1000年前宿儺に緊張を与えた術師   作:でちずむ

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1000年前宿儺に緊張を与えた術師

 目を閉じれば昨日の事のように思い出す。

 

「お前が両面宿儺か?」

「……何者だ」

 

 約1000年前に空から落ちてきたイカれた人間との最初の出会い。

 そしてほんの少し──1000年もの時を過ごした宿儺からすれば瞬きの間にも及ばぬ時間の中の1000年にも勝る濃密な時間を。

 

 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 

 

「……何者だ」

 

 空から降ってきた人間──恐らくは呪術師──に対してそう尋ねる。

 とは言え、大方予測はついている。

 俺を恐れた朝廷の刺客、つまりはこれまで殺してきた奴とさして変わらん存在だろう。

 

 常ならば名すら聞かずに殺していたが、今は些か気分が良い。

 名前くらいは聞いてやってもいいだろう。

 覚えるつもりはないし、名を聞いたら即座に殺すが。

 

「知らん」

「……はぁ?」

 

 返ってきた言葉はあまりにも頓痴気めいた言葉。

 もしや此奴ただの気狂いかと呆れ、嘆息し、もういいかと名前すら聞かずに呪力を練り上げ斬撃を放つ。

 

 まるで作業のように何の感慨も抱かずに目の前の人間を縦に両断する為に放たれた不可視の斬撃は然し──

 

「クハッ」

 

 ──術師が半歩横にズレた事によって不発に終わった。

 

「俺が何者であるか、それはお前達が決めればいい。俺は俺だ、何者だと聞かれても俺としか言えん。名を聞いているのならば……覚えていない。今生では名を呼ばれることは片手でも事足りるほどになかったからな」

 

 それに……と術師は言葉を続ける。

 

「今から呪い合う者同士、言葉は必要か?」

 

 術師が胸の前で何かを握り潰すように拳を握ると同時に練り上げた呪力を解放する。

 その波動を受けてほんの少しだけ口角が上がる。

 

「ケヒッ」

 

 少なくとも今まで殺してきた者達よりかも幾分か楽しめそうだと湧き上がる衝動を抑えることもなく、眼前に立つ男に向けて術式を展開する。

 

「いいぞ、少しは楽しめそうだ」

 

 だから、そう。

 そうまで息巻いていてまさかこの程度で死ぬ事など有り得まい? 

 

 術式が展開されると同時に放たれる複数の不可視の斬撃。

 先程のものよりも威力、速度、数……どれをとっても比較にならぬほどのものだ。

 それを前に名も無き術師は浅く息を吐き、触れば鯰切りにされる斬撃の中に真正面から踏み込んだ。

 

「ほう」

 

 だと言うのに名も無き術師はその斬撃の中を悠々と歩き、剰え擦り傷所か土埃ひとつ付けずに突破した。

 見えているのか、或いは御厨子から生じる斬撃に別の何かを感じ取っているのか。

 

 まあ、どちらにせよ──

 

「良い」

 

 少なくとも前の奴よりも喰い出があると笑みを深めた──瞬間、ドォン! とまるで大砲の如き破砕音が鳴り響いたと同時に術師が己の懐に踏み込んでいた。

 

 ──速い。

 

 距離にして10m、術師が踏み込む前にいた場所だ。

 その距離から宿儺の視界からほんの一瞬、僅かではあるが消えるほどの速度。

 加えて加速の入りが全く見えない。

 

 ギチリと拳を握り締めるにはやや異なる音が聞こえ、気付けば本能的に4つの腕を交差させて攻撃に備えた。

 が、当然の如く防御ごとぶち抜くような鋭い衝撃が腹部を襲った。

 

「おっ、おお」

 

 後方へ大きく下がる。

 ジンジンと痛む腹、視界がグラつくほどの嘔吐感。

 防御した腕はただの一撃で痺れ、まともに動かない。

 

 それを前に宿儺は裂けるような笑みを浮かべた。

 

「楽しめそうか?」

「ククッ、少なくとも今まで殺してきたどんな奴よりもな」

 

 愉快だ、まさかこんな奴がまだ世にいたとは思いもしなかった。

 

 反転を回し、肉体の異常は全て完治させる。

 

