それから暫く。
佐藤が呼んだ鑑識らが到着し、凶器と思しき聖剣を暫く調べている。
そして、それが終わったらしく鑑識の一人が御剣に言った。
「御剣検事!」
「結果は?」
「はっ! 確かにこの聖剣からルミノール反応が出ました! こちらに大量の血液がついていたのは間違いないようですっ」
その言葉に御剣は静かに頷く。
(当り、か――)
御剣は傍らに立っていた男に訊ねる。
「テイラー大使」
「何でしょうか」
「失礼を承知でお訊ねしますが、心当たりなどは」
「無論、ありませんよ」
テイラーは少し不機嫌そうになりながらも、そう答える。
「ですが、これでこの聖剣が凶器である可能性がかなり高まりました。さらに正確な調査をするために、ここはご協力を願いたい」
「まあ、やむをえないでしょうな」
御剣の言葉に、テイラーは首を縦に振る。
「大事な聖剣ではありますが、調査のために必要というのであれば、仕方がありません」
「感謝します、テイラー大使」
「ですが、必要以上に傷をつけるような真似は困りますぞ」
「ムロンです。テイラー大使、アナタにも。そして、この聖剣の本来の持ち主である十津川さんにも迷惑をかけるような事は極力、避けるつもりです」
そうテイラーに告げると、今度は鑑識に告げる。
「では、この聖剣をもっと詳しく調べてくれたまえ。指紋などがついていたら、それも頼む」
「はっ」
鑑識が頷く。
「テイラー大使。念のため、アナタの指紋も提出していただいてもよろしいだろうか」
何か言いたそうに口を開きかけたテイラーに対し、誤解を解くように御剣は先んじて言っておく。
「これは既についていた指紋と、区分するため。テイラー大使。アナタにおかしな疑いをかけているのではありません」
これは建前ではない。
現時点で、テイラー大使が犯人だという可能性はないと考えていいだろう。
「それは構いませんが、私は指紋をつけてなどいませんぞ」
「ム? そうなのですか?」
「ええ。まがりなりにも我が国の大事な宝ですので。素手で触るなど、とてもできません」
そう答えるテイラー。
「そうですか……」
御剣は少し言葉を濁す。
(まあ、その大事な宝とやらで遊んでいたふざけた輩がいるわけだが……)
聖剣ごっことやらをしていたことを話すべきかどうか、迷いながらもテイラーの言葉を受け入れる。
「御剣検事。ですが、敢えて言わせていただきますが、私がその殺人事件とやらに関与している可能性などありませんぞ」
不機嫌そうに言ってから、テイラーは続ける。
「いえ、そのような事は」
実際、カードキーの問題などもあるし彼は容疑者の圏外だ。
しかし、テイラーは御剣の言葉を無視するように心の底から不機嫌そうに言ってみせる。
「言っておきますが、私はその事件とやらには無関係ですぞ。今日はずっと、このひょうたん湖にいましたからな。今日の出し物のために来ている、スタッフ達が証言してくれますぞ。一時的にここを離れた時期もありますが、その時のアリバイもコードピアのダミアン大使が証言してくれますぞ」
「ダミアン大使?」
不意に出てきた名前に御剣は少し驚く。
彼とは、以前にあった事件で顔見知りだ。
「ダミアン大使とお知り合いですかな?」
テイラー大使も意外そうに聞いてくる。
「ええ、まあ。それで彼と何を?」
「ちょっとした交渉、いえ話し合いといいますか。まあ……」
少し言葉を濁してから、考え混む。
だが、やがて一つ息をついてから続ける。
「いえ、いいでしょう。別に隠すことではありませんからな。ある程度は、一般的にも知られていることでもありますし」
そう言いながら、テイラーは話を続ける。
「コードピア公国からは、我が国に亡命しているある人物を引き渡せと要求されているのですよ」
「ある人物、といいますと?」
「10年以上前の、アレバストとババルが分裂する前の旧コードピア公国時代の話です。コードピアの軍人を我が国に、亡命者として引き受けたのですよ」
「それで、コードピアから引き渡し要求が?」
「ええ。元々、当時のアレバストとババルの分裂で曖昧になっていた事でもありましたから」
テイラーが頷く。
「ですが、今になって10年以上も前のことを……」
「まあ、国としての面子の問題もあるのでしょうな。あちらとしても、再統一したばかりで、色々と大変なところもあるでしょうし」
そういって、テイラーは不機嫌そうに口ひげを触ってみせる。
「とにかく、そんなわけでその話し合いをコードピアのダミアン大使と少しした後、ここに戻ってきたわけです」
「そうですか」
元々、別に彼のことは疑っていたわけではないのだが御剣は納得したように頷く。
片道で20分、往復で40分の距離がある事件現場に出かけていたという可能性はまずないとみていいだろう。
「それよりも、検事さん」
「何でしょうか?」
ここで、テイラーは少し眼光を鋭くする。
「最近、いえだいぶ前から私の事を嗅ぎ回っている方々がいましてね」
「アナタのことを?」
「ええ。この国の探偵です。元刑事の探偵だと聞いております」
その言葉に御剣は内心で考えてみる。
(……元刑事の探偵、か。彼らのことだろうか?)
