月曜日の朝。俺はベッドから目を覚ます。けれど、目覚まし時計を見たら──
「ウソだろっ!? 少し寝過ごしたっ!」
目覚ましをかけ忘れていたみたいで、俺はいつもより十数分遅くまで眠っていた。
(まずい……昨日は夜遅くまで予習して、学校の準備を後回しにして眠ってしまった。
今から準備して、身だしなみを直して制服に着替えて、それから朝食…………って)
ベッドから身体を起こして見ると綺麗に畳まれた制服と、教科書、ノートとかが詰まった学生鞄が置かれていた。昨日は全く準備をしないで寝たはずなのに……それに何か良い匂いもする。
「あっ……おはようございます! 主さま!
気持ちよさそうに眠っていましたから、ボクが色々としておきました。授業表を確認して学校の準備に、制服もキチンとアイロンがけして、もちろん朝食もご用意したであります!」
キッチンから嬉しげに出て来たセイバー。俺は半分寝ぼけたまま近寄る。
「俺が眠っている間にやってくれたんだな。ありがとう、それに悪い。いつもならそれくらい自分で──」
「いいでありますよ。主さまのお世話をする事、それがボクの喜びでありますから」
セイバーは本当にそう言う性格らしい。少し行き過ぎとは思うけれど、今回寝過ごした身としては本当に助かった。これなら学校に遅刻しないで済みそうだ。
作ってくれた朝食はご飯に味噌汁、それにほうれん草のお浸しと卵焼き。
「……美味しい。やっぱりセイバーは料理が上手いな」
これまで朝食は簡単なトーストやヨーグルトで済ませる事が多かったけれど、セイバーが作ってくれた食事はやっぱり違う
(甘くてふわっとした卵焼き、ご飯と一緒に合うお浸しに一口で味が染み渡る味噌汁。美味しくて……それに元気が出る)
「お褒めの言葉、嬉しいであります。──はむっ」
セイバーも俺と同様に、作った朝食を一緒に食べている。
「ふふ、主さまとご一緒にお食事。セイバーは幸せものであります」
本来サーヴァントは食事を必要としないらしい。強いて言うならマスターから供給する魔力があればいい。けれど、人の姿をして一緒にいる以上……俺一人だけ食事するのも、あれだし。
幸い食事を必要としなくても摂食は出来るらしく味も分かるらしい。Aエナジーで形成された存在だとハルは話していたけれど、本当に不思議な存在だ。
「主さま、よろしければ制服のお着替えも……」
「服くらいはさすがに自分で着るよ。さて──と」
朝食も済ませて、制服に着替えて学生鞄を手に持って。マンションを出て学校へと向かう。
────
学校に行って、いつもの日常。
授業をしっかり受けて、休み時間に同級生同士が談笑するのを横目に授業内容の復習。……こう言う所からほとんど友達が出来ないのは分かってはいるけれど、仮に出来てもそっちの人間関係に時間が取られるわけで、俺は別に構わない。
(宇宙航行士になるための勉強が大事だし、今のところ弘明だけで十分だ。まぁ……そもそも)
友達が出来た所で、宇宙航行士になれば地球を離れてずっと先の宇宙で仕事をする。結局は離れ離れになるわけだ。
ずっと遠くの宇宙への挑戦。憧れの夢ではあるけれど……そう考えると寂しくもなる。
午前中の授業も終えて、昼休み。
どうやらセイバーは朝食と一緒に弁当も作ってくれたようで、学校の屋上に行って昼食をとることにした。普段はあんまり行かないが、たまには気分転換と言うか……人が少なそうと言うのもあった。
実際他に生徒もいない
「おっ! 美味そうな弁当だな、彼方!」
別のクラスの弘明も、昼休みには一緒だ。俺が開けた弁当箱を後ろから覗き込む数少ない友人。俺は少し苦笑いしてこたえた。
「そこまで覗き込むことはないだろ? まぁ弘明の言う通り美味しそうだとは……思うけど」
セイバーが俺のために作ってくれた美味しそうな手作り弁当。弘明は今度は気になる様子で俺に続ける。
「今の言い方からして彼方が作った弁当ってわけじゃないんだな。でも彼方はたしか一人暮らしって言ってたし、誰が作ったんだ?」
