1000年前宿儺に緊張を与えた術師   作:でちずむ

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 ──ある術師の話をしよう。

 

 その術師は生まれながらにして異質だった。幼き頃より大の大人相手でも適わぬ怪力を誇り、村一番の知恵者よりも賢かった。

 

 だが何よりも異質なのはその瞳だった。

 

 それは未来にてこう呼ばれる──千里眼と。

 

 万物を見通す瞳、六眼とはまた異なる別種の魔眼。意図的に閉じなければどんなものであろうが容易く暴いてしまう。

 

 故にある種の怪物と呼べる子に対して村の者達は恐れを覚えた。しかし幸運な事に当時の村人達は過ちを起こさなかった。

 

 その術師を忌み子として扱うのではなく、神の子として扱い始めたのだ。

 

 呪いを祓い、いかなる怪我も触れるだけで完治させる異能。加えてもはや村の者達ではどう足掻いても適わぬほどに賢く、そして強くなっていた。

 

 それは呪術師としての技能だったが、それを知らぬ村人達からすれば神に等しい力でしかない。■■と呼ばれていた術師はいつからか生みの親からすらも神子様と呼ばれるようになり、術師自身も次第に己が名を忘却した。

 

 ……そこで終わっていれば互いに幸せなままでいれただろうに。

 

 神子としての噂は次第に村の外へと伝播し始めた。噂が噂を呼び、その噂を聞き付けた人間達が救いを求めて術師の下へとやってくる。

 

 そして不幸なことにその術師には彼等の救いを叶えるだけの力があった。

 

 軽傷重傷問わず生きてさえいるのであれば瞬きの間に完治させ、失った四肢や臓器すらも生やした。

 その知恵と千里眼を以て村人達の生活を豊かにすることで飢餓の恐れを消していった。

 村の治水を行い、衛生観念を正していくことで病気に恐れることも減っていった。

 災害とも呼べる災禍は腕の一振で全て消し去った。

 

 その姿に村人達は神を幻視した。

 神子様と呼ばれていたのが何時しかカミサマと呼ばれるようになるのはそう時間のかかることはなかった。

 

 そしてそのカミサマを中心とした宗教が出来上がった。

 

 名を「楽園教」と。

 

 カミサマを中心とした楽園。そこには穢れや飢えも存在しない極楽浄土であるとされ、人々の熱狂の渦は更に拡大していく。

 

 増え続ける信者、信仰の熱は上がり狂信へと狂っていく村人達。

 

 人は一度満たされれば更に求め始める。

 もっともっとと彼等が信仰するカミサマに浅ましく強請り、救いを求めてやってきた新参者に対して厳しく当たる。そしてあっさりと腐敗していく楽園教。

 

 その頃だった、術師には生まれてからずっと感じていた違和感が更に強くなったのを自覚したのは。その違和感の正体は自分を異物だと捉えてしまう、或いは自分以外の全てを同じ人間と認識することが出来ない。

 

 カミサマ、カミサマと呼ばれる度に違和感は強くなっていく。最初は人であったはずの村人達が何時しか蛆の姿と重なり始める。

 

 膨れ上がり続ける違和感はやがて狂気的な渇望へと変化する。

 

 自身が異物ではない場所へと行きたい、同じ人間に出会いたい。

 

 その渇望を抱いたまま同じ人間が来るのを待ち続けて──ふと全身を這う蛆に目がいった。何だこれは気持ちが悪いぞと極々当たり前のようにそれを払った。

 

 何処も彼処も蛆まみれで気色が悪いと術師はその蛆達に向けて術式を放った。次々に蛆が消し飛んでいき、やがてその場に残ったのは術師一人だけだった。

 

 そして楽園教は歴史に名を残すこともなく、元々存在しなかったように滅び去った。

 

 自分以外何も存在しない場所に術師は少しの安らぎを覚えたが、もう一つの渇望である自分以外の人へ出会いたいという渇望の為にその土地を後にする。

 

 後に術師は知ることになる。

 結局、内も外も蛆に塗れているのだと。

 

 

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 ──明らかに先程とは様子が変わっている。

 

 つい先程までは荒々しく猛り狂うような奴が今ではどういうことかあまりにも静謐で落ち着き払っていた。

 

 まるで歓迎しているかのように両手を広げている化け物を前に宿儺は深く息を吐く。

 

 解では薄皮をなぞるだけでどうにもならないだろう。ならば唯一有効打になりそうな捌を当てるか。だがその為の呪力がまるで足りていない。

 

 呪力の回復ができるまで逃げに徹するか? 

 

 ──否。

 

 それではどう足掻いても勝てない。目の前に構える究竟の化け物相手がそんな行為を易々と見逃すはずがない。

 

 故に狙うは一点──

 

「行くぞ」

「来い」

 

 黒閃だけだ。

 

 宿儺は目の前に立つ化け物に向けて走り出す。狙いは未だ血が溢れている腹部だ。

 

 拳を握り締めて距離を詰めた瞬間。

 

「うっ!?」

 

 本能的に立ち止まって上体を逸らした。耳に届いたのはゾリと言うまるで何かを削り取ったような異音。

 

 ──怪我を負った感覚は無い。ならば何を削り取った音だ? 

