オーシャン・プレデター   作:竜鬚虎

2 / 9
第一話 海の狩人

 大海原を一隻の船がグングンと前進していた。その船は漁船や客船などと言ったちゃちな物ではない。船の両脇には大きな水車のような円輪がついている。外輪船である。

 

 船の全長は80メートル程、この世界の船としてはかなり大型である。

 船の全体、甲板を除く側面から底までの部分は、水色の分厚い金属の装甲で覆われていた。これは人間が魔法を利用した精製技術で作り出した特殊金属で、その強度は鋼鉄よりもやや劣るものの、金属とは思えないほどとてつもなく軽い。そのため頑丈さを追求し、尚かつ水に浮けて素早く動けることが追求される軍船などによく利用される素材である。

 船の側面には大砲を覗かせるための窓が、片側に六門分着いている。

 

 ここまで語れば判るとおり、とある王国の軍船である。

 巨大でマントのようにたなびく帆には、カルガモを象ったと思われる紋章が大きく描かれている。軍船そのものの剛健なイメージとは正反対の何とも可愛らしいデザインだった。

 

 甲板には、この船の作業員も兼ねているらしい兵士達が何人か見張りについていた。彼らの制服には帆と同じ軽鴨の紋章が描かれている。中には鎧を着た兵士もいた。

 人数は最初十人いたが、いつのまにか突然九人に減っている。船の下に降りたのだろうか? 誰も何も不思議に思うことはなく、船は前に進む。

 

 

 

 

 

 

「またやってるのかあいつ・・・・・・」

 

 甲板の見回りをしていた1人の乗員が、甲板の手すりから海上に顔を出している同僚の姿に呆れ果てる。

 

「また船酔いか? いい加減馴れろよ。今日で何日目の航海だと思ってるんだ」

「・・・・・・悪い。最初よりは良くなった気がするんだが・・・・・・それでも時々こうなっちまうんだ」

 

 手すりから離れた乗員は、見るからに顔色の悪い。

 

「ところでリュウカンの奴知らないか? そろそろ交代の時間なんだが?」

「いや、俺は見てないな」

「そうかい、また昼寝か? ちょっと部屋行ってくるわ。 お前少しの間2人分の見張りを頼むわ」

 

 乗員は少し苛立ちながら、同僚にそう頼む。

 

「ああいいぞ、行ってこい」

 

 

 

 

しばらくして。

 

「おい、あいつ部屋にもいないぞ。入れ替わりでこっちに来たって事はないよな? あれ?」

 

 乗員が戻ってきた時には、あの嘔吐していた同僚の姿は、影も形もなく消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船内にある艦長室に、この船の兵士達が多数集まっていた。その内の一人が鎧を着た位の高そうな兵士に話しかける。

 

「艦長、やはり今日も6人ほど消えています」

「そうか・・・・」

 

 艦長と呼ばれた兵士は物憂げに嘆息する。

 それがいつ起きたのかは判らない。気づいたのは昨夜だった。とある任務でこの船は、この未開の海に彼らは入り込んだ。

 

 異変に最初に気づいたのは、航海が始まってから数日後のこと。船の乗員の何人かが、船内の見張りや作業交代の時間になっても姿を現さなくなったのだ。

 最初はどこかに隠れてサボりでもしているのだと、皆憤慨していた。だが翌日になると姿を見せない乗員が更に数人増えた。

 確認してみると消えた乗員は就寝の時間になっても、寝室に帰ってきていないことが判明した。

 

 そして今日もまた乗員の何人かが消息不明になっている。他の乗員達も異変に気づき始めており、場は緊張に包まれていた。

 

「今から警戒令を命ずる。皆外だけでなく船内部にも徹底的に警戒を怠るな。また船内に不審な物・人が入り込んでいないか、徹底的に調べ上げろ」

 

 艦長の言葉に伝令は頷いて部屋を出た。誰もが判っていたことだが、この程度のことで解決するような事態であるならば、とうに誰かが何かを掴んでいる。

だが現状にて彼らに出来ることはこの程度のことであった。そして翌日も数人の乗員が消えていた。

 

 

 

 

 

 

「今からこの船を一時停止する。全乗員に伝えろ。この船にいる物は身分・配属関係なく全員この船の甲板に集まれ、そして一晩の間そこに固まって待機しろと」

 

 翌日の艦長の命令に、その場にいた全員が動揺した。

 

「艦長、そのようなことをして何を?」

「今の事態が事故なのか人為的な物なのかすら判らない。だからといって船を引き返すという判断も即座には出せん。その間にもまた乗員が消えるかもしれんからな。帰還するか否かを決める前にせめて原因だけでも掴まなければ・・・・」

 

 最もな言い分だが、その原因を掴む方法に乗員達は疑問を浮かべていた。

 

「しかしそのような手段が果たして効くでしょうか? 確かに何か起こればすぐ全員が気づくでしょうが、そんなあからさまな手に犯人が乗るかどうか・・・・」

「何もなければそれでいい。何ならそのまま甲板に集まったまま、帰還すればいい。夜風は応えるだろうが、乗員の安全が守られればそれで良い」

 

