オーシャン・プレデター   作:大麒麟

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第四話 海洋の狩人

 ウミガメ型のルイが先頭を走り、その後ろをイカダが勢いよく前進している。まるで馬車が海上を全速力で走っているようだ。

 当然前にいるルイも、それ以上の速さで泳いでいる。水かきは後側に畳んでおり、ルイは全身を動かさずに矢のように海を突進している。とてもウミガメとは思えない、奇怪な泳ぎ方であった。

 

 後方の島がどんどん小さくなっていく。

 

 だが航海は順調に思えたが、実際の所すぐに終わった。 出航20分も経った所で、何かに気づいたルイが、慌ててエイド達に話しかける。

 

「お前ら! 悪いがここで引き返すぞ!」

 

 気が緩んでいた矢先の突然の言葉に、エイド達は一瞬ルイが何を言ったのか判らなかった。

 その最中にルイはUターンして、ものすごい勢いで島の方角に進む。

 

「なっ!? 何故ですか!?」

「奴が来た!」

 

 奴、という言葉が意味することは一つしかない。

 

「もう一匹はどこにいるのかと思ったら、海で待ち伏せてやがった! もの凄い速さでこっちに近づいてきてるぞ!」

 

 敵の出現より先に、このルイのスピードに追いつけそうなスピードとは、敵はどういう泳ぎ方をしているのだろうか?という疑問をエイドが真っ先に思い浮かんだ。やがて島の砂浜が近づいてくる。

 

「(ちくしょう! 楽に済む仕事だと思ったのに、とんだ災難に関わっちまった。もう人間と取引とかすんのはやめよう)」

 

「クワァアアアアアアッ!」

 

 一緒に乗っていた巨大カルガモが、場の変容に驚いたのか、突然翼を広げてイカダから飛び立った。

 

「お前、どこにいく!? 止まれ!」

 

 エイドの制止も聞かず、カルガモはあさっての方へと飛び去っていく。

 一行が脱走したカルガモの姿を唖然として見送っていると、どこかから水のはねる音が聞こえた。

 

「がっ!?」

 

 音と同時に然一人の乗員が苦悶の声を発し、身体が宙に浮いた。そして吹き飛ばされるようにイカダから離れ、海に転落する。軍船にいたときと全く同じ現象である。

 

 一人を捕らえたためか、敵の速度が一瞬落ちたのをルイは感じ取る。その間に一行は一人を残して島に到着した。

 人型に戻ったルイは、エイド達に手招きしながら走り出す。

 

「もう一匹は近くにいない! とにかく海から離れ・・・・」

 

 全てを言い終える前に、水のはね音が聞こえ、ルイが飛んだ。

 

「ルイ様!」

 

 声が届かぬうちにルイは海に引き摺り落ちる。一瞬の出来事である。

 

 

 

 

 

 

(うぉおおおおおお!)

 

 海中でルイは、自身の胴体に巻き付いたワイヤーを、何とか引きちぎろうと両手に力を込めていた。

 陸では透明だったワイヤーは、何故か海中では、はっきりと実体を視認できた。ワイヤーは頑丈で、常人を超える力を持ったルイでもなかなか破れない。

 

 そうしている間に、ルイは敵の姿をその目に捉えた。ワイヤーと同じく水中では透明になれないのか、その姿が明確に肉眼に映っている。

 

 海中に漂うそれは人間と同じ体型をしていた。だがそれは人ではなかった。

 それは2メートルを超える身長と、屈強な筋肉が全身を覆う巨漢であった。肌は水棲生物のように滑らかで、その上に網目状の服を着込んでいる。

 更にその上、両肩・胸・背中・下腕・両足等、各部に銀色の鎧が装着されていた。剥き出しになっている手や足の指は、人間と同じ形の五本指で、指先には肉食獣のような鋭い爪が伸びている

 そして顔は、鎧と同じ銀色の仮面で隠されていた。仮面は何らかの動物の頭骨を象ったと思われる物で、額の面積が広く平らになっており、顎部が少し前方に突き出ていた。目の辺りには穴は無く、楕円形の窪みのような形になっている。顎部の左右両端には長い牙が下向きに伸びており、セイウチを思わせる外観だった。

 仮面に覆われていない後頭部には、黒色で触手のように太い髪の毛が無数に生えており、ドレッドヘアのように見える。

 

『お前が犯人か。やってくれるじゃん』

 

 肉声を出せない水中で、ルイは魔法で放った声で、その仮面の怪人に呼びかける。

 

 怪人の左手には銃のようなものが握られていた。

 色は黒、大きさは小銃並で、銃身は長い四角形である。銃口に当たる部分には、金属のワイヤーが飛び出しており、それが長く伸びてルイの身体に巻き付いている。

 どうやらこれが乗員達を捕らえた奇怪な力の正体のようだ。

 

(うおっ!)