そんな質問。俺は答えに困る。
(さすがにセイバーの事は言えないしな……何て言おうか)
「えっと、マンションの隣に越して来た人が、その……親切な人でさ。……たまに弁当とか……俺に作ってくれたりするんだ」
かなり無理がある嘘。けれど弘明は……。
「ふーん。ま、彼方がそう言うなら、そうなのか」
俺の言った事に納得はしてくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。
「それよりもその弁当、俺にも少し分けてくれよ。代わりに購買部で買った焼きそばパンを半分やるからさ」
「……仕方ないな。なら、本当に少しだけだからな」
俺と弘明は弁当と焼きそばパンを少しシェアして、昼飯にした。
弁当を食べながら他愛のない話。気に入っている音楽の話とか、弘明が彼女が欲しいと言う愚痴的なのを云々……あいつは大体こんな感じのやつだ。
「──でさー、今度の定期テストとか難しそうじゃん。俺は数学と英語が散々だからな、今度勉強を教えてくれないか?」
「今習っている範囲でか? 俺自身復習にもなるし、それくらいなら構わない」
「サンクス彼方! 助かるぜ!」
高校生らしいと言えばらしい会話。そんな中で、弘明はある話を呟く。
「……そう言えば、定期テストとかも『あいつ』はどうするんだろうか。学年を上がるにもテストで一定の成績を取らないとなのにな」
「あいつって、誰だ?」
自然に気になって聞いた言葉。そして帰って来た答えは。
「ああ、彼方には言ってなかったけ。俺のクラス、一人不登校気味の奴がいるんだ。
悪い病気を患っているせいでろくに学校にも来れなくて、確か竜禅寺って変わった名字で名前は……そうそう! タケルって名前だったな」
「竜禅寺……タケル?」
タケルと言う名前の、不登校気味の同学年生。俺にとって……引っかかる名前だった。
(技術展でガイアスのテロに巻き込まれた時、赤い髪の竜少女……サーヴァント・ランサーを連れていた同い年のあいつも、タケルって名乗っていた。
まさか……)
その事を俺が考えていた最中、ガヤガヤとした声とともに屋上に複数人やって来る音がした。
「さすがですカシラ! あの胡散臭い男と、ガイに怪我なんて負わせやがったあのジジィ、二人まとめて叩きのめすなんてっ!」
「オーケー、オーケー。叩きのめしたって言うか、その前に尻尾巻いて逃げて行ったんだけどな。ま! 次に会ったら今度こそボコボコにブチのめしてやるぜ!」
聞こえて来る妙な会話。そして扉から現れたのは……黒い特攻服を羽織った不良集団。
金髪にリーゼント、昔のヤンキーのような格好をした男女の、柄の悪い連中ばかり。弘明は連中を見てギョッとして言う。
「うげっ! あいつら『激轟団』じゃないか!? ここで鉢合わせるなんて」
激轟団の事は俺も知っていた。天宙学園の生徒で構成された暴走族、バイクに乗って集団で自由勝手に走り回っているのはそれなりに有名だった。
学校でもあんな格好で、柄の悪そうな奴らが数人集まって行動している。俺はあまり意識したことはないが……他の学生の多くが関わり合いになるのを避けているらしい。
「どうする彼方……因縁つけられるのはまずいぞ」
弘明が小声で俺に言って来る。けれど俺は不良集団の真ん中、奴らのボスみたいな学生に意識が向いた。
割と人数がいる不良を率いて、慕われている様子を見せるのは……女子、つまり大昔で言う所のスケバンだ。女性の割には不良の男子生徒にひけをとらないくらいに高身長で、袖を通さずマントのように羽織っている特攻服の合間から見えるスタイルは細身ながらも少し筋肉質。多分高等部一年の俺たちより年上、二年生くらいに見える。それに──。
(染めた髪ではない、綺麗な金髪にブルーの瞳と白い肌。……外国人のスケバンだなんて)
まるでライオンの鬣を思わせるショートヘアーの金髪と、鋭くて凛々しい瞳の碧眼と顔立ち。本当に獅子を思わせる少女、彼女が天宙学園の暴走族、激轟団のトップらしい。
「──おうっ、てめぇらっ!」