 艦長の武骨とも言える作戦は実行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方辺りから甲板に百人程の乗員が全員集った。甲板の最も広い部位で行軍式のように綺麗に並んで座り込み、皆得体の知れず存在するのかどうかすら判らない“敵”に脅えを隠せずにいる。

 

 食事は任意に選ばれた数人の乗員が甲板と船内を行き来して運んでくる。幸い彼らが帰ってこなくなるということは起こらなかった。やがて日は沈み、夜がやってくる。

 

「こんなことして何とかなるのかよ? 相手が幽霊だったりしたら・・・・・・」

「幽霊なんかじゃないよ。それだったら魔力反応ですぐ判る。とにかく何か起こるのを待つっきゃない」

 

 最初はそんな風にひそひそと会話する者がいたが、時間が経つと誰も一言も喋らなくなった。

 

 何もない静寂の時間が刻々と過ぎていく。

 

「(何も起こらないな。今日はハズレか?)」

 

 だが異変は何の前触れもなく起こった。

 

「ぐっ!?」

 

 隅にいた一人の乗員が突然腹を押さえて、声になっていない悲鳴を上げた。隣にいた乗員が何事かと声を掛けようとした時、突然その乗員が飛んだ。

 

 何が起こったのか一瞬誰にも判らなかった。乗員が集団の中からいきなり離れてしまう。

 彼の意思ではないことは誰にでも判った。乗員が何かに引っ張られるように、背中から海老反りの体制で集団から引き離された。身体も少し浮いており、そのまま甲板から飛び出し、海に転落する。

 

 ほんの一瞬の出来事である。ボチャン!と乗員が海に落水する音が妙に耳に響いた。

 

「何だ今のは!? 魔法か?」

「でも魔力なんて何も感じないぞ!?」

 

 乗員達は何が起こったのか判らず混乱した。

 

「うわぁあああああ!?」

 

 僅かな時間も置かず次の犠牲者が現れる。最初の犠牲者とは全く違う角にいた乗員が、先程全く同じようにして海に投げ出された。

 

「落ち着け! 全員迎撃態勢を取れ!」

 

 艦長はそう言うものの、具体的にどうすればこの現象に迎撃できるのか誰も思いつかなかった。そうしている間にも、三人目四人目と次々と乗員達が宙を舞い、海に落とされていく。

 

 乗員達を引っ張り上げる力はかなりのもので、一人が舞う前兆が出たとき、周りにいた二人の仲間が彼の身体を掴んで、その場に踏み留まろうとする。だが謎の力は三人分の体重を一気に引っ張り上げ、海に引きずり込んでいく。

 

「もういい! みんな甲板から離れろ! 船内に逃げるんだ!」

 

 その命令が下ったときには、既に多数の乗員が船内への入り口へと駆け込んでいた。皆我先にと階下の船内へと入っていく。艦長も慌てて彼らの後に続いた。

 

 そして全員が、各々の部屋や食堂などに立て籠もり、そのまま夜を凌いだ。

 船内の各地で乗員が騒ぎ立てる声が聞こえたが、誰もがそれはこの異常事態に対する混乱の叫びだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 この船の副艦長:エイドは数人の部下と共に、船内の武器庫で多くの乗員と同じように眠れぬ夜を送った。

 彼らのいる部屋には多くの魔法剣・銃・弾薬などの大量の武器が、それほど広いわけではない室内にギッシリと詰まっている。その量は最初にいたこの船の全乗員よりも遥かに多いだろう。

 

 中には“大殲滅”という大きくて判りやすい文字が書かれた、自爆用の大型爆弾も積んであった。

 

「もう日が昇った頃だと思いますが・・・・どうします? 副艦長?」

 

 一人の部下がエイドに申告する。エイドとしては、まず艦長の命令を待ちたかったが、未だにその命令はおろか、艦内に変化の兆しが見えない。

 

「この際しかたないな・・・・甲板に出るぞ。危険だが状況をいち早く知るにはそこしかない」

 

 甲板には既に大勢の乗員が集まっていた。どうやら沈黙が続くこの船の状態に待ちきれなくなったようだ。

 一人の部下がエイドに耳打ちする。

 

「全員がここに来たわけではないようですね。昨夜生き残ったと思われる人数と明らかに足りません」

「あの奇怪な現象が船内にまで起こるとは考えにくい。きっとまだ隠れている奴がいるんだろう。そういえば艦長の姿も見あたらないな」

 

 そこへ副艦長の姿を認めた数人の乗員が駆け寄ってきた。

 

「大変です副艦長! ここに上がってくる途中に見たのですが・・・・」

「何を見たんだ?」

 

 次に乗員が口にした言葉に、エイドの顔は青くなった。

 

 

 

 

 船内に隠れていた乗員が大勢殺されていた。

 その数は確認できただけでも二十人以上。ある物は首を切断され、あるものは心臓を何かに刺され即死していた。何かの刃物によるものであることは間違いない。室内に遠慮なくぶちまけられた血液が生々しかった。

 考えられることは一つ。奇怪な術で乗員を海に引きずり下ろした犯人は乗員達が船内へ降りた後、自身も潜入して各部で隠れていた乗員を少人数ずつ殺し回っていたのだ。

 

 あれだけの騒ぎだから、声で事の起こりに気づくのは難しかっただろう。だがだからといって敵の姿を見た物が一人もいないというは不思議だった。よほど隠密に長けた者だったのだろうか?

