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深い闇を地上に落とす深夜の空。
曇りのせいで星さえも瞬かない闇の下で、僕とランサーは指定された場所に来ていた。
左耳にはめた小型通信機から連絡が届く
『工業区第十三号通路、間もなく対象の通過予想時刻です。タケルさま、様子はいかがですか?』
「近くの工場から視認している。今の所、道路を走る車両は一台も見えない」
天宙市、工業・産業区画に位置する工場の屋根から辺りを伺っている僕たち。ハルが指定していた道路にも、その他周囲にも車両はもちろん、人間の気配もない。
今の時代、工場は殆ど全自動と言っても良い。多くの工場が建てられていてもこの区画に人間は殆どいない。つまり何が起こったとしても目撃される可能性も低いと言うことだ。
(聖杯戦争の監督官であるハル、彼女にとってもガイアスの関与は放っておけるものじゃない。
だからこそ僕とランサーに捜査協力を持ちかけた。……ずっとガイアスを追い続けた僕にとっても丁度良い提案。そして──)
ハルから、何者かが大量の資材を運搬する動きがあると情報提供があった。
その正体も、資材を何処に運んで行くのかは、途中で行方をくらまされて掴めていない。けれど組織的な行動……恐らくは市内のどこかに潜むガイアスの仕業の可能性が高い
僕たちは……それを突き止めるためにここに来た。
「あの女の情報、本当かしら? 何も来ないじゃない」
傍に立つランサーは不服を漏らす。
彼女の言う通り、相変わらず周囲には何か起こるような気配すらない。僕は再度ハルに連絡を取る。
「まだ何も変化はない。本当に来るわけ?」
『ルートは間違いはないはずです。しかし付近の監視映像で確認しても異変はなく……一体どこに』
ハルさえも分からないみたいだった。
せっかく手がかりが掴めると思って来たのに、見失うなんて。内心苛立ちを覚えていた時──急にランサーが翼を広げて前に乗り出した。
「いきなりどうしたんだ?」
表情は何か察知した様子で、向こうに見える十三号通路に注意を向けていた。そんな様子のまま彼女は僕に言う。
「姿も見えないし音もしないわ。けれどドラゴンの特性を持つアタシなら、空気の流れを感覚で知ることが出来るの。
いくら痕跡を消しても、物体が存在する以上は周りの気流に幾らか影響が出ると思わない?」
「それは……まさか」
ランサーは自分の槍を手にして、告げた。
「この道路を移動して来る気流の乱れ……それを狙うわ。分かっていると思うけどマスター、魔力の方は頼んだわ!」
そう言うとすぐに屋根を飛び降りて先に向かう。
一見何もないはずの道路。ランサーは一瞬で迫り──槍を振るった。
槍先は空を切ったかの思えた。けれど、何もないように見えた空間が響く金属音とともに、大きく切り裂かれた。
姿を隠しながら道を走行していた何か。ランサーの一撃で霧が晴れるようにして、隠れていた本体が露わになる。
『タケルさま、いかがしましたか?』
「対象を発見した。
……資材運搬用の大型トラック。何らかの手段で姿を隠していたけれど、ランサーのおかげで発見できた」
ボクはハルにそう報告する。
攻撃で姿を見せたのは、黒い大型トラックだった。ランサーの一撃でボディ側面に亀裂が入り、衝撃で走行が乱れて道路を外れて壁に激突する。これで一旦は動きは止まった。トラック後部が開き重火器で武装した私兵が五人、さらに上部のハッチが開いて三メートル級の人型機体が一機迎撃に現れた。
(トラック一台でこの護衛兵力、やっぱりガイアスの仕業か。でもランサーの敵じゃない)
いくら武装してもたった五人と一機、ランサーは一分もかからない間に全て行動不能、撃破した。僕はそれを見届けてから下に降り、静止したトラックの傍に立つ彼女の元に向かう。
「ざっとこんなものね。普通ならまだしも、サーヴァントであるアタシの敵じゃないわよ」
得意げに話すランサー。その傍には倒れた五人の兵士と、少し離れた場には頭部ごと胴体を穿かれて破壊された人型機体の残骸があった。
「殺してはいないわ。全員気絶させただけ、運転手も衝突のショックで気を失っていたわ」
「そっか。ありがとう、ランサー」
情報を聞き出すためにハルからは生け捕りを命じられていた。物資をどこに運ぶつもりだったかさえ分かれば、そこからガイアスの拠点が割り出せるかもしれない。今のうちに倒れた兵士の武器を取り上げ、動けないように縛り付ける。それから……開いた後部ドアに目を向ける。