 

 上体を逸らしたまま目線だけを術師に向けて見ればまるで平手打ちをしたかのように手を広げて横に振り抜いていた。ただそれだけの事で宿儺の首が元々存在していた空間が抉れていた。

 

 空間が抉れるという異常。だが、それしか形容する言葉がないのだ。奴が手を振り抜いたであろう部分だけが景色が捻れ歪んでいた。

 

 意味不明な現象を解析しつつも宿儺は手を地面に付いて蹴りを放つ。宿儺の足は吸い込まれるように術師の顔面へ向かい──ぽすっと空気の抜けたような音が響いた。

 

「──!」

 

 宿儺の蹴りは確かに術師の顔面を叩いた。だが、そこに目をやれば柔らかいはずの頬すら凹んでいなかった。

 

 幾度目かも分からない悪寒。

 

 即座に術師の胸を蹴り飛ばして後方へと大きく距離を取る──と同時にぐしゃりと何かが潰されるような異音が響いた。

 

「は──」

 

 思わず乾いた笑いが出た。

 

「よく避ける」

 

 術師は恐らく宿儺の足を掴もうとしたのだろう。だが、その異常極まる身体能力と術式により空を切った術師の手を空間を握り潰し、拉げさせていた。宿儺の目でもハッキリと捉えられるほどに術師が握り潰した空間の周囲に皺が出来ていた。

 

 仮にあれに掴まった場合、間違いなく空間ごと潰されるだろう。呪力による防御などあってないようなものだ。まるで一枚の絵を潰すが如く抵抗すら許さずに潰される。

 

「つくづく面白い……!」

 

 口角が上がる。

 

 あれは一種の極致だ。呪術の拡張は極まれば世界にすら影響を与えるという事実、そしてあの術師の領域もそうだ。

 己とは別方向の神業領域。世界を染め上げるのではなく、世界から逸脱するという全く異なる領域。

 

 術師が魅せるもの全てが尽く未知。自身がこうまで抑え込まれているのも、勝ち目がほとんどない絶望的な戦いも、予想もつかない術式すらも──。

 

 楽しい、と心から感じる。

 

 術師に手を差し向ける。

 

「解」

 

 腹部に存在する口で呪詞を唱え、もう一方の腕で印を結びながら可能な限り威力を上げた解を放つ。不可視の斬撃は術師の腹部へと向かい、もう一度切断せんと唸りを上げる。

 

「無駄だ」

 

 掴まれた。

 

「……っ!?」

 

 不可視の斬撃がまるで形を持っているかのように術師は掴み取ったのだ。そしてそのまま掌で押し潰して消滅させた。

 

 何だこれは、理解がまるで追いつかない。

 実体を持たないはずの斬撃を掴み、あろう事かそのまま圧縮して消滅させる? 

 

 どういう術式の効果だ? 

 

 奴の術式は術式の無効化のはず。消滅まではまだ納得できるが、その前の実体のない斬撃を実体化させ、掴むというのは術式効果から外れているだろう。

 

 どういう風に術式を拡張した? 

 

 思考を高速で回転させ、術師を倒す為の攻略法を思案する。

 

「では、次は俺から行くとしよう」

 

 術師が一歩踏み出した瞬間、宿儺は術師の足元から立ち昇る黒い稲妻を見た。それと同時に術師の体が掻き消え、宿儺は咄嗟にその場から右に跳躍した。

 

 地面に足がついた瞬間、直感のままにそのまま更に後方へと跳び大きく距離を取る。そしてその行動は正解だったのだと思い知った。

 

「性能が想定よりも大幅に向上しているか。……調整をしなくてはな」

 

 一直線上に走る真っ黒な線。

 その線は時間が経つに連れて薄くなるがその際に周囲のものを引き寄せていた。仮にあの時もう一度跳んでいなかった場合、そのまま引き寄せられて殴り砕かれていただろう。

 

「気を抜けたものではないな」

 

 炎を矢のように引き絞り構える。そしてもう一方の手で解の印を結ぶ。一度は通用した技、これならばと狙いを定め放つ。

 

 炎と斬撃が術師に同時に飛来する。同時に2つの術式は無効化できないのならば当たればどちらか有効打になりうるはずのもの。

 

 然し──! 

 

「同じものが通用するとでも? ましてや今の俺に?」

 

 聞こえたのは一つの音。だが起きた事象は斬撃も炎も蹴散らされていた。

 

「同時とは観測者によって異なるものだ。お前にとっての同時と俺にとっての同時はもはや同一ではない」

「……なるほど」

 

 例えば0.1秒の差。宿儺にとっては大きな差になるが、果たしてそこいらの凡百にとってはどうだろうか? 大多数にとってはその程度の差など無いようなものだ。

 

 詰まるところ、そういうことだ。

 

 今の宿儺と術師はあまりにも差が開きすぎている。宿儺にとっては同時だと感じるものが術師にとっては差があるものとして認識されている。たったこれだけの事でどれほど隔絶した差があるのかが理解させられる。

 

 解も炎も放ったところで呪力を無駄にするだけ。

 

 ならばやるべき事は──! 

 

「これしかあるまい」

 

 全身に呪力を回して身体能力を強化する。特に目に多く回すことでより動体視力を跳ね上げる。ついで己の感知内に入ってきた瞬間、反射で反撃する薄い膜のような領域──未来にて落花の情と呼ばれるものの雛形──を生成。

 これで最低限、ここからはもはや運になる。

 

 油断なく見据え瞬きすら暇すら惜しいと術師の動きをつぶさに観測する。決して見逃すな、見逃せば死ぬぞと己に喝を入れる。

 

 次の瞬間──

 

「ふっ!」

 

 術師が掻き消えたと同時に直感と反射による反撃が確かに何かを殴った。だが、殴ったにしては感じた感覚があまりにもおかしかった。

 

 まるで山そのものを殴ったかのような手応えのなさ。揺るぎもしない肉体に頬が引き攣るのを感じつつもそのまま四本の腕と両足を使った連撃へと移行する。

 

 こめかみ、額、人中、顎、肝臓、鳩尾、膝関節……おおよそ人体にとっての急所を的確に叩き続ける。並の術師ならば最初の一打で即死であろう宿儺の連撃。

 それらの人体破壊攻撃を無防備に受けてなお──

 

「鬱陶しいな」

「チィッ!」

 

 揺るぎはしない。

 

 振るわれる拳一発一発が宿儺にとっては即死級の攻撃。

 対してこちらの攻撃は余り効果なさそうにも見える。

 

 ……これならばまだ空を殴っていた方がマシだな。

 

 ちゃんと攻撃当たった上で効果がないと分かるのだ。ならばまだ攻撃が空ぶって効果がない方がよほど突破の希望が見えるというのに。

 

 ──思考を回し続けろ、勝つ為の手を打ち続けろ。

 

 宿儺の連撃が時間が経つにつれてより速度を増す。速く鋭く、そして強力かつ丁寧に。

 一撃一撃に殺意を込めて黒閃を撃つように──! 

