名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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FILE.44 聖剣の指紋

「御剣検事!」

 

「ム。どうしたのだろうか」

 

 通話を終え糸鋸らのいるところに戻った御剣に、鑑識が駆け寄ってくる。

 

「その、先程の調査結果なのですが……追加の報告が」

 

 そう言って鑑識は続ける。

 

「ルミノール反応の件なのですが、どうやら二カ所に血がついているようなのです」

 

「二カ所?」

 

「はい。片方は、少量。鞘に収まった刀身の真ん中辺り。おそらく、被害者を撲殺した際についたものかと」

 

「ふむ……」

 

 確かに、被害者の頭部からは撲殺の際に少量の出血があったと報告があったはずだ。

 

「もう片方は、聖剣の先端部分にあたる箇所。こちらに大量の血液がついていた後があります」

 

「こちらは鋭利な刃物と思しきもので大量に刺された際についたというものか」

 

 こちらの方が被害者から、大量の出血を伴ったと思われる。

 だが、解剖記録によると、致命傷になったのは頭部への衝撃。刺し傷は、死後につけられたものと思われている。

 

(何のために、そんな事をしたのかはわからないが、その時の大量の出血が凶器に付着したというわけか。しかも、それを拭き取ってある)

 

 先程確認した際に、血がついてないのは確認ずみだし、いくら何でもそんなものがついていたらあのお調子者(矢張)であってもそれに気がつくだろう。

 

 凶器は台座に突き刺さるような状態で置いてあった。

 そして、血がついていた部分は剣の先端部分の当たりという事を踏まえて考えると、台座の近くで刃物で刺しまくったのだろう。

 

「撲殺の際についたと思しき少量の血とは、離れた位置にあったようです」

 

 鑑識が補足するように説明する。

 

(すると、一度は撲殺用の凶器として用いた後に、元の位置に戻された状態で刃物でメッタ刺し、というわけか)

 

 殴り殺すだけではすまなかったのか、あるいは別の理由があったのか。

 

「それと、なのですが」

 

「どうしたのだ?」

 

「剣の柄の箇所から、指紋が見つかりました」

 

「指紋だと?」

 

「は! 前科者リストに照合した結果、高山友美のものと一致するとのことです!」

 

「そうか……」

 

 何となく、予想はしていたことだった。

 そこまで驚くことはなく、御剣は先を促す。

 

「それで、高山以外の指紋は?」

 

「いえ、ありません。高山の指紋のみとの事です」

 

「高山の?」

 

 さすがに不自然さを感じるも、今は別の事を聞いてみる。

 

「では、柄のあたりからルミノール反応はなかったのか?」

 

「いえ、柄の箇所からはありません」

 

「そうか……」

 

 御剣は頷きつつ、考える。

 聖剣は、台座に突き刺さるような形であった。

 鑑識がいったような血の付き方をしているとしたら、まずは聖剣で撲殺。その後は、台座に元の状態に戻し、倒れた被害者をメッタ差し――そんな流れだろうか。

 

「御剣検事! やっぱり、あの男が怪しいッスよ!」

 

 そんな中、鑑識との会話を聞いていたのか、糸鋸が割り込んでくる。

 

「あの偽毛利小五郎! 高山友美がやったに違いないッス!」

 

「でもさあ、刑事さん。あの人には死亡推定時刻に群馬にいたっていうアリバイがあるよ」

 

「……キミもごく自然に会話に入ってきているな」

 

 さらっと会話に加わったコナンに突っ込みつつも、御剣は頷く。

 

「だが、キミの言う通りあの高山にアリバイがあるな」

 

「そうだよ。あの人は朝の六時の時点で群馬のホテルにいたんだよ?」

 

 二人の言葉に糸鋸が反論する。

 

「きっとアレッス! 時刻表トリックってヤツッスよ!」

 

「死亡推定時刻とほぼ同時なんだから、どれだけ移動時間を短縮しても東京の事件現場にはこれないと思うけど……」

 

 ジト目で指摘するコナンに対し、糸鋸は次の反論の言葉を口にする。

 

「ならアレをしたッスよ。死体を凍らせたりして、死亡推定時刻をずらしたッス!」

 

