ブルブルと携帯が震え、画面を開くとメールが届いていた。
周りを見渡し、離れても問題無いことを確認し、この場を去る。オレは徒歩5分程の場所にある小さな飲食店まで足を運んだ。
店の扉を開けると、こちらを見て固まる人がちらほら。
東京体育館に近い場所であり、お昼時なため試合を見に来ている人がこの店に足を運ぶことも多いのだろう。
オレは気にせず、こちらを見て手を振る人のところに向かう。
「あ、こっちこっち」
「お待たせしました」
四人掛けの席でオレは壁側の奥に座る。
「よく来てくれたね、綾隆くん」
「雀田さんこそ…良いのですか?マネージャーが抜け出してきて」
この雀田かおりは、梟谷のマネをしている3年だ。
夏合宿のときに全員の連絡先と交換していたため、偶にやり取りはしていた。そのため、今では遠慮せずに話すことができる仲になっている。
「久しぶりだね~~」
「あ、はい」
そう言って、オレの隣に座って来たのは、白福雪絵。こちらも梟谷の三年だ。
後ろは壁で横も壁、隣には白福。どうやら外に出られないように閉じ込められたようだ。
「それは綾隆くんもだよね?元がつくかもしれないけど…」
雀田は話を進める。
確かに夏合宿のときはマネの方をメインにしていた。
「オレは正マネージャーではありませんよ」
「あははは。まあ気にしなくて良いよ。あと3時間はあるからね」
「そうですね。オレもです」
3試合は空くため、少なくとも3.4時間は問題ないはずだ。
まず、メニューを見て料理を注文する。そうだった…白福は大食いだったな…。
店員が去ってから、雀田と白福に何故呼び出されたのか問う。
「それで…何か用があったのですか?」
「用ってほどじゃないよ?ただ、まあ最近何してるのかな〜とかさ。
あっ!写真…取ろ?」
「構いませんが…」
雀田は携帯を取り出し、オレに背を向け3人が画面に収まるように、手を上へと持って行く。パシャと1枚、ブレていたのか2枚を取り、携帯をしまう。
「ありがと。今日のやるべきことはもう殆ど終わっちゃった」
「それだけで…ですか?」
「駄目だった?私達は勝っても負けても、この大会で終わりじゃない?だから、君とももう会えないかも知れないからさ」
何故オレに会う必要があるのかは分からないが。
「まあ…駄目では無いですね。梟谷の内部事情とかには興味ありますし」
オレはそう言って視線を雀田に向ける。
「おっ…探りを入れてるのかな?前は興味無さそうだったのに」
「全国優勝しなければならなくなりましたからね」
「何その…使命感。
……もっと楽しんでも良いんじゃない?」
「綾隆くん変わったね~」
「そうかも知れませんね」
楽しむことが大切なのは良く理解している。
だが、今、最も重要なことはそこじゃない。勝ちさえすれば、それで良い。
「でも良いよ。聞かせてあげよう。木兎光太郎について」
雀田はそう言った。
え、なぜ?とオレは若干驚いたが、黙って聞くことにした。
「あれは……2年の冬だったかな…。
私は木兎にノートを貸してたから、取りに行ったの。
そしたら、木兎は廊下に突っ立ってて、らしくなく静かだったから、話しかけにくくてね。
隠れて何をするのか見てたの。」
木兎の生態か…気になるな。
「5分、10分と経っても動かないから、出ていこうとしたんだ。その時、木兎は遂に動いた!」
まるで語り手のように話す。
「目の前にあった非常ベルを押し込んで、鳴らしたのよ!」
「は?」
「皆、大慌てよ!木兎!何してんだよ!って止めに入る。そしたら、木兎はこちらに向いて言った。強く押すの強くってどれくらいかな??って…どう?木兎の生態は?」
「あったあった」
「寧ろ混乱しました。聞かない方が良かったかもしれません」
「ふっふっふっ。私もチームの役に立ててるね」
なるほど、オレの分析の邪魔をしに来たのか。
「これから、まだまだたっぷりお話しを聞かせてあげよう」
「帰って良いですか??」
「まあまあまあまあ…それでね…赤葦もまた変なのよ〜そんな木兎を見て、スターだって言うしぃ〜」
雀田の話は長々と続いた。
▽▽▽
「ね、ねぇ…あれってやっぱり…そうだよね?」
優は彼女に問う。
「多分…そうだよ」
「何で、選手がこんなとこに…まだ時間はあるけど……良いのかよ。
強者の余裕って奴??ムカつく〜」
「優くん…また顔が変になってるよ」
「はっ!?ご、ごめん!」
「ちょっと、お手洗い行くね」
「う、うん…」
はぁ~見られてたよね?と優はここに来るまでのことを思い出す。
音駒が負けて、煽っていた時の顔をミカに見られていたかもしれなかったからだ。
優は未だに彼女の前では、猫を被り続けている。
「何気にしてんの?」
いつの間にか戻ってきていたミカに、ビクッとする。
「優のガラの悪さは今に始まった事じゃないじゃん」
とケラケラ笑いながら、ミカは続ける。
「人の関係は相対的、誰かにとってのクソヤローも誰かにとっては優しい彼氏なんだよ」
「ミカちゃん…!」
と優は彼女を惚れなおす。だが…。
「後ろの彼氏、今、多分、彼女にクソヤロー認定されたけど、大丈夫かな」
後ろの席に座っていたカップルは、優達のやり取りに心配せずにはいられなかった。
「それよりも!烏野16番がいるんだけど!?
