおう。簡単な質問だ。キミは今日の朝、ニューハイドビルというビルに行ったのだろうか」
「ククッ。確かに行ったな」
そういって、葉巻を吸い続けている。
御剣にとっても、意外な回答だ。
また黙秘するか、誤魔化すか、否定するか。
その三択だと思っていたというのに、あっさりと認めた。
「やっぱりアンタが犯人ッスね! 逮捕ッス!」
糸鋸がそう叫ぶが、相変わらず偽小五郎はゆったりとしている。
自身にとって、不利な証拠が出てきたというのに動揺する様子はない。
(この男が犯人――。本当にそうなのか?)
ひっかかる点が、いくつかある。
そのうちの一つ。先程、気になった点を御剣は訊ねてみることにする。
「もう一つ聞きたい」
「ククッ……。何だぁ?」
「キミがビルから出てくるところの姿は監視カメラに写っていたのは確かだ。しかし、逆にビルに入っていく姿はない。これはどういう事だ」
「……さあなぁ」
「誤魔化す気か?」
「アンタ! 御剣検事の質問にはちゃんと答えるッスよ!」
糸鋸の言葉にも、偽小五郎は涼しい表情のままだ。
「妙な話だ。ビルに入った時はカメラに映らないようにしていたというのに、が逆に出て行く時は無警戒だったと?」
「すると、御剣検事。彼は、ニューハイドビルの事件の犯人ではないと?」
佐藤の言葉に御剣は首を左右に振る。
「そこまでは、まだ。しかし、この男の犯行と考えるには、不自然な点が多い。このような状態では、逮捕は早すぎるかと」
「でも、やっぱり犯人の可能性もあるって事ッスよね?」
糸鋸が再び偽小五郎に疑念の目を向ける。
そんな時だった。
「ねえ」
これまで、黙って大人達のやりとりを聞いていたコナンが、大人達の間に割って入る。
「な、何スか?」
「この人が、ニセモノのおばさん殺害の犯人だとすると、決定的なムジュンがあるよ」
「ムジュン? 何がッスか?」
「エドガーさん」
「何でしょうか」
「さっき言ってたこと、もう一度言ってもらえる? 群馬にいたニセモノの毛利小五郎の行動について」
「はい。群馬にいた偽毛利様についてのことですね。先生や毛利探偵らの話によると、彼は群馬にあるビジネスホテルに今日の朝までいたようですね」
コナンの言葉に応じるようにエドガーが返す。
そのエドガーに、偽小五郎は一瞬、視線をうつす。だが、即座にそれをぱっと消したように顔を無表情なものへとしてみせる。
「正確には、朝の6時の時点で群馬のホテルをチェックアウトしてるんだよね?」
「はい、そのようです」
その時点で御剣も気づく。
「……そういう事か」
「どういうことッスか!?」
「問題になるのは、偽妃弁護士の死亡推定時刻だ。彼女が亡くなったとされる時間は、朝の6時頃。この男が、群馬にいたという時間とほぼ同時だ」
東京から群馬は、遠くないが近くもない。少なくともすぐにこれる場所ではない。死亡推定時刻に多少のズレがあった可能性はあるが、それでも彼に犯行は難しいだろう。
「これは完全にムジュンしてるッス!」
まるで法廷でムジュンを指摘された時のようなリアクションを糸鋸はしてみせる。
まあ、よく見る光景のためこれはどうでもいい。
だが、別の意味で気になったことがあるのでコナンに聞いてみる。
「……ところで、キミはどうして被害者の死亡推定時刻を?」
行きがかり上、彼らの前でビルでの事件での件を話してしまっているが、捜査関係者ではない彼に死亡推定時刻など事件の詳細は話していない。
「え!?」
あからさまにコナンは動揺してみせる。
「あ、もしかして自分が話しちまったッスか!」
だが、次の言葉が出てくるより先に、糸鋸が慌ててみせる。
「イトノコギリ刑事、キミがか……」
普通の刑事ならありえないかもしれないが、まあ糸鋸ならばありえるか。
良くはないが、まあ彼ならよくあることか。
そう御剣も納得しかける。
「え、あ、まあ。そうだったかな……」
コナンは誤魔化すように笑ってみせる。
よくはないが、まあ今はいいかと考え、御剣もこの件にこれ以上は追求することなく偽小五郎へと向き直り、彼に向けて皮肉げに告げる。
「とにかく、だ。おめでとう。キミのアリバイが証明されてしまったようだが?」
「……クッ」
偽小五郎は、忌まわしげに小さな舌打ちをしてみせる。
先程の平然とした様子からすると、確かな変化だ。