 

 ワイヤーが銃身の中に引き戻され、ルイの身体が怪人のいるところへ引っ張られる。

 怪人は右手を振りかざすと、右手の籠手から、素早く一本の長い刃が伸びた。この籠手はかぎ爪が収納された細工物だった。近づいてくるルイに向けて、怪人はかぎ爪を構える。

 

『なめんなよ!』

 

 ワイヤーを破るのは無理と判断したルイは、怪人に攻撃を仕掛けた。怪人に向かって両掌を組んで向ける。すると掌周辺の水が一気に圧縮され、掌に膨大な水圧の力がため込まれ始めた。

 

 怪人との距離がほんの数メートルにまで到着したとき、その膨大なエネルギーを怪人に向けて一気に放出した。

 水中で強大な水の爆弾が破裂した。その余波で周囲にいた魚や海草が吹き飛ばされる。

 強力な水の衝撃波を受けた怪人は、その巨体を勢いよく後ろへ飛ばした。その際、掴んでいた捕獲銃を手放してしまった。

 

 すんでの所まで近づいていたルイと怪人は、それによって一気に引き離される。

 銃が手放されたとき、ルイを拘束していたワイヤーの力が緩み、無事拘束から脱出した。

 

『今度はこっちの番だ!』

 

 ルイは逃げずにそのまま反撃に出た。水流を操る魔法で水を高速で移動し、怪人に向かって突撃する。右手に水の波動を集め、突進の威力を足した強力な右ストレートを怪人にぶつけようとする。

 

 だが攻撃は命中しなかった。命中の瞬間、怪人はロケットのように上方に飛び回避した。

 

『なんだ!?』

 

 水中にいながらの、あまりにも俊敏な動きに、ルイは僅かに動揺する。

 怪人はとてつもない速度で上に移動したかと思うと、ピタリと水中で急停止し、海底近くにいるルイを見下ろした。

 

『あれか・・・・』

 

 よく見ると怪人の両下肢後ろ側には、下向きに噴射口がついた細長い装置が取り付けられていた。

 現在噴射口からは、弱めの水流が絶えず放出されていて、鎧を着た怪人が水に沈まないようにうまく調整して、水中を立っているかのように怪人の身体を固定している。

 

(あの推進装置が水の中を、高速で動く力の正体か。案外普通なんだな)

 

 水中で立ち上がっていた怪人は、鉄棒を回るように水中をバク転し、上半身をルイのいる下方に向ける。そしてかぎ爪を構えると、足の装置から強力な水流が一挙に放出され、矢のような勢いでルイに突撃した。

 

(速い!?)

 

 ルイは慌てて後方に飛んで回避する。怪人のかぎ爪が、海底の柔らかい土に突き刺さり、海中の土煙が散乱する。

 それにより怪人の姿が視界から消えるが、高い感覚能力を持つルイには関係ない。ルイは怪人に向けて、二発目の水の衝撃波を放つ。

 

 更に大きな土煙が上がり、怪人が再び吹き飛ぶ。だが例の推進装置ですぐに体制を立て直した。見たところ、それほど大きなダメージを受けたようには見えない。

 

(くそ! 頑丈な奴だ!)

 

 ルイは先程より小さめの威力の衝撃を、連続して叩き込んだ。

 怪人はそれを巨漢に似合わぬ俊敏な動きでかわしていく。ようやく一発が当たったかと思えば、怪人はそれを銀色の籠手で防御した。

 

 ルイは瞬時にウミガメ型に変身し、怪人に背を向けて島に向かって逃げ出した。

 敵は自分と同等以上の水中移動能力を持っている。その上、向こうは強靱な筋力と刃物を所持しているのだ。真っ向から戦っても、まず勝ち目はない。

 ウミガメ型の速度は、人型よりもずっと速い。すぐにルイは敵を振り切って陸に到着した。

 

 

 

 

 

 

 ルイが水に引きずり込まれた直後、エイド達はどうすればいいのか判らず呆然とした。こういう心境になったのは、航海に出てから一体何度目であろうか?

