一方のルイは島にある最も標高の高い丘の上に堂々とあぐらで座り込んでいた。
辺りに樹木はそれほど生えておらず、島の回りの風景がグルリと見渡せる。
敵の気配を細かく感じ取れるルイには、怪人の透明化能力など通用しない。変に隠れるよりも、こうして堂々としていたほうが敵の動きを察知しやすいと判断したからだ。
(完全に俺も標的にされちまったな。酒欲しさで請け負ったら、かなりやばいところまできちまったよ。いっそこのまま見捨てて逃げちまうか?)
楽勝と思って関わったところの、予想外の事態にため息をつく。
(というか、そもそもあいつは何者なんだ? どういう種類の魔物かなんて興味ないが、目的がよく判らん)
ルイは色々と思考を巡らせてみる。以前見た無人の海賊船、これもあの怪人達の仕業だとしたら、海軍に恨みがあるとは考えにくい。元々あの怪人の存在は、海軍の者達も知らなかったのだ。
(殺しのやり方からして、ただの快楽殺人狂か? でも最初に俺に会ったときは、何もしてこなかったよな? それと・・・・・・)
正直埒があかないので怪人の出所について考えるのは早々にやめた。そして目の前にあるもう一つの疑問に考えを埋める。
「何なんだよ・・・・。この変な注射器は?」
ルイのいる丘には怪人以上に奇妙な物体が存在していた。
ルイが“注射器”と称したその物体は、上部は円筒上の大型の銀色の物体で、高さは5メートルほどで、かなりの大きさである。
何かの入れ物のようにも見えるそれは、下部が地面に深く食い込んでいた。先端の形状は不明だが、この見事地面の刺さりようから、かなり尖っているのではないかと推察される。
その物体の上部には、クローバーのように三つに分かれた傘が、被さるようについている。物体上部の側面には、開き戸のような大きな穴が開いている。そこから中を覗いてみると、物体の内部は完全な空洞であった。
そんな何とも言えない奇妙な物体が三つ、この丘の上にキノコが生えているがごとく、地面に突き立っていた。
(もしかしてこれ、ずっと前にこの島に落ちた流星か? 流星て、こんな形だったっけ? まあ今はそんなことどうでもいいんだけど)
ルイはしばらく考え込むが、それも面倒になって途中で止めた。
(敵は陸と海に一匹ずつ・・・・。とりあえず海の奴を先にやるか。丸腰じゃ勝てんが、あの船から良さそうな魔法剣をとれればあるいはな。そいつ一匹を倒せば、俺一人でもここから逃げ出せる)
あぐらの両足を勢いよく叩き、ルイは立ち上がる。そして真っ直ぐに軍船の方へと歩き出した。
陸にいる怪人が接触することはなく、ルイは無事に軍船に到着した。
船の様子は数時間前に来たときと何ら変わらなかった。
ルイは甲板に上がり、転がっている持ち主を失った魔法剣を何本も拾い上げ、細かく物色する。やがて一番質が良いと判断した一本を取り、後は粗末に投げ捨てる。
(いい業物じゃないか。船だけでなく武器も高級なんだな)
ルイは手にした魔法剣を何度か強く振ってみる。
ルイが剣を振るうのは何十年ぶりかのことである。何度か振るってみて、以前より扱いがなまっているのに気づく。
この辺りの海に住んでいる上で、武器を必要とするような敵と遭遇することは、今までほとんどなかった。クラーケンという巨大タコのモンスターはいたが、あれは怒らせなければ特に害はない。
ルイは船の中にもっと良い武器が無いか探ろうとしたが、変に時間をかけている内に、陸の方の怪人が襲ってくる可能性を考えて取りやめた。
(まあ、全部片付いた後で物色するのもいいかもな。いい酒があったりするかもしれんし)
剣を鞘に収め、魔法で腰のふんどしに固定した後、ルイは船尾から海に飛び込む。ウミガメ型だと武器を持てないため、人型のままで海中を進んでいく。
(どこだ? とっととかかってこいよ)
水の精霊であるルイは、水中だと感覚能力が更に高くなる。あれほど大型の生物ならば、その辺を泳いでいる魚類と間違えることもない。
怪人を捜して海底近くを泳いでいると、海底のある場所で妙な物が大量に浮いているのに気がついた。
遠目から見たところ、ブラブラと漂っているため、海草かとも思ったが、どうにも様子がおかしい。
(何だろうな? ちょっと見てみるか)
近くに寄った結果、ルイは自分の好奇心を少し後悔した。
(これは!?)