「事件のあったビルに、そんな事ができる施設があったの?」

 

 御剣は黙って首を左右に振る。

 死体を凍らせるような真似をするならば、部屋に据え置いてある小さな冷凍庫などではまず不可能だ。それだけの規模の温度を下げられる施設は確認できるかぎり、ない。

 

「それに高山がビルに来た時間と、矢張と十津川さんが聖剣を取りに来た時間を考えれば、時間的な余裕はほとんどなかったはず。そんな作業をしている余裕があったとも思えないな、刑事」

 

「うぐぐっ! 法廷にでもいる気分を味わったッス……」

 

 コナンと御剣の双方からツッコミを受け、瞬く間に糸鋸が萎む。

 

「だが、高山にはもう一度話を聞く必要があるが、それは、そのための材料をもう少し揃えてからだな」

 

 彼には、まだ隠し事がある。

 だが、何の証拠品もないまま話を聞いても、また先程の焼き直しだろう。

 

「あのー」

 

 そんな中、不意にクリスから声をかけられた。

 

「ム、何だろうか」

 

「その、お父さんの事、本当に大丈夫でしょうか……」

 

「大丈夫だ。キミのお父さんが無実なのならば、必ず私がそれを実証するだろう」

 

 やはりまだ父が疑われていることを気に病んでいる様子であり、不安そうにそう口にする少女に対して御剣は勇気づけるようにそう言ってみせる。

 

 だが、彼女のその不安の色は消えていない様子だ。

 

「えっと、その。でもやっぱり、それって本当にお父さんが――あ、いえ。何でもありません」

 

 そこまで言ってクリスは黙り込む。

 

(ム……。言葉選びを失敗してしまったか)

 

 無実であれば必ずそれを証明する、つまり逆にいえば真犯人だと確信すればそれを証明することになる。

 もちろん、本当に彼が犯人ならば容赦する気はないが、わざわざここで言うべき事でもなかった。

 かといって、適当な慰めの言葉をかけるわけにもいかない。

 

「……一ついいだろうか」

 

 ならば、彼女の懸念を消すためにも犯人を早く見つける必要がある。

 そのために、一つ訊ねてみる。

 

「キミは、あの聖剣の保管してある部屋に行ったことはあるのだろうか」

 

「……ありますけど」

 

 質問の意図がわかっていなさそうな様子だが、こくりとクリスは頷く。

 

「ならば、聖剣がまだあの倉庫に保管してあった時の写真などはないだろうか」

 

 あくまで、御剣が確認したのは事件があった後の現場。

 事件が起きる前の写真があれば、比較のためにも欲しいと考えていた。

 

「えっと、ちょっと待ってください」

 

 スマートフォンを持ち出して操作すると、あの倉庫と思しき映像があるのがわかる。

 

「この前、お父さんが送ってきてくれた写真です。何日か貸し出すことになるからって、その前に記念だって撮って送ってくれた写真です」

 

 そこには、彼女の父である十津川十蔵が御剣も見た時のように、台座に突き刺さるような状態である聖剣に触っているのがわかる。

 

「ふム、これはいつ頃の?」

 

「三日くらい前です」

 

 だが、特に手がかりらしいものはない。

 しかし、妙な違和感がある。

 

「アレ? でもこれって……」

 

 それを横から見ていた、コナンが何かに気づいたような声を出した。

 

「どうしたのだ?」

 

「十津川さん、素手で聖剣を持ってるよ」

 

「そのようだが……」

 

 そこで、御剣は気づく。

 

「なるほど」

 

「何がなるほどッスか! 自分にも説明して欲しいッス!」

 

「キミも少しは自分の頭で考えたまえ」

 

 呆れたように御剣は続ける。

 

「いいか、十津川さんははっきりと素手で聖剣を握っている。いや、この時以外でも触っていてもおかしくない。彼はこの聖剣の持ち主なのだからな」

 

「それがどうしたッスか」

 

「つまり、だ。そんな彼の指紋が聖剣についていないというのは不自然なのだ」

 

「ああ、なるほどッス!」

 

 ようやく理解したように糸鋸は叫ぶ。

 