なんで?何で!?というか、あれ誰?!彼女なの!?しかも二人も!」
「彼女だろ」
彼氏は適当にそう言った。
いや、適当ではない。彼女であって欲しいと願いを込めて言った。
「私の最推しが…!?二股…?」
▽▽▽
「あの…無理矢理、木兎さんの情報を与えようとしないで貰えます?」
「えー良いでしょ?」
「心配しなくとも、梟谷には真っ向勝負で挑みますよ」
「なにそれ〜策なしで勝てると言いたいの?」
柔らかい言い方で言ってくるが…キッと目は鋭くなった。
ずっと食べ続けている白福の目もこちらを向く。食べる手と口は止まっていないが。
「いえ、コントロール出来そうにない木兎さんが居ますからね、寧ろ策は良くないと思ってます」
「それは確かに」
うんうんと頷き肯定する。
「というか……梟谷と戦う前に、まだ試合は残ってますよ?
次の試合に気を向けるべきでは?」
「それは当然分かってるよ。でも、やることはやっておかないとね。
少しの時間も無駄に出来ない。
綾隆くんが取り乱してくれたら、それはもう!こっちとしては嬉しいことこの上なし!って感じなんだもん」
なるほど、オレに揺さぶりを掛けるためにと。
「無駄ですよ。この程度で崩れるような、育ち方はしてません」
「むぅ~」
「まあ…試合になれば、受けて立ちますよ。どのような策でも」
「随分と余裕だね…」
「ほぼ全てのチームの分析は済んでますからね」
まじ?と顔に書かれている雀田の目を見て言う。
「オレはオレが負けることを想像出来ません。
それとも…あなた達がオレを止めてもらえるのですか?」
「はっ…と、当然!負ける気持ちで試合に挑むチームがどこにあるのよ」
「綾隆くん、意外と自信家だね~~その鼻っ柱ぽっきり折ってあげたい」
面白い表現をするな。
「それはそうかも知れませんね。まあ頑張ってください」
上からの物言いに少しイラっとしていたが、息を整えてから口を開く。
「よ~し、試合になったら、綾隆くんをぶっ潰してやるからね!覚悟しててよ!」
白福は何も言ってこなかったが、食べながらこちらを見て親指を立てた。
「楽しみにしてます」
敵対関係となったが、悪い雰囲気とはならなかった。
「それよりさ〜横のカップル…彼氏が彼女にクソヤロー認定されてたけど大丈夫かな??」
「…大丈夫なのでは…?最近、人それぞれだって気付きましたし…」
「ほぅ…綾隆くん彼女できた?」
「いえ…出来てませんけど」
「えーそうだったの??なら、私が立候補しちゃおうかな〜?」
「……」
それは反応に困るな…。
「はは。冗談だよ。清子ちゃんに怒られちゃうからね」
「……」
それも反応に困る。
「雀田さんは彼氏作ろうと思わないのですか?」
「 今、立候補したんだけど〜。まっ残念ながら出来てません……」
「そうですか……雀田さんほど可愛かったら、幾らでも付き合えると思いますが…」
そう言うと、ほんのり紅くなった。
「か、誂わないで……」
「誂ってませんよ」
「も、もう…いい!」
「かおり…揺さぶるつもりが揺さぶられてどうするの~」
「う、うるさいな…」
「かおりさんって意外とチョロいですね」
少し煽ることにした。
「くっ…!」
『ダァン!』ドシャットを食らわせたかのように、机に肘を打ち付けこちらを睨んで来た。
オレは即座に、すいませんと謝っておくが、一向に収まらない。白福はずっと笑っていた。止めて欲しい。
暫く雑談をしながら、ご飯を食べた。
「そろそろ行かないと」
「そうですね」
店を出て、会場に着き別れる。
オレはまだ時間があるため、会場の外をゆっくり歩いていた。
「何してたの?」
鋭く、鋭利すぎる言葉が心臓を突き刺した。
なるほど、これが言葉の暴力か。今まで使っていた言葉の使用は誤りだったようだ。
ロボットのようにオレは振り向く。
「清水先輩。どうしました?」
オレは得意の無表情で言う。
「何してたの?」
……これは……不味い。
「あの…清水先輩?」
「何してたの?」
さすがに三連続は怖い。
「ご飯を食べてました」
「知ってる」
な、なぜ…。
「かおりちゃんとだよね?」
ん…?な、なぜ…それを…?
