第一節 たった一人の苦悩(Side キョウスケ)
大学が終わった僕は、特に寄り道をせずに帰宅した。
「母さん、ただいま」
「おかえりなさい。そろそろ大学で友達は出来たの? ……せっかくだから部活に入ればいいのに」
台所からは母さんの呼びかける声がした。
「……そんなの、どうでもいい」
一言答えるとそのまま二階の、自分の部屋へと戻った。
天宙市居住区画の一エリア。ここの住居は比較的一軒家に近く二階も、自分の部屋もある。……僕は殆どここに籠もっている。
バッグを置いて机を前に座る。カレンダーに視線を移して日付を確認、4日後の日付に〆切のマークを付けたのが分かる。
(もうすぐか。今度も一応……作りはした)
机の棚からファイル綴じされた用紙を手にとって、一枚一枚目を通す。……出来はまぁ、いつも通りそれなりに。──けれど。
(毎回、毎回……どうしてこんな事をし続けているんだ。……本当に)
いつもの自己嫌悪と、答えが出ない苦悩。作り続ければそんな苦しみから開放されると思っていた……実際はそれでも変わらない。なのに今でも止められないでいる。
抱える矛盾の数々、自分で自分が嫌になる。だけど……そんな思い悩みも、もうすぐすれば終わる。
(『聖杯戦争』、勝者にはあらゆる願いを叶える権利が、本当に与えられると言うのなら)
自分が選ばれたのはサーヴァントを扱える素質があったからだと、監督官のハルは言っていた。……実際僕はサーヴァント・キャスターを使役することが出来、彼女の力は他のサーヴァントと比べても特殊な物。上手く立ち回れば負けることはない……はずだ。
それに、もう一つ。
数日前に起こったサーヴァント同士の戦い。サーヴァント・ライダーと、セイバー、ランサーが二対一で戦闘を繰り広げた末にライダーが倒れた。待ち望んでいた、聖杯戦争でのようやくの脱落者。
(あの時、群衆に混じって僕も戦いを見てはいた。おかげでセイバーとランサーの力量も計れ、何なら戦いで消耗していた両方とも仕留めようと考えもした)
キャスターの力は直接戦闘に向いていないとしても、まともに戦えないくらいに弱ったサーヴァントを二体倒すことは造作もなかった。
(けど今はまだいい。一人倒したのなら、このまま他のサーヴァントも倒してくれるかもしれない。今まで通り互いに潰し合うのを待とう、そうなれば……)
「……」
背後を見ると、黒いドレスを纏った少女人形のサーヴァント・キャスターが僕の事を覗いていた。いや、正確には僕と──手に持っている原稿用紙に描いた中身だった。
何も言葉を発しない。僕が令呪で口を訊けなくしたからだ。あの時は頭に来てやり過ぎたかもしれない、でもまた余計な事を言われるくらいなら。……ただ。
「……見たいのか?」
僕の言葉にキャスターは無言で頷く。彼女の事は苦手だけれど嫌いと言うわけではない。それに令呪を使った事の……罪悪感もある。
少しかがんでキャスターに原稿用紙を手渡す。彼女は嬉しそうに、楽しげに微笑みながら原稿を一枚ずつ読んでいた。
「内容は知っているだろ? そんな物なんて……実に下らないのに」
思わず呟く僕を、キャスターは悲しげな視線で見つめる。
「……その目、止めるように言ったよね」
「……」
しゅんとなる彼女。僕は顔をそらして言う。
「……いや、余計な事を愚痴った僕も悪かった。けれど、出来るだけ僕をそんな風に見ないでくれると……ありがたい」
「……」
決して悪気があるわけじゃない。むしろ僕の冷たい態度、そして口も利かなくされたのにも関わらずキャスターは僕を気にかけてくれている。幾らサーヴァントと言っても自我があるのは知っている。僕を嫌い、反抗する事も出来るはず。
いや、むしろサーヴァント・キャスターの正体を考えれば当然だ。
(サーヴァントは人類史に記録された偉人、神話上の存在を元にして作られると言っていた。だけど少女人形のキャスターは違う。まだ口を利けた頃に教えてくれた、彼女は──)
「僕の願いも知っているはずなのに……どうして」
……分からない。キャスターの事も……自分自身の事は尚更に。
──それでも。