「夕飯何にしようかな~」
店内を見回りながら品定めをしているのは緒山家の長女。まひろの妹、緒山みはりである。
文武両道。高校生で大学に飛び級した才女は今、夕食のメニューを考えながらスーパーで買い物をしている。両親が海外にいる緒山家は、炊事洗濯の全てをみはりが担当している。
(お兄ちゃんが少しはしてくれてもいいだけど……)
兄であるまひろは料理では味のしないお粥を作り、洗濯では色物とそうでない物を一緒くたにする有り様。掃除も言われないとしないし、放って置くと毎日出前のピザを食べかねない始末。
(まったく、本当にまったくだよ。お兄ちゃんは……ふふふ)
兄のだらしなさに呆れつつ、そんな兄のお世話をするのに喜びを感じているのは、本人は意識してか無意識か。自分が作った料理でまひろが喜ぶ顔を想像しながら、鼻歌交じりに買い物を続ける。
一通りの商品を買い物カゴに入れレジへ。列に並び、次が自分の会計の番なのでカバンから財布を取り出すと、前に会計をしている小学生の女の子が慌てている様子が目に入る。
「―――あれ?ない……。どうしよう……」
あたふたしている小学生。店員も困っている様で会計前で作業が止まっている。
(もしかして、お財布忘れたのかな?)
小学生の様子からそう察したみはりは、小学生の後ろから店員に話しかける。
「すみません。お会計でしたら私が払います」
「え?お客様、ご家族の方ですか?」
「違いますけど後ろ並んじゃってますし」
夕方のスーパーなので、それなりにレジには列が出来ていた。このまま会計を済ませないで通すのも可哀そうだと判断したみはりは、自分が代金を肩代わりする提案をする。
「あの……」
「ん、大丈夫。お姉さんに任せて」
不安そうにしている小学生の頭を撫で、二人分の会計を済ませる。テキパキと袋に商品を詰め、二人で店を後にする。
「ありがとうございます!!」
店を出て直ぐに大きな声で深々と頭を下げる小学生。その思い切りのいい態度にみはりはどういたしまして、と言いながら微笑みで返す。
「家に財布忘れちゃって……。お使いで来たんですけど」
「やっぱりそうよね。次からは気を付けてね~」
はい!と元気な返事が返ってくる。その子の頭をもう一度撫でながらみはりはふと、昔の事を思い出す。
(そういえば、小さい頃にお使いに行った時、私もお財布忘れたっけ……)
あの時は会計前で、財布の金額を確認しようとした時にない事に気が付いた。落としたのかも知れないと泣いていると、財布を持ったまひろが息を切らせながら走ってきた。
(あの時のお兄ちゃん、格好良かったなぁ。……今も少しは―――)
思いかけて、咄嗟に顔を振る。言葉にしていないのに顔が真っ赤になる。
「大丈夫ですか?」
「んん!? 何かな!?」
「顔が赤いですけど?」
「ふえっ!? い、いや~、ちょっと暑くてね!?」
空いている左手で顔をパタパタと仰ぐ。不思議そうに小首を傾げている小学生にみはりは一つ咳払いをした後、
「コホン。―――取りあえず、次からは気を付けるんだよ。それじゃあ、私はこれで」
「待ってください!」
別れを告げ去ろうとすると、服を掴まれて止められる。
「お金払わないと」
「え? あぁ、別に気にしないで?」
「お金払います! 払わないとダメですよ!」
そう言いながら服を掴んで離さない。お金払います!と何度も連呼する様子に、次第に人の視線が集まってくる。
その視線は何やら小学生よりもみはりに向けられていて、何事かという感じの人もいれば、何かをひそひそと話し始める人も出てくる始末。
「―――っ!!分かった! 分かったから! もう言うの止めて!?」
「ありがとうございます!! じゃあ家に来てください!!」
「分かったわか……へ?」
思わず素っ頓狂な声が出るが、よく考えれば当然だ。今、この子には手持ちの金銭がない。だから会計出来なかったのだ。代金を肩代わりしたみはりにお金を返すと言う事は、お金を取りに行く、つまり自宅に戻ると言う事だ。
