オーシャン・プレデター   作:竜鬚虎

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第六話 海軍船消失

 クラーケンを利用して怪人から逃げおおせたルイは、浜辺に打ち上げられたエイド達の軍船の船尾にいた。

背後を警戒しながらも、ルイは正面の海を見据えていた。怪人の襲撃に備えているのである。

 

(まだ出てこないんだな。あのままやられちまったんなら、それで構わないんだが・・・・。時間がこないうちに、この船から逃げないと・・・・・)

 

 そう思った矢先、遠距離にある海面から何者かが顔を出した。

 それと同時に、その何者のいる位置から、ルイに向けて赤く細い光線が照射された。あの照準照射は、数百メートルの距離からも狙いをつけられるらしい。

 

(来た!)

 

 わざと目立つ位置に立っていたルイは、照射と同時に頭を下げ、甲板へと転がり込んだ。直後に飛んできた光弾が、船尾の一部を破壊する。

 ルイは船内への階段を駆け下りる。ルイの姿が見えなくなったことで、上半身だけ海面から姿を出していた怪人は、再び潜って泳いで軍船に近づいてくる。

 

 怪人はイモリのように船の壁をよじ登り、ルイのいた船尾に上がりこんだ。

 外から見える船の甲板には誰もいなかった。ただの血痕と、転がった武器と、破壊された部位があるだけである。

 

 怪人はルイが島の方へと逃げた可能性を考え、その方角を見ようと船首の方へと足を進める。すると下の方、船の中から音が聞こえてきた。

 カンカンと金属同士が強く衝突するような高い音で、それはリズムを作るかのように音調子を変化させている。何かが転がったような偶然で起きる音ではない。これは明らかに、何者かが故意に立てている音である。

 

「・・・・・・?」

 

 怪人は警戒しながらも、獲物がいるであろう船の中へと向かった。

 ルイが入ったのと同じ入り口に近づき、そこから階段を下りて船内へと侵入する。ルイには姿を消す力は通用しないことを理解したのか、その姿は透明化していない。

 

 それほど広くはない廊下を、槍を構えながら警戒しながらゆっくりと歩いていく。

左肩に装着されている銃は、怪人が顔の向きを変えるたびに、低い機械音を発しながら、生き物が首を振るように機敏に動いて、怪人の目線の先に照準を合わせる。

 先程の音は、怪人が中に入った途端、急に止んだ。そのためルイのいる正確な位置は、怪人には判らない。

 

 これまで怪人はその姿を消す能力を利用して、獲物を様々な方角から襲い、狩りを成功させてきた。

 だが今は、自身が見えない敵に警戒させられる立場になっている。この状況に怪人は、恐怖に震えているのか、やりごたえのある狩りに高揚しているのか、その仮面の上からは窺い知ることは不可能だ。

 

 怪人は途中にあった部屋の扉をじっと見る。中に潜んでいないか確認しようと扉を開けようとするが、鍵がかかっていることが判ると、豪腕でドアノブをもぎ取り、扉を蹴破って勢いよく部屋の中に突撃した。

 進入と同時に戦闘態勢をとるが、あいにくこの部屋には誰もいなかった。壁に劇場のポスターが貼られている以外は、何の変哲もない質素な乗員の寝室である。

 

 部屋から出ると、また近くの部屋に同じように侵入する。

 だがその部屋にもルイの姿はなかった。この行為を何度か繰り返しながら、上階の部屋を全て確認した。怪人は更に下の階段に下がる。

 

 階段下は、船の食堂へと直接繋がっていた。

 開けた空間の中に、多数の椅子とテーブル、キッチンに食料保管庫などが一斉に揃っている。右横の壁には、大量の酒樽が幾つも積み重ねて置かれていた。この船の乗員達は、相当の大酒飲みだったのだろうか?

 広い場所で、尚かつ人が隠れやすい場所というだけあって、怪人はより警戒を強める。部屋の中央で赤い光線を放ちながら、ゆっくりと身体を回して辺りを注意深く見回す。

 頭部から真っ直ぐに放たれた光線は、当然のごとく怪人の目線の先にピッタリとついてくる。銃身もその方角に向けてクキクキと動く。

 

 やがて怪人の目線が、壁際に置かれた酒樽の方角の正反対に向けられたとき、背後の酒樽の一つが突然動いた。

 

「うりゃぁああああああっ!」

 

 動かしたのはルイだった。ルイは酒樽と壁の境目に、その小さな身体をずっと隠していたのだ。そしてこちらの位置が、完全に怪人の死角に入った瞬間、行動を起こした。

 

 一番天辺に積まれた一本の酒樽を持ち上げ、怪人に向かって投げつけた。あの小さな身体のどこにあんなパワーがあるのか、怪人以上に怪物じみた少年である。

 慌てて振り返った怪人は、目の前に迫ってくる酒樽に向けて、即座に光弾を発射する。強度の脆い安物の樽は、光弾を受けていとも簡単に砕け散る。

 そして中にあった大量の酒が弾け飛んだ。

 