見るに耐えない光景だった。
漂っているのは人間の死体である。その数は百数十にものぼる。
彼らは足にロープを括り付けられており、そのロープは海底に突き刺された杭に繋がれて固定されている。死体は両手を上げた、万歳の姿勢で水中に浮遊していた。
そして彼らは皆全身の皮を剥がされていた。あまりに残忍で惨たらしい姿である。水中に入れられてから、それなりに時間が経っているのか、既に出血はなく表面の肉が少しふやけてきている。
(これもあいつの仕業だってのか? どういう趣味だよ・・・・・)
あの怪人が狩りを終えた後は、いずれも死体が一つも残っていなかった。この死体の身元が、最初の海賊船の者か、海軍船の者か、もしくは別のどこかで狩られた者かは判らない。
どっちにしろルイは、この場にはこれ以上いられず、早々に後にした。
ルイは海中移動を続ける。やがてあまり来たくなかった場所、クラーケンの寝床がある海域で、怪人の気配をかぎ取った。
(やっかいな所で出合っちまった。それともこれを狙っていたのか? とにかくクラーケンを怒らせないようにしないと)
やがて怪人が姿を現した。身体を水平にして、足を後ろに伸ばし、かかとの噴射口から水流を放出してこちらに向かってくる。
両者が接近すると、怪人はかぎ爪を構えて速度を上げてくる。ルイも同じく剣を構えて怪人に全速力で突進した。
『いくぜ、こら~~~!』
両者の刃が激突した。水中なので火花は散らなかったが、ガキン!という鋭い金属音が音を通しやすい水中に、効率よく響き渡る。
『うお!』
鍔迫り合いは一瞬で終わり、ルイは怪人の一撃に後方に吹き飛ぶ。やはり体格によるパワー差は大きかった。
クルクルとヨーヨーのように水中を回転しながら飛ぶルイに、怪人は追い打ちをかける。
大きな一本の刃が、ルイの小さな身体に迫ってくる。ルイは回転の最中に両足で水を大きく蹴った。するとジャンプしたかのように、ルイの身体が上へと飛び、怪人の刃から逃げおおせた。
怪人は即座に上向きになって、かぎ爪の突きを繰り出す。刃はルイの心臓を狙ったが、紙一重のところでかわされた。するとその外しの隙を掴んで、ルイは思いっきり怪人の仮面の顔を蹴り下げる。
そしてルイは、今度は自分の意思で後方へ飛び、怪人との距離を広げた。怪人とルイは、スピードは互角、パワーは怪人が上、敏捷性はルイが上だった。
怪人がまたかぎ爪を繰り出し、それをルイが剣で受け止めた。今度は吹き飛ばされないように、僅かに一歩下がって衝撃を緩和し受け流す。
今度はルイが攻撃を仕掛ける。水中で身体を一回転させることで加速した斬撃を怪人に繰り出した。怪人はそれをかぎ爪で受け止めた。
怪人とルイは、水中での剣戦を数十合に渡って打ち合い続ける。だが次第にルイが押されてきた。
(くそっ! やっぱり勘が鈍っている。このままじゃやられる)
しばらく戦ったルイは、一時打ち込むような姿勢を向け、怪人が身構えた隙に再び背を向けた。
ウミガメ型になって高速で水中を走る。剣は魔法の力で甲羅に張り付いている。怪人もルイを追って、その方向に走り出した。
今回ルイが向かったのは陸ではなかった。それはこれまでの彼ならば絶対に近づかないような場所だった。
そこの海底に一隻の沈没船があった。
大きさはエイド達の軍船と同等の大型の者だが、外輪や駆動機関などはついていない。結構な年代物だ。
船体は完全な木造で、ところどころ腐っており、表面にはフジツボなどの海洋生物がこびり付いている。船尾近くの船の側面には、木が砕けて大きな穴が船壁に開いている。
マストはボロボロながらも存在するが、帆は跡形も無くなっており、僅かな断片がマストに揺れていた。
海の物語にありがちな幽霊船を連想させるそれは、四十年前にこの海域に逃げ込んで沈没した海賊船であった。
沈没の原因は、この辺りの先住者であったルイを怒らせたから。当時の船は全て完全木造だったため、ルイの魔法で簡単に船底に穴を空けて沈めることが出来た。
最もそんな過去話はどうでもよく、ルイがここに近づかないのは、沈没以降にこの船の中に住み着いた、ある生物の存在があったからである。
ルイはその船の近くで急停止した。そして船の壁の大穴に近寄り、その穴の中の暗がりに潜んでいる者の気配を読み取り、一人頷いた。
(気持ちよく寝てる所悪いが、荒ら起こしさせてもらうぜ)
後ろからあの怪人が迫ってくるのを感じた。ウミガメ型の速度でかなり距離を空けていたが、あと十秒足らずで捕まるだろう。
ルイは急いで力を溜め、船の大穴に向かって全力の水の波動を放った。ドン!と砲音のような音が大穴の向こうで鳴り、途端に沈没船全体が地震でもあったかのようにグラグラと揺れる。
