リーニエ、がんばる 作:あきまち
リーニエは大魔族である『断頭台のアウラ』に付き従う若い魔族だ。
同僚には冷静沈着なリーダーであるリュグナー。考えたらずで頭の悪いドラート。
そして紅一点のリーニエ。
この三人でアウラの懐刀、『首切り役人』として日々人間の首を落とす仕事に邁進していた。
リーニエはりんごが好物だ。
正直、人間よりもりんごの方が美味しいとか思ってる。
好きあらばりんごをしゃくしゃくと丸かじり。
意外と優しいアウラや頼れるリーダーのリュグナーは、仕事中にりんごを食べていても怒らないので今の職場は気に入っていた。
いろいろなところからりんごを取り寄せ、食べ比べたりもする。
人間を殺すことになんの躊躇も罪悪感も抱かないけれど、もし相手がりんご農家なら見逃すかもしれない。
そんなリーニエはある日、森の中で奇妙なりんごを見つけた。
「このりんご、金色だ」
とても珍しいりんごだった。
大陸中のさまざまなりんごを食べてきたリーニエだったが、赤と緑と黄色のりんごしか知らない。
金色のりんごなんて、初めて見たのだ。
「輝いてる」
キンキラキンだ。
りんご好きなリーニエにとって、そのりんごはとても魅力的に見えた。
「……」
じっと見る。
もしかしたら毒があるかもしれない。
リーニエは賢いので、野生の果実はときに危険なことを知っていた。
彼女は魔族だ。
体の構造的に脆弱な人間よりは毒の耐性はあるだろう。
それでも、万が一があり得るので毒は怖い。
「……」
じーっと見る。
数十年の生の中で初めて見た金色のりんご。
これを逃したらもう二度と出会うことができないかもしれない。
リーニエは、悩んだ。
りんご愛好家としてこのりんごは食べたい。
だけど毒があるかもしれない。
「よし、食べよう」
賢いリーニエは、だかしかし欲望に忠実だった。
魔族にとって忌むべき人間の勇者、ヒンメルは生前冒険が好きだったと聞く。
冒険とはあえて危険に飛び込むことで、その先の何かを得ることである。
魔王を倒し、魔族を追い詰めたヒンメル。
たしかに魔族にとって憎むべき相手である。
しかし同時に、戦士であるリーニエは強者である勇者ヒンメルに対して一定の評価はしていた。
その存在は嫌いだけど、その強さは見習うべきだと思っている。
冒険が好きなヒンメルのことだ。
目の前に好物があって、それがキンキラキンに輝いていたらどうするか。
「勇者ヒンメルならそうする」
リーニエは賢いので、その冒険心にこそ勇者ヒンメルの強さの根幹があるのだと知っているのだ。
強くなりたい彼女は、そんな彼のことを見習うことにした。
木から金色のりんごをもぐ。
手のひらで輝くりんご。キンキラキンのりんご。
とても美味しそうだ。
「あむっ」
ひと息にかじり付く。
しゃくしゃくと水々しい音を立て、リーニエの口の中に広がるとろけるような甘さ。そして少しの酸味。
絶品だった。
これまで食べてきたりんごたちの頂点に君臨する美味しさ。
その美味しさは、例えるならば魔王級。
もしくは勇者ヒンメル級。
やはりこれを食べると言う自分の選択は間違いではなかったようだ。
あっという間に金色のりんごを食べていく。
もう少しでなくなってしまいそうなりんごを名残惜しく思いながらも、リーニエの口は止まらない。
やめられない、とまらないのだ。
美味しすぎる。
すごい。
「あ……」
リーニエは思わず、悲しい顔をしてしまう。
手の中には、もはや金色のりんごの芯しか残っていなかったのだ。
悲しくて悲しくて、涙が出そうだった。
おそらく、リーニエは同僚のドラートが死んでも涙を流すようなことはないだろう。
きっと「馬鹿だね」とどうしようもない事実を指摘しながら、あっさりと受け入れる。
しかし、この美味しすぎるりんごがなくなることで、涙を流してしまいそうなのだ。
