名探偵ミツルギ   作:高見一樹

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FILE.7 捜査続行(前)

 ホテル・バンドー・ベイカのスイートルームの部屋。

 被害者のオサツー・メグンダルが宿泊していたという、同じホテル内の部屋の前に御剣と糸鋸は立っていた。

 

「はむはむ……うわ、また豪勢な部屋ッスねえ」

 

「うム、被害者は相当な金持ちだったようだからな」

 

「うらやましい話ッス。はむはむ……ここに一泊するだけでソーメンが何杯食べられるか想像がつかないッスよ」

 

 おそらく、『何杯』どころではとてもすまないと思うが。

 いや、そんなことよりもだ。

 御剣は、手に何やら抱えている糸鋸刑事を睨むように見る。

 

「ところで、だ。イトノコギリ刑事」

 

「はむはむ……なんスか?」

 

「キミはさっきから、何を食べている」

 

「あ、御剣検事も欲しかったッスか、これは気づかなかったッス」

 

 そういって、差し出してきたのはトノサマンジュウだ。

 

「そうではない! 第一、どこでそんなものを調達したっ」

 

「いやあ、どうも主催者の平井さんが英都撮影所とも親しかったらしくて、今朝、大量に貰っていたみたいッス。自分もオコボレに預かったッス。 ……はむはむ、御剣検事もどうッスか?」

 

 トノサマンジュウを受け取りつつも、眉間によったしわが険しくなる。

 

「イトノコギリ刑事、一応、ここは殺人のあった場所ではないとはいえ、同じ建物の中ではあるのだぞ?」

 

「あ、まずかったッスか?」

 

 御剣の指摘を受け、糸鋸は慌ててトノサマンジュウの箱を引っ込める。

 

「法廷でコーヒー飲む検事がいるぐらいッスから、いいかと思ったッス」

 

「いいわけあるか! 第一、ここは現場だ。刑事ともあろうものが何を考えているっ」

 

「でも、何年かすれば現場でお菓子を食べる刑事が流行るかもしれないッス!」

 

「そんな刑事が流行ってたまるか!」

 

 ツッコミを入れつつも、部屋の前で見張りをしていた警察官の前を通り過ぎ、室内に入る。

 

「さて、まずはどこから調べるッスか?」

 

「そうだな、差し当たっては、アレだな」

 

 御剣が指さした先には、机の上にスマートフォンが置かれているのがわかる。

 

「これ被害者のものッスかね」

 

「おそらくはそうだろう。現場には確か、スマホの類はなかったはずだな」

 

「そッスね、ケータイもスマホもなかったッス」

 

「忘れていったのか、あるいは置いていっただけなのかはわからないがな。それに、被害者に関してもわかっていない事が多い。これは調べてもらうとしよう」

 

「了解ッス!」

 

 頷く糸鋸だが、ふと思い出したように続けた。

 

「そういえば、御剣検事の携帯電話も結構古いヤツッスよね」

 

「まあ、あの男ほどではないがな」

 

 カメラ機能すらついていない古い携帯電話を使っている親友の事を思い出しつつ、御剣は答える。

 

「やっぱりできる男は最新式のものにホイホイ変えたりしないッス! できる男は中身ッス!」

 

 単に買い替える金がないだけなのでは。

 そうは思ったが、口には出さないことにする。

 

「では、そのできる男に聞くとしよう。コレを見て他に気づく事はないだろうか」

 

 そういって、スマホの置かれていた机へと再び視線をうつす。

 

「これもやたら豪華な机ッス、きっといい素材を使っているッスねえ」

 

「そこではない。刑事、机の上を見たまえ。このスマホの他にも明らかにホテルの備品ではないものが置いてあるだろう」

 

「机の上、あ、トノサマンジュウッス!」

 

 机の上にトノサマンジュウの箱が二つある。

 そして、その下の方に目を向けると、さらに他のトノサマンジュウの箱がいくつかも置いてあった。

 

「これも、自分が貰ったのと同じ差し入れとして配られたというトノサマンジュウッスかね?」

 

「イトノコギリ刑事、キミが持っていたトノサマンジュウを見せてくれ」

 

「あ、もしかして御剣検事も小腹が空いたッスか?」

 

「違う! いいから見せたまえ」

 

 そう言いつつ、糸鋸の持っていたトノサマンジュウを確認する。

 

「やはりそうか。これは、製造年月日もつい最近のごく普通のトノサマンジュウだ」

 

「これは違うって事ッスか?」

 

「そうだ。ここにはあるのは、地域限定のものを中心とするレアなものばかりだ」

 

「どの辺りが違うッスか? 自分にはわからないッス!」

 

 疑問符を浮かべる糸鋸に、御剣が指をさして説明していく。

 

