第十五節 鮮血魔嬢の覚醒
「くはっ!!」
瞬間に彼女はセイバーに迫り、槍を振った。太刀で防ぐも容易く身体ごと吹き飛ばされる。
「化け物めっ!」
背後からバーサーカーが剣で斬りかかろうと、だがそれも尾の一振りで弾かれる。
確かに深手と戦闘で消耗してもいた。でもそれはランサーも同じはずで胸の傷も──。
「……嘘だろ」
彼女の傷は治癒していた。アサシンに貫かれた傷も、更には他のダメージまで。
「ふふふ、力が満ち溢れる……最高の気分だわ」
そう言って笑うランサー。まるで、アサシンの面影を思わせる残忍さを醸し出す笑みだ。
自分のサーヴァントの変貌ぶりにタケルも唖然とする。
「──ランサー」
「あら? 誰かと思えば、アタシと契約関係にある『ブタ』じゃない。……それに他にもブタが三匹、道理で下賤な匂いがするわけだわ」
侮蔑を込めた態度で俺達を見る。人間を──自分のマスターであるタケルまでさえ、人間とさえ見なしていない。
明らかに人格が豹変していた。けれど俺が驚いたのはそれ以上に、ランサーの様子に『違和感を感じない』事。今の彼女こそが……元の英霊、本来の性質であると。
(人を人とも思わない魔人。いや、鮮血魔嬢と言うべきか)
どうする……。セイバー、バーサーカーには戦う力も、逃げる力もない。
当然俺達は言わずもがな。
「まぁいいわ。高貴なるこのアタシが復活したのですもの。贄としてその血を捧げなさい、ブタども」
殺気──殺される。
子供が戯れで虫を潰すような戯れで、容易く、他愛なく。
呼吸する空気一つ一つが重い。心臓が鼓動するだけで、寿命のカウントダウンが確実に減っていると実感させられる。
そして分かった。サーヴァントと言う存在が本気で人に害意を向けたとき……どれだけ恐ろしいものなのかを。
「主さま……ここはボクが食い止めてみせますから、出来るだけ遠くに……」
今度こそ戦う力も尽きかけているはずなのに、セイバーは俺を守るためにそれでも立ち上がる。
「はっ、よく言った!
……俺だって負けてらんねぇ。乙女一人守れねぇんじゃ、王として……何より漢として廃るってぇもんだ。マスターもとっとと逃げな!」
それはバーサーカーも同じだった。
今度こそ勝ち目のない戦い。誰かを守るために最後まで戦おうとする二人。
「……っ、テメエら! 早く逃げるぞっ! バーサーカー達の覚悟を無駄にする気か!」
アルスはいち早く逃げる構えを取って俺とタケルに言う。
分かっている。このまま残っても俺達に出来ることはない。それどころか残った所で全員ランサーに殺される、俺達だけでも逃げて生き延びる可能性を取った方がはるかに正しい。けれど……。
「……くっ」
まだ決断出来ずにいた。セイバーを見捨てることになる選択なんて、俺には簡単に出来るはずもない。
「誰も逃がしはしないわよ。全員まとめて虫みたいに潰してあげる」
──来る。
目の前にいるヒトの形をした悪意は容赦なくサーヴァントを轢き潰し、俺たちを殺す。そして己の快楽のためにその血を堪能するだろう。
「これがサーヴァント・ランサーの本性。なるほど、確かに危険なもの──対処が必要です」
更に別方向から。声が聞こえたと同時にランサー目掛けて十数発、光弾が雨のように降り注ぐ。
「何よっ!!」
ランサーはとっさに飛び退く。そして攻撃を放った方向から着地して姿を現した誰か。
両手に拳銃を握り、夜闇に溶け込むスーツ姿の彼女は──ハル。
「ちっ、聖杯戦争の監督をしている機械人形ね。鉄クズは気配を感じにくいから嫌いよ」
彼女の武器は、対ガイアスの作戦に加わった時に渡されたAエナジーのビーム・ガンを二丁。あの威力なら確かにサーヴァント相手でも戦えはするだろう。
意外な乱入者。これにはランサーも調子を崩した様子だった。
彼女は口元を歪めてハルに言う。
「それで……鉄クズがどうしようって言うのよ。まさかこのアタシと戦おうって言うの」
その問いにハルは態度を変えもせず、淡々と応える。
「必要とあれば。聖杯戦争における人命の犠牲は許せません。もしマスターまで手をかけようとするのなら、排除するまで」
ランサーは憎々しげにハルを睨む。
数秒間の沈黙。その後、彼女は一歩後ろに下がって呟く。