 

「鬱陶しいと言ったんだがな」

「ぐっ!」

 

 術師の攻撃を可能な限りわざと密着することで予測しやすくし、かつ攻撃をしにくいように立ち回っていたが、遂に術師の拳が宿儺の体を削り始めた。

 

 直撃こそ許してはいないものの周囲の空間ごと砕き捻れさせる攻撃に躱し切れなかった肉体の一部が壊される。

 溢れ出す血、零れ落ちる肉。

 

 だが、反転を使う呪力すら惜しいと呪力を余すことなく身体に注ぎ込み宿儺の連撃速度は更に加速する。

 

 ──殴打、蹴撃、殴打、殴打、蹴撃、殴打殴打殴打蹴撃殴打蹴撃蹴撃殴打殴打蹴撃殴打殴打蹴撃蹴撃殴打殴打! 

 

 血を吹きこぼしているにも関わらず勢いは落ちる所か増す一方。宿儺のボルテージが上がる度に動きのキレは増し、加速し続ける。

 

 それでもまだ足りない。

 黒い火花は未だ宿儺に微笑まない。

 

「無駄な足掻きだ。早々に死ね」

 

 四本の腕で放たれた連撃を意にも介さず頭上から振り下ろされた術師の掌が空間事押し潰しながら宿儺に迫る。

 歪み捻れていく空間を必要最低限の動きで躱し、反撃として術師の顎を掠めるように拳を放つ。

 

 チッと薄皮一枚分ほどの掠る音が響き、宿儺の拳が術師の顎先に当たる。

 

 ──外殻がいくら硬かろうと中身はそう硬くはなかろう。

 

 てこの原理によって宿儺の拳の衝撃が頭蓋骨の中へと伝播する。脳脊髄液の中に浮かぶ脳を激しく揺さぶり気絶するほどの深刻なダメージを与える一撃。

 

 それすらも──

 

「何かしたか?」

「ぐうッ──!?」

 

 突き出された術師の手刀が宿儺の肉と骨を丸ごと抉った。大量の血を吹きこぼしながら後ろに数歩たたらを踏む宿儺を尻目に術師は自分の頭の横に手を挙げる。

 

「脳を揺さぶる事を狙ったのだろうが……」

 

 そしてパンッと軽く頭を叩いた。

 

「この程度ではさして問題にすらならんな」

「……今ので揺れも止めたか。つくづく化け物だな」

 

 揺れ動く脳を頭を軽く叩くことで揺れを鎮める術師に宿儺は内心舌打ちをする。

 一撃で駄目なら二撃、三撃と積み重ねて揺れを増幅して脳への損傷を高めようと考えていたが、ああも簡単に対処された上にそもそも効果が薄いところを見るにこれ以上やっても無駄で終わる可能性が高い。

 

 ……これ以上の時間稼ぎは期待出来ない。

 

 奴を倒す為にも『賭け』に出るべきだ。

 

 零れ落ちた血はそのままに、激痛が走る怪我も反転を回すことも無くただただ術師だけを見据える。

 

 ──これは『賭け』だ。

 

 このまま抗っても術師にろくな抵抗もすることも出来ず殺されるだけだ。ならば例え生存確率が著しく低かろうとも今の己に足りぬ『核心』を掴む為に賭けに出る。

 

「所詮、俺以外の存在などこんなものか」

 

 何処か失望したように息を吐く術師。

 その瞳に宿っていたはずの熱はいつの間にか消え失せていた。それは宿儺自身も覚えのある表情──即ちつまらないものを見る目だ。

 

「まさか俺がそんな目で見られる日が来ようとはな」

 

 だがその反応は正しい。あの術師にとって今の己は単なる弱者と変わらぬのだろう。

 

 なればこそ……

 

「貴様に俺という存在を刻んでやる」

 

 宿儺は極めて傲慢たる笑みを浮かべる。それは呪いの王と呼ばれている己の自負に賭けてでもその目に宿る失望を殺してやると獰猛に笑う。

 

「何処も彼処も蛆ばかり。もううんざりだ、こんな世界など」

 

 そんな猛る宿儺を他所に最早あの術師は宿儺を視界にすら入れていない……否、認識すらしなくなり始めた。

 路傍に転がる石と同じように視界に写っていようとも存在することを認識していないのだ。

 

 それならばそれで都合がいいと宿儺は踏み込み、一気に術師との合間を詰めて拳を振るった。だが、宿儺の拳は空を切ることになった。確かに正面にいたはずの術師はいつの間にか宿儺の目の前から消えていた。

 

 どこに──? 

 

 宿儺は眼を忙しなく動かし、そして自身の遥か上空で凄まじい呪力の起こりを観測した。

 

「終わらせよう──何もかも」

 

 当たり前のように空中に立つ術師に相当量の呪力が収束する。いままで殴る蹴るといった物理的な攻撃行動しか見せなかった術師が初めて見せる呪術による攻撃。

 

『崩壊』

 

 呪詞が唱えられる。

 

『終末』

 

 印が結ばれる。

 

『楽園の黄昏』

 

 空が黄昏色に染まる。

 

 

 

(かい)

 

 

 

 そして宿儺は世界が終わる様を観測した。

 

「ぬ、ぅお──っ!」

 

 術師を中心に世界が罅割れていく。空間が砕け散り、その際に生じたエネルギーが宿儺を襲う。まるで落雷が雨の如く降り注ぐのに堪らずといった感じでその場から距離を取ろうとするが……

 

「吸い込まれているのか……!」

 

 離れようとすればするほどに肉体が吸い寄せられる。

 

 ──肉体を呪力で強化しても逃げられん。

 

 どれほど呪力で肉体を強化しようとも強化した分だけ引きずり込まれていく。

 

 この吸い寄せられる現象の元凶は恐らくあの空間の罅だろう。あの術師が一度見せた空間ごと抉り取る攻撃に類似している。だが、異なるのは呪力で肉体を強化すればするほど引き寄せられるということだ。

 

 何故──? 

