その姿は俺の夢に出てくる謎の剣士、そのものだった。
手にしている機械仕掛けの太刀も、サイバーパンク的なSF和服。性別の分からない中性的な容姿も。
間近で姿もよく分かる。ひらりとした半袖の上着に、ショートパンツとシューズを着た下半身、そして服から覗く細くてしなやかな手足と体つき。
何よりその表情も、これまで夢で見たよりもずっと綺麗で、可憐だった。ボブヘアーの黒髪、右目は眼帯で隠れてはいるけれど……澄んだ紫がかった左目の瞳だけでも、つい呑み込まれそうに思えて。
人離れした魅力を感じさせる姿、思わず呟いてしまう。
「俺はまた、夢を見ているのか?」
けれど彼女……いや、彼かもしれない剣士はクスリと笑う。
「夢なんかではありません。こうして主さまのお傍にいることも、ちゃんと現実でありますよ」
「……そうか。俺が君の主さま……マスター……」
いきなりの事で状況がつかめない。けれど、夢の中の剣士は目の前に実在していて、俺を踏み潰そうとした人型機体を真っ二つにして助けてくれた。
その事だけは確か、だと思う。けど──。
RMG−88の一機が撃破された事を察知した同型機が二機、僕たちに迫って来る。まだ混乱は残るけれど明らかにピンチが続いている。
とりあえず今はこの場を切り抜ける。その為には……。
「君の名前は?」
「名前……それはちょっと内緒であります」
「困ったな。でも剣士なら、そうだな、『セイバー』と呼んでも構わないか」
「セイバーでありますか」
少し意外そうな様子を見せた後、まんざらでもそうな感じでこう応えてくれた。
「気に入りました! なら、ボクの事はそう呼んで欲しいであります!」
「良かった。ならセイバー、残りの敵も……倒してくれ!」
剣士──セイバーは華奢な身体に対して、やや無骨な機械太刀を両手で構えて自信満々に、可憐な顔立ちとは対称的なギザっ歯を見せて好戦的な笑みを浮かべる。
「お任せて下さい、主さま! このラン……けふんっ、『セイバー』があの鉄クズ共を血祭りに上げてやるでありますよ!」
セイバーは姿勢を下げて、迫るテロリストの機体を見据える。機械太刀の刀身後部、背の部分に備えられたブースターのような機関から、青色の粒子が放出されるのが見える。
「エーテル出力……開放!
──瞬間、青い軌跡を一直線に残して正面にいたRMG−88のすぐ間近に迫った。
機体はセイバーに向けて左腕の銃火器を向ける。が、撃たれる早く太刀の一閃が腕を切断する。片腕を失いのけぞった所に更に迫り、その胴体を切り裂いて止めを刺した。
太刀もそうだけれど、外見に似合わずに容赦のない戦い方をする。
「セイバー! 気をつけろ!」
けれど敵は一機残っている。相手は止めを差した同じタイミングで腕先の三連機関砲で残骸とセイバーを狙っていた。
「!」
セイバーもそれに気づいて寸前で避ける。
三連装された砲口から放たれる無数の銃弾は代わりに残骸となったRMG−88に瞬く間に風穴をあけ、火を噴き爆発する。さすが軍事兵器……この威力に驚くセイバー。
「威力だけはさすがでありますな。けれど──」
敵機は再度狙いをつけて銃撃を繰り出す。
絶え間なく迫る銃弾、セイバーは常人離れした反射神経と動きで全て掻い潜る。
「──どんな攻撃も、当たらなければ意味はないですよ」
構えている太刀は後方にまわしブースターを噴かせて大きく跳躍。三メートル以上の高さを容易に跳び、機体の頭上で刀を振り下ろす。
落下に出力加速を加えた斬撃──金属の巨体を一刀両断に、一撃で撃破した。
「ふふん! 楽勝であります。主さまもボクの活躍、見ていて下さいましたか?」
俺を守るためにRMG−88と戦って、倒して。セイバーは得意げな笑顔を投げかけた。
「もちろん。ありがとう……セイバー」
こっちも笑顔を返して感謝を伝えた。けれど……その一方で俺は、得体のしれない畏れの感情も抱いていた。
(あの力は……何なんだ。人間の姿はしているけれど、明らかに人間じゃない)
「──やっぱりで、ありますか」
セイバーはそう考えている俺を見て、ほんの少し目を伏せて小声で呟く。けれどすぐに元気を取り戻してこう話した。
「主さま、この周りの敵は全部倒したでありますよ。お次はどうなさいますか?」