 たった一撃で手を抜けるような奴ではないと理解した。

 同時に彼奴はまだ本気を出していないということも。

 先の一撃は此方の認識を改めさせるもの……両面宿儺という存在の命に手を掛けられる存在なのだと理解させる為の一撃だ。

 

 ──きっと、今日は忘れられない日になる。

 

 笑みを深めたままに神武解、飛天を構え、呪詞を唄い、手印を結ぶ。

 加減はなし、全力で殺すと嗤う宿儺を前に名も無き術師もまた楽しげな笑みを浮かべ、全身に滾る呪力を満たした。

 

 刹那にも満たぬ静寂が空間を満たし──

 

「「領域展開」」

 

 瞬きの間に両者激突。

 開戦の号砲代わりに天が四方に捌かれ、地が砕かれた。

 

来いッ!

行くぞッ!

 

 ゲラゲラと酷く愉快そうな声とクハハと何処か壊れた様な歓喜の声が二人だけの戦場に響いた。

 

 

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 斬撃が乱れ飛ぶ、炎が舞う、万象を砕かんとする拳が振るわれる。

 どれか一つでも当たれば即死するような致死量の空間の中で、然し両者共に無傷だった。

 

「ハハハ! 良い、良いぞ!」

 

 宿儺は目の前の術師を称賛せずにはいられなかった。

 凡そ類を見ない特大級のイカれた人間。

 宿儺を以ってしても舌を巻かざるを得ないほどの暴力性。

 

「フンッ!!」

 

 八分割にせんと迫る御厨子の斬撃がただの拳に砕かれる。

 炭も残らず焼き付くそうとする炎が腕の一振で吹き飛ばされる。

 

 そして何よりも──このイカれた身体能力。

 

 瞬きの間に間を詰められ、拳を振るわれる。

 それに対してその腕ごと串刺しにせんと飛天を突き出す……が。

 

 ゴギィンと肉と鉄がぶつかる音とは程遠い硬質な音が響く。

 メキメキと軋む音が鳴り、術師が強引に振り抜いた拳が宿儺を吹き飛ばした。

 間髪入れずに追撃を繰り出そうとする術師に神武解を振るい、雷撃を落とす事で阻止する。

 

「これも躱すか」

 

 天の裁きのように降り注ぐ雷を当たり前のように避け、襲い来る斬撃も身を捩るだけで躱している。

 

 ──宿儺の領域は今も展開されている。

 

 閉じない領域である伏魔御厨子が展開されている以上、術式効果の必中は存在する。

 だが、現に目の前の術師にはそれが全くと言っていいほど、適用されていない。

 

 領域の中で平然と無法を敷く術師を見て宿儺は笑う。

 

「それがお前の術式か」

 

 開幕と同時に両者共に領域展開を行った。

 当然、領域同士の鬩ぎ合い起きる──はずだった。

 領域同士の鬩ぎ合いは起こらず、ならば術師の領域があっさりと押し負けたのかと言えばそうではない。

 

 術師の領域が通常とは全く異なる領域だったのだ。

 

「ああ、そうだ。存外面白いものでな」

 

 宿儺の閉じない領域に対して術師の領域は満たす領域。

 即ち──あれは自分一人のみを満たし続ける領域だ。

 体の内部を領域で満たし続け、伏魔御厨子の領域内から浮いた存在になることで領域効果の必中効果を受け付けない。

 

 かといって鬩ぎ合いの果てに破壊しようとしても領域の密度があまりにも異常。

 少なくとも今の条件の御厨子では破壊は出来ない。

 

 加えてその在り方が術師の術式と相性が良すぎる。

 

「俺の術式は理を殺すことに特化している。まあ、簡単に言えば干渉してくる呪術の無効化といったところか」

 

 己こそが唯一絶対の法であると定め、他者に干渉するような呪術の一切を無効化する術式。

 一見すると強力な術式のように見えるが、実際の所はそうではない。

 

 何故ならば自分に対して干渉する呪術に対しては滅法強いが、そうでない術式……例えば両面宿儺の伏魔御厨子のように斬撃による物理攻撃を主体とするような術式には無効化が適用されないのだ。

 

 干渉できるのはあくまで自分の体に触れ、干渉しようとしてくる部分のみ。

 

 純粋な破壊力のみを主とした攻撃には何の意味も有さず、純粋な格闘戦でしか戦うことが出来ない。

 故にその術師は──

 