 

 思考を回す、原因を探る、対策を立てる。

 

 そうしなければ一方的にやられて終わりだ。降り頻る凶悪な落雷の如き攻撃の中、冷静に攻撃を捌きつつも思考を回し続ける。

 

「チッ」

 

 無差別に破壊し出す攻撃の中、ついに体術のみでは避けきれない攻撃に直面した宿儺は咄嗟に解による斬撃を放つ。

 

「……何?」

 

 宿儺の放った斬撃は宿儺目掛けて飛んできた攻撃を切り裂き霧散させた。だが、宿儺が目を見開いた理由はそこではない。

 

 宿儺が放った解の斬撃の速度が急に上昇した上にその斬撃に群がるように空間の罅割れから発生した攻撃が殺到したのだ。

 それこそ本来ならば斬撃が当たるはずもなかった方向に飛んでいた攻撃さえ。

 

「っ、そういうことか!」

 

 今の現象でこの技を多方理解した宿儺は呪力による肉体強化をやめる。当然、やめたことによって宿儺はより体が吸い込まれた。

 

 しかし、完全に吸い込まれる前に宿儺は再度解による斬撃を放った。

 それは先程の威力に重きを置いたものではなく、数を重視したものだ。一発一発に込められた呪力は最低限、それこそあくまで斬撃の体をなす程度の呪力しか込められていない。

 

 だが、それこそが宿儺が予想していた通りの最適解だった。

 

 宿儺の体に掛る負荷が減少し、己に向かうはずだった攻撃は全て斬撃に集中した。

 

「やはり呪力に強く反応するようだな」

 

 恐らくこの攻撃は呪力を持った存在に対して強い追尾性能と呪力量に応じた攻撃性能の強化が施されるのだろう。

 

 故に宿儺は大量の解をばら撒くことによってそれらを囮にし、加えて呪力による肉体強化も辞めることで攻撃の矛先をズラしたのだ。それにより攻撃の大部分は囮となった斬撃へと向かい、呪力による肉体強化もやめた宿儺でも簡単に抗える程度の吸引効果へとなった。

 

「耐えたか……面倒な。とっとと死に絶えればいいものを」

 

 空中に立っていた術師の姿が掻き消え、宿儺の背後へと瞬間移動をしたように現れる。

 ぎちりと握り込まれる拳の音、自身が呪力を纏うよりも速く、自身が振り向くよりも放たれるであろう絶死の一撃に対して宿儺は己の本能に従った。

 

 回避は最低限。即死しなければそれで良しと被弾前提の回避と共に呪力による肉体強化を拳にのみに回す。呪力による防御など今の此奴相手では無駄もいいところだろうと判断し、更に一歩術師の方へと深く踏み込む。

 

 術師の拳に速度が乗り切る前に、致命傷にならないように自身の体をわざと術師の拳に当てた。当然のように加速しきれていない拳であったとしても呪力強化されていないただの肉など当たり前のように貫通する。

 

 そう、宿儺は吹き飛ばされることなくより深く術師の懐へと潜り込んだのだ。

 

 致命傷にならない範囲とは言え、それでも肉体の一部を消滅させられ、宿儺の元に死が歩み寄る。死に脅かされた生存本能が宿儺を生かすために過去最高の集中力を発揮させた。

 

 周りのものが全て止まっているかのような錯覚を覚えるほどにスローになった世界で宿儺は術師の心臓に目掛けて拳を放つ。時が停滞しているかのような世界の中で術師は当たり前のように宿儺の攻撃を見切り──そして何もしなかった。

 

 そこにあるのはただの傲慢だ。

 

 この程度の攻撃で自身が揺らぐことはないと確信しているから。蛆の抵抗などあってないようなものだと思っているから。だから動かないし、防御を取ることも無い。それよりも次の一手で殺そうと手を動かす。

 

 それらが要素が全て噛み合わさり、黒い火花は漸く宿儺に微笑んだ。

 

 

 黒閃

 

 

 大気を震撼させるほどの衝撃が宿儺の放った黒閃を中心に響き渡る。だが、それでもまだ術師にとっては何の意味もなさず宿儺を殺す為に拳を動かす──

 

「まだだァッ!!!」

 

 ──よりも速く宿儺の二度目の拳が術師を叩く。

 

 

 黒閃

 

 

「ぐっ」

 

 二度目の黒閃。一度目の黒閃よりも遥かに強力なソレは初めて術師の体をよろけさせ、小さくとも明確な負傷を負わせた。その事実が宿儺のボルテージを更に跳ね上げる。

 

「図に乗るな」

 

 術師の拳が宿儺の頭部に目掛けて放たれる。今までの宿儺ならば目視すらできずに即死していたであろう一撃に対してボルテージが上がり、鼻から血が零れ落ちるほどに極限まで集中力が高まっている宿儺の目にはしっかりと術師の拳が映っていた。

 

 けれど今からの回避は不可。ならばどうする──? 