俺もはっと気づく。確かにこの辺り……レプリカが展示されている大型テント内に残存していた機体は片付けた。……でもテントに空けられた大穴と、その向こうから絶え間なく聞こえる激しい戦闘音。
(テロリストの人型機体は大半が外に出て破壊を続けている。今俺に出来る事は……)
「君の正体を知りたい──と言いたいけれど、今の状況も放ってはおけない。
止めることが出来るなら止めたい。手を貸してくれ、セイバー!」
俺からの頼みの言葉。セイバーは頷いて応えてくれる。
「もちろんであります! 主さまのご命令とあらば!」
────
俺とセイバーはテントから外に出た。……そこに広がっていた光景はさっきまでとは全く違う、荒廃した凄惨な戦場だった。
「ほう、旧式の人型機体のはずなのに……最新の警備機体より強いとは」
建物、テントに設備、何もかもが破壊された跡。殆ど避難したのか一般人の姿は見当たらなく、RMG−88と街と警備人型機体が激しい戦闘を繰り広げていた。恐らく対処のために対テロ部隊が応戦に向かわせたんだろう
警備機体は三メートル級の体躯に合う大型ライフルを構えて敵に発泡する。……が、ダメージは受けてはいるものの致命傷にはならずにRMG−88は突撃してねじ伏せる。
右腕で掴みかかり、そのまま勢い強く地面に叩きつける。
他の場所でもテロ機体と警備機体との戦闘は確認出来る。けれど全体を見てもテロリストの人型機体が優勢だった。
(そんな……いくら軍事用の人型機体でも基本構造は二十年前の旧型機。改良したとしても最新式の機体を性能で上回るなんて……一体どうやって)
倒される警備機体。そして傍にはさっき一言呟いていた、身なりの良いスーツを着た黒髪、色白の若い女性。逃げ遅れた……いや、戦いの様子を間近で興味津々に眺めている。こんな状況なのに一人見に来たのか? どうかしている。
そんな女性に警備機体を倒したRMG−88が迫り来る。目の前まで迫っているのに、逃げようともせず飄々と機体を眺めて……。
(頭のネジが飛んでいるのかっ! けれどこいつも放っておくわけには)
「頼む、セイバー!」
「はいっ!」
左腕の砲口が隊員に向けられようとする。その前にセイバーは高速で駆け迫り、RMG−88が察知する間も与えずに胴体を太刀で貫いて撃破する。
「おやおや、君が私を助けてくれたのですか?」
白い肌で黒髪の女性。顔の左半分は長い前髪に隠れて見えないけれど、眠たそうな顔のまま表情が変わらなくて感情が読めない。セイバーも俺同様に呆れているようで。
「礼を言うなら主さまにお願いしますよ。大体、あんな所でぼーっとしていて何考えているであります?」
「……君の力もとても素晴らしい。イレギュラーだとしても他のクラスと変わりない強さだ、興味深い」
セイバーの言葉も聞いているのかいないのか、一人呟く女性。
「何なんでありますか! 主さまの前なのに、失礼なやつであります…………って?」
立腹するセイバー。けれど、途中で何かがおかしいと感じたような様子を見せて、続ける。
「おかしいですね。人の姿をしているはずなのに……人の気配が感じられないであります」
「人の気配がないだって?」
セイバーに言われて俺も改めて女性を観察する。
表情が変わらないと言うか、言われてみれば確かに無機質な印象で容姿も逆に整い過ぎな感じがする。何だか人形のそれに近い感じで。それに眠け眼のような半開きの瞼から覗く右目の赤い瞳、よく見ると……これは。
「……本物の、目じゃない。彼女は……」
俺は女性の正体を悟った、まさにその時だった。
「──危ないでありますっ!」
瞬間、ミサイルが飛来して俺たちがいた場所を吹き飛ばした。セイバーは直前に俺と女性を抱えて跳躍して離れた場所に下ろす。
一撃を放ったのはミサイルポット装備のRMG−88。味方機を倒されて脅威を感知した機体の一機が、俺たちの方に向かって来ていたんだ。
「主さまはその方を連れて安全な場所に下がってくださいませ」
「……ああ、分かった」
俺は謎の女性とともに大きな瓦礫の陰に隠れる。
セイバーは再度ミサイルを放とうとする敵機に身構え、そして──。
「──えっ?」
セイバーが攻勢に繰り出す直前、俺の真横を高速で何かが駆け抜けたのを見た。
まるで地を走る赤い迅雷。真っ先にRMG−88に接近して。
「邪魔よっ! ブリキ人形!」
──ズシャッ!