リーニエの中で、りんごとドナートの天秤が大きくりんごへと傾いてしまうことが確定した。
「う……」
そんなとき、突然リーニエの頭を痛みが襲った。
思わず、大事に抱えていた金色のりんごの芯を取り落としてしまう。
しかもなんとタイミングが悪いことか。
リスがリーニエの落としたりんごの芯を持っていってしまったのだ。
「待っ……て……!」
リーニエはあとで金色のりんごの種を植えて、育てようと思っていたのだ。
彼女は賢いので、植物は育てれば増えることを知っている。
しかし、リスに種を奪われてしまっては育てることができない。
もう二度と、金色のりんごを食べることはできない。
普段のリーニエなら、即座にリスを八つ裂きにして取り返すことができた。
しかし、頭が痛いのだ。
頭が痛くて痛くて、動けない。
「ひぐ……えぐっ……」
リーニエは涙を流した。頭が痛いからではない。
同僚のドナートの命よりも大切な、金色のりんごの種を持っていかれてしまう。
もう二度と食べることができない。
その事実に、涙を流したのである。
その場にうずくまり、頭を抱えて涙を流す。
可愛らしい幼なげな少女であるリーニエのそんな姿を見れば、きっと誰もが心を痛めてしまうだろう。
それは、たとえ彼女が魔族だということがわかっていても。
仮に、これを好機とばかりに魔法をブチ込めるような者がいれば。
その者と魔族、どちらが本当の化け物なのかわかったものではないだろう。
「ひぐっ……い、痛い……」
頭の痛みが、増していく。
まるで頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられているような激しい痛みが、絶え間なくリーニエを襲う。
そんな中で彼女の脳裏に浮かぶ、
『邪魔者を消しにいく』
そんな言葉を残して作戦をめちゃくちゃにした挙句、自分が消されてしまったドラートとかいう能なしの馬鹿。
『リュグナー様! 魔法使いの反応が……!』
焦った表情で叫ぶ自分。
不意打ちで大ダメージを負ってしまう頼れるリーダーのリュグナー。
『……俺はまだ立っている』
ぼろぼろの血まみれの姿で、立っていれば負けていないと嘯く赤髪の戦士。
『お前のはただの真似事だ……』
自慢の魔法を貶し。
全力の攻撃を、防御もしないままに容易く受け止められ。
『やっぱり全然重たくねぇや』
そう言って笑む、赤髪の戦士。
そして自らへと振るわれる、斧の一撃。
何を見せられているのかわからない。
頭の中へと無理矢理叩きつけられる怒涛のような情報。
辛い、苦しい。
頭がどうにかなりそうだった。
魔法だとか、呪いだとか。そういったものではきっとない。
なにか恐ろしいものの片鱗を味わっているのかと錯覚する。
痛む頭で一生懸命に押し付けられる記憶を整理して。
少しずつ収まっていく痛みの中で思考する。
何もかもがわからない中で、リーニエは一つのことを理解した。
「そっか……私、死ぬのか」
あの赤髪の青年。
あいつが、未来の自分を殺すのだ。
怯えっぱなしで、ぼろぼろで。恐怖で手は震えていて。
まったく強くなんて見えないちっぽけな人間。
そんな人間に、魔族であり強者である自分が殺される。
「……それは、嫌だな」
嫌だ。リーニエは死にたくない。
あんなやつに殺されて、もしかしたらリュグナーやアウラまでもが殺されてしまうかもしれない。
「鍛えよう……」
記憶の景色まで、まだ二十年くらいはあるだろうか。
それだけあれば、あの男に負けないくらいには強くなれる。
鍛えれば強くなる。
リーニエはそれを知っていた。賢いので。
「私は死なない」
痛みを振り払い、力強く呟く。
それは、やがて最強の戦士と呼ばれることになるかもしれない小さな魔族が産声を上げた瞬間だった。
リーニエに食われたい