「オッ、ラァァッ!!」

「チィッ!」

 

 ──ただひたすらに肉体性能のみを鍛え続けた。

 

 空けたはずの間合いは一踏みで潰され、加速の乗った拳が宿儺を襲う。

 風切り音すらならずに大気ごと殴る様の何たる事か。

 暴力という言葉を人の形にしたのなら、きっとこの術師のようになるだろう。

 

 一撃一撃があまりにも重い。

 まともに喰らえば一撃で壊されるだろう重撃を宿儺は躱し、逸らし、受け流しと決して正面から受け止めぬように応戦する。

 

(干渉する呪術の無効化……御厨子の必中を無効化しているのは恐らくそれだ。不可視の御厨子の斬撃に反応しているのもそれを応用しているのか?)

 

 近接戦は分が悪いと宿儺は真正面からの乱撃を只管躱し、距離を取り続ける。

 避けて、避けて、時折反撃とばかりに蹴りや打撃を繰り出すが尽く処理される。

 

(それに……)

 

「解」

「っ!?」

 

 細切れにするような細い斬撃ではなく、斬撃を束ね太く強靭なものへと変換して放つ。

 迫る極大の斬撃──それを前に術師はニィッと凶暴な笑みを浮かべて斬撃の横合いに拳を叩きつけて攻撃を逸らした。

 

(斬撃は触れたとしても無効化出来ていない。つまりは無効化の対象外か。……だが、それなら何故触れられる? 何故弾ける?)

 

 明後日の方向に突き進む斬撃を傍目に宿儺は思考を高速回転させながら砲弾のように突進を繰り出す術師を紙一重で回避する。

 そのすれ違い様に神武解を突き立てようと振るうが相手もまたすり抜けるように回避した。

 

(まだ情報が足りんな)

 

 頭部目掛けて放たれた回し蹴りを躱し、そのついでとばかりに足を捕まえ圧し折ろうと力を込める──が。

 

(硬い!)

 

 己の膂力を以てしても握り潰す所か、骨を軋ませることすら出来ぬほどの頑強さ。

 呪力で強化をしているにしてもこの頑強さはあまりにも──

 

「ハッ!」

 

 そう考えた瞬間、視点がブレた。

 この術師はあろう事か、足を捕まえた宿儺ごと足を振り抜き、宿儺を宙へと引っ張り上げたのだ。

 

「しっかり着いてこいッ!」

 

 片足だけで跳躍したというのにバガンッと地面が砕ける音と共に一瞬で遥か上空へと飛翔する。

 

「空で殺しあった経験はあるか?」

 

 浮かぶ笑みはあまりにも凶暴で凶悪。

 逃げ場など一切ない空中へ放り出された宿儺だったが、その顔に浮かぶ表情は絶望──ではなく、術師と同じ凶悪極まる笑みだった。

 

「捌いてやろう」

 

 傲慢不遜極まる笑みのまま、宿儺は術師の眼前に指先を向ける。

 

「解」

 

 一瞬のうちに細切れにする斬撃の嵐を前に術師は鼻で笑い、拳を振るう。

 それだけであっさり斬撃の嵐は蹴散らされ──

 

()

「チィッ!」

 

 ──その直後に飛び出してきた炎に舌打ちをしながら空中を蹴って回避をした。

 

 豪炎は空を焼きながら大地へと着弾する。

 そして僅かにおくれて炎が花弁のように広がり大地を舐めるように焼き尽くす。

 ただの一撃で焦土と化した大地に目もくれず、宿儺は笑みを浮かべていた。

 

「避けたな?」

 

 先程のように腕を振って掻き消したわけでもなく、無効化したわけでない。

 迫る炎の矢に対して奴はその場から離れて回避行動を取った。

 

 つまり──今の攻撃には奴を害するに十分な要素があったということだ。

 ならば……その条件は? 

 

「そら、もっとだ」

 

 二の矢三の矢と矢継ぎ早に放たれる炎に対して術師は嘲笑い、腕を振り抜く。

 たったそれだけで炎の矢は正面から掻き消され、なお勢いの衰えぬ拳圧が暴風となり、宿儺を襲う。

 

 が──

 

「解」

 

 襲い来る暴風を正面から細切れにし、術師にお返しとばかりに殺到する。

 

「鬱陶しいッ!」

 

 だが、縦に振り下ろされた手刀が何もかもを粉砕し、そのままの勢いで空を切り裂きながら斬撃が飛んでくる。

 それに目を見開きながらも半歩ずれることで迫る斬撃をやり過ごした。

 

「クハッ……!」

 

 そう、やり過ごした。

 だと言うのにあの術師が拳を握り締めた自分の目の前にいた。

 

 ──先の攻撃は囮か! 

