────
僕とランサーは夜の森を進んでいた
「……どこに行くつもりなんだ」
「謝るなら早い方がいいんじゃない? どうしてまた、こんな尾行みたいな真似をするのよ」
以前の事を謝りに、そして可能なら再び手を結べたらと思っていた矢先だった。彼方は都市を離れてどこか向かおうとしている姿が見えた。
僕は何をするつもりか気になった。気づかれないよう距離をとって後をつけた所、こんな所にまで来てしまった。
「……僕が何か言える様子じゃなかった。こんな所に来るなんて何かあるのは違いない。けれど、もし危険な状況になったら」
「助けに入ればいいって事よね。了解だわ。……そろそろ森を抜けるみたい」
僕も強化した視力で彼方、セイバーの様子を伺う。
たどり着いたのは使われなくなった採石場跡。そして、そこに待ち受けているように別の二人組。金髪で学ランを羽織った少女と、黒い剣を持つ、片腕が義手の大男がいた。
以前彼方から聞いたことがある、セイバーとバーサーカーが戦った事があると。話で聞いた特徴とも一致していた。
(サーヴァント・バーサーカーと、そのマスターか)
おそらく彼方達を呼び出したのも向こう。前回の決着をつけるために。ランサーは僕に尋ねる。
「どうするマスター? セイバー達は一騎打ちで勝負をするつもりだけど、加勢に入るべきかしら」
僕は悩む。彼方とセイバーもそのつもりでここまで来たんだろう。その決断を無碍にする結果に、特にセイバーは怒るだろう。
「……」
どうするか考えようとした時だった。
「こんばんわ。確かタケルくん……だったっけ」
「「!!」」
僕とランサーは後ろからの声に反応して振り返る。
立っていたのはぼさっとした長めの髪の、陰気な青年。彼の姿には見覚えがある。
「コミックマーケットで会った……同人作家の人」
僕が昔見ていたアニメ、『ダークアビス・ファンタジー』二次創作の同人誌を描いていた人だった。この人の同人誌は……僕にとっても。
「──浅倉キョウスケ。今年で二十歳で、天宙工科大学に在籍している学生さ」
猫背気味で、垂れた前髪の隙間からハイライトのない死んだ魚のような瞳を覗かせながら言う。
「何者よ? ここまでつけて来たって言うの、アタシ達みたいに。……まさかアナタもマスターってわけ」
「話が早くて助かる。……僕はサーヴァント・キャスターのマスター、七人いる聖杯戦争の参加者の一人」
そう言うキョウスケの背後から、小さい何かが姿を現した。
ゴシックな黒いドレスと三つ編みの白い髪の西洋人形。コミックマーケットにも置いてあった人形が自分で動いている……あれがサーヴァントだったのか? 彼は構わずに言葉を続ける。
「叶えたい望みがあるからこそ聖杯戦争に参加した。けれど……僕のサーヴァントは直接な戦いには向かないし、僕もそんなのは苦手だ。
……だから他のマスター、サーヴァント同士が戦って潰し合うのを待つつもりだった。……君に会うまでは」
かすかに戦意のようなものを感じた。ランサーも同じらしく、戦闘の構えをとる。
「戦うつもり? そんな小さくて戦闘向きじゃないサーヴァントで。キャスタークラスなら正面から戦えば余裕よ」
彼女の言葉にキョウスケは口元にうっすら笑みを浮かべた。そして──
「言っただろ、戦うのは苦手だって。
むしろ君たちを相手に、戦う必要は……ない」
「──」
少女人形が声にならない何かを呟くような仕草が見えた
瞬間、彼の足元から急速に黒い『何か』が広がり、辺りを呑み込んでいく。
「これはっ!?」
訳も分からずに僕もランサーも巻き込まれる。
ほんの一瞬の出来事。なのに肌で感じる空気も、辺りの景色も一変していた。僕達は森の中ではない──全くの別空間にいた。
「やってくれたわね。……アタシ達ごと『固有結界』に閉じ込めるなんて」
あまりにも非現実な場所、星一つない黒い空と、地平線まで続くあまりにも平らで人工物を思わせる白い地面。光源はどこにもないはずなのに辺りの様子も、隣にいるランサーの姿もはっきり見えた。