(一体何を運んでいたんだ? 中身は……)
「念のためにアタシもついて行くわ。マスターも十分に警戒してね」
先に探ろうと荷台に入る僕にランサーも同行する。
内部は暗いけれど視認には問題なかった。そこにあったのは……幾つもの機械の部品だった。
(これは、何かのパーツなのか? 一つ一つの部品がかなり大きい、完成すれば巨大な装置でも出来上がりそうだ)
何のための部品かは僕には分からない。ただ秘密裏に、護衛までつかせて運搬している事を考えれば……ガイアスにとって重要な物だと言うのは想像がつく。
(調査も行うとハルは言っていた。……調べれば何か掴めるだろうか。ガイアスの……あの男の目的が)
僕なりに思案を巡らせていた最中、奥の暗闇から反射して光るものが僅かに見えた。
光は急に一直線に迫り──僕の方に。
「危ないっ!!」
ランサーが僕を突き飛ばす。光の軌跡は彼女の左脇腹をかすめて、切り傷をつけた。
「くぅ……っ!」
痛みで表情をひきつらせながらも、槍を駆り何かを狙い突き刺した。
荷台の内壁ごと串刺しにしたそれは……人間の右腕だった。最初は何一つ見えなかったけれどランサーが突き刺した部分から、徐々にその姿があらわになる。
「……よくも、やってくれたな」
姿を見せたのは黒いタキシードを着た、色白で痩身の男。育ちの良さそうな身なりと顔立ちで、僕とランサーに敵意と憎悪が混じった視線を向ける。
「この感じ、アナタは本物の『魔術師』みたいね。
魔術師はガイアスの総帥だけだと思っていたけれど、他にも何人か関わっているのかしら?」
「サーヴァントの分際でアルフォンテ家の次期当主である、ミハエル・フォン・アルフォンテに口を利こうとするとは、身の程を知るが良い。
たかが……使い魔如きが!」
貴族か何かなのか、随分高慢な態度を見せる男。魔術師と言うのはそんな人種なのか?
侮蔑を向ける男の態度にランサーは別段驚きもしない。けれど、男の右腕に突き刺したままの槍を、彼女はぐりぐりと動かす。傷口をさらに抉られて彼は呻き声をあげる。
「ぐあぁぁっ!」
「口の利き方に気をつけた方がいいわ。貴方は魔術で自分はもちろん、トラックさえ丸ごと透明化、気配遮断を成せるみたいだけれど……たかが使い魔に破られる程度なくせに」
嗜虐的な笑みを浮かべながら男を痛めつけるランサー。それから思いきり侮蔑するようにして告げる。
「さぁ、答えて貰おうかしら。ガイアスはこんな物を集めて何をするつもりなのか。
だってアナタが召し使える『主人さま』なんでしょう? 主人さまのためにあくせく働くその姿はまさに忠犬。いいえ、大事なおつかいをしくじったのだから、せいぜい駄犬かしらね」
彼女の言葉に、男の顔が明らかに赤くなるのが見える。そして……。
「召使……犬だと? 私を侮辱するとは許さん。我々とあの方は同じ望み──今ある文明を巻き戻し、魔術世界の復興を目指す『同志』なのだっ!
ガイアス……はっ! そんな物は愚かな科学文明を打ち壊す為に利用しているに過ぎん。あの方は天原銀星が始めた聖杯戦争を利用しサーヴァントも手に入れた。奴の能力と『あれ』が完成さえすればお前たちも! まがい物の聖杯戦争も……この世界も! 全て破壊して下さるはずだ!!」
激情とともに早口にまくし立てる男。これを聞いたランサーは肩をすくめながら、僕の方を向いて言った。
「やっぱり、この男も含めた複数の魔術師がガイアスに関わっているのは正しいってわけ。それに目的は聖杯戦争そのものと言うより、兵器の類を完成させる事にあるみたいね。
今はこれだけ聞き出せれば十分。魔術師でもああ言う人間はプライドを刺激すれば少しは喋るかもとは思ったけど……上出来だわ」
彼女は情報を引き出すためにわざと挑発したみたいだ。男も自分がしてやられた屈辱で顔をそらす。
「……」
魔術世界の復興だって? そんな事のためにガイアスを操り多くの人間を巻き込み犠牲にした、あの男の手先。
(この魔術師も僕の……仇。出来るなら──)
怒りで男に迫ろうとする。そんな僕をランサーは制した。
「……気持ちは分かるけれど、ここはこらえて。
後はハルに任せましょう、マスター。拷問で口を割らなくても自白させる技術は用意しているはずよ。もっと情報が手に入れば……ガイアスの総帥の元に辿りつけるはずですもの」
「そう、だね」
