ミソラが襲撃者との命をかけた戦いを繰り広げているその同刻、ヒフミ、ハクア、メリー、イチカの四人は共にお茶会を楽しんでいた。
本来、それぞれ所属する部活動も違い、個人的な関わりも多くなかったこの四人。だが、黒崎ミソラという一つの共通の繋がりがこの四人を良好な関係へと導いていた。最も、それはこの四人に限った話ではないのだが。
「うーん、ここのケーキ美味しいっすね〜」
「メリーちゃん、これも美味しいですよ♪」
「あ、ありがとう……ヒフミさん……♪」
「ここ、紅茶もすっごーく美味しくていいよね〜♪」
場所はとある喫茶店。このメンバーが集まった経緯としては、この喫茶店の紅茶やケーキがとても美味しいとの評判を聞いたヒフミがせっかくの休みにと、偶には普段遊びにいくことが多くない相手と行ってみようと募った結果、このメンバーが集まることとなった。
ヒフミ個人としてはこのメンバーの中でよく話す相手はメリーくらい、他二人はすれ違った時に挨拶を交わすか、ミソラと一緒にいる時に言葉を交わしたり、偶にそのまま遊びに行くくらいのものだった。そんな相手がいる中、ましてはこのメンバーの中で個別で深く関わりのある関係性を持つ方が少ない中でここまで楽しい時間を作り上げられているのは、ミソラ経由の繋がりとヒフミの人柄あってのものだった。
楽しい時間というものは早く感じるもので、昼食を兼ねたこの喫茶店でのお茶会は既に数時間が経過していた。
このまま、楽しい時間が過ぎていこうとしたその時。
―――……ヒフミちゃん、絶対守るよ―――
「……え?」
ヒフミの耳に、この場にいないはずの人物の声が聞こえた。急な声に思わず辺りを見渡すも声の主……黒崎ミソラの姿は見当たらなかった。
「ヒフミちゃん、どうしたの?」
「あ……いえ……」
急にキョロキョロと辺りを見るヒフミに対してハクアが声を掛ける。それに対してヒフミは反射的に言葉を濁した。
他三人の様子を見てみた感じ、この声が聞こえたのはヒフミだけのようだった。
唯の幻聴だと気にしないこともできたが、何故だかこれを唯の幻聴と片付けてしまってはいけないと、そうしてしまっては後悔してしまうかもしれないと、ヒフミは感じた。故に―――
「……ミソラちゃんを探しませんか?」
この場の雰囲気を断ち切ってまでそう切り出した。当然、急な話に三人は首を傾げる。しかし、その中で直ぐに動き出した人物がいた。
「め、メリーちゃん……?」
メリーは他の二人同様に首を傾げるもその意図を汲み取る為にヒフミの手を取った。
メリーの能力は『他人の過去を視る』能力。他人の過去を視ることで過去に起こった出来事を、その時にその人物が何を感じたかまで読み取ることができる。だからこそ、ヒフミがどうしてその提案を切り出したのかを知るためにメリーは能力を使った。
そして、この数秒、数分の間にヒフミに起こったこと、直感的に感じたことを理解したメリーは一言。
「……うん……お姉さんを探そう」
同じ結論に至った。
残された二人は変わらず頭の上にハテナマークを浮かべた状態であったが、ヒフミとメリーのことを信じ、協力してくれることとなった。
「他の正実の子達も呼んできたほうがいいっすかね?」
「う、ううん……まだ確定してるわけじゃないし……大事にはしないほうがいいと思う……」
「了解っす」
「それじゃ、手分けして探そっか。ルーちゃんお願い」
そうして四人は支払いを終えた後、手分けしてミソラを探すこととなった。
「そっちはどうでしたか?」
「ううん……見つからない……」
「こっちも手がかりなしっすね」
数十分後、ハクアを除いた三人は事前に決めておいた集合場所に集まっていた。三人ともそれぞれで行きそうな場所を探してみたり聞き込みしてみたりしていたが、手掛かりはなし。そもそもがハクアと同じその時その時に行きたい場所、やりたいことをやるスタイルであるがために、仕事中でもない限り探すのは容易ではない。連絡もつかないので行き詰まり状態となっていた。
「みんなー!!」
そこに遅れてハクアとルーちゃんが戻ってきた。
「あ、ハクアさん、見つかりましたか?」
「ううん! でも、ルーちゃんが海の方で嫌な気配がするって!」
「嫌な気配……行ってみる価値はありそうっすね」
「うん……行ってみよう……」
四人は互いを見て頷き合い、ルーちゃんの案内のもと海へと走り出した。
「きゃ……!」
「っとと、大丈夫っすか?」
「う、うん……」
「この揺れ……唯の地震じゃなさそうだね」
時は進み四人は海へと歩みを進めていく。その中で不自然なことが起きていた。それは、不定期に起こるこの地面の揺れ。それも海に近づいていくほど揺れは大きくなっていく。唯の地震にしては頻度が多く、明らかに自然に起こっているものではないことは容易に想像ができる。もし、この地震が人為的に引き起こされているものだとするならば、その人物とミソラが戦っているのだろうか?