「あの聖剣から出てきたという指紋は、高山のみ。テイラー大使のように、聖剣を大事にしているがゆえに、素手で触らなかった者ばかりだったという考え方もできるが、少なくとも十津川さんは触っている」

 

「つまり、一度誰かが全部指紋を拭き取った後、改めて高山さんがあの聖剣を触ったってことだよね」

 

 御剣の言葉にコナンが補足してみせる。

 

「えっと、じゃあお父さんは……」

 

「元々の持ち主の十津川さんが犯人なら、わざわざ指紋を全部拭き取っちゃうのは不自然になっちゃうからね。犯人の可能性は低いと思うよ」

 

「そっか。良かった……」

 

 コナンの言葉に安心したようにクリスは息をつく。

 

(まあ、あくまで彼が犯人だという可能性が下がったに過ぎないのだがな……)

 

 御剣は内心でそう呟く。

 現時点で、という条件つきで可能性が下がっただけ。

 彼が犯人でないと断定するわけにはいかないし、逆にもう一人の容疑者の棟居が犯人だと決めつけるわけにもいかない。

 

(検事は人を疑うのが仕事、か。全く嫌なものだな)

 

 とはいえ、さすがに父親が疑われている少女の前でそれを口に出すほどデリカシーが欠けているつもりもない。

 

「……ム」

 

 再び着信音があった。

 狼捜査官から、さっきの件の続報かと思いきや、違う。非通知だ。しかし、何となくこの相手に心当たりがあった。

 

「失礼する」

 

 糸鋸らから少し距離を取って、電話に出る。

 

『やあ、御剣検事さん』

 

 機械を使ったかのような、奇妙な声だ。

 男か女かもわからないそれだが、御剣はこの相手が誰か分かった。

 

「キミは、CI-6号事件捜査団とやらの者か」

 

 昨日、東都タワーにいる時に電話してきた相手だ。

 

『よく覚えていてくれたね』

 

「さすがに覚えている。昨日のことだ」

 

 皮肉げに返しつつ、御剣は続ける。

 

「それで何の用だ」

 

『まあまあ、そう急かさないでよ』

 

「これでも忙しい身でな」

 

『そう邪険にしなくてもいいじゃないか。手がかりが少なくて困ってるんでしょう? だからこんな怪しげな相手からの電話でも切ろうとしない』

 

「……」

 

 それはその通りだった。

 どこの誰だかわからないが、今は手がかりが欲しい状態だ。

 

「一つ聞きたい」

 

『何かな?』

 

「CI-6号事件の捜査団といったな。キミ達は、パラサイトと関係があるのか?』

 

『おっと、その名前にたどり着いたか。御剣検事さんの情報網も侮れないね』

 

「茶化すのはやめたまえ」

 

 相手の電話口から暫しの沈黙がある。

 

『まあ、ね。御剣検事さんに敬意を表して、ここは嘘はなしに行こう。尋問でもされちゃあ、かなわないからね』

 

「そう願いたいものだ。それで答えは?」

 

『パラサイトと関係は、ある。だが誤解しないで欲しい。自分はあんな悪質な犯罪組織の人間じゃあない』

 

「あくまでキミ個人は、ということか」

 

『その辺りは御剣検事さんのご自慢の推理に任せるよ』

 

 揶揄うような響きだ。

 それを無視して御剣は続ける。

 

「では、別の質問だ。高山友美という男は、キミ達CI-6号事件の関係者ではないか」

 

 暫し、次の答えまで間があった。

 

『……何故そう考えたのかな?』

 

「質問に質問で返さないでもらおう」

 

『やれやれ』

 

 再び間があってから、相手は答える。

 

『まあ、質問にはちゃんと答えるといったしね。確かにその通りだ』

 

 素直に認めた後、続ける。

 

『けど変わりにこっちからも質問だ。何で彼が自分たちCI-6号事件捜査団の関係者だと疑ったのかな?』

 

「忘れたのか? キミが言ったのだ。GO-5号事件について調べろと。そして、GO-5号事件の犯人として逮捕された高山は、CI-6号事件について裁井手弁護士、いや元検事から話を聞こうと監禁までしていた。そして、キミ達はそのCI-6号事件捜査団を名乗っている。これで関連を疑うなという方が無理な話だ」