 

 目眩し代わりに放たれた斬撃に気を割かれたほんの一瞬の内に移動していた。

 ただでさえ、僅かに視界から消え失せるほどの速度で加速の入りの瞬間すらも分からない術師が目眩しを使えば知覚すら出来んのか、と初めての感覚に宿儺は危機的状況下だというのに深い笑みを浮かべる。

 

「シッ!」

 

 深く短い呼吸音と共に腹部目掛けて放たれた拳。

 宿儺ですら集中することでようやく目で何とか追えるほどの速度で放たれた拳を身体を捩ることで紙一重で躱した。

 

 だが、ブシュウと血が吹き出る音と共に脇腹に鈍い痛みが襲ってきた。

 確実に躱した、それは間違いない。

 ならば何故脇腹が抉られているのか。

 

 それは術師がもう一度放った拳が答えとなった。

 

 今度は目で追う事すら出来ないほどの速度の拳が放たれた。

 それに対して宿儺はほとんど勘で横へと大きく飛び避けた。

 

 そして見た。

 

「フハッ……なるほど」

 

 術師が放った拳の一直線上にあったものが粉砕されていたのだ。

 つまり、あの時躱し切ったはずだというのに脇腹を抉られたのは拳圧──拳が通り過ぎたことによって発生した風圧によって削り取られたのだ。

 

 ……つくづく、面白い。

 

「いいぞ、そうでなくてはなァッ!?」

 

 抉られた脇腹に反転を回し、超速再生を行う。

 まるで時が巻き戻ったかのように宿儺の傷が癒えていく。

 

龍鱗』『反発』『番いの流星

 

 謳う、唄う、詠う。

 宿儺が呪詞を唱える度に増す濃密な死の匂い。

 

「これで死ぬなよ?」

「──ッ!」

 

 術師に向けて手を向ける。

 

『解』

 

 放たれるは今までとは比較にならぬほどの巨大かつ強力な斬撃。

 糅てて加えて今宿儺達がいるのは空中だ。

 よって障害物が一切ない以上、他の障害物による解の擬似目視は叶わず、どれほどの速度で接近しているのかすらも分からない。

 

 ──さあ、どうでる? 

 

 口角を歪ませ、宿儺は術師を見る。

 

理殺

「──!」

 

 引き絞られた矢のように放たれた術師の拳が解とぶつかる。

 ギャリギャリギャリと削っているかのような異音を鳴り響き──そして解が砕け散った。

 

 解が破壊された衝撃が空に響き渡り、雲が薙ぎ払われる。

 そして二人は数分ぶりに地面へと同時に着地した。

 

「ケヒッ、ハハハハハハッ!」

 

 今ので合点がいった。

 

「見えているな? 俺の術式が!」

 

 目、目だ。

 解を迎撃する際にあの術師の目から確かに呪力を感じ取った。

 つまりはあの目は少なくとも六眼のように特殊な効果を持つ目であると考えてもいい。

 

「そして……もうひとつ分かったぞ」

 

 裂けたような笑みを浮かべる宿儺。

 その視線の先にあるのは解を破壊した術師の腕──そこから確かに流れ落ちている血だ。

 

「貴様の術式は壊せる物の限度があるな? それが強力であればあるほどに壊すのにも時間がかかると同時に相手の術式の効果も反映されやすくなる」

 

 問答無用の無効化ではない。

 込められた呪力量と威力に比例して無効化できる上限が決まっている。

 無効化しきれなかった分は当然ダメージとして残る。

 

 つまり此奴を殺すのならば──

 

「物量による攻撃ではなく、質による一点突破」

「……ああそうだ。俺を殺すにはそういうやり方でなければ殺せない。ついでだ、もうひとつ教えといてやる」

 

 術師の腕の傷が反転によって治される。

 

「俺が一度に無効化できるのは一つの術式だけ。つまりは複数の術式が同時に飛んでくると一個は無効化出来てももう一個は無効化できない」

 

「成程、故にあの時避けたのか」

 

 ■を避けたあの瞬間、偶然ではあったが御厨子による解と■はほぼ同時に向かった。

 だからこそ避けたのだろう。

 

 ……術式の開示による威力向上。

 少なくとも先の攻撃ではもう突破することは敵うまい。

 それに──この術師、全ては語ってはいまい。

 

 まだだ、まだこの術師は楽しめる。

 

 笑みが深くなる。

 かつてここまで楽しめたことがあっただろうか? 

