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俺とセイバーは紅茶を一杯奢って貰った後、タケルとランサーが拠点としているヨットを離れる所だった。
「なるほど。紅茶はあんな風に味を引き立たせられるなんて……奥が深いでありますね」
ちなみにセイバーは紅茶についても、タケルやランサーから色々聞きもしたらしい。最近だけでもやたら紅茶と縁があるな……。
「そうだなセイバー。さて、と」
俺は後ろへと振り返る。ヨットの甲板に立つタケルの姿、見送ってはくれるらしい。
「じゃあまた明日。朝で構わないか?」
「うん、それで問題ない。……またここに来てくれたら答えを聞かせるよ」
彼の言葉に俺も満足する。実際OKしてくれるかは分からないけれど、タケルも悪人ではないし話も分かる。どっちにしろ良い関係が築けるかもと思ったからだ。
「ねぇ、主さま」
傍にいるセイバーは声をかけて来た。
「どうかしたのか?」
「ボクはライダー陣営と手を結ぶのは反対でした。けれど、あの二人なら良い協力関係を結べると思います。
さすが主さま! 度量も大物であります!」
セイバーの褒め言葉に、少し笑顔で応える。
後はまた明日まで待てばいい。俺とセイバーは今度こそヨットハーバーを後にしようとした──時だった。
「ひどいですねぇ、彼方君。せっかく仲良くしていたのに……裏切るなんて」
ずっと向こうのヨットハーバーの出入り口で待ち受けていた、一人の男。
「黄龍……さん」
現れたのはライダーのマスターで、先に俺に協力を持ちかけた男……黄龍だった。
いきなりの登場にタケルも、そしてセイバーも警戒する。
「あの男も……マスター!」
「ライダーの気配も近くで感じます。けれど……これは!?」
当然俺も、彼と対峙して話をする。
「どうしてここが分かった? まさか、盗聴器でも仕掛けて──っ!?」
その時、シャツの襟元が動き、小グモのような小型ロボットが這い出て来た。
「驚きましたか? この精密な監視・盗聴ロボット。彼方君の行動、会話は全て把握していたのです。
……途中までは良い協力関係が築けると思ったのに、残念です」
俺は這い出た小型ロボットを掴むと、足元に叩きつけて踏み潰す。
そして苛立ちを込めて黄龍を睨む。
「人の事を監視しておいて、よく言うっ!
どの道俺とセイバーを利用する気満々だったくせに!」
「それの何が悪いと言うのです? 彼方君だって同じようにランサーのマスターを利用するつもりだったでしょうに?」
「代わりに俺はタケルのしたい事も手伝うと言った。……対等な関係、ただ利用する気だったお前とは違う!」
ああ言えばこう言う。……俺も同じかもしれないが。
黄龍は肩をすくめて、やれやれと首を振った。
「まぁ仕方ないでしょう。ともあれ、裏切ったのなら仕方ありません。
貴方のセイバーと、タケル君のランサーもこの場で始末するだけです。競争相手が二組も脱落すれば儲けもの……ですよねぇ?」
あの男──今ここで戦う気だ。
(肝心のライダーは今どこに……セイバーは何かを感じたみたいだけれど)
俺も辺りを見回して探る。黄龍はまるで見当違いを示すように含み笑いを見せる。
「ふふ、そう探さなくても今、彼は姿を見せますよ。
大きく揺れますから──気をつけてくださいね」
その瞬間、彼が立っていたヨットハーバー唯一の出入り口のある桟橋の底がぐっと盛り上がり、突き破って巨大な物体が現れる。
「うわ……っ!?」
「なんですかっ!?」
周囲のヨットさえ押しのけ、転覆させるほどの勢いで。衝撃で桟橋を合わせて作られたヨットハーバーの足場も、他のヨットも海辺の方へと押し流される。
「……何よ、これ」
負傷してベッドにいたランサーも、タケルのいるヨット甲板へと姿を見せた。
「ランサー、動けるのか?」
「正直キツいわよ。でも……アタシたちを襲いに来た以上、ジッとしていられないでしょ?
