俺達はランサーの跡を追う。
街に向かって進む道跡、草木は薙ぎ倒されて戦闘用ドローンと人型機体の残骸が道すがらに転がっている。
「改めて言っておくがアタイはランサーを倒すつもりで戦う。アクシデントはあっても聖杯戦争は続行中なんだ。
ランサーのマスター、タケルって子はもちろん助ける。けれどサーヴァントは倒すべき存在だ」
追跡しながらアルスは俺に声をかける。
「……」
彼女は悪人ではない。むしろ人の命の危機を見過ごせない良心があるから、今同行してくれている。
問題なのは、ランサーに対する方向性の違いだ。
(彼女はランサーを倒す気でいる。確かにいつかはそうする必要がある、けれど……)
無理やり理性を奪われ、怪物と化したランサーをそのまま倒すのは可哀想だとも思う。セイバーにさえ甘いとは言われるだろうけれど、可能であれば彼女を元に戻したい。
「私としてはサーヴァント・ランサーにはまだ消えて貰っては困りますし、自説の検証も試してみたい。
だから可能であればランサーを戻すと言う彼方君の意見に賛成です」
同じく同行するアサシンのマスターだった、美星。彼女からすればただの研究目的だとしても、俺の方針に賛同してくれているのはありがたい。
「一応は試せばいいさ。けどな、それが失敗すればアタイとバーサーカーは好きにやらせてもらうぜ。文句はないよな」
「……構いませんけれど、倒すとなれば相応の体力が必要よ。
令呪によってサーヴァントの傷もある程度回復し、ついでに私が試作した人間の魔力──生命エネルギーを補給するアンプル剤で、戦闘で尽きかけていた分を補給したと言え万全ではないのですから。
下手に追い詰めて危険に陥るよりは、私の方針に従った方が安全です」
「否定はしてないっての。ったく」
俺は自分のサーヴァント、セイバーに声をかける。
「サーヴァント・セイバー。ランサーの気配は?」
問いかけに険しい表情を前に向けたまま、振り向きもせずに答える。
「……くっ」
「確かにこれは、やべぇかもな」
バーサーカーも何かを感じ取ったのか、獲物を前にした獣のような目つきに変わる。
「セイバー?」
様相の変化に俺は再度声をかけた。セイバーは俺に振り返ると……。
「主さまも戦闘態勢に入ってください。ランサーはもう間もなく、目の前に──」
────
森の中、切り開かれた草地にソレは佇んでいた。
「あら? ここまで追って来るなんて。そんなに死にたいの?」
狂気に染まった水色の瞳を投げかける。──恐怖で見がすくむ。
それでも退くことは出来ない。
「……う……ぁ」
「ひでぇ……あそこまでやるかよ」
アルスの言葉通り、ランサーの槍に貫かれている黒いボロ布のような何か。
布から覗く、手足が砕かれ亀裂の入った白磁の身体。人形……いや、先に交戦していたと言っていたサーヴァント・キャスターなのか。
右半分がほとんど砕けた顔を向けて、彼女は振り絞るように言う。
「……逃げ、て。貴方達では、ランサーには……」
「うざいわね」
ランサーは槍を雑に振って、刺さったままのキャスターを引き抜き飛ばす。地面に叩きつけられて、今度こそ動かなくなる。
「……化け物が」
不快さを隠しきれずアルスは吐き捨てる。
「何よ? ブタがアタシに文句でもあるの」
ランサーの不遜な態度に彼女ななおも突っかかろうとした。その前に、代わりに俺がランサーに言う。
「──お前のマスター、タケルはどこにいる」
俺達の最優先事項は人命、ランサーにさらわれたタケルの安全だった。
なのにあいつの姿がない。サーヴァントはマスターを依り代にして現界している。自分から手放すこと、遠くにやることは考えられないはずだ。
ランサーと戦ってボロボロになっているキャスター。彼女にだってマスターがいるはずだ。その姿も見えないと言うことは……。
「想像通りよ。そこの壊れたジャンクのマスターが拐って行ったわ。……忌々しいにも程があるじゃない」
そこからだった。狂気を漂わせるランサーが冷静さの一端を見せ、俺達全員に語りかけた。
「アタシはすぐにでもマスターを取り戻さなければいけないの。
下等なブタどもと戯れる余裕もないわ、見逃してあげるからとっとと消えなさい」
逃げたくはあった。それでも、今逃げれば確実にタケルと、彼を逃がしたキャスターのマスターに危害が及ぶ。
サーヴァントなら自分のマスターくらい感知出来るはず。今の力を増したランサーならすぐにでも追いつき、奪い返すことも造作もない。