 いいや、存在しない。

 

「ケヒヒ」

 

 伏魔御厨子を解除する。

 少しの間領域は使えんが、今の御厨子ではあの術師に対して何の効果も挙げられまい。

 決着をつけるにはより強力かつ、奴の術式を破壊するほどの密度と規模で再展開せねばなるまい。

 

 その間は少し苦しい戦いになるだろうが──良い。

 

 それもまた一興だろう。

 

「来い、術師。まだまだ俺を楽しませろ」

 

 飛天と神武解を握り締める。

 互いに凶悪な笑みを浮かべ──次の瞬間には大地が、大気が鳴動するほどの衝撃と共に激突した。

 

 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 

 

 宿儺と術師が激突する度にクレーターが発生する。

 大地に深い斬撃の痕と底が抜けたように陥没していく。

 刻み、殴り、燃やし、蹴る。

 

 互いの攻撃が交わされる度に周囲一帯が壊滅的な被害を受ける。

 まるで終末世界のように草木一本所か生物の気配すら感じ取れぬ死の荒野が二人の周りには拡がっていた。

 

「ハハハハハハッ!!」

 

 歓喜で壊れた様な幼子の如き哄笑が荒野に響く。

 印を結び、呪詞を詠うことで威力が大幅に引き上げられた解を真正面から破壊される。

 ありとあらゆるものを切断する斬撃が掴まれ粉砕される。

 

 尽くが未知で、尽く面白い。

 

 俺の術式を真正面から何もかも破壊しながら突っ込んでくる奴など存在しなかった。

 俺の命に平然と手をかけてくるような存在などありはしなかった。

 

 ──喜悦、愉悦、悦楽、快楽。

 

 凡そ宿儺今まで感じてきたもの全てを優に超えてくるほどの快楽の波にただただその身を晒していた。

 

「叩き割ってやろう」

 

 解を何重にも重ねた一撃がただの拳によって砕かれた。

 そしてそのまま目にも止まらぬほどの速度で己を猛追し、拳を握り締める術師。

 その姿に背筋を凍てつくほどの死を感じた。

 

 笑みが深くなる。

 

「オラァッ!」

 

 反射的に跳ぶことで術師の攻撃範囲から回避する。

 キュボッと妙な音が聞こえた瞬間には術師の腕は振り抜かれており、その威力は直線上あった地面を削り取っていくほど。

 数百m先に存在した岩がその暴力的なまでの衝撃波に襲われ、粉微塵に砕け散る。

 

 何処まで鍛えればこのようになるのか。

 

 戦いの最中だというのにそんなことを考えずにはいられない。

 

「焼けろ」

 

 振るうは神武解。

 空から裁きのように降り注ぐ雷撃に対して術師は真っ向から拳を振り抜き、雷撃を粉砕するという世界法則にすら喧嘩を売っているかのような現象を引き起こす。

 

 ……つくづくイカれている。

 

 そう思いつつも拳を振り切って隙を晒している術師の顔に向けて蹴りを叩き込む。

 メキリと骨が軋む音が聞こえたのは一体どちらからだったのだろうか。

 

 吹き飛んだ術師が頭から岩へと突っ込んでいく姿を他所に奴を蹴り飛ばした足がジクジクと痛むのを感じる。

 

「単純明快──だがそれ故に厄介だな」

 

 強く、硬く、速い。

 言ってみればあの男はそれだけだ。

 それだけであるからこそ実に厄介でやりにくい。

 

 変に小賢しい術式を振り翳す様な輩よりも遥かに厄介だ。

 

 飛天も神武解も御厨子も炎も未だ奴に有効打を与えられん。

 となるとやはり必要となるのは──

 

「領域、だな」

 

 ──領域展開による威力向上を乗せた上で奴を打ち破ること。

 