 

『……なるほど。確かに天才検事様相手に誤魔化しはできないか』

 

「茶化すなと言ったはずだ。それで答えは?」

 

 御剣の指摘に対し、相手も揶揄うような調子が消えて答える。

 

『その通りだ。彼は、CI-6号事件捜査団の一員だった』

 

「……そうか」

 

 何となく予想はついた答えであり、驚きはない。

 

『我々、CI-6号事件捜査団は元々CI-6号事件の関係者で構成されている組織だ。彼もその一員だ』

 

「では裁井手元検事の監禁も、CI-6号事件の捜査の一環だったと?」

 

『誤解を招かないように言っておく』

 

 相手の口調が先程以上に真面目なものになっている。

 

『我々は、何が何でもCI-6号事件の真相を突き止めたいと考えている。だが、我々の中にも程度の差はある。それこそ何をしてでも、と考えるものから、あくまで合法の範疇でと考えるものでだ」

 

「過激派と穏便派、というわけか」

 

『まあ、そういう分け方もできるか。そして彼らは過激派といえる派閥の存在だった。彼らは、真相追究のために思いきった手段に出た』

 

「それが検事・裁井手紅の監禁か。高山の共犯者ともいわれている二人もキミ達の仲間か?」

 

 被害者となった中野川秀希。

 そして、行方不明のもう一人の共犯者。

 

『そうだ。不満を持っていたのは彼だけではなかったのでね』

 

「だが、GO-5号事件では裁井手検事の他に少女が一人巻き込まれたと聞いている」

 

『まことに遺憾だとしか言いようがない。裁井手検事はともかく、彼女の子供には罪はないというのに』

 

「……何?」

 

 その言葉に御剣は引っかかる。

 

「少し待ちたまえ」

 

『何だろうか』

 

「今、妙な言い方をしたな。彼女の子供、だと?」

 

 はじめてでてくる情報だった。

 記事を見る限り、一緒にいた少女が監禁されたとしか書かれていない。

 

『ああ、そういえばそれは一般には公開されていない情報だったね』

 

 相手も失言に気づいた様子だが、そこまで気にしている様子はない。

 

『一緒にいたのは、裁井手検事の娘だ。当時15歳のな』

 

「何だと……?」

 

 思わぬ情報に御剣は目を見開く。

 

『だが、その件に関しては、今の御剣検事には関係のないことだよ』

 

「どういう事だ」

 

『だから今、キミ達はニューハイドビルで起きた事件について調べているんだろう?』

 

「……こちらの事情も把握しているのか。どこまで私たちの事を知っている」

 

『そこまで多くの事は。けど、ある程度は知っているかな。アンタが今、ひょうたん湖公園にいる事とかね』

 

 そう言い当ててみせる相手に対し、御剣は肯定も否定もせずに返す。

 

「どこかで監視でもしているのか?」

 

『さあね。どうだろう。けどまあ、このままおしまいじゃあ失礼だろうから一つ情報をあげるよ』

 

「何だ?」

 

『高山友美の刑務所にいた頃の、面会相手について調べてみなよ。きっと検事さんにとって、推理を進展させる材料が手に入るから』

 

「面会相手、だと?」

 

『それじゃあ、また。機会があれば』

 

 それだけを言い残すと、相手は通話を終えた。

 

 左右を振り返る。

 少し離れた位置に来た為、テイラー大使やコナンらとも話が聞こえない距離だ。

 

(この場の近くにいるのか?)

 

 相手は、このひょうたん湖公園に来ている事まで把握していた。

 ならば、どこかに潜んでいてもおかしくない。

 

 隠れてこちらを監視している可能性も――、

 

(――いや)

 

 そこで首を左右に振る。

 通話相手は御剣がひょうたん湖公園に来ていた事しか把握していなかった。

 必ずしも、こちらからも視認できる範囲にいるとは限らない。電話越しに声まで変えて話相手が、そんな危険を冒す必要もない。

 

(とにかく、今はこの情報を吟味すべきだな)

 

 通話相手の言っていた、高山友美の面会相手。

 もちろん、鵜呑みにするのは危険だが、調べてみる価値はある。

 御剣は改めて考えることにするのだった。

 

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