「──主さま、少し宜しいですか?」
さっきまでと一転した警戒するような態度。俺も気にはなる。
「何かあったのか?」
「はい。あのヨットの一つに……サーヴァントの気配を感じます。
前にも一回覚えがあるランサーのものです。でも感じた気配は……何だか弱々しくて」
セイバーのその台詞。つまり……。
「弱っているランサーが、近くにいると言うことか」
「マスターも近くにいるはずです。でも弱っているのは確実で、倒そうと思えば今が一番であります。
遅かれ早かれ、聖杯戦争を続けるなら全員倒さなければでありますから」
言っている事は正しい。倒せるうちに倒す、それも手だ。
だけど、どうも俺には向かない方法だ。
「セイバーのアドバイスは有り難い。けど、それならまず話くらいはしたいと思う。
前に協力してくれた礼もあるし、話が通じないわけではない相手だとも思うから。……もしかすると」
俺には少し考えがあった。上手く行くかどうか分からないけれど、ランサーとそのマスター──タケルとは話をしたいと思っている。
「主さまのお考え、分かりました。
まずは話し合いから。でも万一の時には、容赦なく切り捨てるでありますよ」
「分かった。セイバー、二人がいるヨットに案内して欲しい」
セイバーが先導し、俺が後をついてヨットハーバーの桟橋を歩く。
左右には巨大なヨットが並んで停めてある。そのうちの一つに……。
「──このヨットであります」
一隻の大型ヨット。例に漏れず家と同じくらいの大きさで中は広そうだ。多分、誰か金持ちの所有しているものだろうか。
勝手に入るのは申し訳ないと思いつつ、俺たちは桟橋からヨット甲板に上がる。……けれど静かで、反応はない。
「間違いなく、ここにいるのか?」
「気配の出処はこの中で正しいであります。……やっぱり弱っている気配ではありますが、ここから逃げようともせずに潜んでいるなんて」
険しい目つきで太刀の柄を握るセイバー。
「念のためです。扉を開けるのはボクがするでありますよ。もし……襲って来たら」
警戒しながらドアノブに触り、回す。そして一気に扉を開いた──そこには。
「……何だよ」
扉を開けた先には紺色のパーカー着の、俺と同い年の少年が不機嫌そうな表情を向けていた。
「お前は竜禅寺タケル、なのか?」
学校には病気で不登校気味と聞いていて、それにランサーのマスターである事も俺は見ていた。
「そうだよ。……て言うか、あの時名乗ったよね?」
相変わらずな態度で言いながら、今度はセイバーにも目をやって言葉を続ける。
「……せっかく隠れていたのに気づかれるなんて。隠れ家を変えたいけれど……ランサーが動けない今は厳しいしな。
まぁ、他のマスターやサーヴァントじゃなくて、君たちで良かったよ」
「はぁ? どう言う意味でありますか」
舐められたと思ったセイバーはタケルに詰め寄る。
「僕のランサーを倒すつもりならとっくにしている。なのに、こうして会いに来たと言うことは、何か話をしたいと思ったから。
それに君の主さまは優しいから。例えサーヴァントでも傷ついている相手を手に掛けるような事はしないと思った…………違う?」
「このっ──」
「いいんだ、セイバー」
俺はセイバーを制した。そしてタケルに対して話す。
「理解が早くて助かる。俺たちは戦いに来たわけじゃなく話し合いに来た。
変に思うかもしれないけれど、話だけでも聞いてくれたら助かる」
彼はジトッとした瞳で俺を見つめる。それから少し目を閉じた後、こう答えた。
「別に構わない。──でもここでするのも何だし、中に入ってで構わないか?