「まさかその程度という訳では無いだろうな」

 

 岩に高速で頭から突っ込んだというのに傷所かかすり傷すら見受けられない。

 寧ろ、心底楽しそうに笑って此方を煽る姿に宿儺もまた、笑みを浮かべる。

 

「何、お前を殺す算段はもう付いたとも」

「ほぉ? 面白い。なら、殺される前にお前を殺すとしよう!」

 

 ゴキゴキと体の骨を鳴らしながら此方に歩み寄る術師。

 それに対して宿儺は構えを見せた。

 

「──!」

領域展開

 

 

 

伏魔御厨子

 

 

 

 鏖殺の斬撃の結界が開かれた。

 

「くだらんな。この程度の斬撃ではいくらやっても俺に傷なぞ──」

 

 当然、今までの御厨子であればこの術師に切り傷どころかかすり傷一つすら付けられないだろう。

 だが──

 

「お?」

「ククッ……!」

 

 ザシュ、と斬り裂くような音が響いた。

 

「なるほど、これは……!」

 

 次の瞬間、術師が赤に染まった。

 今まで薄皮すら切れなかった御厨子の斬撃が術師を刻んでいた。

 大量の血飛沫が飛び散り、大地を赤く染め上げる。

 

 その様に宿儺はゲラゲラと大笑する。

 

 宿儺が術師の術式を破る為に行った条件の改変はこうだ。

 

 一つ、伏魔御厨子の効果範囲を半径20mへと限定させる。

 二つ、飛ばせる斬撃は一度10個までと限定させる。

 三つ、領域展開中は敵の術式を破壊もしくは解除できるまで御厨子の斬撃以外使用不可。

 

 以上の縛りを以て威力と密度を大幅に向上させることで術師の領域にヒビを入れることに成功したのだ。

 

「成程? 中々良い発想だ。こうでなくてはつまらん」

 

 領域は既にヒビが入り、十全に機能しない。

 わざわざ領域の押し合いが発生しないように内に閉じるという性質を付与したというのにそれを圧倒的な呪力量と出力で無理矢理ヒビを入れてこじ開けてくるなど思いもしなかった。

 そう時間も経たない内に領域は破壊されるだろう。

 

 流石だ、流石は呪いの王。

 

 だからそう──

 

「まだ引き上げても良さそうだ」

 

 ガギンッと硬質な音が鳴り響いた。

 

「──!」

 

 次いで術師の全身から白い蒸気が立ち上がり、刻まれていた傷が瞬く間に修復されていく。

 反転術式による回復──だがそれ以上に。

 

「自ら領域を解いたか!」

 

 術師の領域が消えたことで術式を常時無効化することは出来ない。

 故に当然、宿儺が取る手段は一つ。

 

 圧倒的なまでの斬撃の嵐による殺戮である。

 

 殺到する斬撃を前に術師は嗤い……そして正面から宿儺に向けて歩みを進めた。

 斬撃と術師がぶつかると同時に金属音のような酷い不協和音が鳴り響く。

 

「そら、これはどうだ?」

 

 振り抜かれる拳。

 自身から離れているというのにその拳から感じる圧力は今までよりも──! 

 

「うっ!?」

 

 背筋に悪寒が走る。

 本能的に呪力を防御へと廻し、四本の腕を交差させる。

 拳圧による攻撃ならば耐えられると踏んでの行動だった。

 

 だが、しかし。

 

「……ハッ、やるなァ!」

 

 そう思って受けた結果がこのザマだ。

 

 宿儺の腕は全て引き千切れ、果てにその腹部にくっきりと見えるほどの拳の後が刻まれていた。

 術式に回していた呪力を全て肉体性能に振り切っている。

 故に、今までとは比較にならぬほどの頑強さと強さを持つ。

 

 あまりにも硬すぎて解による斬撃では刃が通らん。

 

 であるのならば、必然的に取れる択は捌か、もしくは炎による焼殺になるが……。

 

「流石に、か?」

 

 少なくとも今の術師に何の策もなしに近づくのは自殺行為だろう。

 どう見繕ったとしても身体能力だけで言うのならば宿儺は術師の足元にすら及ばない。

 下手に近接戦を仕掛けようものなら何をされたのか理解することすら出来ずに殺されるだろうと確信にも似た推測を立てた。

 