本物の毛利小五郎のように刑事あがりの探偵というのはそれほど珍しくはないが、つい先程会っているだけに大森らのことを当てはめながら御剣は思い出す。
「私だけでなく、私の部下などにも随分と前の事を聞かれたりして、かなり迷惑なのですがね」
「その探偵たちに具体的に何かされたのでしょうか? その探偵たちが法に触れるような事をしているのであれば、こちらから注意することもできるのですが」
「いえ、さすがに法に触れる範囲のことは。ですが、あまりいい記憶ではないようなことを繰り返し、聞かれるものでね」
不快さを強調するように、テイラーは眉間に刻んだしわを濃くする。
「失礼ながら、それは12年前の事件に絡んでのことですか?」
もしや、と思う気持ちから御剣は切り込んでみる。
案の定、テイラーは強く反応した。
「……私には無関係の事件です」
その反応を見て、御剣は確信する。
(やはり、問題のCI-6号事件がらみか)
普通ならば、12年前の事件などと曖昧な言い方であれば「どの事件ですか?」と返してくるのが普通だ。
だが、彼はすぐに頭の中で特定してみせたようだった。
「とにかく、このような事が続くようならば、正式に抗議させていただく。私としても、日本政府と問題を起こしたいわけではないのですがね」
「わかりました。できる限りのことをしてみましょう」
まあ、現職の刑事ならばともかく、今はただの探偵である一般人たちに検事という立場があってもできる事など限られている。
だが、今は彼の機嫌を損ねないことを優先した。
「頼みますぞ」
そういいながら、テイラーも一応は納得してみせたのかその立派な金色の口ひげを触ってみせる。
それからふと、腕に嵌めていた時計の時間を見て気づいたのか、ふと呟くように言った。
「そういえば、そろそろ時間ですな」
「時間?」
「ええ。これから、式典があるので参加しなくてはならないのですよ」
「そうでしたか」
正直なところ、もう少し12年前の事件などについても彼から話を聞きたい気持ちもあったが、現状の御剣の持ち合わせる手札では少し厳しい。
少し躊躇もあったが、やがて一つ息をつく。
「……それでは、仕方がありませんな。ですが、聖剣は警察の方で調べさせていただくということでよろしいでしょうか」
「ええ、それは構いません」
「では、これで。お時間を取らせました」
これ以上の追求が難しい以上、いったん彼との話は打ち切らざるをえなかった。
テイラー大使は軽く会釈をしてから、この場から立ち去った。
これからどうすべきか、と考えた時、御剣の携帯電話に着信がある事に気づく。
『よう、検事さん』
「ロウ捜査官。どうしたのだ」
その相手は、国際警察の狼捜査官だった。
『はっ、せっかく親切で情報をくれてやろうってのに冷たいじゃねえか』
「情報?」
『ああ、アンタがパラサイト絡みの事件を調べてるってんなら、関係があるかもしれねえ情報があった事を思い出してな』
「パラサイト?」
急に出てきた名前に御剣は思わず聞き返す。
『ん? ああ、そういえば、アンタに話した時には言ってなかったな。パラサイトっていうのは、昨日話した例の組織の名前だ。まあ、奴らが名乗っているわけじゃあなくて、オレ達、警察関係者の間での通称なんだがな』
「あの事件の被害者だったオサツー・メグンダルの組織か」
『そういう事だ。そのパラサイトの非正規社員名簿の一部が流出したって話があってな』
「非正規社員名簿、というのは?」
おそらくは文字通りの意味ではないだろう。
だが名前の響きから何となく答えもわかる気がするが、狼に訊ねてみる。
『連中の正式な構成員はそれほど多くねえ。だが、連中は弱味を握って金を搾り取るだけじゃあねえ。権力もなく大金を引っ張れねえような庶民連中には金の引き出し、現金の受け渡しやら、密輸品の受け渡しみてえな、危険な仕事をさせてやがんだ』
「そういった連中の名簿、というわけか」
『そういう事だ』
御剣の言葉を狼も認める。