最初の音はともかく、ルイの攻撃だけでこのような揺れは発生しない。
ルイは急いでそこから離れ、大穴の方角からは姿が見えないだろう船首の側に移動する。怪人はルイの突然の行動に警戒したのか、全速力で走っていたのを慌てて止め、大穴の中を観察しようとする。
穴の向こうにいる者の正体に気づいたのか、怪人はその場から離脱しようとした。だがその前に大穴から何かが飛び出した。
それは長く太い巨大な生物の触手だった。
いくつもの吸盤がついたそれは、この船のマストをたやすくへし折れそうな程の大きさだった。その灰色の頭足類の足が、突然びっくり箱のように数本同時に飛び出す。
そして逃げようとした怪人の胴体に巻き付いて捕獲した。突然のイレギュラーの干渉に、怪人は為す術なく大穴の中に引きずり込まれていく。
(よし! 上手く引っかかった)
船の中にいた住人は、自分を攻撃した水の波動を放った者を、あの怪人だと思いこんだようだ。ほぼルイの読み通りだ。
沈没船がまた大きく揺れる。数秒後に大穴があったのとは反対方向の船の壁が、内側から弾けるように大破した。大量の船の破片と泥煙が上がり、そこから船の主が姿を現す。
その正体は全長二十メートルにも及ぶ、巨大な灰色のタコだった。海の魔物としては、人間達の間で最も有名なモンスター=クラーケンである。
いつ頃からかこの海域に棲み着いたこのクラーケンは、平穏な生活を望んでいたルイにとって最大の悩みの種だった。
とにかくこれを怒らせないように、なるべく鉢合わせしないようにと、毎日注意しながら生活する羽目となっていた。それがこんな形で自分から接触することになるとは、ルイは今日まで思いもしなかった。
怪人はまだ一本の足に捕まっていた。右手のかぎ爪を触手に食い込ませて切断しようとしている。鋭い刃がクラーケンの柔らかい肉を切り裂き、程なくして触手は青い血をまき散らしながら切断された。
怪人はすぐにそこから逃げだそうとするが、クラーケンがそれを許さない。怪人に向かってクラーケンの別の触手が、鞭のようにしなやかに、棍棒のように重く振り下ろされる。怪人はその攻撃にハエのように叩き伏せられ、海底に激突した。
次にまた別の触手が怪人の身体を捕まえる。そして勢いよく近くにあった大岩に、怪人の身体ごと叩き付けた。
『グガァアアアアアッ!』
その衝撃に、怪人は溜まらず苦悶の悲鳴を上げた。
クラーケンは更に振り上げて怪人に止めを刺そうとする。すると怪人はかぎ爪を触手から放し、今度はクラーケンの本体に差し向けた。
この距離でかぎ爪の攻撃など届くはずがないと思われたが、突如かぎ爪が怪人の右手から離れ、高速で前方に飛んだ。
矢のように射出されたかぎ爪の刀身は、巨大なタコの眉間に深く突き刺さる。眉間から青い血を垂れ流しながら、今度はクラーケンが苦悶を上げた。
その隙に怪人は、右足の鎧に仕込まれていた一本の短剣を引き抜いた。その短剣で自身を拘束している触手の、先程かぎ爪を食い込ませた傷に、再び刃を重ねる。
触手はあっけなく切断され、怪人はクラーケンから解放された。
解放と同時に短剣を元の所にしまい、別の新たな武器を取り出した。
最初それは長さ50センチ程の奇抜な形をした金属の棒だった。だがそれは即座に形を変える。棒の両端の先端が、二段伸縮式で一気に伸び、両端に刃がついた二メートルを超える長い槍に変貌した。
怒りに満ちたクラーケンは、残りの触手を鞭のように動かして攻撃する。怪人はそれらを自在によけ、もしくは槍で払いのけ、一気に加速してクラーケンの巨大な頭部に突撃した。
槍の穂先は、かぎ爪が突き刺した部位の、すぐ近くの頭頂に刺しこまれた。タコの柔らかい肉に、槍の刃が、柄の部分にまで到達するほど深く食い込む。
両足をクラーケンの頭に踏みつけて、推進装置の水流を再放出した。その勢いで怪人の持っていた槍は、クラーケンの肉体から一気に引き抜かれた。傷口から大量の青い血が流れ出し、水中に拡散される。
クラーケンは痛みで悶絶するが、怪人は構うことなく再び槍を突き刺す。助速がついていないため、先程よりは深く刺さらなかったが、怪人はそれを自前の力ですぐに引き抜いて、また突き刺す。それを何度も繰り返した。
やがて辺りは青い血液で視界が悪くなり、クラーケンは弱ってほとんど動かなくなった。多少痙攣の動きはあるものの、そのうち完全に息絶えるだろう。
『グォオオオオオッ!』
クラーケンの血で染まった海中が、時間と共に晴れてくると、そこにはクラーケンの頭頂に立ち上がり、槍を掲げて勝利の雄叫びを上げる怪人の姿があった。