 

「何ということだ・・・・」

 

 艦長室にやってきたエイド一行は、そこに倒れていた数人の死体を見て深く嘆いた。犠牲者の中には艦長も含まれていたのだ。

 部下達は絶望しきった顔で、一斉にエイドに顔を向ける。

 

「どうしましょう・・・・。やはりこのまま急いで帰還した方が良いのでは? これだけの異常事態、上も判ってくれるかと・・・・」

「無理だ。帰り着く前に恐らく全員狩り尽くされているだろう」

「じゃあどうすれば?」

「残った乗員に伝令しろ。今日一日船の中から絶対に離れるなと。・・・・・今日は俺一人で行く」

 

 この言葉には、先日の艦長の命令以上に、部下達は目を丸くした。

 

 

 

 

 一時間後、本当にエイドは一人で甲板に上がった。

 入り口で部下達が心配して見詰める中、一番見晴らしが良いと思われる場所でエイドは座り込み、ロングソード型の魔法剣を抜いて天上に掲げる。

 

 魔法剣に魔力を込め、まもなくエイドの周囲で目に見えない変化が起こる。

 彼の周囲には、エイドの最大の魔力で形成された最上級の結界が張られていた。この結界は堅固な上に人間の目には見えない優れものだったが、そのかわり防御中はその場から全く動くことが出来なくなる技だった。

 これは考え無しで防護しているのではない。昨夜起こった、糸に引かれるヨーヨーのように海に引っ張られる乗員の姿を見たエイドは、敵の戦法にある程度見当を付けていた。それに対する策である。

 

 エイドはただひたすら敵が現れるのを待った。朝昼は何事も起こらず、やがて夜がやって来た。

 

 

 

 

(来た!)

 

 彼以外には誰もいない甲板の上で、結界の上に何かが接触した。

 その何かは人の目には見えなかったが、その存在の感触は確かに感じられる。エイドは一気に精神を集中させて、結界の力を更に強める。

 

 すると彼の周囲に電光が発せられ、結界に触れた透明な何かが姿を現した。

 それはワイヤーだった。金属製と思われるワイヤーが、結界に覆われたエイドの身体に蛇のように巻き付き、とてもつもない力で引っ張り上げようとしていたのだ。

 そのワイヤーの先には甲板の外の海へと繋がっている。

 

「やはりこういうカラクリか!」

 

 エイドは自分の勘が正しかったことを確信する。敵はこの魚釣りの逆のようなやり方で、乗員達を捕らえ海に引きずり込んでいたのだ。

 固まろうとする力と、それを動かそうとする力による力比べがしばらく続いたが、唐突にワイヤーはほどけ、巻き尺のように一瞬で海に帰っていった。

 

(行ったか?)

 

 エイドは用心のため、もうしばらくこの状態を維持しよう考える。だが突然海の方から水しぶきの音が聞こえ、何かが船の壁に掴まり、猿のように素早くよじ登ってきた。

 その気配を感じ取ったエイドは、その方角を睨み身構える。やがて敵の姿が現れた。

 

(ワイヤーだけでなく本人もか)

 

 姿を表した敵の姿は見えなかった。矛盾しているが、実際の所そうなのである。

 敵と思われる存在は姿がほとんど見えなかった。それは先程のワイヤーと同じように、全身がガラスのように透けていて、人型をした僅かな空間の歪みが見えるだけであった。夜間の暗さがあって、その存在は人の目には非常に捕らえにくい。

 

(幻影魔法か? しかし魔力の波動を全く感じないが?)

 

 思考している最中のエイドの額に、突然赤い光が照射される。その光は敵の頭部から放たれた細い直線上の光線で、エイドの額に映された光の印は、三つの○を繋げた奇妙なものだった。

 これは何だ?と考える暇もなく攻撃が来た。敵の左肩から青い光弾が高速で発射され、光の印が押されたエイドの額に命中した。

 

「ぐうっ!」

 

 その威力は強大で、彼を守る結界は大いに揺れ、エイドの身体にも多少の衝撃が伝わる。即座に青い光弾がもう一発放たれる。

 堅固な結界もさすが二発目には耐えられなかった。エイドは死にはしなかったものの、結界が壊れた余波で数メートル吹き飛ぶ。

 

「敵が出たぞ! 一斉にかかれ!」

 

 異変に気づいた乗員達が、次々と甲板に上がっていた。そして謎の敵と対峙し、剣を向けた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。