 

 その答えとして宿儺は──

 

「ォォォオオオオオオッッ!!!」

 

 最大の呪力強化を施した自身の拳を術師の拳に放った。

 

 そして──

 

 

 黒閃

 

 

 三度連続での黒閃が宿儺の拳の消滅を代償に術師の絶死の拳を弾いた。

 

「──ハハッ」

 

 死の淵に立ち、三度連続での黒閃、そして初めて会った自分より格上との死闘によって宿儺の脳が脳内麻薬を多量に分泌させた結果、宿儺という存在の格を更に引き上げた。

 

 明らかに今までと世界の視え方が違う。

 

「なるほど、お前にはこう見えていたのか」

 

 今まで自身が行ってきた呪力操作の精度がこれほどまでに酷かったのかと高揚した宿儺が回した反転術式の浪費がほぼなかった。その精度は六眼に迫るほどのもので──

 

「解」

 

 本能のままに、けれど今までの一撃とは比較にならぬほどの威力を誇る御廚子による斬撃が放たれた。

 

「……ほう」

 

 つぅ、と術師の頬から血が零れ落ちる。今までは傷すら付けられなかった宿儺の斬撃が確かに術師に傷を刻み込んだ。

 

「届いたな」

 

 ニィ、と宿儺は笑みを浮かべる。

 

「薄皮を切れた程度で俺と対等に位置したつもりか? 不愉快極まりないな」

 

 その言葉と共に術師の頬の傷から煙が吹き出し、傷も血の跡すらも消滅する。だが、今までの無感情さは身を潜め、分かりやすく術師の顔には感情が浮かんでいた。

 

 不快な奴だと宿儺を明確な敵として認識し始めている。

 

「駆除するとしよう」

 

 その言葉と共に術師の姿が掻き消える。

 

 一体どこに? と思考を回すよりも速く答えは空にあった。周囲一帯に影を落とすほどの巨大な山が宿儺一人を押し潰す為に落ちてきていた。

 

 視界の端に映った山が存在していた土地が抉れていることからあの一瞬で山をくり抜き、あまつさえ遥か上空から投げ落としたのだろう。その出鱈目さが宿儺の笑みを更に深くさせる。

 

「クク、凄まじいな。極めればここまで不条理の存在へとなるのか」

 

 宿儺目掛けて落ちてくる山に対し、宿儺は酷く冷静だった。その冷静さはどう足掻いても死ぬからだとか、抵抗すらできないといったものから来る絶望感からではなくら、むしろその逆。

 

「龍鱗」

 

「反発」

 

「番の流星」

 

 今の己ならばこの程度どうとでも出来るという圧倒的な自負からくるものだった。

 

 掌印が結ばれ、高らかに呪詞が唄われる。澱みなく動かされる呪力が宿儺の術式を発動させる。

 

「解」

 

 差し向けられた手掌から放たれた斬撃が一刀の元に山を二つに捌いた。そして続く斬撃が宿儺に落ちる瓦礫を粉微塵に切り刻む。大量の土煙を上げながら沈む山の残骸、然してその中央に立つ宿儺に怯えるかのように埃ひとつすら寄り付かない。

 

「ハハッ」

 

 思わず笑みが零れる。

 

 滾る闘志に呪力。そして黒閃を三度決めた己ですら全てを賭さなければ到底届かぬほどの高みにいる術師。

 

「かつてないほどにいい気分だ」

 

 天に立つ術師を見上げながらそう呟く。

 

 対して宿儺を見下ろしている術師はあまりにも不愉快だと言わんばかりの顔をしていた。

 

「……まさか勝てるつもりでいるのか?」

「ああ、貴様を殺してやるとも」

「そうか、そんなにも死に急ぎたいというのなら──力の差というものを教えてやる」

 

 術師に訪れた明確な異変。

 

 術師の内部で急激に高まった呪力が爆発を引き起こし、術師の体を吹き飛ばす。一見単なる自爆にも見えるような愚かな行為。だが、『それ』を見た宿儺に少ないない衝撃と恐怖が走る。

 

 悍ましきかな、恐ろしきかな。

 

「はっ……」

「この肉の器も最早鬱陶しいだけだ」

 

 少なくとも今まで戦った術師は出鱈目な力を持ちながらも確かに人として存在していた。だが、今の術師……いや、最早『それ』は人の範囲には収まらない。

 

「今、全てを終わらせよう……!」

 

 そこにあったのは呪霊でも人でもない人の形をした『ナニカ』だった。体の輪郭は陽炎の如く揺らぎ、まるで実体がないかのように存在が不確かだ。だと言うのに術師から感じ取れる力は今までの比ではない。寧ろ、肉体という枷を捨てたが故に更に力を増したようにすら思える。

 

 きっと、あれが完成形なのだ。

 

 あの術師だけが持ち得る呪術の完成形。呪術という可能性の到達点。

 

「絶命するがいい」

「──!」

 

 此方に差し向けられる術師の掌。それを認識した瞬間、宿儺は即座に掌印と呪詞を謳い、威力を最大限まで引き上げる。

 

 避けるのは不可能だと本能的に理解した。生き残る為にはこの一撃にかけるしかないということも。

 

 

 

 呪いの音が響く。万象を切り刻む呪いの王の渾身の一撃に相対するは理を殺し、世界の枠組みから外れた終局の一撃。

 

 不可視の斬撃と黄昏の旭光がぶつかり合い──そして黄昏の旭光が斬撃を滅ぼしていく。

 

「チッ!」

 

 完全に壊されるまでのほんの少しの時間の内に宿儺はその場から距離を取る。数瞬後、斬撃を滅ぼした黄昏の旭光は宿儺が元々立っていた地面へと激突し、そこが見えない程に深い大穴を開けた。

 

 あまりにも威力が高すぎるがあまりに周囲へ余計な被害は出さず、旭光が照射された部分だけ綺麗に消滅していた。

 

 それを見て受けれないと判断した。

 

 呪力による強化も斬撃による防御もあの一撃の前では無価値に等しいだろう。さりとて回避するにしてもそう易々と避けられたものではない。

 

 ……つくづく強い。

 

 攻撃も防御も素早さもどれを取っても宿儺の知る限りでは最高峰のもの。それだけに厄介がすぎる。ただでさえ訳の分からない術式だと言うのに本体の性能も高すぎる。

 

「さて、どう殺したものか……」

 

 それでも宿儺は己の勝利を信じている。負けるつもりなどありはしない。

 

 領域で強化した捌で全身を細切れにするか? いいや、それでは足りないだろう。見たところあの術師の体は既にこの世界から消え去っている。今の術師は一種の精神体──実体を持たない存在と言い替えてもいい。

 

 その状態で斬撃を浴びせたところで効果は限りなく薄いだろう。それこそ空間も次元も何もかもを無視した斬撃でなければ攻撃が通る可能性は低い。さりとて今の状態では世界ごと叩き切るようなものは縛りありきでもできない。

 

 ならば開を使うか? 