「……」
「何とか言ったらどうッスか!」
黙り込んだ偽小五郎に、糸鋸がたたみかける。
それからまた暫しの沈黙の後、再び偽小五郎は口を開く。
「ククッ。では、検事さんよぅ。だが、ビルにあったっていう監視カメラはどう説明するんだぁ?」
「ああ。確かに、ニューハイドビルからキミが出てくる姿がバッチリと映っているようだな」
「そうだ。俺は間違いなく、あの現場にいたんだよ」
「それは私も否定しない。だが、先程も言ったようにカメラの映像の不自然な点。仮説を立ててみると、筋は通るのだ」
「何?」
苛立った様子で、新しく取り出した葉巻をくしゃりと握る。
「どんな仮説だってんだ。検事さんはよぁ」
「キミが入っていく姿の方は映っていないにも関わらず、出て行く姿ははっきりと映っている。これは、つまり裏口から入ってカメラに映らない位置を狙ってビルの中を移動したとか思えない」
管理人の棟居によれば、ビルの裏口のカメラは壊れており、勝手に誰かが入っていたとしてもそれを証明できない。
だが逆に、出て行く姿の方ははっきりと映っているのだ。
「そこで私の立てた仮説はこうだ。キミは被害者の偽妃英理と何らかの用があって、あの場所で密かに会う気でいた。なぜあのビルを選んだのか、それはまだわからないがな」
「まだ、ねえ」
挑発混じりの視線を送る偽小五郎を無視して、御剣は話を続ける。
「だが、そこで彼女が死体となっているのを発見した。それはキミにとって予想外のこと。だが、そこでキミは犯人に何らかの心当たりがあったのではないか?」
「犯人、というと。現時点での容疑者のあの二人ですか?」
佐藤の言葉に御剣は曖昧に頷いてみせる。
「それはまだわからない。だが、その心当たりのある相手をかばうための行動だったとすると、筋は通る。自分が罪を被る気でいた。このひょうたん湖公園で目立つようにしていたのも、わざと見つかろうとしていたと考えるとおかしくない」
「犯人を?」
「ええ」
「ですが、その。一ついいですか?」
「何でしょうか」
なおも納得いかなそうな様子で首を傾げながら佐藤は言葉を続ける。
「ウラを取りに行った高木君からの報告を聞かないことには、まだ確定とはいえませんが、大森さんの話が事実ならば、被害者は高山貴理夜という人物ということになりますよね? そしてこれもまだ確定していないとはいえ、彼は10年前にあのビルで事件を起こした高山友美という人物の疑いがあります」
「そうなりますね」
佐藤の言葉を否定することなく頷きながら、御剣は先を促す。
「そうなるとその、被害者は高山友美の妻ということになります。彼が高山友美だとしたら、犯人ではないとしても、その犯人をかばっているという事になります」
「……ええ」
夫が妻を殺す。あるいは、逆に妻が夫を殺す。
刑事としてそういった実例は十分すぎるほどに知っているだろう。だが、それでもあまりいい気はしないのか険しい顔をしている。
「それに、大森さんによれば高山貴理夜は罪を犯した夫を10年もの間、待ち続けてきた人物ということになります。そのような人を殺した相手を庇うなんて」
そう続けた佐藤に対し、さらに険しい顔を浮かべたのが偽小五郎だった。
「……アンタ、今なんつった?」
「え?」
これまでの澄ました態度とは異なり、あからさまに嫌悪感が滲み出ている。
「あの女はそんな立派な存在じゃねえ。あの女はなあ――」
そこまで言いかけ、失言に気づいたのか偽小五郎ははっと口を噤む。
「……チッ」
あきらかに失言だったと考えたのか、偽小五郎は舌打ちしてみせる。
「どうしたのだ? 何か言いたいことがあるのならば続けてもらって構わないが?」
「……ククッ。何か言ってたっけな」
すでに余裕を取り戻したのか、つい先程までの態度を取り戻している。
(……ム。被害者のことが何かしらの地雷だったのか)
追求する機会を失したことを悟るも、今の反応から被害者にこの偽小五郎は何かしら負の感情を持っていたことを悟る。
「どうやら、キミは私の予想以上に、色々な事を知っているようだな」
「どうだかな? 考えすぎだと思うぜ、検事さんよう」
やはり挑発じみた対応のまま、偽小五郎は見下すような視線をぶつけてくる。
そんな視線を御剣は正面から返して見せた。
「とにかく、改めて話の続きを聞かせてもらうとしよう」