……ランサーもそこにいるから」
もちろん。俺は応えると、タケルはそっけなくついて来るように言い、ヨットの中へと入る。
俺達もタケルについて扉をくぐり、ヨット内部の部屋に入った。
内部は二階作りらしく、入ってすぐの所はリビングみたいになってソファーやテレビ、酒瓶が並ぶ棚にキッチンなんかにあった。
「このヨット、タケルの所有物……じゃないよな」
「当然だろ? 誰も使ってそうにないヨットを隠れ家として使っているだけ。
鍵がかかっていても霊体化したランサーがいれば内側から開けられたし……ヨットのキーがないから動かせはしなくても、拠点で使うには問題はない」
人のヨットを勝手に使うのはどうかとは思う。でも今は気にしている場合じゃない。
タケルはリビングがある上階から下の階、ヨットで言う船底にある階に案内する。
そこは寝室がある階。部屋の扉を開けてベッドに横たわっていたのは……体中に包帯を巻いて満身創痍のランサーだった。
「こんな姿を見られるなんて……全ッ然、クールじゃないわ……ね!」
首だけこっちに動かして忌々しげに呟く彼女。
「酷い傷であります。ここまでの傷を追わせるなんて、相手は相当強いサーヴァントでありますね」
「はっ! 冗談じゃないわっ! ……っつ!」
ランサーは激痛を覚えながらも無理に上体を起こしてセイバーに噛み付く。
「あの女……アサシンにはちょっと油断しただけよ! アタシが負けるわけないじゃない……次こそブッ殺してやるわ!」
「『アサシン』? タケル、どんなサーヴァントなんだ?」
気になって俺はタケルに聞く。
「白い髪をした女吸血鬼……血液を自在に操りアイアンメイデンを武器にするサーヴァントだよ。
彼女と戦ってランサーはダメージを受けた。サーヴァントで治癒力は人間より上でも、まともに動けるようになるには後一日かかる。もし今襲われでもしたら、今度こそ」
「弱気なマスターなんてらしくないわよ。いざとなったらアタシは戦えるわ、マスターにはアタシの力が必要……でしょう?」
「……そうだね。僕の目的を果たすためには、サーヴァントの力が要る。だから──」
ランサーに話すタケル。俺もそれを聞いて、話をここで切り出すことに決めた。
「なぁ、タケル」
「また何か質問?」
タケルは横目で視線を向けた。
あいつの言うように実際そんな所だ。俺は一度深呼吸をして心を落ち着けて、告げる。
「俺の直感なんだが、お前は聖杯戦争そのものが目的じゃないんだろ?」
この言葉にタケルも、そしてランサーまでも視線を向ける。
「……どうしてそう考える?」
「前に会ったのはガイアスの襲撃に巻き込まれた一度きり。でも、俺はその総帥を前にした時のタケルとランサーの様子を見て、感じた。
お前たちは聖杯戦争そのものよりも別の目的……ガイアス総帥を倒すことを望んでいるんじゃないかって」
「……」
腕を組んで、今度は少し視線をそらして沈黙するタケル。
あの時──技術展でのガイアスのテロ襲撃、ランサーを従えたガイアス総帥を前にタケルは感情的に怒りを顕にし、ランサーは真っ先に彼を仕留めようとした。
だからそれが一番の狙いだと思った。もちろん聖杯戦争の報酬である願いを叶える権利も狙っているかもしれないとも考えはしたけれど……マスターであるアルス、黄龍とは違って聖杯戦争そのものに対して、熱心な様子は強くない気がした。
「俺はセイバーの事を守りたい、タケル達はガイアスの総帥を倒したい。だから出来る限り……互いに協力が出来たらと思っている。
せめてサーヴァントが互いの二人に残るまでは。……そうすれば、後は僕達で決着をつけるなりすればいい」
俺の言ったこと、そのほとんどがライダーのマスター、黄龍が持ちかけて来た内容そのものだ。
(手を組むと言うのは最適解だと思うが、あの男は明らかに俺たちを利用する気でいる。同じ取引ならタケルと組んだほうが、対等に手を結べて危険は少ない。