他には何もない。けれど、実感として例えるなら無の空間に浮かぶ超巨大な白紙に立っているような……そんな。
「ようこそ、僕とキャスターの作った結界に」
いくらか離れた位置にキョウスケとキャスターもいた。
あいも変わらず戦うつもりとは思えない気力のなさだ、戦意の類もない。
「この空間は何なんだ? 現実の空間とは思えない」
「その通りよ。キャスターは七騎のサーヴァントの中で一番に魔術に長けたクラス。神秘や魔術の類が弱くなったこの世界でさえ魔術によつ空間生成くらいあり得るわ」
僕に説明するランサー。対してキョウスケはこんな事を話した。
「確かに……この空間はキャスターの魔力で生み出されたもの。けれど、彼女は少し特殊でね。能力はマスターである僕の影響を大きく受けている。
……君のランサーのように誰かが元になったサーヴァントじゃない。ある『概念』が形になった存在だから。そして──」
彼は少し自虐的な笑みを浮かべて続けた。
「この固有結界も言うなれば僕の性質、心情風景をキャスターの力で空間として形にしたもの。
……ここではどんな行動さえ、何の意味もなさない」
「はっ、言ってくれるわね! この空間を作ったのがキャスターなら倒してしまえばともに消滅するわ。
グズグズなんてしてられないし、すぐに終わらせてあげる!」
ランサーは一気に駆けて攻撃に出る。
無防備で立ちつくすキャスター。迫るランサーの槍先を避けようともしない、このまま確実に刺し貫くと確信した、その時に。
「──え?」
ランサーは攻撃に出る前の状態に、僕の傍に戻って来ていた。
まるで直前に時間が巻き戻ったみたいだ。けれど攻撃を仕掛けようとしたのは間違いなく、彼女も動揺している様子だった。
「無駄、無意味、無価値……ここでは全ての結果は無に帰すだけ、出来ることは何もない。まぁ僕とキャスターも同じく攻撃は出来ないけれど」
「じゃあただ閉じ込めただけじゃない。そんな事をしてそれこそ何の意味も──あれ?」
ランサーが言葉を続けようとした最中、まるで力が抜けたように彼女の身体がふらついた。
「ランサー? ……くっ」
続けて僕も目眩を感じる。軽く額を抑え、一瞬例の発作だと思った……けれど違う。別の何かが原因だ。
「クラつくし……魔力が、いえ……アタシの存在そのものが、弱まっている?」
キョウスケは淡々と言葉を発する。
「そしてもう一つ、空間を創造したキャスター以外の存在は……その現実性、存在概念そのものを奪い……最終的には消失させる」
そして彼本人もまた、ふらついて片目を抑える。
「マスターである僕もまた……例外じゃない。自分の存在そのものが失われてゆくこの感覚は、それなりに辛い」
何なんだ、それって……。
「馬鹿な、僕達と心中でもするつもりか?」
僕の言葉にキョウスケは苦笑いをして返す。
「まさか。確かにどんな物だろうと、この結界内に留まり続ければ最終的に消滅はする。……けれど現実性の消失にも法則性がある。
存在消失は『元々の現実性が弱い』もの──現実よりも幻想の類に属する存在から強く受ける」
ランサーはついに倒れた。もはや立っていられない程に力を、存在が失われているのか。
「……真っ先に消えるのは、ランサーか」
「簡単なこと。こうして君のサーヴァントの消滅を待てばいい、戦うまでもなく勝負がつく。結界を解除するのはその後、僕も君も消えずには済む」
「……っ」
僕のサーヴァントが失われる。……成すすべもないのか。
(冗談じゃない、こんな所で終われるものか。──僕の目的にはランサーの力が必要だ。失うわけにはいかない!)
何か手があるはず、どこか抜け道があるはずだ。僕は考えを巡らす。ランサーを見ると手と足の先がうっすらと透明になりかけているのが見えた。
本当に消失し始めているのが分かる、時間をかけてはいられない。