タケルに天宙コミックマーケットの話をしてから丁度3日後。
「……人が多いな」
俺達四人はコミックマーケットの会場、コズミックドームの前に来ていた。
天宙市にある巨大ドームの建造物。上層はスポーツの試合に使うスタジアムに、中層では屋内で行う各種イベントの会場として使われている。もちろんコミケはドームの中で行うけれど……その外でも。
「まるでお祭り騒ぎね。外だけでも数千人くらいはいるんじゃないかしら?」
外にも大勢いる。人だかりが複数、カメラのフラッシュもあちこちで見える。俺にとってもコミケは初めての事であまり知っているわけじゃない。けれど彼らが撮っているのはコスプレをした女の子や着ぐるみ等など。
(同人誌販売以外にも、コスプレイヤーの撮影会……みたいなのを外でやっているのか。
アイドルっぽい格好に、中世のナイトか? アニメや漫画のキャラクターらしいけれど、元ネタが分からないのが残念だ)
コスプレイヤーの様子を適当に眺めながら歩く俺。その途中、近くにいたタケルがこんな事を……。
「彼方、ランサーの姿が見当たらない。何処か行ったのか?」
言われて見ると、確かにランサーは近くから消えていた。彼女だけじゃなくセイバーまで見当たらない。
「二人揃って消えるなんて。まさか霊体化でも……」
最初はそう思っていた。が、すぐ近くの人だかりの中心に。
「ボクはカワイイでありますからね。撮りたくなるのも当然であります! 今日は特別に許すでありますよ」
何かのコスプレと間違われたのか、セイバーも人に囲まれて撮影されていた。しかも本人もノリノリな様子で、太刀を構えてポーズまでしている始末だ。……と言うかランサーも。
「あはっ♪ こうして注目を浴びるって、気持ち良いわねっ! アタシにふさわしいって感じ!」
彼女もまた別の場所で撮影されていた。セイバーに負けず劣らずの上機嫌っぷりで、サービスしている様子。
「……はぁ」
ため息をつくタケル。俺はそんなあいつに声をかける。
「タケルだって少しは楽しんでもいいんじゃないか?
サーヴァントはどう言う存在か俺には分からないけれど、あの二人は心から楽しそうだ。同じようにすれば少しは……」
「余計なお世話、放っといてくれ」
そう簡単にはいかないか。……けれど全く笑わないわけではないのは、学校の事で分かっている。あと少し……何かあれば、もしかすると。
「セイバー、それとランサーも。そろそろ中の会場に向かいたいから戻って来てくれないか」
俺は二人に呼びかける。
「……っと、ついはしゃぎすぎてしまいました。今向かいますっ、主さま!」
「注目を浴びて気持ち良かったけど……ここまでみたいね。リョーカイよ」
セイバー、ランサーも素直に戻って来てくれて、改めて四人でコミックマーケット本会場、コズミックドームの中へと向かう。
────
ドームの中の会場は、外とは比べ物にならないくらいに人で一杯だった。
広い空間にテーブルが何十列も奥まで並んで、それぞれに同人販売のコーナーが数え切れないくらいあった。
(コミケが人気なのは知ってはいた。けどこれは予想以上だ)
会場でごった返する大勢の人々。
それぞれのコーナーで売っているものもアクセサリーにグッズに色紙、バリエーションも色々ある。けれど一番の売りはやっぱり……。
「これが『ドウジンシ』って本なのね。ねぇマスター、早速読んでみたいから一冊買ってくれない?」
同人誌と言う、アニメや漫画をもとにしたイラストや漫画、小説などを本にした作品。
ランサーはタケルに早速一冊ねだっていた。絵柄が少女漫画風の恋愛モノっぽい内容の同人誌、タケルは仕方なさそうにしながらも財布を取り出すと、頼み通りに一冊購入して手渡す。彼女は早速ページをめくって面白そうに読み出す。
「へぇ、『ドギマギ! ハイスクール!』ってアニメの、アンナ×レイのカップリング本ってやつね。マスターと彼方は知ってる?」