天才少女みはりちゃん。そんな誰でも分かるロジックにも気付かずに、小学生の家まで直行する事を良しとしてしまった。家ではまひろがお腹を空かせて待っているので、出来れば早めに帰りたい所だったのだが……。
「……ん~」
小学生のキラキラの眼差しで見つめられて、今更断るに断り切れず、二人は並んで歩き出した。
「へぇ、お姉さんがいるんだ」
「おう、みゃー姉だ!」
「妹さんなんだ。私もね、お兄ちゃんがいるんだ~」
二人で話しながら歩いている内に仲良くなっていた。
小学生の名前は星野ひなた。名前を聞いて気が付く。
(星野って……、お兄ちゃんがお世話になった人と同じ苗字だな)
先日、お使いに行かせたまひろが道中でお漏らしをした。情けない話で、そのエピソードを聞いたので今日は自分で買い物に来ているという経緯があるのだが、それは一旦置いておいて。
その際にまひろを助けてくれたのが「星野みやこ」という人だったらしい。自宅に招待して、シャワーや着替えを貸してくれたとの事。
その人と同じ苗字だし「みゃー姉」と言っている。名前のみやこからきている愛称だろう。
(お礼に行きたいと思っていたし、丁度いいかも)
兄がお世話になったお礼をしたいと思っていたので、これはいい機会かも知れない。今は手土産を持っていないので、後日改めてお礼をしに行くが、今日は軽く挨拶だけさせて貰おう。
「みゃー姉はな、凄いんだぞ!」
キャッキャしながら楽しそうに姉の話をするひなた。その様子に和むみはり。いつの間にかタメ口になっている所が、二人の距離感の近付き具合を表している。
「優しくて格好良くて、美人で可愛くて優しくて、料理も服作りも上手くて―――」
(お姉さんの事好きなんだなぁ。……にしても、話盛りすぎな気がするけど)
ひなたはありとあらゆる言葉で姉を賛辞している。まひろからは「気が合う人だった」と聞いていたのでイメージと違う。
「―――人見知りで友達がいないんだ!」
「―――ん?」
まるで素晴らしい事かのように元気に言っているので、最初は反応できなかったが、よくよく考えてみると余り声に出して人に言うようなワードではなかった。最初の自慢話も含めて半信半疑くらいに考えて置いた方がいいかも知れない。
「お姉ちゃんの事好きなんだね」
「おう!大好きだ!」
真っ直ぐな笑顔で言い切るひなた。気持ちのいい笑顔にみはりの心が温まる。
(本当にお姉さんの事が大好きなんだ。……私は―――)
ふと、自分に置き換えて考えていると、ひなたが何の気なしに、
「お姉さんのお兄ちゃんはどんな人なんだ?」
「―――え? お兄ちゃん? 私のお兄ちゃんは……」
突然聞かれたので、慌ててみはりの中のまひろを語る。
「えっと……優しくて、格好……いい?」
「うんうん」
「ここぞって時は頼りになる……し? 何だかんだ困ってたら助けてくれ……る?」
「何で疑問形なんだ?」
自分で言ってて首を傾げる。みはり的にはそういうイメージなのだが、言葉にするとしっくりこない内容の数々。
いつもぐうたらで頼りない。抜けているし、いつも泣いている気がする……。
「好きじゃないのか?」
「そ、そんな事無いよ!? お兄ちゃんの事、す……」
勢いで言って、途中で自分がどんなに恥ずかしい事を言っているかに気が付く。
「……―――ッ!!引きこもりのダメニート!!」
「やっぱり嫌いなのか!?」
誤魔化す様に叫ぶ。熱くなった顔を手で仰ぐ。
「―――嫌いじゃないよ」
「本当か?」
「本当だよ。私はお兄ちゃんの事……」
また顔が赤くなるのを感じる。今度は誤魔化さず、
「……す、好きだよ」
「顔真っ赤だぞ?」
「―――もう、勘弁して!」
両手で顔を覆って背を向ける。その様子を不思議そうに見ているひなただった。
どちらの姉妹も、妹がしっかりしてるなぁ。
……姉妹? うん、姉妹。