「……サーヴァントの方は物理的な消失も進んでいるようだね。完全消失まで長くはない」
キョウスケは消えつつあるランサーに興味をなくしたように視線を外し、僕の方を見た。
「君のサーヴァントが消えるまで時間もある。待っているのも退屈だから、少し話でもしよう、タケルくん」
「話だって……何の?」
この空間を逃れる方法を考えながら、彼の話したいようにさせると決めた。何かの糸口が掴めるかもしれないと思ったからだ。
「話と言っても別に他愛のない事だよ。
……タケルくん。こんな時に言うのも何かもだけど、コミケで僕の同人誌を気に入ってくれて有難う。自分の作品を褒められるのは……悪い気はしない」
そう、彼は僕が昔見ていたアニメ『ダークアビス・ファンタジー』の二次創作同人誌は……原作とは違い途中退場したゲストヒロインのアイナ姫と、アニメ主人公であるレイとのカップリング本。僕は二次創作と言うのも、同人誌にも始めて触れたけれど。
「確かに、あなたの本は僕も好きだ。たとえ──」
「──それが原作であり得ざる、幻想だとしても。そう言いたいわけ」
再び自虐的な含み笑い。喉元をくくくと鳴らしてキョウスケは話し出す。
「その通り。結局は創作物なんてただの幻覚。僕の作品も、二次創作全て……いや、『ダークアビス・ファンタジー』と言う原作、一次創作も全て。世界も──キャラクターも、実際には存在しない。考えれば誰だって分かることなのに」
最後の言葉には僅かに憎悪のようなものが感じられた。……これは。
「それなのに多くの人間が創作に感情を動かされて、時として現実以上に愛着を抱く。……狂気でしかない、こんな事は間違いなはずだ。
だから僕は聖杯戦争に勝ち残り……この間違いを正す」
「もしかして……あなたは」
「──全人類からの物語、創作と言う概念の抹消。僕はその願いを叶えるために聖杯戦争に参加した」
────
全人類から創作概念の抹消。それが浅倉キョウスケと言う男の望みだった。
「……そうか」
僕は理解した。彼がどう言う経緯でそんな願いを望むようになったかは分からない。それでも分かった事と──そして、ここからランサーを救う手立ても。
「キョウスケさん」
「何かな」
「あなたは初め、本当はマスター同士が潰し合うのを待つ予定だったと言った。なのにそれを曲げてまで僕と対峙した。
……どうしてなのか分かった。貴方は『共感』してもらいたかったからだ。同じ『ダークアビス・ファンタジー』を知っていた、同人誌を気に入ってくれた……そしてコミケの時、創作は幻覚だと言った僕に」
僕の言葉に、彼は片眉を動かした。けれどすぐに元の調子に戻って言った。
「そうだね。僕の同人誌を気に入ってくれた読者、さらにマスターである君に興味を持った。だから直接対決をして、決着をつける前に話をしたかった……と言うのはある。
──つまらない話だったとは思うけれど」
「……いいや、あなたの気持ちは理解出来たから。おかげでこの空間を突破する手段も」
僕はそう言い、ポケットから小型のナイフを取り出す。
「ここではどんな行動の結果も全てなかった事に、無効化すると言った。だけど本当に全ての行動をなかった事にするのなら、単純に動作一つ一つまでも行動だ、自由に動くことさえ出来ない」
ランサーも自分で攻撃しようと動くことも出来た。そして倒れそうになる時に槍を杖代わりにして支えたりとした行動も。
無効化されたのは彼女がキャスターに攻撃を仕掛けようとした事だけ。つまり──。
「この空間で無効になる行動は、他者に影響を与える行動だと僕は考えた。だから自分で自分を傷つけることなら……」
ナイフの刃で自分の手の甲を斬りつける。鋭い痛み。傷口から血が滲む。
キョウスケも僕の行動に動揺を示す。
「……っ、それを知ってどうなる! キャスターを倒せない以上はこの空間をどうにかする事なんて────何っ!?」
そして今度はナイフを首元に当てた僕に、彼は目を見開いた。
