Fate/Cosmic Light   作:双子烏丸

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第十節 スワンプマン(Side タケルandランサー)

 ────

 

 それは実際に過去で行われた、残酷で悽惨な悪夢。

 

 絶え間なく響く少女の悲鳴。石造りの薄暗い部屋で響く苦痛と叫びの声……そして濃い血の匂い。所詮は夢のはず、なのに現実を思わせるほどに鮮烈な感覚が嫌でも伝わる。

 

 拷問、絶え間ない拷問。しなやかな少女の白い肌を刃物で切り裂き、皮を削ぎ、刺し貫く。その度に悲鳴の絶叫が広がる。肌は赤い鮮血に染まり、声もやがて小さくなって、最後には物言わない躯と化す。

 血まみれで命の光を失った虚ろな瞳を覗かせた絞りかすが、いくつも、いくつも転がる──。まさに残酷な死と血で彩られた悪夢だ。

 

 

 

 地獄のような光景の中──何人もの少女を殺し、恍惚に浸る美女がいた。

 一糸纏わぬ姿で、シャワーのように全身に血を浴びて笑う彼女。また一人、次なる生贄として呼ばれた少女に美女は視線を向ける。

 狂気を孕んだ水色の両瞳だった。若い少女の生き血を浴びれば若さを保てると悍ましい迷信を疑わず、そのためなら何十人、何百人犠牲になっても当然と言うような。

 

 いや違う。他人など人間とさえ思っていない。これだけ非道な事をしてもなお彼女にとっては当然の事。自分の若さを保つ事、欲望を満たす事こそ正義。そのための犠牲なんてただ虫を潰した程度、間違いだとも感じていない。

 

 彼女の精神と心こそ、人間とはかけ離れた……歪な『何か』だった。

 

 

 

 

 ────

 

「調子はどう、マスター」

 

 さっき起きた僕は、ランサーと二人でお茶をしていた。彼女が淹れたハーブティー、本人曰く薬の調合と似たようなもので、お茶を淹れるのも得意と言うそうだ。

 

「……」

 

 今はホテルの一室を借りて拠点にしている。昨日の事のせいで彼方とセイバーとは離れるべきだと思ったからだ。

 向かい合わせに座る彼女は、カップを手に一口。冷静な口ぶりでさらに問いかける。

 

「夜はよく眠れたかしら。気分も、少しは落ち着いた?」

 

「……うん。少しだけなら」

 

 昨日、僕はようやく仇を追い詰めた。けれど最後の最後で我を忘れて……取り返しのつかない事をしてしまう所だった。

 互いに口を閉ざしてまたお茶を。それからまた、ランサーがこんな話を切り出す。

 

「マスターは初めてアタシと出会った事を、覚えているかしら」

 

 不意な質問。もちろん、僕だって忘れはしない。

 

「忘れてはいない。あの時、君が僕に言った事……約束したことも」

 

 ランサーはならいいわ、と。呟いて思い返すような様子を見せる。

 

「アナタは私の真名と生前にした非道な行いを聞いて、恐れることも非難する事もしなかった。──自分の復讐を果たすための存在であれば何だって構わないと」

 

 確かに、彼女はそんな事を話していた。

 

「ランサーの元になった人間については知っている。中世の時代、その女性が罪のない少女にどんな仕打ちをしたのかも。……昨晩だって夢に見た」

 

 サーヴァントとマスター、契約を結ぶと魂に繋がりも生まれて、夢で過去の記憶を垣間見る事があるとハルから聞いた覚えがある。

 今回だけじゃなく、僕は何度の見た事がある。『彼女』が行った悪魔のような行為を。

 

「……ごめんなさい、また嫌なものを見せてしまったわね」

 

 ランサーは謝罪を口にする。

 

「別にどうだっていい。僕には関係ない、大昔にあった歴史の一部だ。

 それにランサーは厳密には彼女本人じゃない。人類史に刻まれた記録を元に再現されたコピー、『スワンプマン』に過ぎない」

 

 スワンプマン、それはある哲学者の思考実験を指す言葉。一人の男が沼の傍で落雷で命を落とし、さらに雷の電気の化学反応で沼の物質で死んだ男と全く同じ存在を作り出すと言うもの。

 沼から生まれた男、スワンプマンは姿形、分子構造も、果ては記憶に至るまで全てが同じ。……そうなった場合スワンプマンは死んだ男と同一人物か? 思考実験の本題はそれだ。

 思考実験、どれが正しい答えと言うのはなく、人によって答えは違う。けど、少なくとも僕の答えは──

 

 

「何百人もの少女を殺した彼女も大昔に命を落としている。死んだ人間は死んだ人間だ、ランサーの存在は彼女を元にしているとしても、別の存在に過ぎない。

 だからそんな事で気にはしない。僕の望みの役に立ってくれるなら、何の問題もない」

 

「そうよね。──そう言ってくれるから、アタシは」

 

 ハーブティーを飲み終わって、ランサーは空のカップをテーブルに置く。

 

「マスター、サーヴァントとしてアナタの望みを叶えるために力を貸すのは変わらないわ。

 だからアタシとの約束、今度こそ忘れないで」

 

「……次は気をつける。

 僕の代わりに、あの男に手を下すのは君に任せる。それがランサーが僕に手を貸す交換条件だったから」

 

 僕の言葉を聞いて彼女は口元を緩める。

 

「良かったわ。それとセイバーと彼方に会ったらしっかり謝っておきなさい。自分の望みのために他人を巻き込むなんて、憎んでいる仇と変わらないのだから」

 

 この言葉にも頷いて応える。

 手を貸してくれていたあの二人にも酷い事をした。許してくれるかは分からないけれど、謝罪はするつもりだ。

 

「……う、っ」

 

 頭が酷く痛み、手で額を抑えて呻いてしまう。意識も一瞬朦朧としかけたけれどすぐに持ち直した。

 僕に残された時間も限られている。それまでには、必ず復讐を遂げてみせる。

 

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