「!!??」

 

 自身に吹きかけられた大量の液体に、怪人は顔を手で覆い、大いに動揺した。あの樽に入っているものが何なのか、怪人は知らなかったらしい。

 大量の酒の雨が降り注ぎ、怪人の全身がびしょ濡れになる。

 

 だが事態はこの程度では済まなかった。着弾した光弾の熱が原因で酒が引火し、散らばった酒に炎が燃え広がる。

 

「グァアアアアアアアアアアッ!」

 

 薄暗かった食堂は、突然起きた火災によって、夕日のように赤く照らされ、黒い煙が立ち上る。全身に酒を被った怪人は、火だるまになり悲鳴を上げた。

 怪人は火を消すために海に飛び込むことを考え、壁に向かって走り出す。壁をぶち破って外に出ようという考えだ。だがその前に、ルイが次の一手を繰り出した。

 

「水が欲しけりゃくれやるよ!」

 

 ルイが魔法剣を突き出すと、剣先に水球が出現した。その水球は風船のように一気に膨れあがり、怪人に向かって剣先から射出された。

 

 火に気を取られて反応が鈍っていた怪人に、直径1メートルにもなる巨大な水の砲弾が命中した。

 水球の突撃に押されながら、怪人の身体は飛び、進路にあった椅子やテーブルをなぎ倒し、キッチンの向こうの壁に激突した。怪人の身体が壁の中にめり込む。

 その衝撃で水球は弾け、食堂内に今度は水のシャワーを浴びせる。それによって怪人の身体の火は消え、食堂内の火災もある程度弱まる。

 

「来やがれ! 海のカマ野郎!」

 

 ルイが指を上に指して、挑発してきた直後に光弾が飛ぶ。ルイはそれを軽々とよけて奥の廊下へと走り込んでいく。

 

「グルルルルルルルッ!」

 

 怪人は狼のような怒りの唸り声を上げて、ルイの後を追った。

 槍を振り回しながら、ルイの走ったと思われる方を全速力で駆ける。ルイの姿は途中で見えなくなったが、怪人の視界に唯一ドアが開けっぱなしになった部屋が映った。

 

 そこにルイが隠れた可能性が高いと考えた怪人は、その部屋に突撃する。

 

「!?」

 

 部屋に入った直後に、怪人は怪奇現象を目撃した。水が浮いているのだ。

 その水はアメーバのように形が崩れ、フヨフヨと浮いており、それが大きな円を描いて怪人の回りを取り囲んでいる。

 

 怪人が、これが罠だと気づいたときには既に遅かった。

 水の円は急激に収縮して、一瞬で怪人を捕獲した。細くなった魔法の水の縄が、怪人の両腕と胴体を拘束して、一時的に怪人の動きを封じる。

 

 その魔法を放った張本人であるルイは部屋にいた。

 ルイは攻撃を仕掛ける思いきや、その場から逃げ出した。この部屋には砲門の窓が掛けられていた。大砲は現在に脇に置かれており、大きな窓だけが船内と外の空間を繋いでいる。ルイはその窓に飛び込んで、船外に脱出する。

 

「ガァ!」

 

 怪人は自身を捕まえている水の縄を、力任せに引きちぎった。

 いくら魔法で強化されているとはいえ、所詮脆い水の固まり。水の縄は引きちぎられると同時に形を失い、ただの水となって床に滴り落ちる。

 

 カチカチカチカチ・・・・・・

 

 ルイを追おうと足を一歩踏み込んだとき、怪人はまたおかしな音を聞いた。咄嗟に音の方に顔を向ける。

 実はこの部屋は、以前エイド達が隠れた武器庫だった。数々の武器が所狭しに並べられている中、一際目立つ銀色の四角い巨大な物体がある。

 大きさは三メートルほど、正面には“大殲滅”とう文字が下手くそな字体で大きく書かれており、その上には壁掛け時計のような大きなタイマーが設置されていた。

 怪人が聞いた音は、このタイマーから発せられていた。

 

 カチカチと堅い音を鳴らしながら、細長い秒針が上へと向かっていく。一番てっぺん、時計ならば12時の位置には、“皆殺し”という文字が横書きで書かれていた。

 そして今、秒針がその位置に到達した。

 

 その瞬間、怪人の視界は光りに包まれて、何も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「うわぁああああああああっ!」

 

 軍船から脱出し、少しでもあそこから離れようと砂浜を走っていた。やがて背後からくる強烈な衝撃波に吹き飛ばされた。

 