 

 ……しかし、炎自体は威力に比べて速度が非常に遅い。そんなものが今更あの術師相手に通用するとは思えん。だが、斬撃よりかは炎による滅却の方が余程可能性はある。

 

 物理的な攻撃は喰らわずとも生きているのであれば──呼吸をしているのであれば酸欠を引き起こせる。

 

 問題はあれにそれほどまでの火力は出せないという点だ。

 

 それを解決する為には縛り──それも今後に左右するほどの大きな縛りを課して威力を底上げするしかない。しかし、威力は出せても肝心の速度は変わらんままだ。

 

 ならばどうする──? 

 

「俺を前に考え事とはどうやら命が惜しくないと見える」

 

 思考に没頭しつつもそれでも術師に対する警戒を怠ったつもりはなかった。油断なく見据え、一挙手一投足に反応出来るつもりで構えていたつもりだった。だが、術師の姿が掻き消え、声が聞こえたのは背後からだった。

 

「ぐぅ──っ!」

 

 宿儺の背骨をへし折るべく繰り出された肘打ち。それの脅威を感じ取った宿儺は術師の攻撃と自分の体の中心に炎を形成──そして術師の攻撃が炎に触れた瞬間起爆することで背中が焼け爛れる傷を負いながらも爆風によって術師の肘打ちを間一髪で回避に成功する。

 

「一体いつまでその無駄な抵抗を続けるつもりだ?」

「そう急ぐな」

 

 そう言いながらも即座に体勢を立て直し、振り向き様に術師に向けて斬撃を放つ。目、喉、関節──凡その人体の弱点に正確に放たれた斬撃。それを前に術師は防御をすることすらせずに棒立ちのまま受けた。

 

 だが……。

 

「やはり、か」

 

 宿儺は忌々しそうに悪態を突く。

 

 術師に向けられた攻撃の悉くが攻撃の意味を成していなかった。まるで攻撃が通り抜けてしまったかのように術師の体が揺らぎ、斬撃は素通りしていった。

 

「亡霊もいいところだ」

 

 そもそもの話、今の此奴は一体何なんだ? 

 

 人の体を自分自身で消し飛ばした上でこの世に存在している。呪霊化をしたわけでもない。どういった理論で、どういった理屈でこの場に存在している? 

 

 思い出せ──奴は言ったことを。

 

 回す回す。脳が茹で上がるほど高速で思考を回し、微かな手掛かりを掴み取るために、絶体絶命の状況下にて絶えず思考を続ける。

 

 腹から真っ二つにされて尚、術式を行使出来たのは──? 

 既に死んでいるはずの怪我を負っていても尚、反転術式すら使わずに動けた理由は──? 

 奴が扱う理を殺す呪術とは──? 

 

『邪魔だった世界の理すらも入る余地なんて無い』

 

 世界から逸脱する神業領域……? 

 

 カチリと何かがハマっていく。

 

「考え事は済んだか? では死ね」

 

 術師の体が掻き消える。まるで不定形の炎のようにそこにいたのだという跡だけを残して──宿儺の顔からほんの数mmの距離に術師の手が現れた。

 

 潰される──そう思考するよりも速く、本能が宿儺の体を動かして術師の手が宿儺の体を触れる直前にほんの僅かに弾いた。

 

「ぐっ……!」

 

 僅かに逸れたおかげで即死は免れたが巻き込まれた宿儺の顔の右半分。特に鼻から下が大きく抉られた。

 

 その痛みに悶えながらも反射的に殴ろうと突き出した拳はまたも術師の体を貫通して通り抜けた。

 

 ──攻撃時のみ実体化するのか? 

 

 そう考えたのも束の間、振り抜かれた術師の拳が宿儺の腹をぶち抜いた。噴き出す血潮、弾け飛ぶ肉、ぐちゅりと潰れた臓腑の痛み。

 

「ぐ、ぶぉ……」

 

 口から血反吐をぶち撒けながらも貫通した今なら術師の手を掴めるはずだと未だに突き刺さっている術師の手を握り──締めることがなかった。

 

「何──!?」

 

 手は貫通している。感触だってある。だというのに実体化していない──いや……! 

 

「ほう?」

 

 何処か感心したような声を出す術師。

 

「づぅ──!」

 

 腹部に走る激痛を無視しながら宿儺は術師の手が突き刺さったまま反転を回して突き刺さった術師の手を巻き込んで再生させる。

 宿儺の血肉が陽炎の如く揺らぐ術師の肉体──呪力ごと取り込む。そして間髪入れずに術師の体に手を付けた。

 

「解!」

 

 バツ、と確かに切れる音が聞こえた。

 

 それと同時に術師の体が大きく後方へと下がるが、術師の肉体ごと巻き込んで再生させた宿儺の腹から引き抜かれ、ごぽっと音を立てて血を吐く。脳髄を焼くような激痛──だが、理解出来た。

 

 術師は言った──自身の術式は理を殺すものだと。

 

 術師は言った──邪魔な世界が入る余地は無いと。

 

 奴が展開する世界から逸脱する神業領域──それ即ち己という存在を世界法則から逸脱させる業なり。

 

