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次の日も、いつもと変わりがなかった。
学校での勉強も、休み時間も変わりなかった。あまりにもいつもの日常で……昨日の事なんて何もなかったかのように思ってしまいそうなほどに。
そして放課後。俺は弘明と軽く喋ってからマンションに帰った。
「さて……と」
家に帰って、机の前で勉強に励む。まだ一年だけれど、俺が目指す宇宙航行士官校は難関中の難関、今からでも頑張らないといけないのだから。
「お疲れ様です、主さま。お勉強も頑張りになられてさすがです」
「当然だよ。自分の夢を叶えるには……自分で頑張らないといけないとだから」
俺は目を通していた、現在における宇宙船舶航行技術を記した参考資料から一旦離れて、セイバーの方へと視線を向ける。
「セイバーが家事を手伝ってくれるおかげで、俺もこうして勉強に集中出来る。これなら今度のテストで学年トップ……までは行かなくても、十位以内には入れそうだ。
ありがとう、本当に助かっているよ」
素直に出た感謝の言葉。セイバーは照れたようにはにかんだ。
「主さまの感謝の言葉、感激の極みであります。
──ささ、お疲れかと思いまして、砂糖入りの甘いホットミルクをご用意させて頂きました」
セイバーが手に持って来ていたのは熱いホットミルクが入った、湯気立つコップ。
俺は礼を伝えてからコップを受け取り、一口。確かに甘い味、勉強の疲れもふっと和らぐ感じがする。
(勉強も初めてから大分時間が経ってしまった。空も、とっくに夜空だし)
窓辺から見える外、街は明かりでまだ昼のように明るいけれど、それでも空を見れば日は沈んで、代わりに星が瞬く夜空になっていた。
(明日もまた学校がある。良いところで切り上げて、夕食とシャワーとか済ませて寝たいな。……ん?)
机に置いていた携帯が鳴っていた。確認してみると着信相手は学校での友達、弘明から。こんな夜に電話するなんて、何か用でもあるかもしれない。
「もしもし。電話をかけてきて、どうかしたのか?」
電話を取って、弘明からの声が返ってくるのかと思っていた。──けれど。
「
弘明じゃない、凛とした女子の声。電話はたしかにあいつの携帯からのハズなのに、どうして? それにこの声も聞き覚えがある。しかもかなり最近に。
「……まさか」
「おいおい、昨日会ったばかりなのに忘れたなんて言わせないぜ?
このアタイ、アルス・アランシアを」
高等部二年、一年年上の先輩で不良暴走族グループ『爆轟団』のボスをしている女子生徒、アルス・アランシア。そして──俺と同じ、聖杯戦争に参加しているマスターの一人。
「どうして……これは弘明の携帯のはずだろ?」
俺の問いにアルスは含み笑いを漏らしながら、続ける。
「弘明とは
今は二人。いいや……『バーサーカー』と三人だ」
「!!」
バーサーカー、それがサーヴァントの名前か。
「彼方、弘明の奴もここにいるんだ。だから……今から会いに来ないか?
もちろん、もう一人のお前の『フレンド』と一緒にな」
俺でも理解出来た。彼女は弘明を人質にして俺と、そしてセイバーを呼び出そうとしている事を。
(セイバーの言う通り、俺がマスターである事もアルスは知っていた。……くそっ)
「弘明は関係ないだろ? もし危害を加えたなら……」
「ムキになるなよ。心配なんてしなくても、奴には傷一つつけていないぜ。
まぁ、今の所はな。そこまで気になるならさっき言ったように、会いに来ればいいだけじゃないか」
俺の焦燥をどこ吹く風とでも言うように淡々と言うアルス。
「……くっ」
「アタイらのいる場所は本土側の街外れ、旧ハイウェイの入口前だ。
じゃあな。せいぜい楽しみに待っているぜ」
通話が切れた。
俺はセイバーと顔を合わせて、呟く。
「あいつもマスターだって言っていた。それを、こうして呼び出したと言うことは……戦うつもり、なんだよな?」
複雑な心境。セイバーも心苦しそうにしながらこたえた。
「はい。それぞれサーヴァントを率いたマスター同士が戦い合う。それが聖杯戦争ですから」
「……」
気が進まない。けれど、成り行きだとしても俺も聖杯戦争に参加してしまった……マスターになってしまったのだから。
それに弘明は学校で唯一友達になってくれた相手で、俺のせいでこんな事に巻き込まれた。責任だってある。覚悟を決めるしかない。
「──行こう、セイバー。マスターとしてどれだけ出来るか自信はない。けれど弘明も、セイバーも俺の大切な友達だ。
失いたくなんてない。だから……戦うしかないのなら、勝つためにも」
さっきまで俺を気にかけていたセイバーも、安心したようにして。それから自信一杯にこう言ってくれた。
「仰せのままに、主さま! このボクにお任せ下さいっ!」
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旧ハイウェイ、それは半島に位置する天宙市の外れに位置する高速道路の跡地だった。