(遠くに逃げているならまだしも、全然そうでない可能性もある。
それにマスターと離れているなら魔力供給も制限されているはずだ。それにキャスターとの戦いでも消耗しているはず、いくら強力なサーヴァントでも無敵でも無尽蔵の力なわけでもない。予想よりも俺達が幾分有利じゃないか。ためらう必要はない。作戦通りにすれば)
「タケルの元には行かせない。その狂気、ここで終わらせる! ランサー!」
俺の戦意に呼応するようにセイバーは跳ぶ。手加減なし、推力でブーストさせた一太刀を繰り出す。
槍の柄で防ぐランサー。彼女は苛立つようにセイバーを睨む。
「……あくまで戦う気ね」
自身の尾を動かし突きを放つ。セイバーは身をよじり攻撃を避けるものの、余計な動作で力が緩んだ。ランサーはそれを逃さず力を込めて太刀の攻撃を弾く。
「力も技術も、上がっているでありますか!」
「まぁいいわ。アナタ達雑魚程度、すぐにでも皆殺しにしてマスターを奪取すればいい。それだけの事よ」
今度こそ本気で戦闘態勢に入るランサー。
「そうは行かないぜ! バーサーカー!」
「おうっ!」
先に彼女の背後に回り込んでいたバーサーカー。黒鉄の剣で薙技を繰り出す、が、即座に翼を広げ、空中に翔んで逃れる。
「まとめて……潰してあげる!」
俺達の真上。息を吸って高音波のブレスを放つ。
「うぐっ!?」
セイバー、バーサーカー、さらに俺達マスターを巻き込んでの圧倒的な音圧。
(やば……い、内蔵から口から出そうだ。全身が押し潰される、意識も……)
地面に突っ伏しながらかろうじて耐える。今は身体強化をかけているから保ってはいる……けれど、それが一度でも解ければ車に轢かれたカエルのようにペチャンコにされる。
「主さままで危害を加えるなんて……許さないっ!」
音圧に潰されながら、セイバーは空に浮かぶランサーを睨む。
それを合図に彼女に向かってボード状の航行形態に変型した太刀が迫る。対バーサーカー戦で使用した遠隔操作による太刀飛ばし。
ランサーはブレスを中断して回避する。おかげで音圧の重みから開放された、ようやく動くことが出来る。
「よくやった! ちったあ全力、出してやるよっ!」
バーサーカーは両脚に力を込めて跳躍、ランサーへと向かう。
「猛獣退治なら俺の領分よ。この一撃を見舞ってやるさ!」
剣を捨て、拳を振り上げる。
その重い一撃はランサーの腹部へとめり込んだ。
「さっきの借りは返したぜ、竜の嬢ちゃん。──何だと!?」
明らかに直撃だった。そのはずなのにほとんどダメージを与えていないようだった。
「それって何かしたつもり?」
ランサーの前蹴りでバーサーカーは地面に叩き落される。
「……バーサーカーの拳が効かねぇなんて」
アルスも唖然としていた。あいつの強さは俺も知っている、明らかな直撃なのにあれで済むなんておかしい。
「こんな時に手を抜くなであります。──今度はボクが!」
続けざまにセイバーが仕掛ける。ボードに乗り短刀による一閃、今度こそ。
「その腕……こんな事まで」
短刀のエネルギー刃を受け止めたのは、赤く硬い鱗に覆われた竜の左腕だった。ランサーは刀を弾き、鋭い爪を切り出す。その一裂きはセイバーの肩に傷をつける。
「いっ……!」
痛みで表情を歪め、彼女から距離を取る。
しなやかな少女の体躯に不釣り合いな異形の腕、ランサーは自身の身体を変化させたんだ。
「拳の感覚がやたら硬いと思えば、そんな芸当ったあ驚きだ。『自己改造』ってやつかい」
優雅に着地した。鱗と爪の生えた左腕を上にかざし、元の少女の腕に戻して語る。
「別に不思議じゃないわ。元の霊基でも翼を生やすことも出来るのだから、これくらいは当然よ。
ふふふ、圧倒的な力でズタズタにしてあげる」
硬い鱗に鋭い爪、明らかに攻守ともに特殊能力を獲得している。……けれど。
(それ程の変化能力なら魔力の消耗も大きいはず。なら、予定よりも早く決着がつくはずだ)
「セイバー、いけるか?」
俺はセイバーにアイコンタクトをとる。
「お任せください、主さま。あんなトカゲ女には負けないでありますよ」
「トカゲ女……ですって?」
ランサーの表情に烈しい苛立ちが浮かぶ。
「……決めたわ。アナタは特に無惨に殺してあげる」
右手に槍を、左腕を再び竜化させて戦意を向ける。
とにかく魔力が現界に来るまで耐えればいい。──大丈夫、上手く行くはずだ。