そしてもう一つ、ある所から海にかけて立ち入り禁止区画とされていたこと。正義実現委員会として活動するイチカも、特別自警部として活動するハクアも、救護騎士団として活動するメリーも、誰一人としてこの場所が立ち入り禁止になる情報を知らなかった。よく考えれば不自然なこの状況とずっと感じている嫌な気配、とても無関係とは思えなかった。一体何が起きているのだろうか、そんな不安を掻き立てられながら四人はその足を進めていった。
そして―――
「ミソラちゃん!!! っ……その……腕……」
「ヒフミちゃん……」
目的の海へと辿り着いたその先に待っていたのは、
あれから何十分、何時間経っただろう。
私はこの化け物と戦い始め、既に脳内時計が働かない程に時が進んでいた。
最初の方はまだそれなりに戦えていたはず、それでも片腕を無くしてからは防戦一方となってしまっていた。
この戦いが既に勝ち目のない戦いだということは理解している。相手はどれだけ傷をつけてもすぐに再生する敵、それに対してこちらは片腕を無くし動きが制限された中で戦わないといけない。あの再生能力がなんとかなればまだ道は見えてくるのだろう、しかし今の私にそれをなんとかする手段は思い浮かばない。それでも、この人を野放しにする訳にはいかない。あの閃光を、他の人に向けさせてはいけない。
私はリロードを済ませて様子を伺う。片腕だけではリロードするのにも一苦労、早々にこの状況を何とかしなければならない。とは言ってもどうすれば何とかなるのだろうか。倒し方は分からない、時間が経てば経つほど時間稼ぎも厳しくなってくる。
……いや、倒せないなら倒す以外の方法を考えるしかない。
「……よし」
私は一息ついて岩場を飛び出す。先程から攻撃しては近くの岩場や木に隠れるヒットアンドアウェイ戦法だったが、今回は違う。手榴弾を投げて化け物の目の前で爆破させ、爆風と共に砂煙が舞い上がる。どうせすぐに再生されてしまうが、ほんの一瞬でもダメージは与えられるし怯ませる事もできる。さらに砂煙で視界も奪える。時間稼ぎには充分、私はその間に相手の背後に回り込む。そして、煙が晴れ出して相手の影が見えてきた頃、全力で駆け出した。そのまま砂煙を掻い潜り相手のすぐ近くにまで近づいては足に神秘を集中させ、回し蹴りで思い切り海の方まで吹き飛ばした。
大きく打ち上げられた化け物はそのまま勢いよく水飛沫を上げながら海の中へと落ちていった。
これは上手く行ったと思った。相手は理性のないゾンビのような不死身の化け物、とすれば海に落としてしまえばいい。そのまま泳げずに上がってこれないならそれでいい、上がってくるにしても相当時間は稼げるはず。今のうちに上がってきた時の手立てを……そう考えた瞬間、再び大きな水飛沫と共に間もなく大きな揺れと砂煙が上がった。
煙が晴れると、そこには先程吹き飛ばした筈の化け物が平然と立っていた。
……まだまだ戦いは長引きそうだ。
「ミソラちゃん!!! っ……その……腕……」
「ヒフミちゃん……」
聞き慣れた声が急に聞こえ、声の聞こえた方を向くとそこにはヒフミ、メリー、ハクア、イチカの四人が目を見開いて立っていた。
……バレてしまった。巻き込みたくない人達に、この腕のことも。
「その腕、やったのそいつっすか」
「うん、許せないよね」
イチカちゃんとハクアちゃんが怒りの込もった声で前に出る。
「私もお手伝いします!」
そしてその隣にヒフミちゃんも並ぶ。出来れば逃げてほしかった。それとも、みんなで考えれば何か倒す手段が思いつくのだろうか。でも、もしあの閃光をみんなに向けられてしまったらという不安もある。そうか、これが不安という感情か。
「お姉さん……包帯、巻き直します……」
メリーちゃんに連れられて岩陰に移動する。みんながいれば何とかなるかもしれないという淡い希望と自らの左腕を奪った閃光をみんなに向けられると、という最悪を想像してしまうことによる不安を抱えながら。
「ミソラちゃんは行ったようっすね」
「ここからは私達の出番ってね」
「早く倒してミソラちゃんを保健室に連れて行かないと……」
イチカとハクアはミソラの左腕を奪った
「まずは、ミソラちゃんにやったことを、そっくりそのままやってあげるっすよ」
睨むように相手を見るイチカの銃が火を吹く。相手の様子も見るまでもなく放たれた弾丸は化け物の左腕を吹き飛ばすまではいかなくとも、確実な傷をつける。しかし、その傷も瞬く間に再生し元へと戻る。
「駄目、あいつすぐ回復してる」