 この世界に存在しながらも世界法則による影響を奴は何一つ受けない。だから呪力を練る為の丹田ごと胴体を真っ二つにしようが奴は術式を扱えたのだ。

 

 世界が定めた理を真っ向から否定する術式。

 

 世界が定めた理に対してそんなもの知るか、俺がこう決めたのだから俺はこうなるのだと決定する酷く幼稚な術式。然してその幼稚さ故に強大。だからこそ、そうだからこそ──

 

「楽しいなぁ!」

 

 窮境たる化け物──きっと奴にとっては俺も他の奴と変わらんのだろう。木っ端のような雑魚共と一括りにされるのは何とも言い難い怒りはあるが……ああ、今は絶対強者たるお前の思いが何よりも正しい。

 

 今の己は挑戦者(弱者)だ。

 

 口角が上がる。死にかけだと言うのに、奴という存在を理解したことで勝てる可能性が著しく下がったというのに──この化け物の前では万象が等しく平等だと考えるだけで気焔が燃え上がる。

 

 刻む。

 

 この化け物に──否、不倶戴天たる宿敵に『俺』という存在を刻みつける。他の十把一絡げの雑魚ではなく、奴にとっての唯一の宿敵は俺なのだと──

 

「認めさせてやる」

 

 奴は世界の枠組みから外れた存在故に世界法則に縛られた攻撃は基本意味を成さない。それこそ今の奴に攻撃を通すならば概念ごと破壊するような一撃──それこそ世界ごと断つ斬撃のようなものでしか攻撃として機能しないだろう。

 

 しかし今の己にそれを成せる程の呪力はない。

 

 従って打つ手なし──という訳でもない。

 

 先程解による斬撃が通ったのは奴を構成している呪力のような何かの一部を呪力を練る丹田に取り込んだからだ。これは奴が実体を持たないからこそ出来た事だ。今の彼奴は力の塊のような存在だからこそ、それを取り込んで一時的に干渉できるようになったと推測している。

 

 呪力を練る為の丹田に奴の力が混ざるのは酷く気持ちが悪いし、激痛が走る……が、この際これらは無視する。奴の力が残っているうちに決着を付けねばならない。

 

 今の己が放てるもので有効打になり得る物はたった一つだ。

 

 だが、当然そのままでは当てること事など不可能だろうし、威力も全くと言って足りないだろう。故に縛りを設けよう。それもとびきり重い縛りを。

 

「認めさせる? 何を認めさせるという。所詮は他より多少マシな程度の蛆が何を為せるという。思い上がりも甚だしい」

 

 奴の体に走っていたたった一つの傷が煙を上げて消える。

 

「お前が苦労して与えた一撃も所詮は僅かな疼痛にすらなりえんものだ。力の差に絶望して死ね」

 

 こっちが腹に穴を開けてまで与えた一撃を何も無かったかのように修復するのは苦笑しか零れない。だが、そうして侮っていたままの方が準備はしやすい。

 

 奴の姿が掻き消える──僅かに捉えられた姿と勘と予測によって出現位置を割り出して拳を振るう。

 

『黒閃』

 

 煌めく黒い火花が空間を彩る。

 

 宿敵の体が僅かにたじろぐのを見逃さず、間髪入れずに更に黒閃を叩き込む。これで計五度の黒閃。だが、まだ足りない。奴を討ち果たすにはまだ、この先に行く必要がある。

 

「───」

 

 息をすることすら煩わしいと極限まで高まった集中力のまま更にもう一撃。

 

「煩わせるな」

 

 然し先に拳を振るった宿儺よりも速く撃ち抜かれた宿敵の拳が宿儺の拳を腕ごと消し飛ばす。

 

 痛み──どうでもいいそんなもの。

 

 脳が痛みを感じる容量などないのだと生存本能と闘争本能が宿儺の体を動かす。拳を振るい、無防備になった宿敵の横面に叩き込む。

 

『黒閃』

 

 だが、宿儺が拳を振り切るよりも速く宿儺の腕を掴み、そのまま握り潰した。潰され、引きちぎれた手が宙を舞う。宿儺はプツリと頭のどこかの血管が千切れるような音が聞こえた瞬間、鼻血が溢れた。

 

 血を拭うことすらせずに大地が砕ける程に強く踏み締め、宿儺の拳は宿敵の腹を撃ち抜き、当たり前のように黒閃が発動して後方へと吹き飛ばした。

 

 黒い火花は確かに宿儺に向けて微笑んでいた。

 

 計七度の黒閃を得て、宿儺は嗤った。

 

領域展開──」

 

 

 

伏魔御廚子

 

 

 伏魔の厨房が開かれる。

 

「……下らんな。最後の最後に縋ったものがこれか」

 

 ガリガリガリ、と周囲一帯ごと宿敵を斬り刻むが解による刃は術師の肉体に通らない。何かを削るような異音だけが響き、土煙が満ちていく。

 

「領域による斬撃性能の底上げと黒閃によって威力は増したが、それも想定の範囲内にすぎん。こうして力を全身に回すだけでお前の刃は俺には通らん」

 

 斬撃の嵐の中を悠然と佇む宿敵の姿。

 

 まるで効いていない──というのに宿儺は領域を消さず、寧ろ更に激しく強く刻み始める。

 

「理解が出来ないのか、或いはただ単に認められないのか?」

 

 それでも尚、宿敵には意味をなさなかった。だというのに宿儺は領域を消さなかった。斬撃は術師を中心に地面を凹ませるほどに激しさを増し、かつて宿儺が砕いた山の残骸すらも残すことなく粉塵になるまで斬り刻む。

 

「……蛆の無駄な足掻きほど見苦しいものはないな。これ以上付き合ってやる義理もない」

 

 術師の手を中心に世界がひび割れる。宿儺にとどめを刺すべく急激に上昇した力を前に──

 

「それを待っていた」

 