「……手の内も知らずにやり合うのも割に合わないわ。ここは一旦退いてあげる、けど──」
また一歩下がる。ここから逃げる気だと、そう思った瞬時、タケルに視線を向ける。
──同時に彼に急接近して手刀を当てる。昏倒させたあいつを抱えたまま岩山の上に跳び、俺達を見下ろす。
「──マスターは頂いていくわ。
これで済んだと思わないことね。じきにアタシはこの都市を支配し、無数のブタどもに叫喚地獄を見せてあげるわ。
くくく、アナタ達下賤な存在がもがき苦しむ様を高みから見下ろしてア・ゲ・ル」
竜の翼を背に広げ、ランサーは飛び去った。
「……ランサー、タケルも」
ランサーはおかしくなり、そんな彼女にタケルは連れ去られた。
「はぁ、っ。アタイとしたことが、ビビっちまうなんて。
あれがサーヴァントの殺気ってやつか……くそっ」
アルスを見ると、足が震えているのが見えた。
「……っ、手まで震えてやがる。
情けないマスターだろ、バーサーカー」
「いいや、恐怖を知るのも大事なことだ。マスターが卑下するこったあない」
向こうも脅威が去ってホッとしているようだ。
実際俺も同じ気持ちはある。……けれど一方で、全く別の感情を抱いていた人間がいた。
「サーヴァント・ランサーの変質。恐らくは消滅する間際、アサシンが自身の霊基の一部を流し込んだため、言うなれば両者の霊基の混合、複合したものと考えられますね。
ここまでの変化を起こすとは私でさえ想定外……まだまだ調べるべきデータが山積みと言うことですか」
ブツブツと独り言を呟き続けるのは、アサシンのマスターだった女性。
自分のサーヴァントを失ったと言うのに気にもせず、難解な言葉でサーヴァントの考察を呟く彼女。どうも科学者らしい風貌だが、一体……。
「タケルさま、アルスさまも」
そんな中、ハルが俺達に声をかけた。
「今回の事態に陥ってしまうとは不覚でした。申し訳ありません。
しかし、ランサーのあの状態は危険極まりない。アレはもう血に飢えた怪物、仮に都市部にたどり着けばどれだけの被害が出るか。ですので──」
言葉の途中、遠方で爆発音が響いた。
「なっ!?」
見ると爆風と炎が向こう側から上っていた。そして夜闇に動いて回る、多数の人工灯の光も。
「コズミック・セントラル所有の戦闘用人型機体、及びドローンはとうに配備済み。既にランサーに対し一斉攻撃を仕掛けている頃でしょう。
確かに今のランサーは脅威ではあります、単純な物量のみでは討伐は困難。ですが、サーヴァントをが現世に留まっていられるのはマスターと言う魔力供給源、そして繋ぎ留める『楔』があればこそ。
──本当は誰も犠牲など、出したくはないのですけれど」
ハルの言わんとする言葉は嫌でも想像がつく。
「タケルを……殺すつもりか」
彼女は表情一つさえ変えない。
「カナタさまのセイバーも、バーサーカーも戦える状態ではありません。サーヴァントなしに確実に仕留めるにはマスターを討たなくては。
人命は大切です。だからこそ損失は避けたい、現状最小限の被害で収めるにはこれこそ最適解なのですから」
「はっ! やっぱりロボットかよ、てめぇは。そのために少数を犠牲になんて、笑えもしない冗談だ」
アルスまでもハルに食ってかかる。俺の怒りも彼女と同じだ。
けれど、どちらのサーヴァントも戦う力が残っていないのは事実。俺達にはどうする事も出来ない……アルスも理解しているのか、言い終わると顔を背け口を閉ざす。
以前のようにマスターである俺の体液──血液の接種での回復も、今回はきっと足りない。魔力消費もダメージも大きい、より別の方法があれば……
「人が悪いわね、ハル。確かに二基のダメージは大きいけれど、それでも戦えるくらいに回復させる手段なら一つあると思うわ」
その時に口を挟んだのは、アサシンのマスターだった科学者? の女性だ。
「……お前は」
アルスは怒りの混じった言葉とともに彼女を睨む。元はと言えばアサシンのせいでこんな事になったのだから気持ちは分かる。
最も、本人もそれを理解はしていたようで。
「確かに自分のサーヴァントを御しきれなかった私にも責任はあります。けれど、今はこの状況を何とかしたいのでしょう?
