「うム……」
御剣は、ビル内にある一室にて、改めて資料を見る。
解剖記録の続報だ。
やはり、死亡推定時刻は6時頃で間違いない。
だが、ここで被害者の所持品に妙なものを見つけた。
「キミ、少しいいか?」
鑑識の一人を捕まえ、聞いてみる。
「はっ! 何でしょうか」
「少し聞きたいのだが、被害者はUSBメモリを持っていたのか?」
報告書によると、被害者の手の中にUSBメモリを握りしめて死亡したと書かれてある。
「ええ。手で強く握りしめていたようです」
「それで、その肝心の中身は?」
「いえ、それが何もありませんでした」
「何も?」
鑑識の言葉に御剣は目を見開く。
「何も入っていなかったというのか?」
「はい。画像やテキストデータといった類のものもいっさいなしです。空っぽです」
「確かなのか?」
「はい!」
鑑識の言葉に御剣は頷き、礼を言って別れる。
「……ふム」
そんな中、御剣の携帯電話が鳴る。
相手は、刑務所に行っていた高木刑事だった。
『あ、御剣検事ですか? 今、刑務所で高山と同房だった男の話を聞いてきました』
「高木刑事か。ご苦労だったな」
軽く労いの言葉をかけ、先を促す。
「それで、どうだったのだ」
『は! 同房の囚人や所長の話によりますと……』
高木が刑務所で聞いた情報を話す。
三ヶ月ほど前から高山の様子がおかしかったことや、偽小五郎の事件の被害者だった半庭弁護士の事などを聞く。
「そうか。ご苦労だった」
『では、送り届けたら、自分もそちらに戻ります!』
高木はそう言い残し、通話が終わった。
(送り届ける? 誰の話だ)
最後に残した言葉に一瞬、怪訝に思う。
誰かと一緒だったのだろうか。ふと、別れ際に一緒にいなくなった少年の事を思い出す。
(考えすぎか。いくら何でも、刑務所で囚人に会うのに子供を連れていくわけがあるまい)
一瞬、浮かんだ考えを否定すると、次の思考に御剣は切り替える。
続けて、調べる必要がある事に気づき、目暮のところに駆け寄っていく。
「目暮警部」
「おお、御剣検事。どうかしましたかな?」
「先程、アナタの部下の高木刑事から報告がありまして」
「ああ、それならこちらにも高木君から連絡がありましたぞ」
まあ、それはそうか。
上司である彼にも間違いなく知らせているだろう。
「それで、なのですが。あの高山が毛利探偵の名前を騙っていた事や被害者がその高山と関係がある半庭弁護士だった事などを考えると、その高山が団財副局長の別荘にいた一昨日の事件は重要だと考えております。群馬県警の方に、詳しい話を伺おうと考えているのですが」
一応、御剣の方からコネがないわけではないが、正式に警視庁の彼らから話を通してもらった方が話はスムーズに行くだろう。
「ああ、それなら偽毛利君の話を聞いた時点で、こちらから既に連絡しておきました。事件を捜査した刑事が直接来てくれるそうです」
「そうでしたか」
「ええ。群馬県警の警部なのですが、以前にあった合同捜査で私とも面識があるので話は早いはずです。直接、この現場に来てもらうよう言ってあります」
「なるほど」
思いのほか手回しもよく、御剣は感心する。
そんな中、目暮の部下と思しき刑事が報告に来る。
「目暮警部!」
「ム? どうした?」
「群馬県警の方がこちらに」
「おお、そうか。通してくれ」
まさにその話をしたばかりであり、ちょうどいいタイミングだったようだ。
やがて、エレベーターがこの階で止まる。
そして、扉が開くと、
「どうもどうも! この群馬の名警部の山村ミサオが来ちゃいましたよ!」
群馬県警の刑事――山村というらしい――が到着したようだ。
「おお、山村警部。わざわざどうも」
顔見知りらしい目暮も、山村に労うように言う。
「おや、こちらの方は?」
そんな山村の視線が御剣の方に向けられる。
「私は検事の御剣怜侍と申す。今は検事ではなく、今回の事件の第一発見者として協力させていただいている」
「ああ! アナタが検事局きっての天才検事! いやあ、聞いたことがありますよ。僕は群馬県警の山村ミサオ。山さんでもミッちゃんでも、気軽に読んでください!」
「……前者はともかく、後者はごめんこうむる」
とある人物の不本意極まりない呼び名を思い出し、御剣は顔をしかめてみせる。
「それで、こっちの事件についてでしたよね!」
「うム。こちらの事件と関連がある可能性がある。確か、殺人事件自体は解決したと伺っているが」
「はい! 最初犯人だと思われてた人がいたんですけどね? それが違うって僕は思ってましてね。実際に真犯人は別にいてその人もパパッと捕まえちゃいましたよ!」
「……なるほど。見事に犯人はアナタが捕まえたと」
「え? それはチョーさ……いえそうですね! この群馬の名警部が見事に解決しましたよ!」
不自然に濁しながらも山村は肯定してみせる。
(ム? どうかしたのだろうか)
まあ、実際に真犯人を見事見つけ出し、捕まえたのだ。