全く知らないアニメ作品の名前だ。俺とタケルは知らないと答える。ランサーはあっそ……っと軽く言うと同人誌のページをめくって読み進める。
「……!」
よほど気に入ったのか、瞳をキラキラさせて読み進める彼女。そして読み終わると同人誌を売っていた男性に半ば無理矢理に握手を。
「いいじゃない! 本は薄いのに二人の恋模様がぎゅっと凝縮された一冊。原作は知らないけど二人の初々しくも、ドキドキするような恋模様、アタシもキュンとしちゃったわ!」
「あはは。ありがとう、ございます」
同人誌にご満悦なランサー。セイバーも俺の裾を引っ張って他の同人誌を指差すと。
「ならボクはこれを買って欲しいであります! ボク好みのカワイイ絵柄、ぜひ欲しいでありますよ!」
俺達よりもサーヴァント二人の方がイベントを楽しんでいる気がする。まぁいいか、本当にコミケは楽しそうだし色々買うのも悪くない。
ただ使えるお金は多いわけではない、財布の中身が保てばいいが。
────
そんなこんなで、俺達四人は初めてのコミックマーケットを巡った。
「これは主さまが読んでいるマンガ『スターストーリーズ』、略して『スタスト』の同人誌でありますね!」
スタストは数少ない俺がはまっているマンガで、宇宙を舞台にしたスペースアドベンチャー物だ。現在も連載中で今特に人気のマンガ……とまでは言えないものの、そこそこ話題にはなっている作品だ。
「ちゃんとスタストの同人誌もあるのか。これは欲しい、セイバーの分も含めて二冊買おうか」
あまりアニメ、マンガに詳しいわけではないが、幾らかの興味はある。まだ多少の余裕もありし、俺が知っているマンガの同人誌だ。それにスタストはセイバーも好きな作品でもあるし二冊分購入した。
「家に帰ってからゆっくり読みましょう、主さま。それにパンフレットを確認すると、他にもスタストの同人誌はあるみたいでありますよ」
「連載中のマンガだからな、それなりに二次創作はされている感じか」
当然と言えば当然かもしれない。
一方、タケルとランサーの方と言えば……。
「……何よ、この同人誌も……破廉恥じゃないっ!」
真っ赤に赤面する彼女の視線には……いわゆる18禁ものの同人誌。表紙を見る限り、女の子が触手で……色々される系の内容っぽい。
これほど大規模なコミケ、18禁の同人誌がある事は珍しくないんだろう。ランサーのあの羞恥的な反応はオーバーとも思ったが、外見は十四才の少女、情緒も外見相応なら当然の反応かもしれない。
「はぁ、気になるなら視界に入れなければいいだろ?」
「こんなに広いと嫌でも目に入るのよっ! 売り出している数だって多いもの!
表紙だけでも露出も多いし、出しちゃいけない所は出してるし、もうっ! 内容なんて想像しただけでもあり得ないわ!」
若干のヒス気味なランサー。タケルは彼女をたしなめるので一杯みたいだ。
おかげで少ししてから落ち着いたようで、俺はそのタイミングで彼に声をかける。
「タケルの方は良い同人誌とか見つかったか? ほら、好きだったアニメ、マンガの同人誌とかさ」
そんな質問に素っ気なさそうにこう答えた。
「別に、僕は特にそんなのはない。……ただ」
「ただ?」
昔の事を思い返すようなタケル。それから少し懐かしそうにしながら、ある事を話した。
「……昔、幼い頃に好きだったアニメがあった。剣と魔法の異世界を舞台にして主人公が冒険するって言うアニメ。
人との出会いと別れが感動的だった記憶がある。今でも少しは思い入れがあって、唯一まだ好きだと言えるアニメだけれど……」
ため息、そして期待しないかのように続けた。
「ずいぶん昔のアニメで、当時から周りにも人気がある作品じゃなかった。今更同人誌として作らているわけなんてない」
────
コミケ会場も大体は周った。同人誌も思った以上に買ってしまって、使える予算ギリギリまで使ってしまった。手に持っている袋には購入した同人誌がギッシリ詰まっている。……大体はスタストの二次創作の同人誌だ。