そう強烈な音とともに、機体の胴体に大穴が穿かれる。金属の身体は崩れ落ち、代わりに小柄な少女の後ろ姿が……目の前にあった。
「あら? まさかもう一人、別の『サーヴァント』がいるなんて驚きだわ。大きな刀を持っているから、クラスはせいぜいセイバーと言った所かしら?」
振り返り水色の瞳を俺たちに投げかける外国人のような少女。外見は十四才ほどで白黒のゴスロリ衣装を纏った赤に近い桃色髪、まるで西洋人形のような姿の可愛い女の子……のように見える。
けれど、普通の人間ではないのは一撃で人型兵器を仕留めた力と手にしている長く鋭い歪な槍、そして頭から渦巻いて伸びる左右異なる角と、後ろに生えた長い尻尾で分かった。
(まるで人と……ドラゴンが混ざったような女の子。それにセイバーの事を知っているみたいで……クラス……サーヴァント、どう言うことだ?)
槍を持つ異形の少女は、今度は俺に視線を投げかける。
「そしてこっちの、何も分かっていなさそうな──子イヌっ! アナタがセイバーのマスターね!」
「……子イヌ!?」
俺の事を言っているのか? 戸惑う中、更にまた別の声と足跡が後ろから聞こえて来る。
「ランサー、他のサーヴァントなんてどうでもいい。目的は追跡していたアーチャーとそのマスターだ」
振り返ると俺と同じ年、十六才くらいの少年がそこにいた。
やや猫背気味で陰気な雰囲気と濃紺色のパーカー着の格好。少し長めな灰色髪、目にかかりかけの前髪の左側はピンで留めていて、覗く紫の両瞳は何か強い意思を宿しているように見えた。それと右手の甲に浮かぶ……赤い三本線で形作られた正三角形のような形の、赤く僅かに発光する不思議なアザのような何か。
彼は槍を武器にするランサーと呼ばれた少女と何か関係しているようだった。
「──様子からして確かにマスターみたいだ。けれど手の甲に令呪は見えない。単に今は発現させていないだけなのか、それとも……」
俺を見て呟く少年。
「お前たちは、何者なんだ?」
「……だそうよ。教えた方がいいかしら?」
「必要ない。どの道後で『あいつ』から話を聞くはず。──それより」
少年は辺りを見回す。そこには……残るRMG−88全機体が俺たち全員を包囲していた。
「いつの間にかよ。戦っていた警備機体も……全部……」
戦っていたはずの警備機体は全て倒されていた。さっきセイバーとランサーが倒して二機、そして警備機体も戦闘で数機倒しているようで、敵機体は残りの七機。
「いくらセイバーが強くても、重火器を装備している敵だ。囲まれると……厳しい」
「そこの女性を置いて主さまだけ逃がすならどうにか。大体、そいつは──」
「……」
俺とセイバーが話していると、少年が割り込んで言う。
「この程度なら僕のランサーが引き受ける。そうすれば、君のセイバーは守りに徹する事が出来るだろ?」
「助けて……くれるのか?」
「別に君たちはどうでもいい。ただ、アーチャー達の元に辿り着くにはあいつらを倒す必要があるだけだ」
本当に関心がないような口ぶり。少し頭には来るけれど、仕方がない。彼とランサーに頼る事にする。
「ふふふっ! 一人でもオーディエンスが多いに越したことがないわ。
そこの子イヌ、あとついでにセイバーも見てなさい! このアタシの──