セイバーを守れる可能性だってきっと上がる)
手を組むなら相手を選びたい。彼に比べて愛想は悪くても、少なくともタケルの方が真っ直ぐで誠実な人間だと感じた。変に利用したり裏切るような真似はしないだろうと。
「協力……か」
タケルは顎に手をあてて考えている。一方ランサーは可笑しげな様子を見せると。
「ははっ! 弱っちそうなセイバーと協力なんて、面白いジョークね。
……あの男との決着はマスターとアタシの問題よ。今更他者の力なんて必要ないわ」
「主さまはお前ではなくマスターと話しているのでありますよ。第一、まともに戦えそうにないお前がよく言うであります」
ランサーとセイバーの間でぴりぴりとした緊張が走る。
「挑発は止めてくれ、セイバー。
タケル、それにランサー。すぐに答えを出さなくても考えてくれるだけで構わない。でも正直な所……出来れば今、せめて明日にでも決めてくれたら、俺は有り難い」
「本当、正直に言うんだ」
「……ああ。実の所、ライダーのマスターから同じ提案をされていて明日までが期限なんだ。
答えを聞くならその前がいい。そうすれば──彼らと手を組まずに済む」
「もし断れば、今ここでランサーを始末する? もし倒すなら今が一番だと思うけれど」
「……本当は戦うのさえ嫌だ。まして傷ついて戦えそうにない相手を手にかけるなんて……俺には無理。
もし戦うしかないなら、傷が回復した後、正々堂々戦ってくれた方がまだいい」
タケルは俺を奇妙げに見つめる。
「……はぁ、聖杯戦争で勝ち残りたいとは思っている割には甘いと言うか、不思議だな」
「俺もセイバーも巻き込まれただけだ。仕方ないだろ」
舐められたような態度、俺も少し気に障った。
「それはごめん。──でもこれは俺とランサーの復讐。誰かの手を借りる事は考えていなかった」
「そっか」
この答えも想像はしていた。ダメ元でもあったし、断られるなら最悪仕方がないと。だけどタケルは、僅かに間を置いてから言葉を続ける。
「けれど、ガイアスは世界規模のテロ組織。今でさえ聖杯戦争の監督官、ハルの情報提供を得て手を借りているのが現状だから。
今更手を借りない……って言うのも変な話だし、他の誰かと手を結ぶのも手かもしれない」
「……本当かっ!」
乗り気を見せたタケル。考えていた通り、やっぱり可能性はあった。
「ちょっ!? 本気でこいつらと協力する気? アタシだけでも……大丈夫よっ!」
けれどタケルのサーヴァント、ランサーは反対のようだった。
「そうは言ってない。あくまで手の一つとしては有りだと思っただけさ。
僕もすぐに決めるわけじゃない」
再び俺に向き合ってタケルは言う。
「明日までなら大丈夫なんだろう? だからその時に答えを出す。その頃にはランサーも動けるようにはなっているはずだから、どっちにしろ丁度いいし」
「分かった。俺もそれで構わない……むしろ考えてくれるだけでも有り難い」
「まだ組むかどうか決まったわけじゃないのに。……まぁ、ここまで来てただで帰すのも何だし、飲み物くらいは出すよ。
紅茶なら……淹れるの得意だし」
「ほう! 紅茶でありますか!?」
今のタケルの言葉に反応するセイバー。
「面白い! なら淹れてみるであります! 言っておきますけど、ボクは紅茶にはうるさいでありますよー」
「何よそれ? マスターにはこのアタシが淹れ方を教えたのよ。不味いわけがないじゃない」
「えー、本当でありますかぁー?」
またランサーと言い合いになりそうなセイバーに、俺は割って入る。
「変に対抗しないでくれ、セイバー。
──紅茶の方は有り難く頂戴するよ。ありがとう、タケル」
せっかくの厚意は受け取っておこう。
話も出来た。紅茶を飲んで一息した後、今日はここまで……と言った感じだ。