 軍船は内部から大爆発を起こした。船の胴体が弾け飛んだかと思うと、そこから巨大な火球が発生し、それがまた弾け飛んで、周囲に強力な熱と衝撃波をまき散らす。

 島全体が大地震に見舞われたがごとく大きく揺れた。

 海の波が全く正反対の方向に走った。砂嵐のように大量の砂塵が空中を舞い上がった。近くにあった木々が、ミニチュアの模型のようにへし折れ、もしくは吹き飛んだ。

 

 吹き飛んだルイの身体は、河原の投石遊びのように何度もバウンドし、最後には顔から砂浜に突っ込んだ。上半身は完全に砂の中に埋もれ、ルイは実に間抜けなポーズで逆立ちをすることとなる。

 よく考えればルイは砂浜を走るより、海に飛び込んで、泳いで逃げた方が速かったはずである。あいにく本人はその事実に気づいていなかった。

 

「ぶはっ! ああ~口の中がジャリジャリする・・・・・・」

 

 砂から埋まった頭を抜き、昏倒しながらもかつて軍船があった場所に目を向ける。

 軍船の姿はもはや影も形もなく、大きなキノコ雲がモクモクと空に昇っていった。近距離で爆発を受けた怪人は、当然のごとく即死である。

 

「・・・・・・さて、どうするか? 海の奴はやったし、このまま逃げるか?」

 

 ルイがそうつぶやいた後、あの奇妙な物体があった丘をじっと見据えた。

 

 

 

 

 

 

 エイド達は、見通しのよい島の丘の上にいた。先程ルイがいた、あの見晴らしのよい丘である。あの注射器のような巨大な物体は、先程と変わらず点在している。

 最初この場所に訪れたエイド達は、この物体に多少驚いたものの、すぐに思考から外して目的の行動に出た。

 

(さあ、いつでも来い!)

 

 エイドはその見晴らしの良い場所であぐらを組み、自らを結界に包んでいた。以前船の上で怪人を引っかけた結界である。

 他の5人の乗員達は、近くの林の茂みの中に隠れている。そこでエイドの周囲を見ながら、いつでも魔法を撃てるように身構えていた。

 

 怪人は光弾を放つ時、直前に必ずあの赤い光線を照射してくる。

 つまり光弾を繰り出してこようとすれば、光線の軌道を見て、即座に怪人のいる位置を掴むことが出来るのだ。怪人が攻撃を仕掛けたと同時に隠れていた乗員達が、一斉に最大出力の魔法を放つ。

 

 もし怪人が光弾ではなく、直接刃で攻撃してきたとしても同じこと。

 怪人の透明化能力は完全に姿を隠せるわけではない。よく見ればぼんやりとその姿の輪郭を見つけることが出来る。

 今は昼間の明るい時間で、しかも見通しのよいこの場所である。敵が近づいてくれば、すぐにその位置が判る。

 

 エイド達は待ち続けた。船の時はおおよそ半日ほど時間がかかったのだ。今回も気長にいこうと思っていた。

だがそう時間がかからぬうちに、敵は思わぬ方向からやってきた。

 

「うん?」

 

 隠れていた乗員の一人が、真後ろに何らかの気配が感じた。

 まさかと思って振り返ると、彼の視界に真っ赤な強い光が当てられて、彼の目を眩ませる。それがあの怪人の光線だと理解した途端、彼の意識はその頭ごと消し飛んだ。

 

 

 

 

「まさか!」

 

 光弾の発射音と乗員達の悲鳴が聞こえ、即座に乗員が隠れている方を向く。

 四人の乗員達が必死に逃げながら、こっちに向かってくるのが見えた。そしてその背後からあの光弾が放たれ、一人の乗員の身体を貫く。

 

(しまった! 同じ手が何度も通用する相手ではなかったか!)

 

 エイドは即座に結界を解除し、剣に攻撃魔法の魔力を充填させる。その最中にまた一人、乗員が光弾の犠牲となり、その背後からあの怪人が姿を現す。

 場所が場所であるため、透明になる意味がないと考えたのか、その姿は明確にエイドの視界に入った。

 

 その姿は、海中でルイが遭遇した怪人とさほど変わらない物であったが、仮面のデザインが若干異なっている。セイウチのような牙はなく、目は細く、顔から鼻先が尖っている。どことなく鳥の顔を連想する。

 

「それが貴様の正体か!」

 

 エイドは怒りと共に、強力な雷撃魔法を発射しようと怪人に剣を向ける。

 怪人はそれを避けようと足を動かす。すると今まで逃げていた乗員の一人が、突然振り返り怪人に魔法を放った。魔法の火球が怪人に右足に命中する。短速で放たれたため、威力はあまり大きくなかったが、怪人の動きを一瞬止めるには充分だった。

 

「くらえ!」

 

 エイドの魔法剣から、極太の雷撃光が発射された。怪人はそれを正面からまともに受け、数歩後退する。エイドの攻撃はそれでは止まず、何度も雷撃を放ち続けた。

 


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