 宿儺は反転を回して千切れた四本の腕を回復させながら油断なく術師を見据える。

 

(今の一撃で神武解も飛天も吹き飛ばされたか……。下手に取りに動こうものならその隙を狙って潰される。今の彼奴からは瞬きの時間すらも目を離せん。であれば──)

 

「これはどうだ?」

 

 炎が螺旋を描く。

 あまりの熱量に空間すら歪んでいるかのような業火が引き絞られ、一本の矢へと変貌する。

 

 それを見た術師は明確に表情を崩した。

 目を見開き、驚愕に染まったように──されど次の瞬間に大きく裂けるような笑みを浮かべていた。

 

「クハッ」

「ケヒッ」

 

 共に嗤う。

 ああ、分かるとも。

 

「灼けろ」

 

 圧縮された業火は放たれ、天にまで届くほどの火災旋風へと変貌する。

 正に災害そのもの、人の身では到底抗えぬ業火のうねりに対して術師は──

 

「ここからだな」

 

 術式が焼き切れたまま災害に真正面から立ち向かった。

 

 そして当然の如く術師は業火に飲まれ焼き尽くされる。

 皮膚が溶ける、肉が燃える、骨が焦げていく。

 およそ全身の水分という水分が吹き飛び、瞬く間に炭化する──はずだった。

 

「クハッ、ハハッ、ハハハハハハハハッ!!!」

 

 燃え盛る業火の中で狂ったような笑い声が聞こえる。

 滾った鉄板に水をぶっかけたような音が鳴り響く。

 燃え盛る業火の規模が徐々に小さくなり始める。

 天にまで届くような業火の勢いは衰え、やがてはボヤにもならぬほど小さな火種へと変わる。

 

 ──知っていたとも、信じていたとも。

 

「この程度の炎で俺を殺すにはまだ足りんな」

 

 全身が焼き焦げ炭化した術師が炎を踏み潰して現れる。

 焦げた皮膚がバキバキと音を立てながら剥がれ落ち、傷一つない瑞々しい肌が現れる。

 

 反転術式──それも宿儺でさえ、イカれていると言わざるを得ないほどの出力と技巧。

 あの『炎』を正面から受け止めきれるほどの尋常ならざる反転術式。

 

「ふむ、まだ足りないか……。あと少しで何かが──」

 

 ──お前は必ず生き残ると。

 

 だからこれで終わり。

 

 何か思案していたような表情を浮かべていた術師が気づくよりも速く印を結びながら接近する。

 術師が残り2mの所で接近する宿儺に気がついた。

 それと同時にギチリと筋肉が軋むような音が宿儺の耳に届いた。

 

 ──いいだろう、片側はくれてやる。

 

 宿儺の2本の手が術師の腹を捉え、放たれた術師の拳が宿儺の頭目掛けて振るわれる。

 それを残る2本の腕で全力で逸らす──が、僅かに斜め下にズレた程度。

 間違いなく直撃は貰うだろう。

 

 だが、問題はない。

 即死は免れる。そう判断した宿儺は呪力を練り上げる。

 術師からの攻撃を最小限に抑える為に? 

 

 否、宿儺が狙うは──

 

 術師の拳が宿儺の体に触れた瞬間、黒い火花が飛び散り──そしてそれこそが術師にとっての最大の失敗だった。

 

 高まりすぎた拳の威力は呪力を纏った宿儺の体を容易く打ち抜き貫通してしまった。

 左肩から脇腹にかけて大穴が出来る──けれどそれだけ。

 高まりすぎた拳の威力は宿儺の体を障害物として認識することも出来ず、殴り飛ばして距離を取るということが出来なかった。

 

 故に──宿儺は術師に触れたまま術式を発動させた。

 

 

 

 

 伏魔御厨子によるバフ、そして印によるバフを合わせ、対象の呪力量、そして強度に合わせて切断する捌。

 宿儺は自身の呪力総量が残りわずかになるほどの莫大な呪力が持っていかれるのを感じ──そして笑みを浮かべた。

 

「見事だ、名も知らぬ術師よ」

 

 術師の体が上下に別れた。

 ズルリと崩れ落ちた上半身が後ろへと倒れ落ちる。

 

「俺は生涯お前という最大の敵を忘れることはないだろう」

 

 ドサリと地面に崩れ落ちた術師の姿を見て、宿儺は背を向けて反転術式で欠損した部位を治す。

 

 強かった、過去戦った誰よりも強かった。

 戦っていてつまらんとは一度たりとて思わなかった、思えなかった。

 初めて心から満ち足りたような満足感──初めてにして恐らく最後になるであろう余韻を噛み締める。

 

 そしてこの場から去ろうと一歩、歩み出した瞬間。

 

ハ、ハハ、ハハハハハハハァッ!!!