「よく見たまえ。こちらはトノサマンの背景に、大坂城がうつっている。当然ながら、ネオオーサカシティの元ネタだ。こちらのはネオナゴヤシティの元ネタとなっている名古屋城だ。これはそれぞれ、東京では売っておらず、大坂や名古屋に直接出向かないと手に入らないものだ。私も手に入れるのには苦労したものだ」

 

「もしかして御剣検事も持っているッスか?」

 

「!? あー、そのなんだ。まあ一般論というものだよ。とにかく」

 

 一つ咳払いをしてから、先を続ける。

 

「これとは違い、机の上にもこれまたレアなトノサマンジュウの箱が二つ置いてある。刑事、キミにこの二つが何だかわかるか?」

 

「あ、これは自分にも違いが分かるッスよ。これは大怪獣ボルモスとのコラボ品ッスよね!」

 

 背景に書かれている城でしか区別のつかないものと違い、デカデカとコラボ先のものが書かれており、一発で違いがわかる。

 

「ふむ。そしてこちらの方は、1年以上前にゴメラとコラボした際のもののようだな。それもトノサマンの方は、『大江戸戦士トノサマン・丙!』のもの。両方とも中の人の都合上、いまでは再販も不可能といっていいため、今ではとてつもないプレミア価格がつく代物だという」

 

「はー、被害者は相当なトノサマニアってヤツッスか」

 

 感心する糸鋸をよそに、御剣は推理を先に進める。

 

「そして気になるのは、この二つだけなぜか机の上に置いてあるという点だ」

 

「でもそれが何か関係あるッスか?」

 

「刑事、キミは現場に置いてあったものを忘れたのか」

 

「あ! 現場にあった、トノサマンジュウ!?」

 

「そうだ。そしてアレもコラボしたものだ。地域限定のものとは違う。キミが先ほど食べていたものともだ」

 

「さすが御剣検事ッス! すげえッス、スペシャルッス!」

 

「……う、うム」

 

 だが、結局のところなぜコラボした物を持っていこうとしたのかはわからないままだ。

 

(コラボしたものと他のものとで明確に違うところ……)

 

 一目で、違いがわかるのはデザインだ。

 地域別のものは、背景の城のデザインが違うだけ。

 ネオオーサカシティや、ネオナゴヤシティの元ネタとなった大坂城や名古屋城があるのみ。

 だが、コラボ品は糸鋸刑事でも違いが一発でわかる。

 

(それが何を意味するのかはわからないが、ひとまずは頭にとどめる必要はあるだろう)

 

 とにかく、捜査を続けてみる。

 

「他に何かないか? 調べてみるとしよう」

 

 部屋のベッドや、着替えの服装がしまわれたクローゼット、被害者が飲んでいたと思われるぶどうジュースのボトル等を調べていく。

 だが、おかしなものは特にない。

 

「あ、御剣検事! こんなものがあったッス」

 

 そんな中、糸鋸が叫ぶ。

 どうやら、ゴミ箱の中を調べていたようだ。

 

「それは、メモか」

 

 そこには、どこにでもあるようなメモ帳で『取引 昼頃 挨拶前』と書かれてある。

 

「昼頃、挨拶前というと。本来、予定されていたというホームズ展での被害者の挨拶か」

 

「じゃあ、取引っていうのは何スか?」

 

「それはまだわからないが……」

 

 取引、などというとどこか後ろ暗いイメージがでてくる。

 もちろん、かならずしも非合法なものと決まっているわけではないが、どこか後ろ暗さが出てくる響きだ。

 

「被害者の情報も不足している。イギリス人男性であり、相当な大金持ちである事ぐらいしか、今のところわかっていない。一泊するだけでイトノコギリ刑事の1年分の給料に匹敵するような部屋に泊っているような、だ」

 

「さすがに1年分はないッス! ……ないッスよね?」

 

 自身なさげに語尾を濁す糸鋸を無視するように、腕を組んで御剣は考えを進める。

 

(そして被害者はこの『取引』で、何かしらのトラブルがあった。やはり、そう考えるべきだろうな)

 

 そんな風に考えていた時、

 

「御剣検事!」

 

 部屋の前で見張りをしていた警察官に話しかけられる。

 

「……ム、何だ?」

 

「その、捜査関係者に話があるという人物が」

 

「わかった、すぐに向かう」

 

 そういって、部屋から二人で出ていく。

 そして今、声をかけた警察官に話しかける。

 

「それで、話があるという人物は誰だ?」

 

「こちらの方です」

 

 そこには、このホテルの制服に身を包んだ若いボーイが立っていた。

 以前の事件の証人として出てきたボーイに少し雰囲気が似ているが、当然ながら別人である。

 

「どうも、私、当ホテルでボーイをしている者です」

 

「うむ。検事の御剣だ。それで、何か話でも?」

 