なら、話だけでも聞いて損はないと思いますが」
確かに。タケルの命がかかっている、ランサーを止めるにはサーヴァントの力が必要だ。
「分かった、話は聞く。……名前は?」
アサシンのマスターとは初対面で名前も知らない。彼女はメガネを僅かに上げながら答える。
「私は美星、見ての通りしがない科学者よ。
サーヴァントと呼ばれるエネルギー知性体、それを間近で調べたかったからこそマスターとなり、貴方達以上にその存在についての知識はあると自負しています」
それから彼女、美星は自分の右手の甲に残る逆三角形状の令呪を示して続ける。
「聖杯戦争の参加資格でもあるこの令呪は、一画でサーヴァントに強力な命令権を発動させるもの。つまり、それだけの力を有す生命エネルギー、魔力の塊みたいなもの。
使えばサーヴァントの傷の修復と魔力の回復も可能。それだけの深手でも、ひとまず戦える分の体力は戻るはず。……私も以前、対ライダー戦で実証済みですから」
確かに彼女の手にある令呪の一部は光を失い欠けていた。話で出ていたライダーは、俺とタケル、セイバーとランサーが倒した老船長のサーヴァント。その以前に交戦した事があったのだろうけれど、今はそこまで重要な事実じゃない。
俺も自分の手の甲にある星型の令呪を見る。……こっちもまた一画欠けている。アルスとバーサーカーとの初戦でそれぞれ一画ずつ消費していた。
「……これを使えば」
「最も、聖杯戦争において令呪は貴重なリソース。それに恐らくそのダメージ、戦えるようになるとしても完全回復とまでは行かないでしょう。
対してランサーはアサシンの霊基も取り込んだ危険な相手。使わずにハルに任せると言う手もありますけれど、どうしますか?」
美星の言うことは正しい。普通に考えればたった一人のためにそこまでする道理もないしリスクも高い、だとしても、やっぱり。
「聖杯戦争が始まってからこんな事ばっかりだ。……それでも俺は放っておけない。タケルを助けて、可能であればランサーを正気に戻す。
見過ごすだなんて俺には──出来ないから」
俺はセイバーの意見を聞こうと顔を向けた。
「主さまの望みであれば、ボクは貴方の剣として戦います。お任せください」
いまだ傷で膝をついて立ち上がれないまま、セイバーは可憐な笑みを浮かべて言う。
──こんな俺の決断について来てくれて嬉しく思う。
令呪のある右手をセイバーにかざし用意をする。要領は前回使った時と同じはずだ、俺は令呪をしようとしたその時……隣を見るとアルスも同様に右手をバーサーカーにかざしているのが見えた。
「……んだよ、文句あんのか?」
横目で睨みつけるアルス。俺は彼女に尋ねる。
「どうするつもりなんだ? まさか、一緒にランサーを止めに行くつもりじゃないだろ?」
彼女までこんな馬鹿な事に付き合う必要はないと。けれど彼女はため息を吐いて、呆れた顔を向けて言った。
「あのなぁ、アタイにも状況を作り出した責任ってのがある。それにこのままほっといてお前も、タケルって奴も死んじまったら目覚めが悪いってもんだ。
だからアタイも出来る限りの手助けはしてやる。バーサーカーも文句ないだろ」
有無を言わさない態度。
「ったく、そんなこったろうと思った。マスターの無茶振り、俺もとことん付き合ってやるぜ」
アルス、バーサーカーも手を貸してくれる。これで勝率は上がるはず……かなり助かる。
「礼を言うアルス、バーサーカーも」
「よせやい、これはアタイの義理ってやつだ。感謝される覚えもない」
そんな中で、美星も近くに歩み寄ってこんなことを言う。
「私もついて行きます。複合霊基体、ランサーのデータは間近で観察したいですし、それに──」
彼女は俺の目を真っ直ぐに見て、それから続けた。
「あの少年だけではない、サーヴァント・ランサーも元に戻したいと思っているのも分かります。
であれば一つ、手助け出来ることもありますから。私の提案を聞いて頂けますか」
美星から提案。俺達がそれに耳を貸そうとする傍ら、ハルのある呟きも聞こえた。
アンドロイドである彼女は戦地にある人型機体とドローンと視覚を共有しているのだろう、呟きは俺達は向かう先の戦況を知ってのもの。それは──。
「……キョウスケ様とキャスターがランサーの元に? あれと……戦う気ですか」