本土側の山岳麓、鬱蒼とした森を横切る老朽化した道。……二十年近く前は使われていたようだけれど、天宙市が設立されてから高速のルートも変わった事で廃棄、封鎖された道路だった。
Aエナジー駆動のバイクに乗って一時間ほど、俺はアルスとの待ち合わせに指定された旧ハイウェイ近くの森の中にたどり付いていた。
(何とか来れたけれど……近くには照明もないし、木と草ばかりじゃないか。天宙市から少し離れただけでこれとはな)
森を横切る道路を走りながら辺りの暗い森を見渡す。バイク左右のミラーに見え隠れする都市の摩天楼と街明かり。距離はそこまで離れていないはずだけれど、高い木々に隠れてその光さえほとんど届かない。
「少し気味悪い場所でありますね。生き物の鳴き声もしませんし」
ヘルメットを被って俺と相乗りしているセイバー。俺は少しだけ振り向いてこたえる。
「確かにな。普通だったら少しは聞こえるはずなのに、気配さえない気がする」
まるで何かを畏れて、この近くから逃げ出したかのように。俺の考え過ぎなら良いけれど……。
「でも主さまと、身体を密着してこうして二人で。ボクは幸せでありますよ」
「これから戦うかもしれないって言うのに。……セイバーは相変わらずだな」
惚気たセイバーの言葉に俺は半分呆れる。けれど内心緊張で堪らなかった俺にとって、残り半分は救いにもなった。
願わくば、また二人で無事に帰りたい所だ。
森の道を抜け、バイクは旧ハイウェイの入り口に到着した。そこには──
「約束通り来たんだな。くくっ、良い度胸だ」
古びて不良の落書きまみれの高速入り口、インターチェンジ前に両腕を組んで一人待ち受けていたアルス。俺もバイクから降りて彼女のもとへと向かい、対峙する。
獅子を思わせる威圧的な雰囲気とスケバンな格好、それに俺よりも高身長なせいで思わず圧に押されそうになる。それに少し離れた場所に置かれているのは彼女が乗ってきたと思われる大型の……街で使われているAエナジー駆動形でも電動でもない、昔主流だった液体燃料──ガソリンで走る鋼色で重厚な外観のバイクだった。
「弘明は……どうした」
けれど、捕まっているはずの弘明の姿はない。俺の言葉にアルスは可笑しそうにしながら……。
「ああ、あの話か!
「何だって?」
「今どき誘拐や人質なんてヤクザな真似をするかよ。知り合いの女子にデートのふりを頼んで、しばらくの間相手して貰っていただけさ。……ま、コッソリ携帯を拝借して彼方に電話したから、それに気づいて慌てているかもしれないがな。明日には返しておくぜ」
不良かもしれないが、嘘をついているような様子ではない。俺は内心少し安心した。アルスはそこまで悪い奴ではないのかもしれない、だが──。
「主さまを騙すなんて……許せないであります。覚悟するでありますよ」
セイバーの方は早速戦闘態勢で、背中にかけた太刀の柄を握る。アルスはそれさえ面白そうに見つめている
「ほう? 隣の奴が彼方のサーヴァントか。悪いが、そいつは弘明みたいに見逃すことはしないぜ。
確実に
彼女の呼びかけに応じるように、近くの森林から雄叫びが上がる。
「何だっ!?」
響く大きな足音と、木々をへし折る音。それは段々とこっちに迫り……アルスのすぐ右横の木々を粉砕しその姿を表す。
「てめぇらが俺たちと戦うマスターとサーヴァントだっけか! 今度は、どっちとも子供みてぇだな!」
現れたのは短い金髪の逞しい褐色肌の大男。顕になった胸の大きな傷跡に入れ墨が彫られた両腕、手にはそれぞれが鎖で繋がれた、剣先の大きさが異なる二本の剣を握っている。
血のような真紅色が染み入ったかのような大剣を左手に、右手には鋼鉄の棍棒に近い形状の剣を持ち……古代の歴戦の勇士を彷彿とさせた。
(嘘だろ……俺が見てきたサーヴァントの中でも、一番強そうじゃないか!?)
知っているサーヴァントは和服姿の優男なアーチャー、竜のような角と尻尾を生やした少女のランサー、そして華奢で性別不詳の俺のサーヴァント、セイバー。見た目で言うなら今目の前にいる四人目のサーヴァント、バーサーカーが圧倒的に強く見える。
(バーサーカー──狂戦士の意味を持つサーヴァントか。本当に……あんな奴に勝てるのかよ?)
「ハハハハ! どうだ、アタイのサーヴァントは! その男か女か分からないような、弱っちそうなサーヴァントよりずっと強そうだろ?」
自分のサーヴァントを引き連れて得意げなアルス。確かに、自信を持つ気持ちは分かる。対して俺は内心怖気づいている……けれど。
「ふんっ! そのデカい図体、ボクの太刀でぶった斬ってやります!」
俺のサーヴァント、セイバーは物怖じせずにあの大男と対峙している。
……そうだな。敵がいくら強そうに見えても、セイバーだって戦う力はある。サーヴァントの力に外見は関係ない。
「俺のサーヴァントだって、ずっと強い! アルス! 戦うと言うなら俺たちも本気で相手するだけだ!」