 

 分断され、確かに死んだはずの術師の方向から大哄笑が聞こえる。

 かつてないほどに全身を襲う悪寒──五臓六腑に氷塊を叩き込まれたかのような不快感。

 

 思わずその場から勢いよく距離を取り、振り向いたその先にいたのは──

 

「ようやく掴んだぞ! そうかそういうことだったのか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 腹から真っ二つに両断したはずの術師が確かにそこに立っていた。

 いや待て、両断した時の傷はまだ治っていない。

 今も両断した腹からは血が吹き出している。

 

「ああ、そうだ──感謝ついでにひとつ教えておいてやろう」

 

 術師は両断された体のまま動き出す。

 

「殺し切るならちゃんと頭を消し飛ばさなくてはな?」

 

 コンコンと頭を叩く術師に対して宿儺は目の前で起きている現象が理解できなかった。

 

 何だこれは、一体何が起きている。

 どんな理屈で此奴は動けている。

 腹から切断された以上、呪力は練れないはずだ。

 よしんば頭部が無事だったおかげで反転を使えたとしても先程の炎に焼かれた際に大量の呪力を消費したはずだ。

 その直後に切断したのだ、反転を使えるわけがない。

 

 いやまさか──

 

「貴様、反転術式を使っていないのか!?」

 

 腹から未だ零れ落ちる大量の血。

 反転術式によって治したのならば今頃止まっているはずだ。

 それでも血が零れているのは反転術式を使っていない証拠で──ならどうやって切断されたままの体で動いている。

 

 人の体は両断されて尚自由に動くことは出来ないはずだ。

 そういう風に作られていない。

 ならば術式の効果か? いいや、違う。

 あの術師は言っていたではないか、自分の術式は呪術を無効化させるもの、理を殺す術式だ、と……──まさか! 

 

「反転術式? ああ、今はそんな不純物なぞどうでもいい。俺は漸く俺だけで満ちることが出来た。邪魔だった世界の理すらも入る余地なんて無い」

 

 ゴクリと無意識に喉が鳴った。

 

「俺は俺だ。俺こそが唯一無二。俺を縛れるものは──」

 

 全身が総毛立つ。

 

「──もう存在しない」

 

 生まれて初めて感じた全身が竦むような感覚。

 濃密な死の気配を垂れ流す術師の一挙一動に目が離せない。

 

 来るぞ、来るぞ来るぞ来るぞ来るぞ──! 

 

領域展開

 

 

 

常世滅尽

 

 

 世界法則から抜け出した化け物が笑う。

 己のみを唯一絶対の法と定めた理外の存在が宿儺の前に降臨する。

 

 初めて宿儺の全身に緊張が走った。

 残る呪力は一割以下、反転術式どころか領域展開すらできるか分からない。

 仮に呪力が漲っていたとしても目の前の化け物に勝てるかすら怪しい上に、手元には飛天も神武解すらもない。

 

 どうしようもないほどに絶望的な状況──だと言うのに。

 

「ククッ」

 

 湧き上がる歓喜の情。

 敗色濃厚なこの戦いに対して心から喝采を上げたかった。

 

行くぞ

来い

 

 笑う笑う、両者共に笑う。

 ただただ楽しそうに、純粋な子供のように笑った。

 そして──世界が砕け散った。

 





名も無き術師:自分自身が法と定めることでこの世の全てから逸脱した野生のゴリラ術師。
設定の元ネタは神座シリーズの求道神より。
領域展開って神座の創造に似てんなーと思ったのが今作の由来。
今後すっくんが初手頭輪切りするようになった大戦犯。

宿儺:この後なんやかんやあって生き残る。
この世界線の宿儺は割と虎杖に期待してる。
が、それはそれとして評価はかなり辛め。
なので楽しむ為にボロクソにするね。
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