(俺とセイバーは結構楽しめた。それに後で買った同人誌を読むという楽しみもある)
隣で歩くセイバーもワクワクとした様子。良い時間を過ごせたと思う。
「アタシも色々と良いのが買えたわ。……破廉恥なのも多かったけど、アタシ好みの作品だって手に入ったもの。
彼方、誘ってくれて礼を言うわよ」
ついでにランサーの方も楽しめたらしい。まぁ良かったとは思う……けれど。
「……」
結局タケルは相変わらずのままだった。何を抱えているかは知らないけれど、少しは何とか出来ればとは思ったが……上手くはいかなかったな。
(他人事ではあるから、放っておいても構わない。……なのに俺は何やってんだろうな)
それでも俺はタケルのことも放っておく事は出来ないでいた。セイバーを放っておけずに聖杯戦争に巻き込まれた事といい、そんな所で大変な目に遭っている気がする。けれど、全部が全部悪い事ばかりじゃない。
聖杯戦争は大変だけれどセイバーと共にいるのは楽しい事もあるし、タケルの事があったから普段なら行かないコミケにも行けた。
(今回は失敗したかもしれないが、次はまた別の方法を考えるか)
そろそろ大分見て回って、帰ろうとも考えていた時。ある一つのサークルが目に留まった。
全体で見ても目立たない位置で、人も集まってない不人気なブース。
「──」
そこにいたのは陰気そうな青年が一人。年は俺達よりいくつか上で多分大学生くらいだろう。
(暗い雰囲気なのはタケルと共通はしているみたいだけれど、あいつは何か暗い執念的なものがあるのに対して、こっちは無気力的と言うか……目だって)
やや長めの黒髪で、前髪に隠れかけた両瞳は死んだ魚のような目だ。それに彼の隣には黒いドレスを纏った西洋人形が置かれてもいた。場違いかつ違和感も感じて……少し気味が悪い。
(同人誌も置いてはいても、全く知らない作品の同人誌だ。これ以上買う気もないし、別に素通りで良いな)
俺はそう思って素通りしようとした。けれどタケルは──。
「……これは」
足を止めて、青年が置いている同人誌を眺めていた。あいつが同人誌に興味を持つなんてコミケに来て初めてだった。それはランサーも気づいたようで。
「あら? マスターがそんな反応を見せるなんて。……まぁ同人誌としては悪くないわね。表紙は仲睦まじそうなお姫様と冒険者のカップル? かしら。メルヘンでカワイイ絵柄だしアタシ好みと言えば好みだわ」
彼女の言う通り、同人誌の表紙はファンタジー世界のお姫様と、主人公らしい冒険者の少年が二人手を繋いで仲睦まじく笑いあっていると言ったものだった。
タケルは青年に訪ねた。
「『ダークアビス・ファンタジー』の同人誌、あなたが描いた本?」
彼の問いかけに、青年は死んだ魚みたいな暗い目を向ける。
「……ああ。そうだけど」
愛想のなさはタケルと同様。青年は彼を見ながら興味なさげに続けた。
「それ、欲しいならあげるよ。お金はいらない……ただで十分」
ただでくれると言うのか。タケル、ランサーは言葉通りに一冊ずつもらい、早速ページを開いて読んでいた。
「あいつが興味を持つなんて気になりますね。ボク達も読んでみましょう」
セイバーに促されて俺達も青年の同人誌を手にし、読んでみることにする。
幸いと言っていいのか分からないが、青年の同人誌コーナーには人がほとんど寄って来ない。そこまで邪魔になるような事はなかった。
(内容は……そうだな)
大体表紙通り。ファンタジー世界を旅する冒険者の少年が、ある国のお姫様と出会う。姫は彼に恋に落ちて、少年も彼女の想いに応えて結ばれる……ハッピーエンドな優しい物語だ。
(あんなに暗い雰囲気のあいつが、こんな物語を描くなんて……意外と言うか。それにお姫様の髪は白髪で黒いドレス、あの人形と少しだけ面影がある。
……と言うか)
俺はまだ同人誌に目を通しているタケルに、尋ねる。
「なぁ……質問いいか」
「何?」
「タケルがこの同人誌に興味を持ったのは、さっき話していたが昔好きだったアニメが原作だからだろ?