全く気配を感じなかった。
清水先輩は前に一歩を踏み出す。
オレは自然と後ろに一歩下がる。
一歩前へ。
一歩後ろへ。
次第に壁際に追いやられ、逃げ道を塞がれた。
「何で知ってるか…知りたい?」
「……はい」
ポケットから携帯を取り出し、画面を開き操作した後、オレに見せる。
インスタッタグラム…??知っているがそれはインストールしたことさえ無い。
というか、部活の皆もやっていないんだが…。
「綾隆は入れてないでしょうけど、普通の高校生はこのインタッタ使用してるからね」
オレと雀田のツーショットがインタッタに載せられていた。なぜだ…白福が写っていない。だがそれはもう黙っていた方がいいだろう。
何を言っても逆効果な気がする。
オレは暫く何も言えず、画面を凝視し続けた。
それ以外に何も出来ることが無いからだ。だが、今回オレは何も悪いことはしていないはずだ。ただ、ご飯を食べに行っただけなのだ。それ以上でも以下でもない。
だから、少しくらいは抵抗しても良いだろう。
「頭が高いんじゃない?」
オレは即座に白旗を上げ、無抵抗に正座する。
何も逆らっては駄目だ。
「あのさ…」
次の言葉が出てくるまでの間に異様な恐怖を覚える。
「私は綾隆が誰と付き合ったり、遊ぼうと別にそれは綾隆の自由だと思ってるよ。」
「……」
そこで区切るが、続きがあることは分かっているため、黙って待つ。
「でもさ、それ、今、すること?」
謎に片言なのが、余計に怖い。
「ちが…」
「嫉妬って知ってるよね?」
オレの言葉を遮るように、被せてきた。そして続ける。
「綾隆に恋愛感情がないのは知ってる。でも…」
なら、切り抜けられるかと思ったが、最後に希望を砕かれる。
「綾隆はそういう体験できない感情を、教科書を作って理解してるんだよね?」
何故それを知っている…。
「分かるよ。マネージャーとして、先輩として、そして……す、まぁ…見てきたからね」
「そう……ですか」
「少し前に…【それは嫉妬と言うやつですか?】と言ったこと、忘れてないからね?」
駄目だこりゃ。逃げ道は無いようだ。
それは確かに、ケガをした後の合宿のときに言ったな。
「その時に嫉妬は学んだはず。
もう一度聞くよ?嫉妬って知ってるよね?」
「はい」
「ならさ、今、それをすることじゃないのは分かるよね?」
「はい」
「かおりちゃん…好きなの?」
「いえ」
オレは即座に否定する。
「なら、どうして行ったの?
行くのは終わってからでいいんじゃないの?チームに悪影響がでるかも知れないのに」
「木兎さんの分析をと…」
「出来た?」
「出来……ませんでした」
「何で行ったの?」
「すいません」
淡々と答えるが、淡々と聞いてくる。
「心配させないでくれるかな?」
「はい、すいません」
なるぼど…オレに揺さぶりを掛けるのではなく、清水先輩への揺さぶりだったのか。
これは…やられた。
「ちゃんと、私達のことを考えて」
「はい」
その後、子猫を持ち上げるかのように、オレの首根っこを持ち上げ、戻るように促した。
機嫌の悪い清水先輩のご機嫌取りを行うのが辛かった。非常に…。
この機嫌の悪さで勝てるだろうか?と少し心配を覚えてしまった。
試合前の勝負は梟谷のマネ達に完敗だな…。
試合になったら、借りを返させてもらおう。オレはそう硬く決意した。