先生は光の戦士 作:暗黒騎士はいいぞおじさん
《『先生?』とハナコ》
暗く、街灯と月明かりしか道しるべを作れないような、そんな夜更けに、トリニティのベンチに、一つの影があった。
誰かを待つようにその影は、足を組んで座っていた。
その影の周りは、不自然に一つも人の気配が無かった。
ふと影は、何かに気付いたようににこりと笑った。
「バレてるよ、ハナコ」
「……あら、ダメでしたか」
そう声を発したのは、影のすぐ後ろにいた、浦和ハナコだった。
バレていたことに気付いたハナコは、駆け足で同じベンチに座る。
一瞬の静謐の後、ハナコから話を切り出した。
「……先生は、無理されていませんか?」
「うーん、何とも言えないとこだね。本人は楽しそうなんだけど……嫌な事も、進んでやるからね」
「やっぱり、お人好しすぎですね」
「ね。僕もそう思うよ」
影とハナコは、困ったように笑いあう。
「そこがいいところではあるんですが……やっぱり、心配になりますね」
「うん、本当に。しかも、僕の事は忘れてないから、なおさらたちが悪いよ」
「……
影……フレイは、うん、と頷いた。
フレイ。
見た目は、完全に『先生』と同じ姿の彼女はしかし、『先生』とは少しだけ雰囲気が違っていた。
フレイは『先生』の負の感情、そのもの。
どうして彼が現れたのかは、数行で纏められるものではない。
しかし言えるのは、『先生』は
ではどうして、フレイとハナコはこうして、話しているのか。
それはとある夜の事だった。
その夜、ハナコはいつものように水着で徘徊していると、見慣れた人影が街灯の下で、背を向けるようにしてぽつんと立っているのを見かけた。
ハナコは、(本人はあまり自覚してないが)嬉々として走り寄り、声をかけた。
「あらあら、先生♡こんな夜更けに、なにを……」
違う。
ハナコは手を伸ばすことが出来る距離になってようやく気付いた。
自分の知っている『先生』とは違うことに。
何故か、眼を背けたくなることに。
『先生』には
女性は振り返り、ハナコの目を見た。
「……ああ、ははっ。そういうこと、か」
「?」
「ふふ、いや……気にしないでよ。少し、話をしてもいいかな?説明したいから」
そうして、彼女……フレイと、ハナコは出会った。
近くのベンチに二人は横並びで座り、そしてフレイが静かに語り始めた。
自らは、君達の言う、『先生』の負の感情である。
何故この場に現れたのかは、分からなかったが、ついさっき分かった。
『先生』は今寝ているため、この体は『先生』ではない。
君達の事は『先生』を通して知っている。
他にも、いろいろなことを。
「……どう?信じられる?」
「……正直、疑いの心は強いのですが……魔法を使える、というのがとても不確定な、代物で……具体的な判断は難しいというか」
「だろうね。まあ、僕……『先生』に聞いてみればいいよ。首は傾げるだろうけど」
ハナコは少なくとも、目の前の彼女は襲ってくることは無いだろう、そう考え分かりました、と答えた。
ではもう一つ、お聞かせ願っても?とハナコは言い、フレイは水着で寒くないんだろうか、と思いながらいいよと承諾した。
「本来、フレイさんは単独で行動することは出来ず、そしてヘイローも無いのですよね?」
「うん。間違いないよ」
「では何故、今私の前にいるのでしょうか?」
「ヘイローがついてきた理由は分からない。でもなんでここにいるのか、それは分かったよ」
それはね、フレイは軽く微笑み、言った。
「君が、ここに来たからだよ」
「……え?」
そう言われたハナコは、目を丸くして驚いた。
何故、私が?と。
「何故、って顔をしてるね。それはね……君が似ていて、真反対だからだよ」
「……誰、と?」
「
「……は!?私と、先生がですか!?」
真反対はともかく、似ているというのは、どう考えても、違う。ハナコは珍しく狼狽えるように驚いていた。
『先生』は私が脱いでも、困ったように笑うだけ。脱ぐことをあまりおかしいと思っていない。
私が淫語を喋っても、理解できない。
履いていた靴下を渡しても、普通に仕舞う。
……それに、私は『先生』のようには……
「『彼女』も、押し付けれたんだ。君のように」
思考の渦に巻き込まれていたハナコは、フレイが突然言った言葉に引き戻された。
「私の、ように……?」
「……元々は、ただの、旅好きだったんだ。困っている人を見つけたら助けるぐらいの、お人好しでね」
「……」
「本当に、お人好しでね……いつしか周りは、『彼女』を英雄と、祀り上げた。『彼女』は優しかったから。逃げたい、なんて一度も言わなかった」
ハナコは、震えていた。
何かに、怯えるように。
「
だから僕は言った。
僕を殺して世界を護るか、世界を護って
「……それで、どうなったのですか?」
「僕が負けたよ。そして、『彼女』は知ってくれた。痛みを、哀しみを、苦しみを。そして……世界を護って、
「……あなた、は……」
「共鳴したんだ。
要は、今の僕は君の負の感情だよ。この瞬間、この場だけだけどね。
そう付け加えて、フレイは説明を終わらせた。
ハナコは、ああ、そうなのか、と受け止めていた。
その説明だけでは、論理的なことは何も言っていない。しかし、本能で理解していた。
理知的なハナコには珍しい理解の仕方だった。
「今の僕には分かるよ。君は自らの負の感情を見つめているようで、眼を逸らしていた。だから知ってほしかったんだ。今の君は、ちゃんと強いこと」
「……そんなことはありません。私は、私の力を、自分のためにしか使っていませんから」
「それでいいんだよ。
「あんなに、お人好しなのにですか?」
「誰かを助けるのは、自分で決める。そう言ったからね。君と変わらない。君は大切な人達のためだけに使う。
「……強いですね」
「君もだよ」
ハナコはその言葉を聞き、微笑んだ。
その時だった。
フレイの体が、ゆっくりと影のように薄くなっていった。
「……ああ、もうすぐ、『彼女』が起きるみたいだ。早起きだからね」
「そう、ですか。……出会えて、良かったです」
「また、話そうよ。君はまだ、見つめきれていないから。『先生』のことも、いろいろ教えてあげるから」
「……ええ。また」
「うん、またね。……己が痛みを、哀しみを、苦しみを、真に理解し、前へ進めるようになる者よ。また、暗闇に染まる時に」
そうして、フレイは完全に消えた。
ハナコはいつの間にか手にしていた、黒い石……ソウルクリスタルを、強く、両手で、握っていた。
そうして、二人は度々出会い、語り合っていた。
過去や今の『先生』のことや、最近会ったハナコの出来事。
未だ、彼女は己が事を全ては、受け入れられない。
だが、いつかは、子が大人になるように、手にするかもしれない。
自分を認める力を。
一歩を踏み出す力を。
大きな世界にある、小さな、小さな、大切な者達を護る力を。