「!?」
向こうも俺たちに気づいた。不良男子が三人前に出てきて俺たちに詰め寄る。
「ここは俺たち激轟団の場所なんだよっ!」
「だからとっとと出て行けよ! 痛い目に遭わないうちにな!」
脅しをかけて来るような言葉。弘明はびびっているみたいで俺に言う。
「早く行こうぜ。……因縁なんてつけられるのは嫌だろ?」
確かに嫌だ。けれど、理不尽に追い出されるような真似……納得なんて出来るわけがない。
そう躊躇っていると不良の一人が俺の前に来て乱暴に襟首を掴む。
「てめぇ! 聞こえなかったのか? 出て行けって言ったんだ、でないと──」
けれど相手が言葉を続ける事はなかった。
俺の真横に一瞬だけ人影が現れ太刀の柄で不良の胴体を突く。一撃で不良は大きく突き飛ばされて、床に倒されて気を失う。
「……え? 彼方?」
弘明は何が起こったのか分からなかったように唖然としている。激轟団の不良達も。
「何だ、今の?」
「一瞬何かが見えた気がするけれど……どんな手を使った?」
ただ驚いていたのも少しだけ。今度は大半の不良が俺たちを取り囲んで構えて来る。
「よく分からねぇが、よくもやってくれたな! ただで済むと思うなよっ!」
明らかにマズい状況だ。
「どうすんだよっ!? このままじゃ俺たち二人ともボコボコにやられるって!」
半分混乱気味の弘明。俺も思わず後ずさる。いくら何でもこの状況は不味過ぎる、逃げようにも逃してくれるとは思えない。絶体絶命……そんな中。
「
凛とした響く声。あの金髪の女子生徒、激轟団のボスが不良達全員を制した。
「……カシラっ。しかし……」
「いきなり早まった真似をしたアイツが悪い。──あの時と似た状況なのは、少し釈だけどな」
外見は外国人っぽいけれど、ほとんど訛がない流暢な日本語を話す彼女。
倒れた不良は別の不良が担いで連れて行く。それを横目で見守りながら、ボスは俺の方を見て──。
「悪かったな、アタイの仲間が勝手な事をして」
「こっちこそ君の仲間をあんな目に遭わせてしまった。申し訳ない」
俺の方も謝る。彼女はふっと軽い笑みを浮かべる。
「素直に謝れるなんて、お前はいいヤツだな。──気に入った。名前を聞かせてくれないか?」
こんな事になるとは思わなかったが、俺は答えることにする。
「高等部一年……空上彼方だ」
「一年か! ハハッ! ならアタイは一つ上の先輩だな!」
派手に笑い声を上げた後、向こうも自己紹介を返す。
「アタイは行き場のない奴らの寄せ集まり──『激轟団』の頭領、アルス・アランシアだ。
覚えて貰ったら嬉しいぜ、彼方」
そう彼女……アルスは屈託のない笑みを浮かべる。
「さて、と。挨拶もした事だしアタイは満足だぜ。
昼飯の邪魔をしちまって悪い。屋上はお前達に譲るぜ」
羽織った黒い特攻服を翻し、彼女は背を向ける。仲間の不良達にも命じて屋上から去らせた。そして彼女が最後に残った後、少し振り返って横顔を向けると。
「じゃあな、彼方。──
右手で軽く手を振りながらアルスも俺たちの前から去った。
残った俺と、弘明。弘明は激轟団が完全にいなくなるとほっと息をついて俺に言う。
「……やっといなくなったぜ。
彼方、あんな真似してどうするつもりだよ? 不良に手を出して、もし本当に因縁なんてつけられたら……たまらないぞ」
「それは──」
俺は言い返そうとしたけれど、断念した。
「悪い、弘明」
ここは素直に謝った。弘明は口元を緩めて、クスクスと笑う。
「なんてな。確かにドキドキはしたけれど、案外スリルがあって悪くはなかった。それに彼方があんな真似するなんて意外な面も見れたし。
勉強だけじゃなくて喧嘩も強いなんて思わなかったぜ」
「はは……そう、だな」
苦笑いしながら答えて返す俺。けれど、あんな事をした本当の犯人は……別にいる。
────
俺は昼食を済ませた後、弘明と別れて一人学園の用務倉庫に入る。
(勝手に入るのは不味いけれど、仕方ない。ここなら確実に……二人だけで話せる)
「──いるんだろ、セイバー」