 宿儺は『竈』を開いた。

 

(カミノ)

 

「なんっ──」

 

(フーガ)

 

 次瞬、半径数kmが焦土と化すほどの火柱が天を灼いた。

 

 空が炎によって赤く染まる。この世の終わりと見紛うほどの威力。宿儺の放った竈の炎は術師の力を混ぜられており、宿敵が宿儺を殺すべく高めた力と共鳴。それを更なる起爆剤とした。

 

 だが、宿儺が行ったのはそれだけではない。

 

 宿儺は竈の炎の威力を更に引き上げる為に致命的な縛りを設けた。

 

 一つ、今後一生竈の炎を使う為に解と捌による工程を必ず経由すること。

 二つ、領域展開中を除いて一体一以外での使用禁止。

 

 これらの縛りによって今までのように好きな時に竈の炎を打つことは出来なくなった。術式として考えるのならあまりにも致命的なまでに使い勝手を悪化させることで竈の火力を底上げさせることに成功させたのだ。

 

 糅てて加えてこの縛りによって宿儺は伏魔御廚子によって刻んだ有機物無機物問わずに爆発性の呪力へと変換させることに成功。宿敵が立っていた場所を最も深くなるように窪ませることで爆発性の呪力へと変換された塵が自然と宿敵の近くへと集まり、更に今回は山一つを変換したのだ。その威力は言うに及ばず。

 

 そこにダメ押しの自爆だ。

 

 今回の竈の炎を自身も受けるという縛りも課すことで更に威力を向上させた。

 

 宿敵の力が混ざっていたとは言え、大部分は自分の呪力だ。死ぬことは無いと判断して自爆したが、あまりの威力に自身の肉体の殆どが焼き焦げ、一部が焼失するほどの威力だ。

 

「……は」

 

 間違いなく過去最高の一撃だった。

 

「そうか」

 

 自身の全てを絞り尽くし、出し尽くした。最早これ以上は呪力を練ることも──それどころか立っていることすら不可能だと言うほどに全身全霊を尽くした。

 

 どさりと倒れ臥し、指一つとして動かせない宿儺は目だけを動かしてこの焦土の中心に目を向けた。

 

「これでもまだ──」

 

 煙が晴れ、そこにいたのは。

 

「──貴様には届かなかったか」

 

 片腕を消失し、心臓部分から全身に罅のようなものが走っていながらも確かにそこに立っていた宿敵の姿だった。

 

 ……届かなかった、倒せなかった。

 

 知恵も力も何もかもを振り絞り、これ以上にないほどの最高の一撃だった。それでも尚、宿敵を殺すには至らなかった。

 

 きっと己はここで殺されるだろう。

 

 届かなかったという悔しさはあれど、不思議と後悔と死に対する恐怖はなかった。……ここまで出し尽くして負けたのだ。寧ろどこか晴れ晴れとした気持ちですらあった。

 

 ただ一つ心残りがあるとすれば、俺は奴にとっての宿敵になり得ただろうかということだけだ。

 

「──殺せ」

 

 敗者には死を。今まで己がやってきたように、今度は己が番が来ただけだ。

 目を閉じ、大人しくその時を待つ。

 

「……はっ」

 

 だが、いつまで経っても死は訪れず、代わりに聞こえたのは唯一無二の宿敵の浅く笑った声だった。

 何だ? と不思議に思って目を開けてみればそこに広がっていたのは──

 

「くだらん」

 

 宿敵の胸に発生した黒い歪みに奴が飲み込まれていく姿だった。

 

「なんだ、それは……」

「今の一撃で世界は俺を完全に脅威的な異分子と認識したか。或いは俺が完全に世界から外れたからか」

「まて」

「世界からの強制排除……まあ、当初の目的は達成したとは言えるだろう。これで俺は気色の悪い蛆を認識せずに済む」

「ふざけるな……」

「だが、あまりにもくだらん決着だったな」

 

 奴の体が歪みに飲まれ、消えていく。

 ふざけるな、ふざけるなふざけるな!! 

 

「こんな決着など認められるものか!!」

 

 これならまだ奴に殺す必要すらないと蔑まれ、見逃された方がマシだ。そんなことすら許さずに奴が消えて終わりなど……これでは、これでは──。

 

「この戦いの決着がただ運が良かったというだけで逆転するなどとそんなふざけた理由であっていいはずがないだろう!」

 

 ただ運が良かったから俺は生き残り、奴は消える。こうして完全に決着が着いたはずだったというのに、ただ運という言葉の一言で全てがひっくり返されて俺達の戦いが穢された。

 

「殺せ! お前が消えるよりも速く俺を──」

 

「精々その幸運を噛み締めるがいい、両面宿儺」

 

 その呪詛を最期に奴の姿は完全に掻き消えた。

 

「─────っ!」

 

 この日、両面宿儺は生涯忘れる事も出来ぬ呪いの言葉にも似た慟哭の声を上げた。

 





術師:呪術廻戦世界からBANされた。神子として崇め奉られていたが、周囲の人間達が腐敗していく様を見続けた結果、此奴ら俺に集る蛆じゃんキッショ死ねやと無事人格破綻組に仲間入りした。その後、術式の性能もあって他人が全員蛆に見えてしまい発狂。同族探しの旅に出たが、見つからなかったのでチート使ってBANされる方面にいった。最期の言葉はただの嫌がらせ。カスだね。

宿儺:挑戦者側超楽しい!見たことない呪術やんけうっひょー!とハチャメチャエンジョイしてた。負けちまったけどめっちゃ楽しかったし、これ以上のものは今後ないだろうから此奴になら殺されてもええか!と呪術師にあるまじき爽やかな死に方をしようとしたらカスの余計な一言のせいで拗らせたし、この後滅茶苦茶呪いを巻き散らかすようになって無事呪いの王に戻った。

羂索&裏梅:えっ、何があったんです???
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