──あんなのを相手に、逃げるわけにいかないし」
俺と、タケル。セイバーとランサーはヨットハーバーを破壊し、浮上して現れた巨大な物体に目をやる。
全長二十メートルを超える中世の大型帆船。帆には赤い十字架が描かれた……スペイン製のキャラック船と呼ばれる種類の船舶だったはずだ。
(基礎科目も十分に履修済みだ。あの船の事も、船を出現させたはずのライダーの正体も。あいつは──)
大型帆船の甲板先頭に姿を見せる黄龍、そして装飾が施された舵輪を手にしたライダーの姿。
「むっふふ。どうよ、この俺自慢の船……感想でも披露願うぜ」
自信満々なライダーの言葉。俺はあいつを見据えてこたえる。
「十五世紀後半にスペインより大西洋横断を成し遂げて、今のアメリカ──新大陸にたどり着いた帆船、サンタ・マリア号をこの目で見れるなんて。
それを呼び出したって事はライダー……新大陸発見の功績で歴史に名を残した探検家、コンキスタドールであるクリストファー・コロンブス。──お前の正体だろう?」
「……この宝具を見れば、流石に真名も分かりますか。仕方ありませんね」
やれやれと軽い様子で言う黄龍。ライダー──コロンブスも愉快そうにしながら。
「御名答! その通りだぜ彼方! だがよ、これほど高名な船乗りを相手に、海辺での戦い。……果たしてお前さんのサーヴァントは太刀打ち出来るだろうかな?」
そして彼は舵輪をサンタ・マリア号に繋げ、言った。
「ライダー。私達の願いの為に、頼みましたよ」
「この世界で一番の金持ちになれる程の……莫大な金。それが俺とマスターが聖杯戦争に賭ける願いだ。
だからよ……勝利のために今、錨を下ろすぜぇ!
その瞬間。船はまるで巨大な生物のように生気を宿した。
魔力を宿したようなオーラを放ち、無数のエネルギー状の物体……鎖の伸びる錨を船体から生やす。触手を思わせるように船の周囲をゆらめく錨。やはりただ船を召喚したわけじゃ、ないと言うわけか。
「今の俺達で……戦えるのか?」
デタラメで圧倒的なピンチの状況。海に隔たれて逃げられない、文字通りに背水の陣だ。
「──アナタの名前、彼方って言ったわよね」
その最中に、ランサーは俺に声をかける。
「さっき話した協力関係、今結んでも構わないかしら。この状況……アタシでも切り抜けるのは困難なのは分かるもの。
──マスターも、それで良いでしょ?」
「……僕もそれで構わない。二人の答えは?」
ランサー陣営は味方になってくれるらしい。……もちろん願っていた結果だ、答えは決まっている。
「ありがとう。なら頼む、まずはあのお化け帆船とライダーを、一緒に倒そう!」
「ボクも主さまと同じであります! けれど、ボク達の足手まといにはならないで下さいよ?」
「──はっ!」
ランサーは身体の包帯を自分で解くと、跳躍してセイバーの眼の前に着地した。
「言っとくけど、いくら怪我したからって、ちょっと無理すれば戦えなくはないわよ?
そっちこそアタシの邪魔はしないでよね!」
そして二人は手にした槍と太刀を、錨が繋がれたエネルギー体の鎖を無数にうねらせる怪物船に向ける。
セイバー、ランサーは倒すべき狙いを決めて、言った。
「幾つも触手みたいに鎖を生やして、タコみたいでありますね! せいぜい美味しく料理してやるであります!」
「デカけりゃいいってものじゃないわ! ソッコーで倒してあげるっ!」
自身の大型船を操るライダーとの決戦。俺も聴覚と視覚を強化し、離れていながら戦いを見守る
「行くでありますよ!」
「覚悟なさいっ! 白ヒゲっ!」
俺のサーヴァント・セイバーと、タケルのランサーは海に浮く桟橋の残骸、ヨットを足場に飛び移りライダーと黄龍がいる船に迫ろうとする。
「おっと、威勢がいいじゃねぇか! ……だが俺のサンタ・マリアの前にはっ!!」
船から放たれ、二人の四方から襲い来る幾つもの錨。
「分かってるであります! そんな攻撃くらい!」
「当たると思ったら大間違いよ!」
それをどっちも卓越した身のこなしで避ける。
セイバーを狙って空振りした錨は、小さなヨットを粉砕する。続けざまに鎖部分を足場にして伝い駆け、一足先にサンタ・マリア号に到達する。
「……ボクの一番乗りでありますよ」
「ほう?」
甲板で待ち構えるライダー。
「ここまで来る事を許すなんて、甘すぎでは?」
「ちょっとした遊び心よ。
……どれどれ、この俺が直接手合わせしてやるよ」
ライダーがサーベルを抜くのが見える。セイバーも同じく太刀を構えて白兵戦に出る。
「──はあっ!」
「おらよっ!」
船の甲板を飛び交う二人の人影。剣と刀の軌跡が飛び交い、交差する中でライダーとセイバーは剣戟を繰り広げる。
「アタシも混ぜなさいよ……っ、くっ!」
ランサーも船への接近を試みているようだ。けれど、迫り来る錨の数々を相手にして距離を詰められずにいた。
苦々しげにタケルもつぶやく。
「やっぱり……傷のせいで、厳しいのか」
「面目ないわ。──でもっ、アタシにだって矜持ってのがあるのよっ!」
まだ痛むのか、身体を抑えて膝をつくランサー。彼女に迫る錨──けれどそれを槍でいなし、続いて襲来する錨と鎖をかいくぐり避ける。
確かにライダー本体には到達出来ていないにしろ、ライダーの宝具『サンタ・マリア号』の自在に操る錨を引きつけてくれている。……その間にセイバーがライダーを倒してくれれば。
(倒す……か)
ライダーと互角に渡り合うセイバーの姿。セイバー本気で倒しに……殺しにかかっているのは分かる。もちろん今だって嫌だ、けれど──。
(俺にはっきりとした願いはなくても、セイバーは俺とともにいたいから、自分の存在をかけて戦っている。
セイバーとともに戦うならば俺も──これ以上躊躇わない!)