────
角の生えたゴズロリ少女──ランサー。幼い見た目に似合わずその強さは、圧倒的だった。
即座に一機、それも一番手に攻撃しようと動いた機体を狙って真っ先に迫り槍の横薙ぎ。成すすべも余裕さえ与えられずに、まるで巨大生物に噛み千切られたような跡を遺してRMG−88の上半身と下半身は無惨に引き裂かれる。更にその向こう側にいた別機体まで横薙ぎと連動して即座に槍を構え直し弾丸のように一直線──最初のように身体に風穴を穿って倒す。
(十数秒もしないうちに二機も……。やっぱり、セイバーと同じくらいの強さを持っているのか)
最も、敵もやられたままではいない。
搭載されたAIに従い排除するべき現状最優先の脅威を、ランサーの方へと定義。機関砲装備の機体が狙いをランサーに定めて攻撃を放つ。
「チンケな豆鉄砲なんて効かないわっ!」
ランサーを狙って放たれる人型機体の機関砲による連射、彼女は槍を回転させて弾丸を全て弾き飛ばす。当然あんな真似は人間に出来ることじゃない。そんなランサーに別機が背後からキャノン砲による砲撃で挟み撃ちをしかける。……が、彼女は上に跳躍して回避。代わりに砲撃は正面から機関砲を繰り出していた機体に命中し、爆散した。
「──アーチャーの能力で強化されていようと、ブリキ人形はブリキ人形。アタシの敵じゃないわ」
「油断するなランサー! 三方から……来るぞ!」
少年の言葉通り、上空に跳んだランサーに今度は三機、地上から砲撃を仕掛ける。
──宙を飛んだ状態はでは回避もままならない、無防備。しかも三方から放たれる斉射を全て防ぐなんて……。
「ほんっと、単純ね! 上に跳んだからって──仕留められるとでも思ったのかしら!」
瞬間、ランサーの背から大きな翼が生えた。頭の赤い角と尻尾に合わせて、翼まで……ドラゴンのようなものが。
「嘘だろ!?」
本当に何でもありだ。翼をはためかせ、斉射が行われるよりも早く射線上より離脱。三機とも何もいない空中に向けて空撃ちする結果になる。
攻撃の空振り、それは同時に隙が生まれた事も意味する。
「これで、フィナーレよ!」
ランサーはそれを逃さない。槍をぶんと振るい、一気に真下に急降下。三機の間近を超低空飛行で、一つ、二つ、そして三つ、宙に鋭い軌跡を残し瞬速で横切る。
勢いのまま地上に着地。格好良く姿勢を決めて、開いた翼を閉じる。──瞬間、機体は火花を散らせて次々と爆発した。
三機分の爆発をバックに、ランサーは満足そうな表情を俺たちに向ける。
「ふふんっ! これがアタシの実力!
ブリキ人形はもちろん、そこのセイバーなんかとも比べ物にならないわ!」
高慢とも思える態度。これにはセイバーも立腹したようで。
「少し強いからって偉そうじゃありませんか!?」
「何が悪いのかしら? 何なら、今この場で戦っても良いのよ」
そう言ってランサーは槍先を、今度はセイバーに向ける。……が、少年は彼女を制する。
「構う必要はないと言っただろ。それより──」
「分かっているわ、マスター。今のは冗談よ」
ランサーは槍を降ろして……真剣な表情を見せる。それはセイバーも同じで。
「セイバー、アナタも気づいたようね」
「はい。ボク達と同じ──気配を感じます」
そうセイバーが口にした直後だった。