傍から見れば俺一人だけ、誰もいない場所で呼びかける。
けれど……俺の声に応えるように、何もない場所から実体化して人影が姿を現す。機械仕掛けの太刀を背負い、眼帯を付けた中性的で可憐な少年、もしくは少女のサーヴァント──セイバー。
「お傍におります! 主様」
やっぱりついて来ていたのか。
サーヴァントは半実体の存在。普通の人間のように実体化する事も出来れば、幽霊か何かのように見ることも触れることの出来ない非実体──霊体化する事も可能だ。
セイバーは霊体化した状態で学校までついて来ていた。そして……
「……一瞬だけ実体化して不良を吹き飛ばした。どうしてあんな事をしたんだ」
俺の声にきょとんとするセイバー。それから当然のように答えた。
「はえっ? だってアイツ、主さまに手を出そうとしたんですよ? 当然の報いであります」
「あのまま屋上から出ていけば済む話だったんだ。確かにすぐ出ようとしなかった俺も悪いかもしれないけど、あれはやり過ぎだ。
俺を守ろうとした事は嬉しい。けれど、もうあんな真似はしないで欲しい。本当に助けが必要な時には俺が直接言うから」
途端、今度はセイバーはしょんぼりとした様子を見せる。
「……申し訳ありません。次からはちゃんと、気をつけるであります」
ううっ……セイバーの潤んだ瞳を見ると、こっちが悪い事をしている気になる。
「分かってくれればそれで良いんだ。それに、何であれ俺を助けてくれたことには感謝しているし……だから、その、あまり気を落とさないで欲しい」
本当に、一体俺は何やっているんだろうか。そう思っていた時に、少し調子が戻ったセイバーはある事を俺に伝える。
「でも、不良達もよりもあのアルスと言うヤツ、彼女が一番ヤバかったのでありますよ。
ボクと同じように霊体化したサーヴァントを控えさせていて、その気になれば主さまに何かするかもって思うと……」
思いもよらない言葉だった。
「今、何て言った?」
俺はもう一度聞き直す。セイバーは軽く頷いてこう言った。
「はい。あの不良のボス……傍に霊体化したサーヴァント連れていたと」
「つまりアルスは俺と同じ──」
「──聖杯戦争のマスターでありますね。言葉にはしていませんでしたけれど、向こうも明らかに主さまがマスターだと気づいていた風でしたし……主さまもお手にある令呪に、反応があったのではありませんか?」
「令呪……そう言えば」
セイバーの言う通り、アルスと遭遇したあの時に右手あるアザ、聖杯戦争の参加権でもある令呪が熱くなっていたように感じてはいた。……状況が状況で気にする暇はなかったけれど、改めて考えると妙な事だった。
(あの反応は、近くに別のマスターがいた事を示していたのか。それがアルス・アランシア……激轟団のボスである彼女)
アルスも俺がマスターだと感づいていたとも言っていた。聖杯戦争はそれぞれのマスターとサーヴァントの組同士の戦い、ならば……。
「俺の事を知った以上、確実に狙って来ると言うことか」
「他に狙う相手がいなければ……おそらく。遅かれ早かれ戦うしかありません」
思わず頭を抱える。
戦いだなんて考えたくはない。俺が聖杯戦争に加わったのはとっさにセイバーを守ろうとしたに過ぎなくて、本当にそうしたかったわけでもない。
「心配無用でありますよ! こう見えてもボクもサーヴァントですから。主さまが一緒なら、きっと誰にだって負けません!」
そう言ってくれると、心強くも思える。けれど……。
「その気持ちは受け取っておくよ。だけど今は、あまり戦いとか考えたくはないんだ。
……それより学校が終わったら何か作って欲しい。セイバーの作る料理、正直美味しくてさ。全然軽いものでも構わないから」
現実逃避気味に話題を変えようとした自分、我ながら内心情けがないと思ってしまう。
「主さまがそう言うのであれば。……ふふっ、美味しいのをお作りしますから、期待してください」
それでも俺のサーヴァント、セイバーはそんな俺に失望一つしたりせずに、変わらない様子で優しく応えてくれた。