向こうは自身の願いを話した。だからと言うわけでは少し違うけれど、僕も自身の願いについて話す
「僕にも、テロに巻き込まれて犠牲になった家族の仇を討つ願いがある。
生きる目的そのものと言っていい、命だって賭ける。そして目的を果たすにはランサーと言う力が必要だ、失うわけにはいかない」
彼は一歩後ろに退く。
「確かに自力で空間を出る術はない。けれどランサーが消えるのなら僕の願いも潰える……生きている目的も消えるなら、ここで!」
「自害するなんて本気なのか!? ……けれどっ、だからと言って僕も……引き下がるわけには」
冷や汗を頬から垂らすキョウスケ。確かに彼の願いは強い……それでも。
「言ったはず、僕は願いのために命を賭けると。
……貴方には無理だ。強い願いだとしても、創作を消したいと言うのは本心からの願いじゃない。そこまでの事は出来はしない」
「何だって…?」
「潰し合うのを待つのが戦略と言ったけれど、単に戦う覚悟がなかったからじゃないのか? それに僕に話して共感を求めたのも、自分自身の願いに自信を持てなかったから誰かに理解をして欲しかった。
本当に心に決めた事なら他人からの共感なんて必要ない。あなたの願いは何より、あなた自身が本気になり切れていないんだ」
「勝手なことを。そんなの、君の勝手な推測に過ぎない」
「それならそれでいい。どの道空間を解かないのなら、僕もランサーと運命を共にするだけだ」
首に当てたナイフに力を込める。皮膚が切れる鈍い痛みと、血が流れる感触がする。でも表情を出すことはしない。
動揺するキョウスケの様子が分かる。だとしても、まだ折れることはない。
「……僕は、僕の願いを叶えてみせる。……ここで折れるなんて」
「創作を人類から、消したいと言う願いそのものは僕には理解出来ない。憎しみ……もあるしれない。けれどそれだけでは決してないはず」
僕は真っ直ぐに彼を見据えて、そして言う。
「あなたの描いた同人誌は本当に良かった。
原作では不幸な最後を遂げたヒロインが、作品の中では主人公ととても幸せそうで……あなたの思う『こうあって欲しかった』と言う願いが伝わった。
ただ憎んでいるだけじゃない。キョウスケさんは同じくらい、それ以上に創作を愛していると思うから」
「っ────」
キョウスケはうつむいて下を向く。傍のキャスターは、何か思う所のある表情を彼に向けた。
どちらに顔を向けることなく僅かな沈黙。……それから僕に背を向けてぼそりと、呟くように言った。
「キャスター……結界を解除してほしい。僕の負けだ」
彼女は僅かに頷いてこたえ、その小さな手の平を頭上に掲げる。
────
僕達は元の空間へと帰還した。
「……っう」
倒れていたランサーも目を覚まして起き上がる。ひとまずは安心した。
「……」
キョウスケは背を向けたまま何も言わない。勝負はついた、急いで彼方の元へ向かわないと。
一方でランサーの緊張した呟きも聞こえた。
「マスター……あっちの戦いは、まずいわ。……よりによってアサシンまで乱入しているなんて。一刻も早く合流しないと」
固有結界の中にいる間、更に別のサーヴァントまで来ていたのか。こうしていられない。
「ただ、結界にいたせいで魔力を消費してしまっているわ。こんな事を言うのはあれだけど、後でその手の傷から流れる血を飲ませてくれないかしら。
少しはマシに戦えるようになるはずよ」
俺は頷く。そして向こうで行われているであろう戦場に向かおうとした、その時に。
「──愛している、か」
キョウスケが僕に一言呟いたのが聞こえた。
「……」
「まさか──同じ事を二度も言われるなんて」
僕は振り返った。その時にはもう、彼は背を向けて森の闇に去って行くところだった。
結局キョウスケが何を思ったのかは分からない。けれどこの戦いは決着がついたと言うことなら……。
「行こう、ランサー。グズグズはしていられない」