軽そうな言動とは裏腹に、優秀な刑事なのだろう。若くして警部だというし。それだけの実績がある人物なのだろう。
御剣はそう考えてから、先を促す。
「それでなのですが」
話を続けようとした時、
「コラアアアアッッッッッッ!!!!」
急に黒スーツにオールバックの、大男が凄まじい勢いでこちらに走ってくる。
慌てた様子で刑事たちがそれを取り押さえる。
「こ、コラアアアアァッッ!!! 何するねんっ! ワイは事件の協力者やっちゅーのに!!」
複数の刑事たちに身体を押さえつけられながら、大男は叫ぶ。
「……その、彼は?」
「あ、えーと、ですね。この人は」
「ワイはドラコ・アケチっちゅうもんじゃい! そこのヘッポコ刑事が最初に誤認逮捕したオーキッドちゃんのフィアンセで、探偵や!」
大男――ドラコが大声で言い放つ。
「あ、えーと。一応、協力者といいますか、それに近い立ち位置の人なんですけど」
迷惑そうに山村が呟く。
「何やと! 第一、オンドレらがいつまでもオーキッドちゃんを釈放せんから、こーして、色々とあのオッサンと捜査してやっとるんじゃボケェッ!!」
「ボケだなんて、汚い言葉、使っちゃいけませんよ。せっかく覚えた日本語は正しく使ってくれちゃってくださいよ!」
「オンドレが使わせとるんやないか!」
そんな山村にドラコが怒鳴る。
(……全く。また面倒そうなのが増えたものだ)
御剣は眉間にしわをよせ、トントンと指を動かす。
「えっと、とにかく話を聞かせていただけますかな?」
目暮が取りなすよう、二人の中に入る。
「おう、話したるわい。それよりオンドレら、手を離さんかい」
その大柄な身体のまま、ドラコを押さえつけていた刑事たちを睨みつける。
暫く見合わせていたが、目暮が離してやれと言わんばかりに目配せしたことにより、刑事たちはドラコから離れる。
「とにかく。ワイは探偵のドラコっちゅうもんや。フィアンセのオーキッドちゃんが逮捕されたせいで、その無実を証明するために色々と奔走しとるっちゅうわけじゃい! 第一、真犯人は捕まったっちゅうのにいつまで留置所に入れとくねん! 心細くてしゃーないやろ、オーキッドちゃん」
「あー、もう。ですから、それに関しては不法侵入の件があるから仕方ないでしょう?」
山村がドラコを諫めるように言う。
「それに、団財副局長からの指示でもありますし……」
「団財副局長の?」
その発言に御剣は言葉を挟む。
「山村警部。それはどういう事だろうか」
「いやー、僕も詳しくは知りませんよ。でも、上の方で色々と話があったらしく。まあ、とにかく。暫くの間、彼女は釈放できないという事で話はまとまっています」
「まとまっています、やないちゅうねん! このヘッポコ警部!」
その言葉にドラコが怒り狂う。
「ああ、もう! 僕の立場じゃ、それ以上の事はできないんですから、しょーがないでしょーが。そんなに怒ってくれちゃったりしても、困りますよ」
「とにかく、事件について詳しい内容を教えていただけるだろうか」
「ああ、はい。それじゃあ……」
一応、おおよその事件概要は把握していたが、詳しい内容はまだだ。
そう言って、山村が一つずつ事件の説明をしてくる。
オーキッドという人物の話や、犯人として逮捕された半庭の元恋人の弁護士・古逸賀の話など。
「……なるほど。それで古逸賀弁護士が逮捕されたわけか」
「ええ。ですが、動機なんかについてはぜーんぜん、話さないままなんですよ」
その辺りは、伊国めぐると同じというわけか。
「正直、半庭弁護士に関して話を聞きたいと思っていたのだが――その様子では期待薄だな」
おそらく、彼女は話さない。
現時点では、
「それと、ドラコ探偵」
「何や?」
「安心するといい。我々は必ず、真実を探り当てる。そして、それを権力で不当に歪めようとする者がいるのなら、必ずそれを排除すると約束しよう」
その言葉に、ドラコはその厳しい面を少しだけ緩める。
「……ホンマやろな」
「本当だ。だが、もし仮にアナタのフィアンセであるというオーキッドさんの方も何かしらの犯罪に手を貸していたとするならば、それに関しても私は容赦する気はない」
「何やと!」
案の定、激昂したドラコだが、御剣はそれを抑えるように言う。
「安心したまえ。もし、彼女が本当に何の罪も犯していないなら、罰を受けるような事はない。それとも、キミはその人を信じていないのか?」
「……う、ぐ。信じとるに決まっとるやないか!」
「ならば問題ない」
ドラコが頷いてみせるのを見て、御剣もそう言い放つ。
(現状、オーキッドという人物も何かしらの関わりがあるのは間違いないか)
話を聞く限り、殺人犯ではないかもしれないが、事件に何かしらの関わりがあるというのは間違いなさそうだ。
それも、半庭弁護士殺害事件だけでなく、他の連鎖した事件に関してだ。
「とにかく。キミに関しても、もう少し話を聞かせてもらおう」
そう言って改めて御剣はドラコに視線を合わせ、見据えるのだった。