 

 水の精霊であるルイだから、すぐにやられてしまうとは限らない。だからといって加勢などできようもない。水中戦がほとんどできないただの人間が水に飛び込んでも、足手まといにしかならないだろう。

 

「とにかくどこか隠れやすいところに行こう。ルイ様ならきっと大丈夫だろう」

 

 一行は走り出す。最も、ルイのような超感覚を持っていない彼らには、どこが安全かなど判りようもない。とりあえず一行は見通しのよい砂浜を避けるため、林の中へと走り出した。

 林の中でどこか隠れやすそうな場所を探している一行だが、すぐに狩人はやってきた。一人の乗員の頭に、あの恐怖の赤い光線が当てられる。

 

「ふくかっ・・・・・!」

 

 それに気づいた乗員がとっさにエイドに呼びかけようとしたが時遅く、光弾が乗員の頭をスイカのように粉々にした。大量の肉片と脳汁がむごたらしく辺りに四散する。

 

「走れ!」

 

 一行が林の奥へと走り出す。怪人は彼らに向けて次々と光弾を放つ。だがいくつもの樹木が立ち並ぶ林の中、赤い光線でもなかなか照準を合わせられず、光弾は一発も当たらない。

 代わりに光弾によって何本もの樹木の幹が破壊され、林の中に倒木の音がズシンズシンと鳴り響く。

 怪人は深追いを避け、その場から退いた。

 

 

 

 

 

 

 ルイが陸に上がると、そこには誰もいなかった。

 

(エイド達は!? もう一匹の方にやられたか?)

 

 それならここに死体が残っているはずである。自分が海に引き込まれてから今までの短時間に、7人分の死体を運ぶことは不可能だろう。

 

 そう考察している最中にルイの背後、海の方から光弾が飛んできた。ルイは後ろを見ないまま、俊敏な動きでそれをかわした。

 振り返ると怪人が海から上半身を出していた。見ると怪人の左肩部には、銃と思われる銀色の筒状の物体が装着されていた。先端の穴からは煙草のような白い煙が浮いている。これがあの光弾を放った武器である。先程水中にいたときは、この銃は存在しなかった。あのかぎ爪と同じ収納式なのであろうか?

 

 怪人の仮面の右目の部分から赤い光線が放たれ、数十メートル先のルイの腹部にあてられた。狙撃の合図である。

 

「やられるか!」

 

 両掌を出し、以前エイドの魔法を防いだ水の障壁を瞬時に作り出した。

 

 ギュン!という地味な音と共に、怪人の左肩の銃から青い光弾が発射された。

 弾速は普通の銃弾よりは遥かに遅いが、弓矢よりはずっと速い。光弾は光線の照射先通りに飛び、ルイを守る水の壁に着弾した。

 光弾の威力は、ルイの魔法力でも完全には防ぎきれなかった。水の壁は砕けて大量の水飛沫となって辺りに散乱し、ルイ自身も後方に吹き飛んで、砂浜と林の境目へと転がっていく。

 

 怪人はルイに起き上がる暇を与えず、二発目を放った。ルイは身体を横に転がしてギリギリのタイミングでよける。外した光弾は、ルイの向こうにあった細い樹木を粉々にした。

 ルイはすぐに立ち上がって、林へと駆け込む。三発目が飛んだが、ルイは走る方向をジグザグに動かして逃げ切った。

 

(さっき水の中にいた時はあんな技は使わなかったな。あの銃は地上でしか使えないのか?)

 

 ルイは全力で逃げながら、冷静に敵の戦闘法を分析していた。

 林の中へと消えていくルイを、怪人は追うことなく静かに海に潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 林の中で逃走していたエイド達は、敵の追撃が無いことに気付くと、一斉に地面に倒れ込んだ。全力疾走だったため全員疲れ切っている。

 

「陸と海からの挟み撃ちから。どうしたらいいんだよ、これじゃあ・・・・」

「どうしたら? もう選択肢は一つしかない。まずあいつを何とかしないと、島からの脱出も不可能だ。戦うしかない」

 

 木の根もとに腰掛けたまま呟いた乗員に、エイドが高く断言する。

 

「戦うって!? どうやってですか? あれに勝てると?」

「やってみなければわからんさ。今と前とじゃ大分状況が違う。前は船の上、完全な奴らのテリトリーで不意を突かれ続けたからな。だが今は違う。今二匹は陸と海に分かれて動いている。陸の奴に絞れば俺たちも自由に動いて戦える。今度はこっちが不意を撃って反撃しよう」

「具体的にどうすると?」

「罠を仕掛けるぞ。奴の狩りが再び始まる前に済ませなければ・・・・」

 


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