「実は私、被害者のメグンダル様が廊下で通話していらっしゃるところを目撃しておりまして」

 

「廊下? すまない、それはいつの事だろうか」

 

「今朝の9時ごろだったかと記憶しております」

 

「9時頃、か。イトノコギリ刑事。被害者のその頃の行動はどうなっていた?」

 

「えっと、そッスね」

 

 ぱらぱらとメモを捲りながら、糸鋸が答える。

 

「メグンダルさんはその時間、ホテル内のレストランで平井さんと朝食を終えて自分の部屋にいったん戻ろうとしていた頃みたいッスね」

 

「そうか」

 

 頷く御剣をよそに、ボーイは勝手に話し続ける。

 

「ええ。あれが被害者の方の最後の言葉になろうとは、ああ。私、今後は殺人事件の被害者の言葉を最後に聞いたボーイとして、颯爽とデビューを……」

 

「その、よろしいだろうか」

 

「あ、はい。何でしょうか。つい、当ホテルの総支配人の華麗なる出世エピソードを思い出し、妄想にふけっておりました」

 

「う、うむ。その被害者が話していたということだが、その通話の内容については覚えていないだろうか」

 

「そうですね。すべてではありませんが、覚えております。私、こうした機会を逃さぬよう、常日頃からお客様の言葉に耳を傾けておりますので」

 

 それはそれでどうなのだろうかと思いつつ、御剣は先を促す。

 

「被害者の方は、こういっておられました」

 

 ボーイの口から、それが再現される。

 

「ややこしいことになったため、約束のものを入れた場所を少し変更する。トノサマンジュウはヤイバ―のやつにする、と」

 

「トノサマンジュウ? ヤイバ―……?」

 

「それ以外に変更はないから、心配するなと」

 

「……うむ」

 

 少しばかり、心当たりがある。

 様々なことが繋がってきている。

 

(今のままでは、少し足りないか)

 

「あ、そうだ」

 

 熟考する御剣に、ボーイが話を続ける。

 

「通話を終えてから、こうも話しておきました。『やはりまぎらわしいか、もっと他にいい場所がないものか』とも」

 

「ふム……」

 

「御剣検事?」

 

 考え込む御剣に糸鋸が話しかける。

 

「部屋にあった、『取引 昼頃 挨拶前』と書かれたメモと合わせて考えるとだ。被害者は、あの部屋で何らかの取引をする予定だったと考えるべきだろう」

 

「取引ッスか」

 

「そうだ。メグンダル氏の方がそれをトノサマンジュウの箱に入れていた」

 

「トノサマンジュウの箱ッスか」

 

「ああ、おそらくはそれを相手側の用意した何かと交換する手はずだったのだろう。ところが予想外の事が発生した」

 

「あ! 差し入れのトノサマンジュウ!」

 

 糸鋸が思いだしたかのように、叫ぶ。

 

「そうだ。キミにしては珍しく察しが早い。アレが問題だったのだよ。あんなものが会場内に大量にあっては紛らわしいからな。そこでヤイバ―とコラボした時のものにしたのだよ。アレならば、すぐに違いがわかるからな」

 

「なるほどッス……」

 

 御剣の推理に対し、糸鋸が頷いている。

 だがそうは考えつつも、新たに出てきた疑問もあった。

 

(そもそも被害者に関してもわからない事が多い。何を『取引』しようとしていたのかもだ。仮にその取引相手が犯人だとしても、そもそも、それはまだ現場に残っているのか。あるいは犯人が持ち去ったのかもだ)

 

 トントンと、指を規則的に動かしつつ考えを進めていく。

 

(少なくとも、一度現場を調べた際におかしなものはなかった)

 

 だが、新たに浮上した事実なども考え、改めて推理を続けるには、やはりもう一度現場を調べてみるべきか。

 そんな風に御剣が考えていると、

 

「あの」

 

 そこで、ボーイが会話に割り込んでくる。

 

「私めはお役に立ったのでしょうか?」

 

「ム? ああ、おおいに役立った。感謝する」

 

 そうですか、とボーイは頷いてから思いついたように続ける。

 

「よろしければ今のを証言書にしてくれてやりましょうか? あ、いえ、証言書にしてさしあげましょうか?」

 

「……構わないが」

 

「はい。これで、私も被害者の最後の言葉を聞いたボーイ、として総支配人のように華麗なデビューを」

 

(別に被害者の最後の言葉ではないのだが)

 

 少なくとも、あの後にホームズ展の会場で被害者は平井や荒井木と会話をしているはずだ。

 まあ、気分よく証言書を書いてくれるボーイに水を差すことなく、それを受け取る。

 

(それにしても、被害者の電話か)

 

 どうみても事件と関係があると思われる通話内容。

 先ほどの部屋にあったスマートフォンの通話履歴も後で調べてもらう必要がある。

 

 

 

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