その原作って、どんな話だったんだ」
タケルが初めて同人誌に興味を示したことが気になり俺は尋ねた。
少し前の会話を思い出しての質問、タケルは僅かに頷く。
「まあね。正直、ダークアビス・ファンタジーの二次創作があるなんて思ってもなかった。
だからこれを読んで懐かしいと思った」
その声には僅かに意外さの感情が混じっていた。そして俺に解説をする。
「ダークアビスファンタジーは呪いによって石化した故郷の人達を助けるために、主人公のレイが世界を旅するファンタジーものだ。
あちこちの土地や場所を巡る形式のストーリーで、この同人誌に出てきたアダマイト国もその一つ。国の姫であるアイナ姫がレイに恋に落ちて片思いをする。ここまでは原作と同じ──けれど」
同人誌をめくり、最後のページに描かれたシーン。タケルの言っていたレイとアイナ姫がウェディング姿で抱き合って、口づけする場面を眺めながら言葉を続けた。
「二人が結ばれるなんて……原作ではこうならなかった。アイナ姫は邪悪な魔術師の手で魔物に変えられて、レイは国を守るために彼女と戦いトドメを刺した。
……最後に人間の姿に戻って、彼の腕の中で息を引き取った悲劇のヒロイン。それがアイナ姫で、ダークアビス・ファンタジー原作の展開なんだ」
「……なるほど」
タケルがここまで説明するのも少し意外ではあるものの、そのダークアビス・ファンタジーを全く知らない俺としては有り難い。
要するに青年の二次創作は原作の内容を改変した物語と言うことだ。
(二次創作の事はよく分からないが、そう言うのもアリなんだろう。結局は創作……だからな)
俺が思いにふけっていると、この同人誌を描いた青年はタケルに少し関心を持ったらしく、声をかけて来た。
「君は……ダークアビス・ファンタジーをよく知っているんだね」
淡々とした質問。タケルも変わらず無愛想な態度ながらも、視線を向けて質問に応える。
「ああ。幼い時に見ていたことがあったから、それなりには。
知っている作品の同人誌が読めて僕も良かった。この本も……悪くない」
「……ありがとう」
陰気さは相変わらずなものの、青年はうっすらと微笑みを浮かべて呟いた。
それにタケルも少し興味を表していた。少しは人間らしさが戻ったようで俺も安心だ。──やはり来て良かったな。
「主人公のレイとアイナ姫との物語。原作では悲劇的な結末を迎えた二人が幸せになる二次創作、素敵だと思う」
「僕も彼女──アイナ姫には幸せになってほしいと思ったから。だから彼女が好きなレイと結ばれる、今回はそんな物語を書いた」
「そうなんだ。僕は創作が出来なくて……今は何も残っていない。だからそう言う思いがあって創作出来るのは羨ましく思う。
たとえ原作、実際には存在しないあり得たかもしれない幻覚、夢のような物だとしても」
「──」
青年の沈黙。瞬間、ほんの僅かだけ空気感が変わった気がした。
けれどすぐに何事もないように口を開いて、落ち着いて呟く。
「その通り。結局のところ創作は虚〈フィクション〉、世界もキャラも現実には存在してもいない。
なのにこれだけの人間が創作に熱中している。……不思議だよね」
彼が見る先には、今なお賑わっているコミケ会場。
(……確かにこれだけの人間が創作に魅了されて、作品を描いたり、購入したりしているわけだし。彼の言うように存在しないものに対して……不思議と言えば不思議だな)
自分自身あまり意識していなかった視点だ。まぁ俺もスターストーリーズにハマっているし、人の事は言えはしないが。
俺がつい思いを巡らせていると、タケルのズボンから着信音が鳴るのを聞いた。あいつはポケットから端末を取ると通話を始めた。短い会話でやり取りして通話を終えると俺に告げる。
「遊びはここまでだ。──彼方、力を貸すと言った約束……これから果たして貰う」
タケルのその言葉、何の事かは察した。あいつはコミケ会場を急いで出るように促して、俺とセイバーも後を追う。
「良い同人誌だった。ありがとう、大切にする」
青年の同人誌を持って去り際にタケルは青年に言い残す。俺も彼に一礼して去った。
ああ言うなんて……タケルの様子も少しはましになった。そう思い横顔を見ると、再びこれまで通りの冷たい表情に戻っていた。
──状況が状況だ、仕方ない。