ハルの狙いは情報を聞き出すためのガイアス構成員の生け捕り。さっきのような下っ端ではなく、魔術師であるこの男なら……もっと中枢の情報を知っているはず。
いずれ捕獲に来るはずだ。そうすれば──。
「く……ははははっ!」
急に男が自暴自棄めいた含み笑いを始めた。ランサーさえも気味悪がる程の男の笑い、そして僕と彼女を睨みつけて言った。
「下等な使い魔と、科学などでマスターもどきと化した小僧一匹ごときに……由緒正しい魔術師の血筋を引く私が屈するものか。
私が誤りを犯した事は認めよう。だがこれ以上渡すものなど何一つとしてない! ──貴様ら共々道連れにしてやろうぞ!」
「「!!」」
明らかな悪意と敵意、そして殺気。
直感的に僕とランサーは外に飛び出した──次の瞬間、トラックは大爆発を起こして吹き飛んだ。
「ギリギリ、間一髪か」
勢いよく飛び出したせいで身体を打ち付けはしたけれど、とっさの受け身と身体の強化でダメージはない。ランサーも勿論無事だ。
「そうね。私達は無事だけど……向こうは酷い有り様ね」
僕たちの背後には、荷台が吹き飛んで炎上するトラックの姿。
「あの男、自爆するなんてね。あれじゃ身体は木端みじん、運んでいた部品もきっと……」
「自分ごと証拠を消すって……くそっ!」
真っ先に気絶でもさせておけば良かった。僕自身、見積もりが甘かったと後悔する。
丁度、その時に向こうから大型装甲車が二台、走って来るのが見えた。
今なお炎上中のトラックの近くに停車し、開いた扉からコズミック・セントラルの会長、天原銀星直属のエージェント三人とその指揮下にあるロボット六台が降り立つ。そして最後の一人も……。
「お二人とも、お疲れ様でした」
エージェント同様に黒いスーツを纏った赤い右目の女性型アンドロイド、ハル。
「……」
「状況はタケルさまに取り付けて頂きましたカメラマイクから把握しています。
超常を可能とする力を持つ魔術師の組織的関与。今度の聖杯戦争でガイアスの秘密が明らかになった事は、ギンセイさまにとって大きな収穫でしょう」
確かにそうかもしれない。けれど、もっと──知ることだって出来たはず。そう考えると……。
「その表情、浮かない様子ですね。
……確かに魔術師と思われる男がトラックごと爆発してしまったのは痛手です。しかし残骸からでも調査すれば出処、及び目的が分かるかもしれません。人間の言葉で言うなら『落ち込むのはまだ早い』──と、言うものです」
確かに、エージェントとロボットは既に現場検証に取り掛かっていた。
「餅は餅屋ってわけ。まぁ、仕方がないわね。マスターもこれで良しとしましょう」
「そう……だね。後はハル達に任せるよ」
納得はしきれていない。でも出来る事は全てし終わった、なら──。
「──タケルさま」
急に改まるようなハルの言葉。僕たちは彼女に視線を向ける。
「まだマスターに何かあるのかしら? 話があるならさっさと言いなさい」
右手に槍を持ったまま、左手を腰にあてて睨むランサー。ハルはそれに構わずに淡々と告げた。
「先に申し上げておきますが、どうか警戒して下さい。
──サーヴァント・アサシンと、そのマスターがこちらに向かって来ていますので」
「!!」
この騒ぎを何処かで見られてもいたのか。他のマスターが来るなんて。
「タケルさまもご存知とは思いますが、私は聖杯戦争の監督官。
マスター同士の戦いには中立。贔屓はしませんので、ご理解を」
「言われなくても分かっている。
──ランサー、無理に戦う必要はない。脇腹の傷もあるし退いた方がいいと僕は思う。……君は?」
僕は彼女にも意見を聞く。
「アタシも同感よ。テロリストを相手に続いてサーヴァントの相手なんて、今は面倒くさいわ」
手をひらひらと振って、うんざりと言うようなジェスチャーで示すランサー。……だったけれど、次に彼女は何か察知したかのように東の方角に視線を向けると。
「いいえ待って。この気配…………まさに運命かしら」
独り言のように呟いて。それから僕に対してこう言った。
「マスター、やっぱり撤退の話はナシだわ。
気配の接近速度からして逃げるのも間に合うか怪しいし……それに『彼女』とは戦わなければいけないって思うから」
ランサーは言うやいなや自身の武器を構える。本当に、もうすぐそこにまで来ているみたいだ。僕も覚悟を決めるしかない。
「──来ましたね」
近くでハルがそう呟く。そして僕たちが見る先の、東方向の道路。二人の人影が奥の闇から姿を現した。