『そして、そういった連中にはムチだけじゃなくてアメも与えてやがる。金を強請るどころか、逆に高額の報酬を払ってやがるのさ。ただの雑用をするだけの報酬とすれば破格の金額のな』
「だとしても、それがばれれば前科がついて人生に影響するリスクがあるわけだろう」
具体的な仕事内容はわからないが、狼の言い方からして犯罪に関わるような内容のものだろう。
『はっ、違いねえ。人生を掛け金にした報酬にしちゃあ、安いだろうさ。けど、そういう連中にはもうそんな危険な道は見えてねえよ。一度、泥沼に足を踏み入れたら、後は沈むだけさ』
そういって狼は笑う。
彼の言い方からして、すでに何人も逮捕された『非正規社員』とやらはいるのだろう。
『だが、連中の仕事はそういった非合法活動だけじゃねえ。日常生活を送りながら情報を引っ張ることを仕事にしている連中も多い。職場や家族に重要な情報を持ってる奴がいれば、ソイツからそれを引き出すような仕事もしている。そいつ自身が凡人だが、それに連なるヤツがオエライ御方なら、話は別ってわけさ』
「つまりは探偵のような仕事か」
探偵とはいっても毛利小五郎やシャーロック・ホームズのようないわゆる「名探偵」と言われる類の存在ではなく、興信所、あるいは情報屋といった言い方をした方が妥当な存在か。
『そういうこった。
そう言う狼捜査官の言葉に、御剣はふと引っかかりを覚える。
「ロウ捜査官」
『なんだ?』
「仮に、キミは12年前に起きたCI-6号事件を知っているだろうか」
『……』
通話先の狼捜査官が黙り込んだのがわかる。
これは、不意にでてきた言葉に心当たりがないがゆえの沈黙か、あるいは逆か。
御剣は構うことなく続ける。
「今回のオサツー・メグンダル殺害事件、それにはこのCI-6号事件が絡んでいる可能性があるのだ」
『……』
再びの沈黙。
だがやがて、狼は話し始める。
『オレは、そのCI-6号事件とは直接関係がねえ。だが、12年前は、アンタも知っているSS-5号事件があった。それと同じ年にあった重大事件、それもSS-5号事件と同じように情報が極端に制限された事件ってことでよく覚えている』
「……そうか」
『だが、残念ながらオレも詳しくは知らねえ。SS-5号事件とは違ってオレは直接関係ねえ事件だ。わざわざ情報が制限されてるってことは、よっぽど後ろ暗い事があったって事だ』
「ならば、仮にそれを暴こうとすれば、莫大な利が絡むということか。それこそ、パラサイトとやらが泣いて喜びそうなほどの利が、な」
『アンタ、パラサイトがその為にCI-6号事件を調べてるって言いてえのか?』
「さて、な。だが、伊国めぐるの証言なども踏まえて考えると、無関係だとはとても思えん」
御剣の言葉に暫し沈黙があった後、再び狼が続ける。
『その関係をオレに調べろって言いたいのか? 荷が重いぜ、以前の件で一捜査官に格下げされたオレにとっちゃあな』
「だが、キミは捜査官だ。それも優秀で獲物を見つけることに秀でた、な。大きな獲物が潜んでいることがわかるのに、狩りをやめる理由はあるまい。何より、キミの捜査官としての誇りがそれを許さないだろう」
『……ハッ。本当に好きに言ってくれるぜ、検事さんよぅ』
苦笑するような雰囲気混じりで、狼は言葉を吐き出す。
「以前に頼んだ、オサツー・メグンダルの西鳳民国での動向、ベイカー王国で起きたという彼の兄の件も含めて頼む」
『やれやれ、本当に人使いが荒い検事さんだ。けどまあ、わかった。オレのできる範囲でやってやるよ』
それから通話を終えそうな雰囲気になったが、再びふと思い出したように続ける。
『それと、例の非正規社員名簿の件。もし、その詳しい内容がわかったら、アンタにも伝えてやるよ』
「いいのか?」
『ああ、もしかしたらその中にアンタのいう事件関係者の名前が含まれてるかもしれねえからな』
「感謝しよう、ロウ捜査官」
そう御剣は告げ、今度こそ通話は終わった。
(……さて)
改めて現状を考える。
CI-6号事件のことも勿論、考える必要はあるが、今優先すべきは偽妃英理こと高山貴理夜殺害事件だ。
そちらに向けて、御剣は思考を切り替えるのだった。