「再生能力っすか……面倒っすね」
化け物の再生能力にいち早く気がついたハクアの言葉にイチカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「どうすれば倒せるのでしょう……」
「再生能力も永遠じゃないはず、だから限界を迎えるまでひたすら撃つしかないよね」
ハクアの提案にイチカとヒフミは頷く。そこに治療を終えたメリーとミソラも合流する。
「みんな……あの人がマグナムみたいな銃を出したら気をつけて……。そこから出される閃光がお姉さんの左腕を奪った攻撃だから……!」
「了解っす」
「わかったよ!」
「わかりました!」
メリーは治療の中でミソラの戦いの軌跡を見ていた。ミソラが戦っていた中で化け物の動きのパターンや攻撃の種類、ミソラの戦いで得た情報を襲いかかる眠気を堪えながらみんなに伝えていった。メリーの能力には使えば使うほど眠気に襲われる副作用がある。本来、多少使う程度ではそこまで影響はないが、今回はヒフミとミソラに続け様に使用したこと、さらにミソラを探す為走り回っていたのもあり、その身体には活動限界のサインが出始めていた。
三人はメリーの言葉に頷き、再び銃を手に取る。ミソラはメリーを安全な場所に移動させてから戦線に復旧、再び戦いの火蓋が幕を上げる。
それから数時間、ミソラが単独で戦っていた時間も含めて幾度となく化け物に傷をつけてきたが、化け物の再生能力は留まるところを知らない。それに加え、地面を揺らすほどの打撃に強力なショットガンでの射撃、さらには当たればほぼ確実に即死の閃光、唯でさえ苦戦を強いられる相手なのもあり、こちら側の疲労はどんどんと蓄積されていく。それに比べて相手は再生能力もあり無傷と同等の状態、その動きには疲労すらも感じられない状態であった。増援を呼ぶことも考えたが、『相手には簡単に人を殺せる手段がある』、その事実がその思考を止めていた。人が増えれば増えるほど、閃光が誰かに当たる可能性が高まる。それを考えた時、今のまま少ない人数で戦い抜く方が最善なのではないかと、そんな思考があった。しかし、相手に無限の再生能力がある限り戦況が有利に働くことはなかった。それどころか、こちら側の疲労が蓄積されるほど戦況は不利になっていく。そして、最悪の未来は唐突にその牙を剥いた。
「っ……!!」
地面は揺れ、ミソラの足が取られる。今までは上手く飛んで避けていたその攻撃も、疲労により判断が鈍らされ避けることができなかった。
本来、痛覚がないのと同様に疲労を感じることもほとんどないミソラ。しかし、能力による反動はまた別。それに加え、痛覚と違って全く感じないというわけではない。能力の使用を閃光を逸らすことだけに限定して使用していたこともありここまでの持久戦にもついて来られた。しかし、それも限界が近づいてきていた。
そして、化け物の懐からマグナムが取り出される。その射線の先には―――
「ヒフミちゃん!!」
「……!!!」
マグナムのような見た目をしながらもその威力は即死級。それは既に失われたミソラの左腕が証明している。それが今、ヒフミに向けられている。ヒフミはミソラ同様に地震に足を取られてる為回避は間に合わない。ミソラも本来なら神秘転移で踏み込みの力を強化し、爆発的に移動速度を上げることで狙いを逸らしたり閃光を味方に当てさせないための動きを間に合わせていた。しかし、ミソラ自身が足を取られ初動が遅れてしまった為にそれも叶わない。
……時の流れが遅くなっていく。一瞬の時間でさえ何十秒にも感じられる。イチカは崩れる態勢の中なんとか照準をずらす為化け物の持つ銃に向けて発砲するも僅か上を通り過ぎてしまった。唯一、地震を逃れていたハクアもヒフミを助ける為に走り出すが到底間に合わない。そしてとうとう、化け物の持つ銃から閃光が放たれる。
この時、ミソラは知ってしまった。
全てが手遅れな状況に対する絶望という感情を。
皆を逃す判断を下さなかった自分に対する後悔という感情を。
結局自分は守りたいものも何一つ守れない弱者であったことを。
(誓ったの、絶対守るって!)
それでも、ミソラは諦めようとしなかった。どんな手を使ってでも、自分の全てを生贄に捧げたとしても、絶対に大好きな親友を死なせないと確固たる意志を持って手を伸ばす。
そして、その視界を眩い光で埋め尽くすと共に、パリン……と何かが割れる音が響き渡った。
ミソラ……ヒフミ……どうなってしまうの……