相手はサーヴァント──人間ではないのだから。身勝手な思い込みなのは分かっているけれど、それでも前を向くためならば!
キッと、戦っているセイバーを見据えて持てる魔力を注ぎ込む。
「──ぐうっ! さすがセイバーかっ、厳しいもんだぜ」
ライダーが攻勢に圧されつつある。セイバーは更に攻めて太刀の切先で貫こうと突撃を仕掛ける。
「ボクと主さまの未来のために、倒されるでありますよっ!」
「だがよ……簡単にやらせるかっての!」
だが、セイバーよりも早く三方向から錨が迫り、襲いかかる。
いくらランサーが錨の攻撃を引き付けても全てじゃない。セイバーは攻撃を察知して距離を離す。
「甘いぜっ!」
続けてライダーは懐から銃を抜き、撃ち放つのが見えた。セイバーは太刀の刀身で防ぐ。更に錨が背後から襲うのを甲板を駆けて回避、攻撃を銃撃に切り替えながらライダーが話すのを聞く。
「俺たちだってよぉ、願いを叶えて金を手に入れてぇんだ! 諦めねぇぜ!」
「なーにが金でありますか! そんなにカネカネ言って銭ゲバもいい所、下らないでありますよ!」
「ふふっ。たかが金……されど金。貴方は馬鹿にしていますが、人類社会で重要な価値の一つ。
金さえあれば名声、権力、この世の大抵の望む物が手に入ります。そして──世界一の金持ちとなれば、人類の頂点に立ったも同じこと。願う価値は十分にあると思いますが」
セイバーは姿勢を下げ、稲妻のような軌跡で錨と銃弾を避け、船の帆の柱を強く蹴って再びライダーに接近する。
同時に振りかぶった太刀の一撃。彼はサーベルで受け止めるも、強烈な一撃で剣先が砕けてライダー自身も吹き飛ぶ。
「ぐはっ!」
船のへりに背中を打ち、膝をつく。
「お前たちの願い、よーく分かったでありますよ! 最も……それもこれまでみたいではありますが」
迫ろうとするセイバーに、追い詰められたライダーは銃口を向ける。
「くくっ、何を今更。この距離なら撃った弾丸もろともお前をぶった切れるでありますよ。
それともまた錨で襲わせでもしますか?」
「その必要はねぇ。何せてめぇは今から……撃たれるんだからな」
「何を馬鹿な。その骨董品のような銃でボクをやれると──!」
瞬間、セイバーの胸を一閃の光が貫く。
「かはっ!?」
訳が分からない様子のセイバー。けれど離れた場所から俺は見えていた。今の攻撃はライダーがしたものじゃない。ライダーのマスター……黄龍が放った一撃だった。
「ふふ。マスターに似て貴方も甘いですね。いくらサーヴァントに魔力を送る事が役割のマスター、人間だからと言って、警戒していないからこうなるのです。
無警戒で油断したサーヴァントなら、私の手でも」
「言った通りだったろ? 撃つのは誰とは……言ってねぇんだからよ」
彼の手には銃のような武器が。視覚強化された目で確認したそれは小型ビーム・ガン。Aエナジーを攻撃転用した武器の一つだ。
さっき、あえてライダーが銃を向けたのは注意をそらすためのブラフ。セイバーが無警戒だったマスターの方が、その間に銃で撃った……と言うわけか。
「くそっ!」
ビームで貫かれたセイバーを前に、俺は──。
「こんな……手で……っ」
傷口を手で抑えて、よろめくセイバー。ライダーとそのマスター、黄龍はほくそ笑んでいる様子で。
「まずは一人。簡単なものですね」
「俺にかかればざっとこんなもんよ。
じゃあな……セイバー。恨むなら俺たちに逆らうと決めた、てめぇのマスターを恨むんだな」
再び錨を一本召喚。ライダーはセイバーを指し示すと、錨の一撃を突撃させる。